最後はいつものように机上調査の成果を述べて締めたい。
まず、今回探索した滋賀県道130号岩室神線の始まりについてだが、滋賀県における現行道路法下での一般県道認定の第一陣として、昭和34年に認定されていることは、レポートの冒頭で述べた通りだ。
当初は現在に較べて県道の路線数も遙かに少なかったわけだから、それだけ少数精鋭というか、当時重要視された(将来整備すべき)路線として狭き門を潜ったことであろう。であれば、昭和34年に突然出てきた路線とは考えにくく、然るべき“前史”のようなものがあったはずだ。
そのような考えから、さらに古い時期の地形図を確認してみたところ、昭和25(1950)年に調製された地形図(右図)には、岩室を起点に和田川沿いを南下する1本の県道が描かれていた(図中の青線)。
今回探索した現在県道に認定されているルート(赤線)とは、岩室を出た後のルートがまるで異なっており、現在の市道源田中野線に近いルートになっている。また、この県道は(少なくとも地図中の表記において)“神”までは続いていない。
一方、現在の県道ルートについては、それと近い位置に「町村道」の記号(「―」は幅員1〜2mの区間と、「二重線の片側破線」は幅員2〜3m)が描かれているが、重なっていない部分も少なくないし、当時から山道程度の道であったのだろう。
さらに古い明治末の地形図も見てみたが、岩室から和田川沿いに南下する道は里道であり、県道としては描かれていなかった。
そのため、大正の旧道路法制定以降に当時の「府縣道」として認定された可能性が高い。
だが、残念ながらこの旧県道の名称や認定の経緯などは不明であるし、そもそも岩室と神を結ぶ道路にどのような由来や活躍があったのかも、それを述べた資料が未発見であり、分からない。
総じて、この道の古い時期の話は、何も分からないというのに近い。
右図は、昭和34年に県道岩室神線が認定されてからだいぶ経った、昭和61(1986)年の道路地図帳(ユニオンロードマップ)である。
この地図中の黄線は一般県道を示している(凡例より)のであるが、ここには奇妙なことに、岩室と神を結ぶ県道が2本絡み合うように描かれている。
このことをどう解釈するか私なりに考えたのであるが、(チェンジ後の画像に)オレンジで着色したルートが、県道としてのより古い道ではないかと考えた。
これは、昭和25年の地形図に描かれていた和田川沿いの県道を神まで延伸したルートになっている。やや迂回はあるが、古くから開かれていた道ではないか。
対して(チェンジ後の画像に)青で着色したルートは、今回探索した、ほぼ最短距離で佐山丘陵を横断する現行の県道ルートに近いものであると同時に、新名神に未成のカルバートを準備している将来の県道計画線にも近いものである。どちらかというと、後者により近いか。(参考:こちらに掲載されている管内図)
はっきりしたことは分からないが、このような道路地図帳の制作者は、各県から集めた管内図などの地図データを参考に調製しているとみられる。
そのため、当時の管内図には(県道岩室神線として)2ルートが描かれていた可能性が可能性が高いと思う。
そしてこの2ルートの関係は、1本が供用中のいわゆる現道で、もう1本は将来の計画線として未供用(未開通)ながら、県道の認定だけが存在していたのではないだろうか。
その後、和田川沿いのルートは市道源田中野線などに降格させられ、山越えの県道計画線沿いにある(今回私が探索した)山道が、改めて県道に認定されたのではないだろうか。
将来作りたい道の近くに無理矢理な感じで現道が認定されている状況は、よく見る道路の景色である。
現地の山道には、県道として管理されている証しが何もないので、そもそも未供用ではないかという疑惑もあるが。(関係者に問い合わせ中)
最後に、このなかなか咲けない“老舗県道”の将来の見通しについてであるが、平成29年7月に甲賀市道路整備基本計画策定委員会が作成した「道路整備プログラムの検討について」という資料(pdf)を見ると、最新の状況が分かる。
右図は同資料に掲載されている路線図の一部であるが、県道岩室神線については、図中の凡例において「整備済」とされる線が起点と終点の両側から描かれているが、なぜか新名神との交差地点の北側500m(南平橋辺りまで)が描かれていない。(この区間だけ未供用?)
