橋梁レポート 華厳渓谷と鵲橋  第4回

公開日 2008. 5.19
探索日 2008. 5.10

華厳滝より下流の華厳渓谷に昭和25年完成したという「渓谷歩道」。
現在は対岸明智平付近から遠望できるのみの白雲滝を間近とし、途中に「鵲(かささぎ)橋」なる橋をも設けていた。
しかし、絶壁に切り開かれたこの歩道では落石事故が相次いだために封鎖され、現在発行されているガイドブックや地図からは存在自体が抹消されている。

歩道の入口の現状は、まず下流側が発電所用地となり通行不可能である。
上流側入口は華厳滝エレベータ附属の地下通路途中に存在することが、読者の調査により明らかとなったものの、施錠された扉が進入を阻む。

今回私はこの入口無き“幻の歩道”にアタックすべく、歩道の開通よりも遙かに古い明治33年、土地の古老・星野五郎平が十年がかりで開鑿した「瀧壺道」なる観覧路を用いる事とした。
この道は文字通り、華厳滝の瀧壺近くへ下る道であり、その途中で問題の歩道とは重なるか或いは交差するはずであった。


入山より約1時間を経過したころ、渓谷侵入への第一関門たる「上部壁」にようやくルートを発見。
半身を濡らしながらもこれをどうにか下降し、渓声渦巻く谷間へと侵入した。



翁の先覚の地 白雲滝

 水漏れるところ


16:09 

←翁が道を作るために崖を削ったのか、あるいは自然に崩れてこうなっているのかは分からないが、道が寄り添う絶壁は激しくオーバーハングし、しかも刃物のように鋭い切片が無数に突きだしていた。崩れ落ちた岩塊は板状である。
つい先ほどまではこの断崖の上にいたわけで、ここに下降ルートを提示した汚水まみれの梯子の価値は大きい。

梯子で滝を下ったあとも、道はかなりの勾配で崖伝いを下る。
途中振り返ると、件の滝の下部滝がいかんとも登りがたい角度で落ちているところだった。
翁の道は、もっとも緩やかな部分をちゃんと見逃さず、的確に下っているようだった。




巨木の森であった大平とはうって変わり、崩れた崖が堆積しただけの痩せた斜面であるここには灌木しかみられない。
進路を阻む枝を掻き払うと、反発した枝からたくさんの水滴が降りかかってくる。
かなり厚着はしていたのだが、気づけば地肌までじっとりと濡れていた。
こうして斜面を忙しく動き回っている内は寒いと感じることは無いだろうが、指先などはかじかんできた。

上から投げ捨てられたものである可能性もあるが、年季の入ったジュースの空き缶。なつかしの「つぶつぶオレンジ」。




道があるのかと問われれば、微妙と答えるより無いだろう。

本来の道が灌木の森をどのように下っていたのか、はっきりとした痕跡があるわけではない。
次々に供給される巨大な落石によって、埋もれているはずだ。
もともとの道もまた、そんな瓦礫の斜面を少し均しただけの簡単な道であったと思われる。

確信があったわけではないが、私は華厳滝や白雲滝がある上流方向へと山腹を緩やかに下りながら近づいていった。
左に進路を取ればいつでも渓谷へ急下降出来そうだったが、川縁の様子が分からない以上、安易に下ることは避けねばならない。
また、背後の“汚水滝”の音が遠くなるのに合わせ、行く手から別の渓声が届くようになっていた。
おそらくは、そこが鵲橋のかかる白雲滝なのだと思った。





16:11 尾根筋に出た。

お椀状の崖錐斜面をひとつ巻くと、隣の谷と隔てる小さな分水に達した。
二方は谷に落ち、一方は華厳谷の本流へと尾根を落とす。背後の一方は絶壁に隔てられている。

してやったりと思った。

この尾根は私を素直に華厳谷まで運んでくれる可能性が高いのではないか。





  いやまて。 安易に走るな!

