2020/3/4 6:32 《現在地》
数ヶ月前、ペッカー氏のツイートで見た“驚愕の光景”が、私の前にも現われた。
河原にある巨大な岩に、トンネルにしか見えない大穴が貫通していた。
それ以上でも以下でもない、極めて不可解な景色である。
初めてこの穴の存在を知った時、私はこれが人造の穴であることに対して、もの凄く懐疑的だった。
なぜなら、河原に孤立している大岩にわざわざトンネルを掘って通行するなんてことは、苦労に結果が見合わない馬鹿げた行為だ。
左右か上に迂回すれば良いじゃないか。いくら大きいといっても所詮は岩。10メートルも進路をずらせば済むことだ。
或いは、逆に岩を退かすか壊してしまうことだって出来たはずだ。ダイナマイトがあるだろう?
色々な選択肢がある中で、敢えて岩のど真ん中に突進し、トンネルを貫通するなんてことは、普通じゃない。
普通じゃないから、こんなに沢山トンネルを見てきた私でも見たことがない景色なのだ。
謎深いこれが写真の中にあったときは、とてもとても、もどかしかった。
自分が写真の中に分け入って、周囲をくまなく確かめて、正体を暴きたいと思った。
その願いが、やっと適う。
岩に飛び移りたいのを抑えて、外濠作業から。
まずは位置の確認。
最大まで拡大した地理院地図には、この穴あきの大岩が描かれている。
さすがに穴は描かれていないのだが、岩そのものは描かれている。
これは等高線ではなく、れっきとした「岩」という地図記号で、なるべく岩の様子が分かるように表示するということになっているので、大きさも形もまちまちである。航空写真をもとに作図しているはずだが、この大岩は空からも見えるのだろう。
付近に同じような大岩がいくつもあるように書かれているが、現地を見る限り、この穴あきの大岩が飛び抜けて巨大で存在感もある。
現地の観察に戻ろう。
まずは望遠で穴の周囲を覗いてみた。
ものの見事に刳り抜かれているとしか言いようがない造形だ。内部も入口と同じサイズで綺麗に抜けていて、長さは5m以上あるな。床に水溜まりが見えるが、他には何もなさそうだ。
自然界にある造穴現象はいくつかあるが、基本的には海蝕洞や甌穴のような水の侵食作用か、鍾乳洞のような化学的な作用によって自然空洞が発生するようだ。
ここは水際ではあるが、この高さこの方向に侵食作用で貫通するとは考えにくく、鍾乳洞とも考えられない。そもそもこの際立った直線形には、明らかに意思が感じられよう。
すなわち人工の穴、隧道であると考えるが、ならば何の為に掘ったのか。
それを知る鍵は、穴のサイズや構造はもちろんであるが、それは近づいて確かめるとして、道ならば当然前後の関係があるはずだから、穴の前後に何があるかの解明が重要である。
例えば、そこに階段があれば人が通るための穴だと思うし、轍があるなら車道、レールがあるなら鉄道と判断できよう。
しかし、穴の直後と直前は、どちらも空中であり、目に見える道はない。
橋があったのだろうか。消えたモノの行く先まで仮定する必要があるようだ。
ちなみに、こいつの正体として、探索前から考えていた有力な説が二つあった。
一つは、上流あるいは側方斜面の上部から、隧道が掘られた地山の一部が河中に墜落したという、移動岩体説である。
説明可能な前例もなく、馬鹿げていると思うかも知れないが、確かに破天荒である。しかし、河中の大岩にトンネルが貫通している説明として破綻はない。
もう一つの有力説は、個人的に面白みは落ちるが、遊歩道説である。
サイズが自動車には小さいように見えるし(トロッコなら通れそうだが)、前後に繋がる道が見当たらない。右写真のように、大岩のすぐ上流に取水ダムがあり、穴から直進しても進路はなさそうだ。
その一方、辺りは風光明媚な峡谷である。しかもすぐ上流には七泰の滝という地図にも載る景勝地がある。
現在はあまり広報されていないようだが、かつて村がこの滝の観光を推奨し、遊歩道を設えたと仮定するなら、河原にあって目立つこの大岩に一名を与えたとしても不思議はなく、そこに隧を穿つことで奇を衒うこともまた、自然に手を加えることが観光の力と考えられていた時代にあっては、あり得そうだ。
この二説に正解があるのか、はたまた別の有力な説が浮上してくるのか。
写真からは分からなかったナマの情報を集めるために、これより路上を逸脱して穴への接近と、侵入を、試みることにする。
探索の本番は、こっからだ。
近づこうにも、現在地から直接には河原へ入れない。
なので、下流側の最初に大穴を見つけた辺りまで一旦戻って、写真の黄色い矢印のルートで入渓しよう。
なお、最初は興奮しすぎていて気付かなかったが、大岩の少し平らな上面(赤い矢印の位置)にも、何か人の手が加わっている気配が……!
