今回の探索の主題は、太郎丸隧道へ東側から辿り着くこと。
その場所には最新の地形図にも道が描かれており、それを外さず辿って行けば、自然と隧道へ辿り着けるはずだ。
だが、この道を通り抜けたという報告は見たことがない。
それは、どのような理由からなのか?
当然嫌な予感はしたが、地図上から読み取れる基本的になだらかな地形、900mという彼我の距離、3〜40mという高低差、そのいずれも脅威を感じるほどではなかった。
さらに、この日の全体の行程を考えると、ここはぜひとも自転車もろとも通過してしまいたかった。
以上のような事情と思惑を持って、私は愛車を伴って太郎丸隧道へ挑むことを選択したのだった…。
だが、その企みは入口から躓いた!
橋が有るか無いかと問われれば、確かに有る。
有るんだけど、この状態。
明らかに、普通の状態ではない。
裸のIビーム単桁 = “平均台”
というやつだ。
この様子を見る限り、廃止からどれくらいの時間が経過してるのか?
自ずとその最低値は大きくなる。
だが、木橋でないことを考えれば、最大値にも限度がある。
いずれ、銘板や橋歴板が見あたらない以上、これ以上の想像には無理がある。
とにかく、渡るしかない。
この橋、揺れるぞ…。
自転車を右の小脇に抱え、バランスを取りながら2本の足で歩行する。
必然的に歩幅は小さく、ほとんどすり足のようになる。
救いなのは、鋼材の表面にリベットなどの凹凸が見られないことだった。
そのお陰で、もっともシンプルな平均台の要領でこれを渡ることが出来た。
渡っている最中、橋は微妙に振動した。
振り落とされる恐怖を感じるようなレベルではないが、ミニ鋼橋のいたずらに、心がざわついた。
しかし、本当の問題はこの橋ではないだろう。
この橋が眼前に現れた時点で、もっと言えば、有るべき地点に分岐を見出せなかった前回の時点で、大きな大きな問題があったのである。
14:39 《現在地》
――2分後。
案の定、 案の定だよ…。
入口の時点で廃道であることは確定していたが、この廃道は藪がキッツイ事になっていることが何よりも問題であり、先行きに不安を感じさせる要素だった。
その藪が、橋を渡ってわずか2分で、本格的に行く手を遮った。
まだ50mも進んでいなかった。
心を折りに来た!
こんな藪が、これから続くのか?
900m足らずとはいえ、こんな“木の薮”を相手にしていたら、
到達までに日が暮れるか、肉体が疲弊して死んでしまいかねない。
まずなにより、この目前にある数メートルの木薮は、
真剣に刈り払いをしない限り、間違いなく突破が不可能だった。
どうしよう。
私の判断は、時間と体力を大幅に消耗する刈り払いによる正面突破ではなく、
すぐ近くにある谷沿いの原野(休耕田か氾濫原か区別不可能)へ迂回するというものだった。
正確に道路上をトレースすることが探索の王道だと思うが、
午後3時近くにスタートしている都合上、隧道到達できず
日没終了という失敗はどうしても避けたかったし…
正直、手頃な迂回可能性が近くに見えるこの藪には、
頑張り抜くだけのモチベーションが保てなかった!
上の写真を見れば、私のそんな気持ちが分かって貰えるはず。
しばし、道でないところを迂回させていただきます。
なんか、沼っぽい感じに……
なってきた………
チョー不安。
自転車を持ってきたことが、やっぱり良くなかった。
歩行のあらゆる場面に支障を感じる。
14:45 《現在地》
… 泥 沼 ?
地形図だと、この辺りに小さな丸い溜め池が描かれているが、実際にはその姿は無く、激しく蛇行する小国沢川の水流の一部となっていた。
ここの100mほど下流に砂防ダムらしき堰堤が描かれているので、その堆積物によって河床が上昇したのかと思われる。
やはりこれも中越地震の影響だろうか。
もしこの泥地が底なし沼のようであったら万事休すだったが、実際には水がほとんど流れておらず、表面がかなり締まっていたので、自転車を押して徒渉することが出来た。
…ふぅ。 やはり路外を行くのも、“綱渡り”的だなー。
早く安心したいが…。
沼地を突破し、さらにその先に現れた草地の向こうに、本来辿るべき道の姿が見えてきた。
道は50mほど先で道は左の山陰に一旦隠れ、その後で再び、正面の山腹へ現れていた。
明らかな、高度の上昇を見せながら。
…どうやら、決断を迫られる時が来たようだ。
これ以上逃げ回っていても、隧道へは辿り着けないと言うことだろう。
当たり前だよな… 分かってっけど、キツいな。
な〜にやってんだろうなー。
半湿地の原野をガサガサと掻き分けて歩いている最中、
そんな苦笑めいた自問自答が繰りかえされた。
オブローディングの最中にも、ときおりは冷静になる瞬間があって、
特に道でもないところを這いずっているときとかは、そもそもの熱中度が低いために、
よく “醒める” 。
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14:49 《現在地》
さあて、ここからが頑張りどころだ。
この目の前の草地の斜面を、高低差で20mほどよじ登らねばならない。
もうこれ以上下流へ迂回を続けることは、道路との比高の増大のみならず、砂防ダムの存在によって、完全に不可能だった。
しかし今回は間違いなく、砂防ダムに助けられた。
砂防ダムがなければ、ここまで自転車同伴で来ることは出来なかったはずだ。
砂防ダムが堰き止めた大量の土砂が、谷底に平坦な草地という迂回スペースを用意してくれていたおかげなのである。
丑松洞門の発見に続くこんな偶然が、何かの“導き”であるとは、考えられないだろうか?
