2023/5/12 4:48 《現在地》
第二タコジリトンネルへ突入した。
記録によれば全長は386mとのことだが、入口から出口まで一直線なので、入る前から出口の光が見通せる。
照明は撤去されているので内部は暗いが、廃トンネルにありがちな薄気味悪さはあまり感じない。壁も路面もとても綺麗で老朽化した感じが少ないので、廃トンネルというよりは、未成道のトンネルを相手にしているような印象だ。
このトンネルは昭和51(1976)年に開通し、平成14(2002)年まで26年間を国道229号として活躍したが、旧道となった直後に両坑口が密閉された。だが、令和3(2021)年に再び坑口が解放され、立ち入れるようになった。
したがって、廃止後は密閉されていた期間の方が、開いてから過ごした期間よりも遙かに長い。このことも老朽化から遠ざける効果があったと思う。
お食事中の方はごめんなさい。
トンネルに入って間もなくの路面に、クマの糞が落ちていた。北海道での廃道探索をしていると、見ないで終わることの方が珍しいヒグマの糞だ。
茂津多岬の一帯は狩場山地に含まれるのだが、同山域は道内でもヒグマの生息密度が高いとされる。幸い、私はまだこのエリアでの探索中に遭遇したことはないのだが、糞があるということは、旧トンネルがヒグマの通り道になっていることを示唆している。
以前から、道内の旧トンネルが(内地以上に)執拗に封鎖されている理由として、そこがヒグマの越冬場所となって繁殖が過剰に進むことを懸念しているからだという説がある。この説の真偽は不明だが、少なくともこのトンネルには最近ヒグマが立ち入ったことが分かる。一方、大量に糞があるわけではないので、生活の場所ということでもない様子だ。
“もぬけの殻”という印象が強いトンネル内部だが、廃止後に撤去されずに残されたものもある。
例えば、非常用の消火器を入れるボックスと、火災を通報するための押しボタンがセットになった装置は、壁面にそのまま残されていた。
もっとも、消火器自体は取り外されて撤去されていたが。
(←)
あとはこれ。
非常電話装置。
これもそのまま残されていた。
加えて、通報者の便宜のためにある現在地を表示したプレートも残っており、その内容から、このトンネルが現役当時は間違いなく「狩場トンネル」として案内されていたことが分かる。
前述の通り、旧道時代の狩場トンネルとは、複数のトンネルと覆道をまとめた呼称であった。
そして、プレートに記されている1356mという全長のうち、300mほどが現・狩場トンネルに引き継がれており、残りの1000mくらいは廃止されている。
今いる場所は、廃止された1000mの入口から約200m地点とのことなので、あと800mほど進めば、地中の“終わり”に辿り着けるハズ……。
自転車に跨がっている私の速度は速い。
何しろこのトンネル内は、照明がないことを除けば、現役の国道トンネルと変わるところがない理想的な道路状況なのだ。
そして特段変わった発見もないので、どんどん進んだ。
結果、5年前のカヤック探索の苦労(スーパー凪いでいたおかげで漕ぐこと自体は楽だったワケだが、カヤックの準備作業も含めれば、やはり相当の手間と時間がかかっている)をあざ笑うかのように、全くあっという間の出来事で、あのときの最終目的地であった地上が近づいてきた。
このようにトンネル内からその地上の景色を見るのは初めてだったが、それでも見覚えのある構造物だということは、すぐに分かった。
印象的な、赤色の覆道に囲われた地上が、近づいてきた。
第二タコジリトンネルの南口に迫った。
トンネルから続く覆道は、全長106mのタコジリシェッドである。
そしてそのまま次の穴床前トンネルへ繋がっている。
しかし、第二タコジリトンネルと同じく、このシェッドも単体としての名称を現地で知る手掛かりは用意されていない。
これらの単体名は机上調査で知ったものであり、利用者への案内としては、このシェッド部分も狩場トンネルの一部という扱いだった。
これは坑口を塞いでいた封鎖壁の痕だ。
これまでに通り過ぎてきた各坑口にも、同じような痕があった。
この痕を調べたことで、封鎖壁の厚みが約30cmであったことや、ボルトを利用した内壁との接着方法が判明した。
かなり頑丈な固定が行われており、現在も封鎖されている旧トンネルの壁が自然の成り行きで倒壊することは、あまり期待できそうにない。
4:52 《現在地》
探索開始からまだ8分しか経過していないが、5年前のカヤック探索の最終到達地点というべき区間に、辿り着いてしまった。
そして、なんだかここはまだ荒れていた。
5年前がそうだったのだが、いかにも廃道らしい荒廃が、ここには残されていた。
わざわざトンネルの封鎖を取っ払ったのだから、ここも通りやすいように整備されているかと思いきや、相変わらず荒れたままになっていた。