倒れた雪だるまの形をした大岩の頭部分の上面に、テトリ●ブロックが置かれていた。
廃道遊びに興じすぎて、現実世界とゲームの区別が付かなくなったのか俺は。なぜここにテ●リスブロックが有るんだ。
冗談はさておき、この大岩がただ通過されるだけの自然物ではなかったことの示唆だろう。
大岩の上に何か大掛かりな装置が置かれていたことがあるようだ。
それが隧道とは無関係の可能性もあるが、基本的には人煙稀な山峡であり、さほど何度も工事の機会があったとは思えないのも正直なところ。
今のところ、歩道の開設、林道の開設、取水ダムの工事といった3回程度の機会が想定できるが、1番目は証拠がまだない。
また、同じ川の中での出来事ということでみれば、取水ダムの工事と最も関連が深そうだと思った。
6:37 《現在地》
目論見通り、道路脇の斜面から、河原へ降りた。
落差7〜8mの草と土の斜面で、踏み跡はないが、困難ではなかった。
だが、降り立った途端、困難が顕わになった。
車道の高さから見下ろしたときには気付き辛かった、河原の凄まじい起伏が顕わに。
幅3〜40mは離れた対岸正面の岩壁に、既に発見済みの穴を確認した。
取水ダムの仮排水トンネル跡と目される廃隧道である。その内部を探索する必要はないと思うが、
謎の穴の手掛かりを広く探すために、対岸にも一応は足を伸ばしておきたいと思う。
それはさておき、肝心の穴あき大岩だが、
これが……
下から見ると、本当に馬鹿でかい!
奥に見える尖った岩が穴あき大岩だが、このアングルだと穴は見えない。
どこかへ移動する必要があるが、この移動が、初っ端から一筋縄ではない。
例えば近づきたいと思っても、前衛のような目の前の岩がデカすぎて、これすら徒手空拳では越しがたい。
とりあえず、穴が見える位置まで、少しだけ後ろへ移動だ。
強者感が半端ない!
この谿(たに)を睥睨する魔王の眼窩……。
第一発見時にはやや見下ろすアングルとなったことで軽減されていた迫力が、解放されている…。
マジかよ……、これは……。
これは、遊歩道じゃないと思うぞ……。
遊歩道説は、早くも脱落と見て良いんじゃないだろうか……。
さすがに、この険しさを進んで体験しに行こうというのはアルピニストの専売で、
遊歩道が迂回できるのに突っ込んだら、無駄に命を張らせる失策だ。
というか、私はこれは、入れるんですかね……?
