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別に予想外なこととか過激なことは何も書いていなかったが、グッときたのは私だけだろうか。
なぜなら、この道が緑資源幹線林道として存在しうる一番最後の場面に立ち会っていたという証しを得たのだ。
これは少しだけ説明が必要だと思う(詳しく知りたい方は以前のこちらの解説を読んで欲しい)。少し歴史を語ります。
平成11(1999)年10月に従来の大規模林道を改名し誕生した緑資源幹線林道という道は、平成19(2007)年に発覚した緑資源機構の大規模な談合事件をきっかけとした社会的バッシングなどから、平成20年3月31日をもって緑資源機構の廃止と共に事業主体を失った。
この時点で緑幹道の全体計画2025km(総路線数32)に対して完成済みは1336kmで、多数の路線に未完成区間が残っていたので、政府はこの残り約700kmについては、平成20年度より所在道県(北海道と各県)が整備の続行を希望する場合に限って、道県の負担分が従来程度となる国庫補助「山のみち地域づくり交付金」を与えたうえで、道県事業として整備を続行することとした。
各道県はここで選択をすることになった。
己が道県にある未完成緑幹道を完成させるべきか、止めるべきかの選択を。
またこの時に政府は、未完成路線の保全管理などを行う機関として(事業主体ではない)新たに「国立研究開発法人森林総合研究所森林整備センター」を設置した。
緑幹道は、完成した区間から順次の供用時点で管理を地元市町村へ移管する仕来りであったので、同センターは、供用前の未完成路線(未成道)を専属で管理するという、なんとも虚しい役割を担わされたのである。
……さて、看板に意識を戻してほしい。
看板には、まさにこの「森林総合研究所森林整備センター」が、この先の道路の管理者であるということが述べられている。
そしてそんな看板が、撤去も書き換えもされずに、ここで朽ちている。
北海道の事業(「山のみち」)になった形跡がないのである。
…………もう、お分かりいただけただろう。
この道の結末が。
北海道は、未完成のこの道を引き受けなかった。
悲しくも“親”に捨てられた“子”へ、この仕打ちだ。
いかに愛して貰えぬ子であったのか……。
そんな無意味な感傷は捨てて、冷静に、この1枚の看板の存在とその状態から読み取ったことをまとめると、本路線は緑幹道として“最後のとき”(平成19年)まで完成せず、この先の未完成区間の管理を森林総合研究所森林整備センターへと移された。その後に北海道に引き受けの判断が委ねられたが、結果はNOで、そのまま捨てられた。……という状況が読み取れた。
無機質な看板1枚から、こんなにも「分かる」し、ついでに「エモく」もなってるのは気持ち悪いだろう?w これが緑幹道マニアってやつだよ。←気持ち悪いから帰って欲しい。
2023/10/27 13:53 《現在地》/海抜305m
改めて、ゲートインした直後の道は、こういう状況だった。
形としては、完成した道である。
これまで(ゲートまで)と同様だ。
ちゃんと2車線の舗装があり、センターラインも(消えかけてはいるが)見える。
でも、ゲートが先の場所にあったということは、少なくとも滝上町の公道としては引き継がれていないのだろう。
どこにも繋がっていない行き止まりの道を引き受けたい自治体などこの世にない。
まあ、それだけで未供用区間だと断定は出来ないが。
ともかく、道としての造りは出来上がっている。
しかしそのうえで、明らかに現役ではないと分かってしまう路面の落ち葉の堆積量だ。今年だけの分ではないかも。
さらに、緑旺盛な季節ではないのに、両脇から“緑資源”に浸蝕されつつある。そういうことじゃないからね緑資源幹線林道って…。当然に樹木も旺盛だ。道路右側の立派なポプラみたいな自然木たちが、交通量皆無な道路上に樹勢を伸ばし始めていた。そのため道の見通しが“樹木の片洞門”みたいになっている。美しいといえば、美しいだろう。
13:58
道自体はワルくないので、ゲートイン後もペースは順調をキープしている。
直近の5分で1kmくらい進んでいた。
落ち葉がたくさん積もる場所以外は、こうして路面が綺麗に露出していて、現役の道と区別はつかない。
ガードロープや道路標識などもちゃんとあり、実際に車が通った轍もあったが、ゲートを開けられる関係者なのだろう。
どんな目的があったのかは、分からない。
14:01
さらに数分前進を続けると、道路の山側に広い裸地があり、それはひと目で土場と分かった。
土場(どば)をご存じない方のために説明すると、山から切り出してきた木を一時的にストックしておくヤードである。
その土場の奥には、地図にない林業作業路らしき道も見えており、緑資源幹線“林道”というだけあって、ちゃんと林道としての仕事はこなしていたらしいと分かる。
……これをやるためだけには、こんな2車線舗装路までは要らないが、な。
14:02 《現在地》/海抜330m
土場跡を通過して間もなく、GPSを確認するまでもなく地図上での現在地を明らかに出来る場面があった。
オシラネップ川を渡る、冒頭のペペロ大橋に次ぐ2本目の橋が現れたのである。
林道起点から数えて約4kmの位置(ゲートから1.6km)の地点だ。
すなわち残りあと3分の2、8km。順調だ。
四隅の高欄に小さめの金属製銘板が取りつけられており、本橋は「新画廊橋」「しんがろうばし」「オシラネップ川」「平成10年9月竣工」であることが分かった。
画廊なんてどこにあるんだってカンジだが、単に読みに字を宛てただけだろう。
秋田にもあるが、東日本を中心に、ごうら、ごうろ、がろう、などの地名は山岳地によくある。
この語源は、地形用語の「ゴーロ」と同じで、岩がごろごろと点在する荒地や渓谷であるらしい。
それよりも気になるのは、竣工が平成10(1998)年と思いのほか新しいことと(緑幹道最後の年の9年前である)、そもそもの橋の名前に含まれる「新」である。
まるで旧橋があったような名前だと思ったら……。
やっぱりあった、旧橋が!
