2008/9/8 17:27
大白川の河床付近から30mほど強引に岩場の斜面をよじ登ると、そこに「謎の道」が、案の定といえる廃道姿を晒していた。
国道側が塞がれていて通行できない隧道…これを仮に「1号隧道」と称することとする…の、ダム側坑口前に登り着いたのであるが、坑口前にはまるで旧道を匂わせるような、隧道へは入らず崖側につながる平場も存在している。
まずはこの平場を探ってみる。
もしここが普通の道であったなら、この線形は旧道とみて間違いないだろう。
隧道以前の旧道の線形そのものである。
しかし、この道はまだ「謎の道」であるから、断言は出来ない。
確実に言えると思われるのは、奈川渡ダムの工事かそれ以降に建設された道だろうということだ。
ダムが造られる以前には、この道が接続している国道は影も形もなかったのであるから。
旧道のような平場の突端には、コンクリート製の1×2×1m程度の水槽(空)と、廃看板が捨てられていた。
水槽は元からここに設置されていたものらしく、何となく「トイレ」から上屋を取り外したもののような気がしたが、もちろん確証はない。
これが平場の上に捨てられていた看板。
どうやら、この「謎の道」についてのものというわけではなく、国道の入山トンネルに関するガイドであるらしい。
トンネル内分岐について書いているように思われる。
落ち葉が乗っている看板の全文を確認すべく、掃除をしなかったのはうっかりミスであったが…。
なお、これは予想通りのことであるが、旧道顔をした平場は10mほどの地点で途絶えている。
その先、国道までの区間は垂直の崖になっていて、国道側から見た景色の鏡像のようである。
もしこの道が旧道であるとしたら、ここにはかなり高い桟橋が欲しいが、痕跡を留めてはいない。
しかし線形的に見て、ここが隧道以前の旧道跡だというのは、かなり確かだと思う。
私はここで引き返し、「謎の道」本線を奥へ進むことにした。
と、その前に…
隧道、隧道。
せっかく中に入る機会を得た隧道。
これ一つを迂回するのに、たっぷり30分かかった。
…なのに、正直この隧道自体にはさほど魅力を感じていなかったからなのか何なのか、私はろくに中に入りもせず、坑門を正面から捉えた写真さえ撮影していなかった。
…まあ、全面コンクリート巻きで出口が見通せる20mほどの隧道というのは、そんなもんかも知れない。
この隧道について一つ気づいた点としては、内壁にスプレーによる悪戯書きが見られたことである。
今のように塞がれる前には、いたずらっ子たちのスポットであったのだろうか。
何はともあれ、「謎の道」への扉は開かれた。
地図に描かれた「建物」や「もう一本の隧道」は、存在するのか。
そして、この道はいったい何のための道であったのか。
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17:28
「1号隧道」坑口を後にして、ダム方向へ歩き始める。
歩き始めてすぐに気づいたのは、崖側の手すりが、まるで遊歩道のように頑丈だということだ。
そして、かなり長いあいだ人に歩かれていないだろうと言うことも、路盤に積もった落ち葉や枯れ枝の量から読み取ることが出来た。
そして1分も歩かないうちに現れた。
地形図にもポツンと一軒だけ描かれている建物が。
当初はダムに関係した何らかの施設だろうと思っていたが、そうではないらしい。
華奢な木製の土台の上に築かれた建物は、明らかに廃屋である。
かといって、普通の民家と言うにはあまりにもアグレッシブな立地。
右の谷は先ほど私が足を濡らしていた大白川だが、もはや水面は森の下に隠れて見えない。
土よりも岩が露出している部分の方が多いという、半ば崖のような斜面である。
民家ではあるまい。
切り立った崖の上に建つ廃屋の正体は、お土産物屋に間違いなさそうだ。
閉ざされたシャッターに、文字の消え去った看板。
そして、隣には「玉こんにゃく」か「みそ田楽」でも食べさせていたのだろうか。
オープンテラスの存在していた痕跡がある。
作業用道路にしては過保護なくらいの手すり。そして、頭上にある落石防止の柵も車道並に頑丈である。
そして看板の消えた廃屋。
この道の正体は…
廃 遊 歩 道!
