隧道レポート 釣師海岸の謎の穴 前編

所在地 千葉県いすみ市
探索日 2014.12.09
公開日 2014.12.14
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【周辺図(マピオン)】

このレポートは、「いすみ市の旧岩船隧道」の続きである。

旧岩船隧道の探索は、この岩船という場所の“深淵”を体験するほんの前哨戦に過ぎなかったということを、この探索によって理解した。
探索時刻は、旧岩船隧道から数時間後である。
この間にもいくつかの小探索が行われているが、間の記憶がぶっ飛んでしまうほど、この探索…

「釣師海岸の謎の穴」の印象は強い。

←まずは、釣師(つるし)海岸と呼ばれている場所がどこにあるかをご覧頂こう。
地形図には記載がない地名だが、なぜか市販の地図帳にはすぐ南側の長浜海岸とともに、この釣師海岸の注記がある。
とはいえ、特段地形図から強い印象を受けるような場所ではないし、近くを市道が通過している、ただの海岸だと思った。
だから、この釣師海岸などというのは、当初の探索計画には全く入っていなかったのである。
当初は近くの市道を素通りするだけの予定だった。

それがなぜ、急遽足を踏み入れる事になったのか。

レポートは、そこから始めることにしよう。



釣師隧道は、全く何事も無く通過したのだったが。


2014/12/9 13:53 《現在地》 

ここは釣師隧道の東口。
このトンネルを今しがたくぐり終えたところだ。
『平成16年度道路施設現況調査』によれば、この全長61mのトンネルの竣工年は昭和56年で、見ての通り幅が随分と広い。9.1mもあるそうだ。
また、昭和27年応急修正版の地形図にも、この同じ場所にトンネルが描かれているので、おそらく最初は素掘のトンネルだったのだろう。岩船隧道と同じように。

なお、トンネル前は津波発生時における緊急避難地に指定されているらしく、いすみ市が設置した案内板があった。
その中に“定番の誤字”を発見してしまったが、誰も気にしていないから、直されもしないのだろう。幾らWindows標準搭載のIMEが「ずいどう」を「隋道」と変換する(今は違う?)からって、このミスが全国的に多すぎるよ!!



私は基本的に、探索中自転車で初めての道を通るときは、特に何もなくても、だいたいカーブを曲がる度に1枚は写真を撮影している。
ひとくちで探索中と言っても、メインの探索の最中と、その合間の移動の最中とでは、当然撮影する頻度も違っているが、後者の場面でも上記の通りである。
そして、この釣師隧道をくぐって、クルマを停めておいた岩船漁港へ向かうシーンも後者であったが、自転車を運転しながら、トンネルから二つめくらいのカーブを撮影したのが、右の写真である。

変に前置きが長くなったが、矢印のところに、何か色々な看板が立っているのが目に付いた。
それで自転車のブレーキをかけた。

典型的な、偶然の出会いであった。




13:55 《現在地》 

な! 何だこの有り様は!

この道端に、一体いくつの「危険」と「禁止」が並んでいるんだ?!

しかも、咄嗟に見ても、何が危険なのか全然理解できない。
「転落死亡事故」とか「落石」とか書いてあるけど、そこにあるのは、ただの竹林ではないのか??

何か得体の知れないものを感じたが、まずは近付いてみよう。




うおおぉ!!

奥に隧道らしきものが!


だが、本当にこの有り様はいったい何事?!

多くの警告板があるが、その設置者の名前も様々であった。
注意 この先落石あり」は、千葉県大原土木事務所。
危険 この先通行禁止 転落死亡事故多発地点」は、いすみ市・いすみ警察署。
落石のおそれのあるため漁業関係者以外の立入を禁止」は、不明。
この先崖崩壊のため立入禁止」は、いすみ市農林水産課。
(朽ちた)「通行禁止」は、いすみ市。

なにこれ…… 得体が知れなすぎて、少し気持ち悪いぞ。



私の熱狂を誘う、異常な数の警告板。

状況が全く飲み込めない。

一旦冷静になるべく、少しだけ現場を離れ、遠巻きに眺めてみた。


場所の状況はこうである。
市道から、階段が刻まれた歩道が、南の方角へ分かれていた。
歩道は下りながら、おおよそ30mほどで小さな丘のような山の根に潜っている。
短い隧道がそこにあるのだが、これだけの風景から警告板の真意を汲むのは難しい。



大縮尺の地図で、現場の状況を把握しよう。

実際ここへ来るまでは、市道からは釣師海岸が見下ろせるものと思っていたが、実際には(この地図の等高線をつぶさに観察すれば分かるように)、市道と海岸の間には小さな尾根があって、視界を遮っている。だから海は少しも見えないのである。

赤く示した坑門と、そこへ通じる小道とは、私がベースの地理院地図に書き足したものだが、位置は間違っていないと思う。

そして、この歩道とトンネルは、市道から釣師海岸へ降りるために用意されたものであろうということが、地図を見ることで予測出来た。
繰り返すが、市道からは海が見えない。だから、地図を使わずにこの行き先を想像する事は難しい。