この表記は謎であるが、それでも今回探索した山道を含む大半部分が「整備済」の扱いであることには驚かされる。
あれでもう「整備済」というのならば、今後新たに整備される見通しなどほとんどないのではないかと絶望する。
また、よく見ると、この県道の南寄り区間に、「地-4」と書かれたオレンジ色の点線が並行しているが、これは県の事業の「未整備区間」であるという。
本編で紹介した【ここ】から終点までの区間に、県の改築事業が存在するということを意味している。
はっきり言って、こんな既に1.5車線のそれなりの道がある区間ではなく、山道しかない北側の区間の整備をドカーンとやってやってくれと思うが、多分そっちは本格的に予算が必要なので難しいのかもしれない。
そもそも、このささやかな事業でさえも、進展は全く期待できない状況だ。
「滋賀県道路整備アクションプログラム2013」の甲賀土木事務所分(pdf)を見ると、この改築事業(岩室神線 大原上田工区)は、平成25〜34年度において、「事業化検討路線」であるという。
事業化検討だぞ……。
おそらく、この事業の先にようやく、例の未成カルバート(→)を活用する「岩室工区?」の改築事業が考えられるのである。
それは何年後になるのか…。
新名神は半世紀後も健在だと思うが、未成カルバートの中は……、うん、何も変わらなそうだ。
やはりこれは、岩室にも【促進看板】が立っていた、そして上に掲載した甲賀市の計画図にも出ている、地域高規格道路「名神名阪連絡道路」に期待するしかない気もするが、こちらは甲賀土山ICで新名神と接続するらしいから、未成カルバートとは少し位置がずれるのだよね。
機能として県道の代わりにはなるかも知れないけど、そのものとして整備される可能性は低いかも。
ついでに、滋賀県議会と甲賀市議会の議事録を、WEBで公開されている範囲について検索してみたところ、滋賀県議会では平成11(1999)年に言及があった。
平成11年11月定例会において、高井議員の「特に第二名神との結びつきの強い、甲賀土山線、岩室北土山線、岩室神線、和野嵯峨線、小佐治甲南線、水口甲南線、柑子塩野線、国道307号の信楽中心部などの整備状況や方針についてお示しいただきたい
」という質問に対し、県土木部長が答弁をしているが、岩室神線についての個別の言及はなく、「その他の路線につきましても、第二名神の供用時期と整合が図られるよう、引き続き事業の推進に努めてまいります。
」と述べるに留まっている。
当時盛んに工事が行われていた「第二名神」(現在の新名神)との関わりの中で、甲賀土山ICへのアクセス道路として、検討の壇上くらいには上がったようだが、その先には行けなかった模様。
甲賀市議会では、平成18年と24年に言及があった。
平成18年3月定例会では、甲賀土山ICへのアクセス道路として、他の県道とともに岩室神線の整備が議論されている。
以下、抜粋して引用する。
○村山庄衛 議員
甲賀・土山インターへのアクセス道路について建設部長に質問いたします。甲賀・土山インターにおいては、第1工区と言われる国道1号線への取りつけ道路は、工事も進み、間もなく完成の予定と聞くところであります。しかし、インターから南側の地域においては、計画された路線や地元の要望路線があるものの、現在、見通しのない状況が続いております。そのため、野洲川の南部地域である甲賀、甲南、伊賀、阿山の住民にとって、1号線へ迂回しなければならない使い勝手の悪いインターとなります。県も市も財源の厳しい中であり、建設部長も県当局との折衝においていろいろとご苦労とご推察いたしますが、以下の路線につきまして格段の配慮を望むものであります。
まず第一に、県道甲賀土山線であります。これは第2工区と呼ばれるものです。佐治新田からインターへ直線で結ぶ道路であり、甲賀町の南西部、甲南町からはなくてはならない道路であります。
第2番目、県道岩室神線、幻の県道と言われ、現在、農道でありますが、計画されている名阪名神連絡道と一部並行する線であります。
3番目、市道源田中野線、コムウッドから岩室地先までの拡幅、約500メートルであります。この線は伊賀方面から油日、檪野を経由し、コムウッドまでは2車線が確保されており、あと500メートル拡幅すれば、当面のアクセス道路として最適であります。