廃屋を横目にさらに進むと、道を取り囲む岩場はさらに険しくなった。
そして、もったいつけることなく隧道が現れた。
二本目の隧道であるから、「二号隧道」と呼ぶことにしよう。
今度も外に旧道があったのかも知れない。
坑門の右側にも法面のような石垣がある。
しかし、肝心の路盤は全く見られず、辿ることは不可能だ。
この道が廃遊歩道だと判明したことによって、とりあえずは「コラー!」されるリスクは大幅に減ったと考えた。
我が手が暴きつつある未知の廃道を心から楽しむ、そんな気持ちの上でのゆとりが生まれた。
びくびくしながらの探索は、この歳になると正直つらいものがある(?)。
全長15m程度と思われる2号隧道。
断面の形やサイズは1号隧道と同じであり、明らかに人道専用である。
また、内壁に白いペンキが塗られているのは、1号にはなかった特徴である。
最近でも歩道用のトンネルではこの白塗りを見ることがあるが、遊歩道説を裏付ける発見といっても良いだろう。
右写真のように、この隧道にも多くの落書きが残っている。
元が遊歩道であったのならば、書かれた時期が廃止の前後いずれであったかは分からない。
2号隧道の出口が近づいた。
出るとそのまま左に向き直って進むようだ。
いったいこの先には何が待ち受けているのか…。
私にとって、先が読めない廃道ほど胸が高鳴るものはない。
道は、一段と深くなった緑の中へ吸い込まれるように続いていた。
隧道までの写真と全体的に色味が違うのは、そこまでが日影で、夕暮れ間近と言うこともあってとても薄暗かったせいだ。
しかし、2号隧道を出ると、まだ西日が空に灯っていた。
それで、より自然な緑の発色が得られている。
一件些細なことに見えても、こういう日差しの違いは結構印象を左右する。
確実に奥へ入り込んでいるにもかかわらず、何となく開放的な気持ちになったりする。
17:31
致命的な崩壊こそ無いものの、至る所で土砂崩れが発生している歩道跡。
外には一歩も踏み出せないような急斜面に道は造られていた。
そして、いくらも行かないうちに錦色の空が見えてきた。
遊歩道ということならば、当然最後は見晴らしの良い場所で終わるのだろう。
終点は近そうである。
右手の切り立った崖を挟んで30mほど先。本来ならば中空であっても不思議ではない高さに、ナイフエッジのような痩せた岩尾根が見える。
そして、この岩山の上に目をこらすと…
針金のように痩せた手すりが…。
この行く手にあるのは、地図からも抹消された観光地なのか!
道は脇目を振らず突き進み、直前に見た岩尾根の付け根にあたる小さな鞍部に達した。
右も左も険しい崖になっている。
それゆえ両側に高いフェンスが立てられているが、水色に塗られていたペンキはほとんどはげて無惨な姿を晒している。
こんな朽ちたフェンスにイメージするのは、洋館の廃墟である。
ゾンビでも現れそうだ…。
尾根の上ということで、今までになく明るい。
だが、開放感はまるでない。
砂利敷きの路上からもコンクリートの階段からも、松やらススキやらが育ち始めている。
それゆえ、本来は見晴らしの良い展望台なのであろうが、視界は非常に冴えない。
もう駄目。
もう、天守閣にも火が回っている。
そんな悲壮な場面がイメージされた。
廃観光地は、好きだけど、 …侘びしい。
右に階段があったが、これには上らず、まずまっすぐ進んでみた。
かつては草一本無かっただろう展望台には、生まれて10年かそこいらと思われる小さな松の木が何本も茂っている。
まだ触れれば柔らかさを感じさせる針葉が、視界と進路を阻んだ。
掻き分けて進むと、二つの“くずかご”が唐突に現れた。
このタイプのくずかごが観光地に設置されていたのは、いつ頃までだったろう。
もうすでに懐かしいものの仲間に入ってしまっている感じがする。
棄てられている空き缶には、アルミ缶が見あたらない。
全部スチール缶。それも、いまでは“ロング缶”などと呼ばれて少数派になってしまった250ccが多い。
手に取ったのは、今も根強い人気を誇る「ダイドーブレンドコーヒー」。
そのデザインは、いまもほとんど変わっていない。
しかし、そのほかの缶の様子を見れば、このゴミ箱の最後の利用は十年以上昔と思われる。
ゴミ箱の所で行き止まりかと思ったが、左の松の裏側に、下りの階段があった!
なんだか、昔のゲームをやっていて、“入れる土管”とか“すり抜けられる壁”なんかを見つけたような嬉しさだ。
それも、こっちはリアル宝探しである。
隠されていた階段が、奈川渡ダム見学の第一特等席に直行している様を見た瞬間には、ちょっと鳥肌が出ちゃった…。
奈川渡ダムだ。
重力式のコンクリートアーチダムとしては、全国で第三番目というとてつもない落差(155m)を誇っている。
それ故に、あの一枚の壁が押さえている水の総量は1億2,300万立方メートル(梓湖)もあって、
あの「諏訪湖」に貯まっている水量の倍もあるというから驚きだ。
これだけ巨大な人造物を前にしては、足下にある展望台や遊歩道など微少というか卑小というべきか…。
まあ… とにかくデカいダムなのであるである。
そして、この正対アングルからダムを撮影することが出来るのは、唯一、ここからだけだ。
ダム好きの方の中には、この場所の訪問を真剣に考える方もおられるかも知れないが、
たとえ面倒くさくても、今回私が辿ったルートを使った方がよい(決して推奨するものではない)。
…実は、直接に奈川渡ダムからここへと至るルートもあるのだが、
そっちは…、
マジで、やばかった!
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