橋梁レポート 華厳渓谷と鵲橋  第2回

公開日 2008. 5.15
探索日 2008. 5.10

中空のワイヤ。 下れぬ谷。 

 覚悟の下降開始。


平坦な樹林帯と華厳渓谷へ落ち込む傾斜面を隔てる、一本の明確な勾配替わり線。これに沿って歩きながら「瀧壺道」を探すこと数分。
最終処分場の下水管から50mほど西に進んだ地点で、斜面下方に道らしき細長い平場を発見した。

私はここで珍しく、自分撮りの動画を撮影していた。
内容は単に「15時35分、華厳谷への下降を開始します」とアナウンスするだけのものだが、それは私に“相応の覚悟”があったことを意味していた。

ちなみに、星野五郎平翁が観覧客の荷物を預かったという建物が大平の縁のこのあたりにあったと思うが、一面の笹藪にその痕跡を見つけることは出来なかった。



15:35 華厳渓谷への下降を開始。

10mほど下に見えたと思った道らしき緩斜面は、確かに踏み跡のようであった。
右に写る巨木は、上の写真にもぼやっと写っているそれである。

写真に引いた白いラインが、どうも下ってくる「瀧壺道」の跡のように見える…。(黄色いラインは私の下降線)
全体的に傾斜していて、道であると断定するにはほど遠いのだが。

そしてその道(?)は私の立ち位置を通り抜け、華厳瀧の待つ上流方向(西)へ緩やかに下っているようだ。
なぞっていこう。





どうにも気になるのは、進路である山腹ではなく“下”だった。

霧が視界にリミットを与えているが、消え入る間際の斜面はもはや立ち入れぬ急勾配になっているように見える。
そこまで、高低差にして20mほどだろうか。もう少しあるか。


天気が良かったら、何が見えちゃうんだろうな…。




 あ う …。


なんか…これって……


別に俺の方から無理して近づかなくても、


向こうのほうから、近づいてきてるような…

  つかコレ。 下るどころじゃなくないか? …爺さん。





あの…。


   やめて貰えませんかね。

 気持ち悪いんで。


こういう…  山と関係のない… 革靴のようなものを捨てていくのは。

近くにお酒の瓶が落ちているのとかも、やめて貰えませんかねー。




確かにここには道があったのだと思う。

それが辿るべき瀧壺道であるかはまだ分からないが、山腹を均して幅2mほどの道をこしらえた跡が続いている。
ずっと上流方向へ続いていて、大平では全く聞こえなかった滝の音も間違いなく近づいている。

だが、問題が二つ。

ひとつは、この道が全然下っていかないこと。
もう一つは、目に見えて絶壁に“追い立てられ”はじめていること。

これらをひと言でいえば、 「先細って来てんだよッ!




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 見えた水面。 中空のワイヤ。


全く無人の原生林を思わせる風景の中に、不思議といろいろな人工物が落ちているのだった。
先ほどの革靴も、この小皿の破片もジュースの空き缶もみな、現在の展望台とかから飛んでくるようなものではない。
また、小皿の破片については観光客が持ち歩くようなものでもない。

大きな観光地のすぐ傍だからゴミが多いのは当然だと、何となくそう思って現地ではスルーしていたが、いま思うとかなり不思議なのである。
謎解明の手掛かりになればと、小皿の拡大写真をセットしてあるので見てみて欲しい。年代物なのだろうか?




15:40 下降開始から5分を経過。

 『 NO エスケープ! 』

そんな緊迫した電子音声のアラートが、脳内に響き渡る。


本当に、この霧によってかなり高度に対する恐怖感情を軽減されているように思う。
何度も言うが、天気が良ければ何が見えていたものか…。
また見に行きたい気持ち半分、近づきたくない気持ちも半分。

道はまだ…途切れ途切れになりながら…絶壁の縁にこびり付いていた。






下れない、これは。

下れるはずがない!!

じいさんよー! 
どうやって下ったんだよー!!


道も本当に無くなってきて、それが道なのか単に崖の縁の出っぱっただけなのかもよく分からない。
歩けてしまうから進んでしまうという状況。
或いは、進めてしまうからには道だったのだろうと、そう思える状況。
  (↑↑良くない状況です↑↑)


点々とある白いものはヤマザクラやヤシオツツジの落花に加え、発泡スチロール系のゴミ(これは谷風によって舞飛んできたものだろう)である。
他に、重大な人工物が視界に入っていた。(気づくのが少し遅れた)

斜面のすれすれを斜めに走る、二条のワイヤである。(写真中黄色の矢印で指示した)

私は事前調査の段階で、エレベータ以前に観光用のゴンドラがあったという“全くの勘違い”をしていたので、その関連物だと思った。
(勘違いなのだから、実際は違っていた。)




15:41 縁に立つ 立たされる。

足元の朽ちた切り株の根元に、谷へ下っていくワイヤとおそらく同じものがたくさん巻き付いていた。

繰り返すが、これを観光用ゴンドラの跡だと思っていた私は、とんでもない杜撰な背景があったのだと思ったが、そんな小さな事は現地ですぐに忘れてしまった。
これだって、いま写真を見て思い出したのだ。

それよりも何よりも。

  見えちゃった。  谷 底 。





ゴ━━━━━━━━━



ゴ━━━━━━━━━━━━━━


あ…  あ  あ


すーーーーげーーーー

これが、ナマの華厳渓谷かぁー。 (←× 白雲瀧上部でした)


【率直な感想動画】


じじいの作った道って、まさか木の螺旋階段とかだったんじゃねーのー?

