道路レポート 梓湖に沈んだ前川渡 (長野県道乗鞍岳線旧道) 中編

公開日 2016.8.05
探索日 2008.9.09
所在地 長野県松本市

前川左岸の湖底に存在する、謎の構造物


2008/9/9 8:35

干上がった湖底で私が見たものは、かつて前川であった谷の両側に対を成して開口している、二つの坑口だった。
さすがに道路や鉄道用のものでは無いとは思ったし、ならば残された可能性は一つだけだとも思ったが、それでも“水没した坑口”は私の大好物である。
見つけてしまった以上、「旧道探索が終わったから」と回れ右して帰ることは出来なくなった。

また、問題の“坑口”よりもっと近くの向かって左側の岸辺にも、何かの遺跡が見えた。まずはそこを目ざそう。



湖底の左岸側に見えた遺跡は、実際に近付いてみると、予想以上の規模であった。
おおよそ100mにわたって、左岸の喫水線にかなり近い位置に横たわっていた。
コンクリートと石垣を併用した、ひとことでは言い表せない複雑な形状をしているが、その正体について、思い当たるものはひとつしか無かった。

思い出して欲しい。この場所の200〜250mくらい上流で発見された、塞がれた取水口のことを。
あの行く先が不明だった地下水路が、ここへ来ているのだろう。
水路の外形が地上に露出しながらも、中に入れる開口部が無いため断定出来ないが、その可能性は極めて高いと思う。




右の写真は、この水路らしき構造物が地上に現れている、最も上流の部分である。
左端のところで地下から“ぬっ”と出て来ている。

水路の上流側入口は塞がれていたが、この内部はどうなっているのだろう。
内部も完全に埋め戻されたのでなく、空洞が残されたとしたら、その空間は水で満ちているのだろうか。
それとも今でも完全な密閉を保っていて、ダムが湛水を開始してからの40年間を、地下の空洞として孤立に過ごしているのだろうか…。

…さすがに夢の見すぎだろうが、その空間を想像するだけでゾクゾクして鳥肌が立つのは、私だけでないだろう。



この左の写真は、100mほど地上に露出していた水路が再び地下に沈んでいく部分である。
この辺りはよく原形を留めている。

旧道については、完全に堆積した土砂に埋もれたきりだが、もし透視が可能であれば、相変わらずこの左岸の(かつての)谷底付近を通っているはずだ。
何メートルくらい埋もれているのかは、分からないが…。(多分5mとか、そのくらいは行ってそうだ)




こうして再び地中に戻っていった水路だが、その行く先も想像することが可能である。おそらくだが、ここからさらに100mほど下流に見える、例の“巨大な坑口”へ繋がっているのだろう。

…段々と、見えてきた感じがする。
奈川渡ダムが完成する前の一時代、旧道と共にこの谷中に割拠していた、“幻の導水式発電所”の存在が…。
道路の事ばかり考えていたので、こういうものがあることを想像もしていなかったが、この梓川という河川と発電事業の関係の深さと古さを思えば、おかしなことではない。



次は、いよいよ、
あの二つの坑口だ…。

…にしても、凄い景色だな…。

湖水の代わりに砂利がまるで水平線を描いている。
そして両岸はV字峡谷を思わせる切り立ち方だ。谷が深そう。
すなわち、沈んでいった旧道の“深さ”も、相当なものなのではないだろうか…。



干上がった湖底で対面する、二つの坑口。


8:40 《現在地》

←左には、

日に照らされた
左岸坑口。


右には、→

日陰に沈んだ
右岸坑口。


同じ形をした真ん丸の坑口が右と左、或いは前と後に同時に存在する。
こんな過去にほとんど経験した憶えの無い不思議なシチュエーションで、私は先に左岸の坑口へアプローチすることにした。

左岸坑口の左上に見える石垣の部分(黄色に着色)は、先ほど見た地下水路の続きが埋設されている位置だと思う。



左右の写真は共に左岸の坑口だ。

まず重大な結論を述べると、中に入ることは出来ない。

入口に鉄格子が嵌め込まれているからというのも理由ではあるが、それ以前に、空手ではこの垂直に限りなく近い坑門の壁を坑口まで攀じ登ることが出来ない。
むしろ、鉄格子前まで行くことができれば、もしかしたら体をねじ込めるくらいの隙間はあるかも知れない。

また、激しい照り返しのために同内外の明暗が際立っており、洞内の様子を目視する事さえ許されなかった。これは午後まで粘っていれば解決出来る問題だと思うが、さすがにそこまでは出来なかった。
洞内を10mくらい奥まで見通せれば、おそらく左上の天井あたりに地下水路に続く“穴”がありそうなのだが…。写真に重ねて描いたのは、その想像のラインである。
現在も坑口からは僅かに水が流れ出しており、ある程度の洞内延長を持っているのかもしれない。

右の写真は別アングルで撮影したものだが、西洋の砦の一部を思わせるような、何とも頑丈そうで厳ついデザインだ。こんな巨大なものが人知れず沈んでいたのだから怖ろしい。



さて、今度は右岸の坑口だ。

こちらも同じように垂直に近い坑門の壁に坑口が取り残されており、やはり鉄格子で塞がれているのが見える坑口へ辿りつく術は無い。

しかし、坑門の構造は左岸と微妙に異なっている。
坑門は手前と奥の2枚の壁からなっており、その両者の間の10mほどが、空に開いた“開渠”になっているのだ。

この構造は、一種のサージタンクとしての機能を持たせられていたのではないだろうか。
直径の異なる密閉された水路をそのまま繋ぐと、空気の逃げ場がないために、異常な偏圧を受けて施設が破壊される畏れがある。それを防ぐために置かれた開渠だったのではないだろうか。


そういえば…

開渠部分には、水路内へ降りるための梯子があるようだな…。



あ れ ?