今回は全く労することなくここまで来られたが、以前のここは本当に最果て感と孤立感に包まれた、救いようがないほどに寂しい場所だった憶えがある。
トンネルとトンネルの間にある短い覆道の海側には、鋼鉄の丸い支柱が立ち並んでいるが、その間隔は広いので、隙間から一服の清涼剤のような日本海を見ることが――できない。
そこには海ではなく、刑務所の外壁とか、紛争地の阻塞を思わせる、高く無骨なコンクリートの壁が、立ち塞がっていた。
それは紛れもなく道を海から護る防壁だったが、かつて海上からのアプローチを試みた私にとっては、最後の難関として立ちはだかるい巨大な障壁となった。
今日はこれを乗り越える必要がないことは、とても有り難かった。
刑務所の運動場。
前後のトンネルが封印されていた5年前のここは、本当にそんな感じだった。
海側を塞ぐ防波堤の高さは、右の覆道の屋根と比較してもらえば分かるとおり、生半可なものではない。
だが、この場所が真に息詰まる光景であったのは、防波堤だけの理由ではなかった。
それを確かめるためには、もう少しだけ外に出てみる必要がある。
覆道(タコジリシェッド)の外観は、このようなものである。
昭和51年の開通当初からここにあって、2つのトンネルに挟まれた短い明り区間から空を奪う代わりに、安全を与えていた。
その屋根の上に重ねて置かれている白いものは、発泡スチロールのブロックだ。
軽くて緩衝性に富んだこの素材は、覆道を直撃する落石から構造物を護る効果が期待されている。
ただ問題は、この写真の画角では全く以て見切れている背後の巨大な岩の崖。
覆道の屋根に落石をもたらすであろうこの岩の崖の規模である。
真にこの地を息詰る場所としていたのは、道の生殺与奪を完全に掌握している、この岩崖だった。
ご覧、くださいませ……。
崖高過ぎ問題。
この崖の高さは、ここから見上げられる範囲だけでも150m以上ある。
この覆道があるおかげで、現役時代の道路利用者のほぼ全員が知らなかったと思うが、
この道は、こんな尋常ではない崖に睨みを利かせられながら、何食わぬ顔をしていた。
さも、現代の安全な国道であるという顔色を、私たちに見せていた。
そして、そんな無辜の信頼を破られた出来事が、あの豊浜トンネル落盤崩落事故だったのだと思う。
せっかく素材があるので、ボツとなったカヤック探索の写真も見てもらおう。
これは「現在地」沖の海上より見た、旧道が眠る海岸の地形だ。
中央付近の海岸に白いものが見えるが、覆道に乗せられた発泡スチロールブロックの列だ。
手前の岩場を第二タコジリトンネルが、奥の岩場を穴床前トンネルが、貫通している。
圧倒的迫力に気圧されながらも、異様なほどの凪ぶりに勇気を貰い、
タコジリシェッドへの上陸へ向けて接近を試みている最中の画像だ。
海上より近づこうにも、この場所は本当に“堅牢”な守りを持っていた。
3階ほどの高さまで消波ブロックが積まれていて、その上に防波堤があった。
そして、今となっては信頼感がだいぶ薄れてしまったが、落石防止ネットが頑張っていた。
高さ150mもある崖にネットを張った職人たちの仕事ぶりは、永遠に顕彰されるべきだろう。
完全な凪ぎに助けられ、本来ならカヤック上陸には極めて不向きな消波ブロックに接岸できた。
そこからこんな見上げるような“テトラ・ジャングルジム”を慎重に上り詰めていくと、ようやく防波堤だった。
防波堤の外壁には、オブローダーの皮を被った冒険者に向けられた国交省名義の看板があった。
この場所に限らない各地の旧道で目にする汎用の「立入禁止」看板だったが、
ここほど受け取る人間を選ぶ看板設置場所は、なかなかあるまい。
苦労して防波堤に辿り着いても、その高い垂壁を乗り越えない限り、旧道を見ることさえ出来なかった。
私は、この壁の端部が地山と接触する部分に活路を見出し、徒手空拳でよじ登って突破した。
結果
ようやく、この地に孤立した旧道の姿を確認し、直後にもう一度、危うい岩場を攀じ下る作業をして、
“今回”の探索ではスタートから僅か8分で辿り着いた地点に、ようやく至ったのだった。
以上が、2018年の探索の大略である。当時のこの場所は、本当の意味での行き止まりであった。
これより、今回の最終ターゲットである、穴床前トンネルへ!
“前回”は、山側から押し寄せる大量の土砂によって2m以上も埋め立てられていた坑口だ。
こんな救いのない劣悪な環境にあった坑口なのに、今回本当に開口してやがった!(驚)
開口作業時には土砂も綺麗に退かしたのだろうが、その後新たな土砂が供給され続けている様子。
……これまでの八峰、第二タコジリトンネルにはなかった廃トンネル謹製の禍々しさが、感じられる……。
次回
封印を解かれた旧トンネルの底から聞こえてきた
不思議な“波の音色”の正体が明らかになる。
刮目せよ……。
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