これ。 道が残ってなきゃ下るのは無理じゃねーか?




こんな地表すれすれを架空されたワイヤー…。

(観光用というのは勘違いだったが、索道という予想だけはあたっていた。)

支柱が壊れるなどしたのだろう。
大分緊張が失われ、所々地べたに擦っているが、絶壁に臨む部分では一応架空している。(いや、単に落ちているのか?)

忍者?みたいに鍵フックをはめてこれを伝って下ったらさぞカッコイイだろうが、笑っちゃうぜ。 アハハハハ はーぁ…。




写真だけだとなんだか相当無茶なことをしているように見えているかも知れないが、それはない。

歩けるのである。
僅かだが踏み跡がある感じはあるし、下草が多いし滑りにくい土質であるしで、結構安定していた。
これが正解だという確信がない現状で無理をしてこの方向に進む理由はないし、滑落すれば死ぬのは目に見えているのであるから、人に心配されなくても無茶をする場面じゃない。

進めるのだ。


 …進めてしまうのだ。 横にならずっと…。



   進んで良いのか?




いま私がいる場所というのは、45°の斜面と90°の斜面が接する勾配替わり線の上(その少しだけ45°寄り)。

私は歩きながら、ガスによって限られた視界の中から懸命に現在地を求め続けていた。
頻繁に地図も見たし。

でも、正直よく分からないのだ。
地形図が、あんまりといえばあんまりな書き方なんだもん。

崖ばっかりで
役立たん⇒


いま、竦む足元にて飛沫を上げている谷が白雲瀧の上部なのか、それとも華厳谷(大谷川)そのものなのかでさえ、ここではよく分からなかったのだ。 (ちなみに正解は前者)






剣先のような出っぱりをいくつも乗り越えつつ、方角的には一定して西に向かっていたと思ったが、遂に前方斜面が南にカーブしている。
その上には、これまで森に遮られ見えなかった空が広々と。

待って。 この景色はおかしいんじゃないか?
これじゃあ、ぜんぜん大平の地平面から下れて無いじゃないか。

オカシイといえば、さっきから瀧の音に加えて、妙に軽快なBGMが聞こえて来るじゃないか。
なんでJPOPが聞こえるの?

ここって、華厳瀧駐車場とか売店の並んでいる一角の裏じゃねーか??




BGMだけでも拍子抜けなのに、 ハァ? ですよ。

なんだこりゃ? ですよ。

どうやら、道を間違えたらしかった。

売店なり駐車場なりを華厳谷の強烈な浸蝕から守るべく、縁の下の力持ちよろしく巨大なフレーム護岸工が施されていた。
みんなの足元で勝手に感動する私だが、これは涙ぐましい。


← フレーム工は横断できるんだなー。これが。

よい子は真似しないようにね。


道間違いだと分かったんだけど、とりあえずこの釜の縁取りのようなカーブの向こうに何が見えるか、気になってしまった。
この護岸の反対側の縁まで行ってみることに。

しかし、歩きながら考えていたことはひとつ。
どこで道を見失ったのかと言うこと。
最初から間違えていたのか。
途中で見過ごした?? それは無さそうだが…。

絶壁ばかりこんなに見せられてさ。
このまま道が無くて撤退かぁ?! クヤシイだろそれは。
気が気でないよ、まったく。




うん。

護岸は横断してみたけれど、やはりその先は道もなければ進める余地は全くない。

これ以上は、「無茶」になる。
少なくとも自分の技量。経験では。
引き返しを決定。どこかで道を失っていたと考えられる。

いま上から観光客にでも見つかったらなんか騒がれそうな気がするので(勘違いされそうだ)、すぐに戻りはじめた。





引き返す最後に、いま来た斜面の下に隠れていた“90°の部分”を撮したのがこの写真。

本当に90°だ。 垂直だ。
霧で見えくなる下の方まで、ずっと。



なんでさっき革靴が置いてあったんだろうな…。 ←それはもういいから

五郎平じーさんの道が、ぜんぜん分からんよ。






明智平の展望写真の看板です。

よく見ると、現在地がこの中に写っていました。

さあ、それはどこでしょうか?





全ッ然! 下れてない。




結局 私は



渓谷の周囲をぐるりと囲む二重の壁のうち、上側の壁。
「渓谷上壁」(平均落差30m)に手も足も出ず、その上縁をヘラヘラと西へ滑ってきただけの、激ふぬけ野郎でした。

…実際、全然下れてなかったわけだからな。


しかし、この歩行に意味がなかったかといえばそうでもない。

一度縁を大きく移動してみたことで、斜面の距離感や現在地に関する勘が働きはじめた。

翁が道を拓いた場所。
拓きうる場所というのが、上壁におそらく一箇所しかないであろう事も、見えてきた。



次回は、そこを突く!