これって、この外にもある梯子を使って開渠の上に登れば、

最終的に鉄格子の前まで、行けちゃうんじゃね?ww

…わ、ワルニャが! 

俺のワルニャが、突然騒ぎ出しやがった!!

チクショウ。抑えきれねぇ!!

ワルニャーーーン!!

ていうか冗談は置いといて、この梯子マジで大丈夫?
前の取水口の所でも同じ作りのものを登ったが、あれは高さが2mくらいだけだったし、今回のヤツほど長期間水没していた訳でも無いだろう。
さすがに腐食してヤバいかもしれないな。

ただ、幸いにして梯子は手と足で3点支持を維持出来るので、万が一ステップが一つくらい脱落しても、転落を免れる可能性は高い。
慎重に登ってみるか。示されてしまった可能性のルートは確認したいしな…。



坑門の高さは、一般的な道路や鉄道のトンネルよりは高さがあり、おそらく湖底の地平から10mくらいある。
現時点の想定ルートとしては、まず梯子で地上から10m登って坑門上に立ち、それからまた梯子で開渠の中へ降りるのだ。このときは6mくらい降りる感じだろうか。
一体何をやっているんだという自問自答が楽しかった。ほんと、何やってんだろうなww

それはそうと、心配された梯子の腐食ぶりについては、案の定「良くなかった」。が、それでも完全に垂直になった壁を登るのではないので、まだ怖さは幾分和らいでいた。
それよりもやはり可笑しかったのは、この写真(←)の所である。
梯子が付いている壁が途中で横にずれて、梯子の向き自体もそこで変わるとか、スティックで画面をグリングリン回転させて先へ進めるルートを見つける系の3Dアクションゲームか何かかな?ww
梯子の途中で別の梯子に水平移動するという体験をしたのは、後にも先にも今のところこの1度きりだなwww




楽しんでいるうちに、ついに登っちゃったよ!!坑門のてっぺん!

右の写真は、坑門の先端に立って見通した対岸(左岸)の坑門だ。
かなりの高さが感じられると思う。
私の頭の2〜3m上はもう満水時の喫水線に達すると思う。
つまり、満水位でも比較的浅いところにこれらの施設は沈んでいるということだ。

対岸坑口までの距離は目測100mといったところだが、これだけの長さを坑口の形と同じ外径を有する鉄管路で、一跨ぎしていたのであろう。
導水発電に長い鉄管路は付き物で、それが傾斜路ではなく水平に架かっている場所があったとしても不思議は無いが、あまりそういう物を見た経験はない(ゼロではない)。



ちょっとレポートの時系列を無視した話だが、先ほど撮影した前川の両岸に坑門が対面している写真に、前川を横断する鉄管橋や、現在のように大量の土砂が堆積する前川の谷地形を、いずれも想像で書き加えてみた。

ただし、長さ100mもある鉄管路が、何も無くただ谷を渡っていた事は無いだろう。
かなり古い年代の橋だろうことを踏まえれば、鉄管自体を内包した鋼鉄のトラス橋か、単純に数本の橋脚を谷に下ろした単純な桁橋だった可能性が高いだろうか。
ちょっと想像しきれないので、イラストでは省いている。

しかし、いくら景観が変わってしまっているとはいえ、所詮は40年前までここを訪れた誰もが無条件で見る事の出来た風景なのである。
我々の誰かは絶対にこの下の旧道を通行した経験を持っているはずなので、思い出してみて欲しいのである。
きっと、印象的な景色だったはずだよ!!




さあ…、行くのか?

一番嫌なパターンは、これを降りている最中に梯子が壊れて、帰りに登って来れなくなるパターンだろう。

ただ、万が一そうなっても、一応脱出する術はある。
高さ4mくらいの開口部から外へ飛び降りるという最後の手段が。

4mは、ちょっと無事では済まされなさそうな高さだが、下は軟らかそうな
川砂利なので、まあ悪くて捻挫するくらいだろう。そして、まあ捻挫くらいなら
ここからの生還は出来るだろう。 それとて、最悪のパターンだしな。



8:45 《現在地》

とりあえず、無事に下りれたよ…。

そして、ついに目の前にあの鉄格子が。

…………、

入れちゃうんだよなぁ…。鉄格子が、どういうワケか壊れちゃってる…。

まあ、多分入ってすぐに封鎖されてるよね…?



入っちゃった。

これは、私、どうなっちゃうの?

水路隧道は勘弁だよ。長いのはイヤダヨ。
ちょっと、どこかで納得して止まりたいよ、これ。



先が全く見えない隧道内部。

隧道内のくせに妙に蒸し暑い気がするのは、風が全く無いせいか…。