4番目、県道岩室北土山線、これは岩室地先の山口理容店から大沢地先の拡幅であります。これが約500メートル。これは岩室と大沢を結ぶ道路であり、大沢地先は拡張済みであり、よりこれが拡張されると甲賀と土山が近くなります。
私の大好きな“幻の県道”というワードが出てきたので思わず赤字にしてしまった(笑)。
昭和30年代の路線認定からずっと未完成だったとしたら、こう呼ばれるのも不思議ではない。
「現在、農道ではありますが
」というのは、先ほど掲載した昭和61年の道路地図帳に掲載されていた、今は県道ではなくなっているルート(【ここ】の右の道)が現在は農道であるようだから、そのことを言っていると解釈した。
ほかにも、レポートに登場した県道24号、県道539号、市道源田中野線それぞれについて、改良計画があることを言及している。
これに対する建設部長の答弁は、以下の通り(抜粋)だった。
○建設部長
県道3路線の今後の見通しでありますが、まず県道甲賀・土山線第二工区につきましては、平成14年度に用地測量、補償調査まで終えていただいているところでございますが、その後の財政事情等により、今年度末、供用を予定されている同線の第一工区を優先すること、また路線延長が非常に長く、事業も長期にわたることから、現在のところ事業の再開が見合わされている状況であります。当路線は南部地域から(仮称)甲賀・土山インターチェンジにアクセスするための重要路線であり、各地域からも早期着手を望む声が多くある路線であります。このことから、市といたしましても今後施工区間を分けて部分的にでも事業着手いただくなど、第一工区に引き続き、早期効果が望めるよう強く要望を重ねてまいりたいと考えております。
次に、県道岩室神線並びに岩室北土山線につきましては、いずれも整備計画の対象外路線であり、優先順位も低いことから、具体的な路線計画の樹立まで至っておりません。このことからも、両路線につきましても、今後引き続き県に対して要望を行ってまいりたいと考えております。
最後に、市道である源田中野線についてでありますが、当路線の整備につきましても、既に旧甲賀町におきまして、地元地域に対し道路計画の詳細説明を終えているところでございます。一部権利者のご理解が得られず、前向きに進んでない状況でもございます。当路線につきましては、県道甲賀土山線第二工区と相まって、南部地域から(仮称)甲賀・土山インターチェンジへのアクセスするための関連道路であることから、両路線の施工時期等の整合を図り、優先路線として進められるよう、今後も強く要望を努めてまいりたいと思います。
にゃーん(涙)。
「整備計画の対象外路線であり、優先順位も低いことから、具体的な路線計画の樹立まで至っておりません
」とのことだ。 絶 望 的 !
6年後、平成24年の9月定例会で久々に県道岩室神線の名前が登場した。が、県の道路整備計画における事業継続路線であるが「用地の課題や県の財政事情により休止状態が続いている路線
」として、他のいくつかの路線とともに名前が列挙されただけだった。整備計画自体は中止されることなく、現在も生きているようである。
昭和30年代、来たるべきモータリゼーションを担う有力な路線として期待されていたからこその早い県道認定であっただろう。だが、並行する県道で、主要地方道でもある甲賀土山線が優先され、整備は思うように進まなかったと思われる。
昭和60年代以前には、佐山丘陵を直線的に横断して岩室と神を最短で結ぶ県道バイパスが計画され、長らく県の管内図に破線の計画線として居座ってきた。
平成10年代には、新名神の整備という地方の予算規模を無視しうるビックプロジェクトに接する機会を得、ICへのアクセス道路として期待されたことはあったが、最終的にはこれも逸してしまう。
ただし、未来への投資か、一縷の望みか、高速を潜る立派なカルバートだけは用意された。
平成30年代以降、名神名阪連絡道路の議論が本格化するかもしれない。
県道岩室神線が「この道は神!」と絶賛される未来が来るのか。
たかが4.1kmの道のりが果てしなく遠く感じるが、“神”への道は一朝一夕に成らないものだし、それでこそ有り難みもあるのだ。生きてる限りは見守ろう。