釣師浜隧道(仮称)への挑戦 


「 落石事故により負傷者続出!
 立入禁止 」

さっきは、「転落死亡事故多発地点」だと書いてあったが、今度は「落石事故により負傷者続出」であるという。 

…こいつは、マヂでやべぇ場所なのか?
釣師海岸とは、一体如何なる危険地帯なのだろう。
ぜひともこの目で確かめたいと思ったが、そのためには、ぜひこのトンネルを通りたい!
(この時点では、トンネル以外にも、山越えその他のルートもあると思っていたが、実際には、陸から近付くルートはこのトンネル以外無かった)




坑口を塞ぐ、堅牢な鉄格子とその扉。
もしこの扉に施錠がされていたら、“ワルニャン”に打つ手はない。
だがどういうわけか、これだけ厳重そうなのに、施錠はなかった。

その代わり扉を塞いでいたのは、コンクリート製のU字溝がひとつである。
これを退かしてしまえば、容易く扉は開く。

どかせなかった!!

U字溝の中にコンクリートが充填されていて、一人の力では動かしがたい。
(しかも扉に向かって下りなので、手前に動かすのは極めて至難)

これは万事休すか。
施錠よりも、重量物で肉弾的に扉を塞ぐとは、これぞ本気の鉄壁と言うべきなのだろうか。
なにせこれでは、入口の看板では立入が許可されているはずの「漁業関係者」でさえ容易に立ち入れないのである。



U字溝は動かせなかったが、施錠されていない扉は、この程度(→)だけ開ける事が出来た。

あとはもう、人間の姿を捨てて、伝統の“ワルニャン”になるしかない。

それでダメなら、ここは諦めるしかない。


リュックを捨て、もちろん自転車はとっくに捨て、ウエストポーチもカメラを下ろし、全裸に…はならなかったが、腹を引っ込ませて、この隙間にチャレンジする。

足から行く。
問題は、写真にも写っているが、扉の中央に鍵を通すための突起があることで、そのためどうやっても立った姿勢ではすり抜けがたい。
だから“ワルニャン”ないしは“ワルにょろり”しかないのである。

足からするりスルリとヘビのように侵入し、当然骨盤が引っ掛かって止まるが、そこで体を捩りながら、少しずつニョロリにょろりと滑り込む。
骨盤さえ通れば、後は頭も無事に通り(ヘビヌコの法則)…



にょろり勝ち!

当たり前だけど、こうした行動は推奨しません。このバカを見るだけにするのが吉です。



肩で息をするくらい疲れたし、腰が痛い(←主に混凝土詰めU字溝と格闘したため)が、なんとか封鎖されていた隧道に侵入する事が出来た。

洞内は、外からも見えたとおり素掘のコンクリート吹き付けで、全体が海の方に向かって下っていた。
断面の大きさは人道用であり、人が2人並んで歩くくらいしかない。
岩船隧道もそうだったが、この一帯は激しく傾斜したトンネルが妙に多い。

なお、洞内には左右にいくつもの横穴が掘られていた。
いずれも2畳ほどの広さの小部屋に通じていて、いくつかの部屋同士も横穴で繋がっていたが、房総では珍しくないので詳細は割愛する。(集落が近いので、かつて防空壕として利用されたのかもしれない)



この隧道の名称は不明だが、「釣師浜隧道(仮称)」と呼ぶ事にしよう。


コンクリートで鋪装された洞床を入口から20mほど歩くと、いよいよ出口という名の光の元へ。
そして新たな驚きに見舞われた!

出口が二股になっていたのだ!

もう多少のことでは驚くまいと思っていたが、この分岐にはやっぱり驚いちゃう私。

とりあえず、右の出口は土砂の山でほとんど埋もれていて既に通れそうになかったので、直進の出口へ目を向けるが、そこには道路で見かけるような立派な警告板が…。
設置者は「大原土木事務所」となっているので、この道、あるいは海岸の管理者は県であるようだ。妙に本格的だぞ。




14:01 《現在地》

「通せんぼ」をするように立ちはだかる…というか、実際に「通せんぼ」をするためにあるのだろう警告板をすり抜けて、その背後の円形の坑口に達する。

洞内にもさやさやと流れていた海風が、ここでは潮騒を加えて一層強く感じられ、もし私の鼻が人並みに利くならば、強い潮の香りも感じられたことだろう。

もう目の前に海があるのだと分かった。

しかし、この正面の坑口は、正しい通路ではなかった。
坑口は、目の細かい金網のネットで半ば塞がれており、撓んだ隙間から何とか出る事は出来るが…




そこは切り立った海蝕崖の真っ直中!

どこへ行くことも出来ないのだ。

ただただ、崖に三方を取り囲まれた、ゴミひとつ無い釣師海岸を、

初めて目にする事が出来ただけ。



こいつは、まだまだ気が抜けないぞ…。




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