当然その気でいたんだけど……。
まず、目の前の“前衛峰”ならぬ“前衛岩”が、越せそうにない。
この累々たる大岩たち、この大きさだから当然ながら、隙間が多くあり、
上から見ていたときにはどこにあるかと思っていた大量の渓水が、
大岩の下を伏流して、ザブザブと吹き出していた。
これが一種異様な威圧感を増幅させていて、
正面方向から立ち向かわせる意思を奪った。
まあ、全力で立ち向かっても多分勝てなかったが。
下流側からは、前衛の岩が邪魔で、穴あき岩へ近づくことが難しいと分かったので、対岸へ迂回することにした。
対岸でなく、道がある右岸も、路肩擁壁の下が歩行可能かと思われたが、色々なアングルから景色を見たいという気持ちもあり、敢えて遠回りの対岸へ回り込んだ。
途中、河芯を横断する必要があったが、一つ一つが軽自動車くらいある大岩を伝っていくうちに、どこが河芯か分からないまま対岸寄りに達していた。
もっと大きな岩も多いが、中型貨物自動車サイズとかに乗っかると、大きく移動した後で結局降りられないようなこともあって、アスレチック立体パズルゲームのような川渡りだった。
写真は、ほぼ対岸から、振り返り気味に撮影した穴あき岩だ。
穴の向きが岩の形と絶妙にマッチしていて、ほぼ正面からしか穴の存在が見えないことが分かる。
Post from RICOH THETA. - Spherical Image - RICOH THETA
この場所のスケール感は、やはり比較対象物が写ってないと分かりづらいだろう。
なので、私という比較物が写っている、全天球画像を用意した。
仮排水路隧道が一時近くにあったが、背を向けてもう一度河芯を横断すると、U字コースで前衛岩を迂回することに成功した。
そしてようやく、私の足が穴あき岩の真下に立てる道筋を捕えた。
ここではじめて穴あき岩の根元も見たが、やはり地山の一部ではなく、河原に転がる一つの独立岩であるようだ。
さすがにこの大きさだと、川を流れ下れるとは思えないので、左右どちらかの山上から墜落してきたのだろうか。
人が初めてここに至るより以前の自然の出来事かも知れないし、ダムや道路を建設するための爆破の結果という可能性も、ゼロではない。
いずれにせよ、恐ろしいスペクタクルだったろう。
穴は、矢印の位置に開口しているはずだが、これだけ近づいても、この角度からは全く見えない。
次の写真は、写真右端に見える水場である。
ゾクゾクきた。
穴あき岩(左)と、隣の大岩の隙間には、深淵が覗いていた。
大峰山脈の雲より零れ、幾多の滝に磨かれた、人を見ざる清澄が、湛えられていた。
のっぺりとして、実は恐ろしく深くて、黒に沈んでいた。
大岩の下を回り込んで上流側へ向かうことは、出来ないと分かった。
辿り着けない!
穴はこの真上、凹んで見えるところにあるが、
オーバーハングがきつく、手掛かりもほとんどない。
やはり遠目に見た通り、下流から穴に上ることは無理だった。
上流側へ行くぞ!!
山側から回り込んで、上流へ向かう。
しかし、そこもまた一筋縄ではないかない。
道路工事で爆破された岩塊なのか、河中のものよりも明らかに角の目立つ巨岩が高く山積しており、隙間は多くあるものの、隙間を利用して登っていく気にはなれない。万が一、岩が動いて挟まれたら、嫌な死に方をするだろうから。
挟まれないルートを探しながら慎重によじ登り、穴あき岩を振り返ったのが、この写真だ。
穴は見えないが、その前にある小さなテラス状の部分の縁が僅かに見えている。岩のどこかに取り付いてから、表面を伝って穴に向かうことは無理だ。全体が滑らかで歯が立たない。
Post from RICOH THETA. - Spherical Image - RICOH THETA
川が作り出した天然のジャングルジムに、
身体全部で挑んでいる。何もかもが大味だ。
しかし、この苦闘が、小さな発見をもたらした。
画像をグリグリして、私の足元を見て欲しい。
穴あき岩の周囲にある、穴あき岩より小さな岩石の上面に、
人工物と思われる凹みが、多数発見されたのである。
これらの孔は、天然の甌穴ではないと思う。配置にやや規則性が感じられた。
孔の正体は、木製橋脚か、索道の支柱のような、なんらかの柱状の構造物を支えるためのものだと思う。
位置的に、大岩を貫通する穴の軸から大きく外れており、穴を通っていた道の橋脚ではないと思う。
もっとも、これらの岩が移動していないという前提だが。
むしろ、近くにある“テトリス台”との関係が濃いのかも知れない。
穴あき岩の山側側面を通過中。
自転車を残してきた道路との高低差が存外に大きい。
この辺りの河原に水気はないが、岩の上に流木が引っかかっているので、大水の際には穴あき岩が中島と化する激流となるのだろう。
ここは例の“テトリス台”の最寄りでもある。
しかし、やはり下の方がオーバーハングしているため、登ることは出来なかった。
6:56 《現在地》
上流側へ到達。
取水ダムのコンクリートウォールが、前方50mの位置に立ちはだかっている。
このまま川を溯上して、滝を目指すことは無理だろう。
上流との圧倒的隔絶を感じる。
穴あき岩を潜った“道”は、どこを目指していたのか。
まだ、見えてこない。
さあ、穴を潜れるかどうか最後のチャレンジだ!
一つの岩の裏表に過ぎないが、尋常でない河川勾配を物語るように、
下流側よりは圧倒的に、河床と穴の落差が小さくなった。
突撃ーッ!!!
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