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<読者さまにお願いしたいサイト貢献>
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18:28 《現在地》/海抜280m
旧旧道の佐呂間町側入口に立つと、150mほど先に旧道のサロマトンネルが口を開けて……いない。
既に北見側で目にしたものとそっくりの外観をした塞がれた坑口が見えた。
最新の地理院地図でも、この佐呂間側の旧道は描かれているが、ちょうど坑口の地点で、道はぷつっと行き止まりになっている。
トンネルを含め、その先は既に道路ではない扱いなのだと思う。
旧旧道も描かれていないから、同様の扱いなのだと思う。
坑口がある山肌には、今しがた駆け下ってきた旧旧道が、九十九折りと呼ぶにはいささか悠長なラインを薄らと示していた。
あと30分、行動が遅かったら、舗装路に辿り着く前に、山の中で夜闇に囲まれていたであろう。
現状も既にタイムアウトというか、想定した探索時間を超過しつつあるが、ここまで来たのだから坑口には挨拶しなきゃね!
坑口前には、さほど広くはない駐車帯(チェーン着脱所)があり、その角に謎の建物が建っていた。
まるで売店のような造りだが、シャッターが降りたカウンター窓の前にあるのは旧道の本線であり、アイスクリームショップや産直売店を開くような場所じゃない。
今まで私が目にしてきた現役・非現役の様々な峠の景色を振り返ってみたが、この施設の正体に思い当たる節がない。もちろん、料金所でもあり得ない。
峠道とは直接関係がないが、唯一類似していると思うのは、何らかの理由から交通を監視する施設だ。
私がそれを見たのは、某原発工事現場近くの幹線道路沿いで、ここにそれが該当するとは思えないが、似ている。
とまれ、民有地とは思えぬ場所に建っているし、やはり謎である。
正体をご存知の方がいたら、教えて下さいな。
すぐ隣の敷地には、「サロマトンネル電気室」のプレートを掲げた、一回り大きな施設が眠っていた。
こちらは正体を自ら明かしてくれて助かる。
プレートがなければ、駐車帯のトイレかと思うような、オシャレな外観だった。
こういう附属の施設一つをとっても、やはりサロマトンネルは十分に現代的な施設だったと感じる。
18:29
そして、突き当たりのサロマトンネル坑口へ。
坑口の外観も、塞ぎ方も、既に見た【北見側】
と瓜二つだった。
チェンジ後の画像は、『北海道の道路トンネル第2集』にある、開通当時の姿だ。
トンネルはたった21年で天寿を全うしたが、同時に生をうけた苗木は、立派なモミの木に成長し、まだまだ育ちそうである。
当時の写真だと、坑口のすぐ上を旧旧道が横断している様子が分かりやすい。
坑口の閉鎖壁にある二つの鉄扉には、どちらも外側に向けて、南京錠による施錠がなされていた。
ここが唯一、北見側との違いである(北見側も施錠はあるが、鍵は内側)。
この非対称性を見ても、北見側からトンネルへアクセスすることが想定されていないことが分かる。
私の行動は、イレギュラーだった。
結局、探索においては、小指の先すら入れることが出来なかったサロマトンネルだが、『北海道の〜第2集』に断面図が掲載されていたので、これを以て少しだけ洞内のイメージを補完したい。
図を見て分かるように、見事な片勾配トンネルである。
今いる佐呂間側坑口の標高が約290mで、北見側は約340m。その差が50mもあり、全長1651mというトンネルのほぼ全てが、北見へ向けて登る3%の坂道だった(旧道の道の最高地点が、北見側坑口であった)。
峠の頂上に掘られたトンネルなので、拝み勾配かと思いきや、これは意外な個性である。
そして、このような片勾配トンネルを持つ峠道は、外の景色により大きな“落差”を作り出していた。
……ということを、実際に認識するまで、あと数分。
18:30
鎖された坑口を背に、佐呂間側へ下り行く最初の景色を見ている。
傍らに、カントリーサイン付きの大きな「佐呂間町」の案内標識が設置されていた。
この4号機のパチスロ機のビッグボーナス図柄を彷彿とさせるキャラは、ももちゃんというらしい。
旧旧道の峠の頂上には、この標識の先祖である「北見市」の【案内標識】
があったが、一世代違えば、これだけ垢抜けるのである。
それはそうと、このカントリーサインも、一緒に写っている矢羽根式ポールも、どちらも現役の道路風景には欠かせないものだが、旧道の北見側にはなかったものだ。
同じ旧道にあっても、トンネルの両側で附属施設の残存状態が全く違っているのである。
佐呂間側は、ただ交通が途絶えているだけの現役道路の延長線上にある風景と思えるが(そして地図にも描かれ続けている)、(地図から消えた)北見側は、路面以外の全てを回収された抜け殻の廃道だった。それは、全てが終わった跡だった。
単純に、辿り着きづらいというだけではない寂しさの上乗せが、そこにはある。
いまこの瞬間、背にした1651mの壁の向こうで、あの寂しい廃道が一人の夜を、また迎えようとしていると思うと……。
無駄に感傷的なのは私の良いところだが、こういう想像は止められないね。
18:30 旧道末端からの下山を開始。