「なにやってんだろうな〜」
引き続き、引きつった苦笑を見せつつ、私はこのあてどない斜面を、自転車と共によじ登っていった。
上には道が見えているのだから「あてどない」というのはおかしいと思うかも知れないが、その道の状態が全く分からない状態――そこには自転車を通ずる余地が全くないかも知れないにもかかわらず――で、大苦労のうえに自転車を運び上げる作業は精神的にあまりに心許なく、「あてどない」も同然だった。
無論、本当にあてどなければ、こんな事はしないであろうが…。
なお、敢えて自転車を持ち込もうとした理由は、既に書いた事とも重複するが…
1.数年前の情報だが、隧道は貫通していると言うことを知っていた(ただし自分で見たわけではない)。
2.今回の行程上、この峠は自転車で通過し、そのまま先へ進みたかった。
3.丑松洞門からのアプローチや、砂防ダムによる迂回路の出現といった僥倖を感じさせる展開の連続から、あたかも私を導く超然的な意図があるかのような気分になった。(今日はツキがあると思った)
4.車道の廃道は、車両で通行する事こそが理想。
…といったような理由があった。
このうちどれか1つがかけていても、ここまではしなかったろう。
分かってる。
道路じゃないところで、私が幾ら苦労したとか大変だったとか書いても、あんまり面白くないよね…。
だからこのくらいにするが、大変だったんだから!
15:55
よっしゃーー!
路盤に登り遂せて、現在地はココ!→
最初900mあった行程のうち、500mを終えた。
そのうち450mまでは、迂回により現状を見ずに済ませてしまった。
心残りが無いわけではないが、藪絡みの苦闘の多くは、探索時期を適切に選ぶことで回避できうるものであり、今回はこれ以上追求しない。妥協する。
よじ登ってくる最中、最大の不安事項であった藪の状況は、
どうだったのか。
なんとかなりそう?! だぞ?
妥協するとは書いたが、路盤への復帰地点から少しだけ、自転車のない身軽な状態で路盤を引き返してみた。
すると、すぐにこんな風景。
やはり藪が凄まじく、夏場に自転車を通すのは難しい。
改めて踵を返し、今度こそ太郎丸隧道へ歩き出す。
願わくは、心より願わくは、
隧道まで辿りつかせてくれ!
←おせないよ
やっぱり恵まれている! 今日はツイているぞ!!!
先ほどまでの状態から見れば、奇跡と思えるほどに、路盤の藪は薄らいできていた。
谷底を少し離れ、日陰のある樹林帯に入ったのが良かったのだろう。
先ほどまでの明るい藪こそ、私がもっとも恐れる最凶の藪、“マント群落”に他ならなかった。
さあ、どんどん行くぞ!
おっかないのは、このように陽の当たる場所だった。
やはり日当たりの良い場所は、藪が劇的に濃かった。
しかし、ここでは微妙な標高の高さが味方したのか、土壌の違いなのか、自転車での通行に対し決定的な障害となる灌木がほとんど無かった。
その代り、ワラを敷いたような枯れススキの路盤には、やや旬をすぎたノッポのワラビたちが、もの凄い勢いで生まれ出ていた。
この辺りでは、山菜採りにわざわざこんな不便なところまで入ってくる必要がないのだろう。
ワラビの他にタラの芽なども見えていたが、一向に採取されている様子は無かった。
路肩から見る、眼下の風景。
この小国沢川の谷底は、大字の境になっている。
手前側が小国沢、奥側が法末である。
そして谷底の田んぼは全てが法末側で、砂防ダムより下流においては、耕作が続けられていた。
そんな長閑な風景を少し遠くに背負いつつ、隧道への人知れぬ挑戦は、いよいよ決着の時を迎えつつあった。
ギャー!
タノムヤメテクレ!
ヤメテクレェ!
ここまでの展開を踏まえれば、私の怯えも納得して貰えるだろう…。
まさに、カーブの度に祈りながらの探索だった。
手許のGPSは、既に現在地を坑口前にポイントしていた!
もう、それは今すぐにでも現れて良いし
…現れなかったら、逆に絶望的……。
怖いよぉ…。
…あ。
大丈夫かよ……。
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