この橋のすぐ上流側に並んで架かっていたが、思いのほか落差があるために、橋の下をわざと見下ろさなければ、見つからなかった。
現橋からは、ほとんど真下に見下ろす感じに見える。
ちゃんと架かってはいるが、前後の道を含め完全に廃道だし、特に下流側は現道の築堤に呑まれていた。そして上流側も、やはり少し先で現道築堤に呑まれていた。
……まあ、わざわざ降りて歩きてはみなかったが……。
一番気になる竣工年の銘板が遠望で確認できたので、時間短縮のため実踏は省略した。
そんな旧橋の竣工年は、昭和46年10月であった。
現道よりだいぶ昔に、こんな奥地にまで林道は延びてきていたのである。
当時の地形図を見てみると、確かに道や橋が描かれていた。
現道とほとんど変わらないように見えるが、微妙にルートが変わっているところもある。
熊のワナ禁止 7238
橋の袂に、走り書きのような乱暴さでスプレーの文字が書かれていた。
この筆跡も、内容も、ゲートの所にあった看板で見覚えある。
“彼ら”の意図は私には分からないが、クマというヤツらの存在を嫌でも意識させられるのである。
私自身、こんなに鳴り物をじゃらじゃら言わせていて、忘れようはずもなかったが、意識したところで出会いにくくなるとも思えないし、できるだけ心はフラットでいたい…。
14:04
起点以来ぶりに右岸へ戻ってたわけだが、風景や道路状況に取り立てた変化は無い。
ただ、上り坂がすこしだけキツくなった。
ずっとではなく所々だが、しっかりと息を吐かせられるような上り坂が現れるようになった。
とはいえ……
あまり書きたい言葉ではないが……
単調である。
14:07
今回、地図上で【あんな気になる書かれ方】
をされているのを見つけた“終点”をこの目で確かめることがマストな目的であるから、途中は経路という認識があり、こうして順調に進めているのは良いのだが、良くもワルくも、とても淡々としているのである。
つうか、大規模林道とか、広域農道とか、大抵こうなんだよな。
だから、子供のころから苦手だったさ。
その理由もはっきりしているさ。
道として余り踏まれてきた歴史がないところに現代の物差しでビシッと直線的な道を通すと、こういう感じになる。
景色が単調ということよりも、漕ぐ、先を見る、曲がる、また漕ぐ、この道としての走行感が単調なのである。
こればかりは、少し未成道っぽくなったところで埋められないウェットだ。
自転車はギリ良いが、歩いて楽しめる人はいないかも知れない。
……レポートのコメントにも困ってんだろって?
はいだよ。
特になんだということもない、さりげなき走行のワンシーンを動画で。
これをなんで撮影していたのかよく分からないが、まあこんな感じなんですよ。
サクサクですよ。 前進が、というよりも、落ち葉の音がね。
14:17
さらに10分後。
相変わらず、淡々と、黙々と、進んでおります。
変化はあまりないが、この少し前から、ちょうど進行方向正面に、随分とピラミダルな山が見えるようになった。
14:20
さらに3分後。
相変わらず、全く定位置に張り付いたみたいに、同じ形の山が見え続けている。
ちょっと面白いな。
まあ、地図を見ても、名前がついている山ではなさそうだったが。
14:24
とはいえだよ、背景に見えるちょっと変わった形の山で、いつまでもこの単調と、孤独を、埋め続けることは難しい。
ゲートがなければ、そして車を使えるのならば、なんの記憶にも残らなそうな道を、少し間延びに引き延ばされたペースで進む。
ペースはキープしている。確実にゴールに近づいている。そのことを励みに、存在を忘れられてしまったかのような2車線舗装路を進み続けた。
14:25 《現在地》/海抜388m
キターー……。 やっと。
3回目のオシラネップ川に架かる橋だ。
事前に数えておいたのだが、終点までにこの道は同川およびその上支流を7回渡る。
その3回目に辿り着いた。
ちなみに2回目から3回目までの間隔が一番開いていて、前回の新画廊橋から3.4km来ていた。
起点からの合計距離は、これで7.4km。計算すると、残りは4.6km。
たぶん順調。
こんなに寂しく、眠い道、パ○ラッシュが出てきそうだけど……。