地形図はそんな緩やかな尾根をどこにも示してはいない。
この辺りにあるのは、テラスのような描かれ方をされた岩場のみである。
下手に尾根に頼れば、その険しい先端に誘い込まれる危険があるのではないか。

ここは“勾配を最も行程全体に均一に分散させることが出来そうな”、白雲の滝のある谷への進入というルートを選んだ。
それが正解であるかは、まだわからない。


だが、この選択は私に、気持ちの高揚を抑えられなくなるような…

本当にすばらしい景色と巡り逢わせた。





残雪ではない。


この擂り鉢状になった崖錐の斜面から忽然と現れる水流は、中禅寺湖の湖水であると考えられている。

湖畔は直線距離にして700mほど離れているが、溶岩層を浸透してここに湧出しているのだとか。

まるで霧が岩壁にぶつかり、凝縮して流れ出したような白さだ。


まさに、神秘の光景。


そして、この流れからもう「白雲瀧」は始まっている。

天然のダムである中禅寺湖の漏水は、私の想像を遙かに超える規模で起きていた。




それにもうひとつ。


このワイヤー。 見覚えがある。


あのとき「忍者大作戦」を行っていれば、この辺りに着地していたことになる。

…というのはもちろん冗談だが、さっきまで私はあの付け根にいたのである。
確かにあの辺からでは下りようが無い訳だった。
写真からも、現地の地形の険しさというものがお分かり頂けると思う。





“水漏れ”の谷へ入った私はすぐに、進むほどに大きくなる渓声の正体を知ることとなった。


待ち受けていた。

これほどの巨姿を、何かで隠せるはずもなく。


星野五郎平翁が、この道を作っていて初めて発見したとされる滝。

 秘瀑 白雲瀧。




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 秘 瀑  白 雲 瀧



えらいこっちゃ♪ えらいこっちゃ♪

盆と正月が一緒にきたよな、この嬉しさ!

天にも昇るほどに美しい景色と、 復活した道の姿!



この時の私の異常な興奮の度合いは、次の動画に全て納められている。

第一声のトーンに注目だ!(笑) ⇒【白雲瀧 発見! 動画】


興奮のあまりか、「遊歩道」という言葉が一度目=現在のエレベータと地下通路および観瀑台
二度目=この瀧壺道を示すというふうにブレているのも、微笑ましい(笑)。




追体験である私でもこの興奮だ。

『五郎平なる老爺が華厳瀧壺に至る新道を開拓せんがため苦心惨憺のおり柄、
ゆくりなくも(=予期せず)新たに発見されたるの新瀧』

流石にこれだけの大業を単独で成し遂げた爺だけあって、心臓も相当に強かったのだろう。
私なら、ここでぽっくり逝っていた。




本当に凄まじい迫力。

谷の源端から50mほどでこれだけの水量になるなど、通常の沢では有り得ないことだ。
さらに、瀧の途中の崖からも白糸のような水流が無数に現れて、もれなく本流に合している。

もはや谷全体が、中禅寺湖から続く地下河川の湧出口なのであろう。
これが人工のダムであれば、決壊を意味するような膨大な水量である。




右を向けば、視野の大半を支配する滝。

その存在感は圧倒的で、油断すると私の視線はすぐ吸い付けられた。
しかし、道は流れから20mほどの距離を置き、灌木の林をほぼ真っ直ぐ下っている。
足元は板状の瓦礫の集まりで滑りやすく、見た目以上に歩きづらかった。

厳密には真っ直ぐでは無かろうが、ゆるゆると地上へ降りてくるワイヤーが、たまたまだがその指針となった。




いよいよ渓谷が近いか、突如傾斜が強まり、そこに二度三度電光形の道形が現れたと思う。
だが、崩壊が進みすぎてショートカットをせざるを得ない。
そうして10mほど下降すると、唐突に山腹を横断するトラロープが現れた。
直感として、神をも恐れぬ滝マニアたちの置き土産だと思った。

ロープがマニア本意の道であるなら、旧来の瀧壺道を正確になぞっていない事は明らかだが、実は私も道を見失っていた。
その原因は帰宅後に判明するが、ともかくこの時は“渡りに舟”とばかり、トラロープを翁の次の道先案内と決めた。

地形図から現在地を割り出すと、目指す鵲橋はもう少し下流にあるはずだった。
そして、それは既に視界にチラリチラリと入り始めてもいた。(確信に至ったのはもう少し先だった)




橋は左(下流)であろうが、トラロープのもう一端は右へ続いていた。

気になって先に右へ進んでみると、すぐにロープ道の終点が見えてきた。

白雲瀧は華厳瀧のようなひとつの滝ではなく、一連の流れが総称された連瀑+連瀬なのであった。

16:20
見えてきたのは、その中で最大の落差を持つ滝だった。


風圧さえ感じさせる轟音の割に、その水量はやや少ないようだが…。






うーわーうわー。

岩の影に本瀑が潜んでやがった!

滝の乏しい地域ならば、これだけで「夫婦滝」あるいは「双竜の滝」などと祭りあげそうな立派な滝だが、「日光四十八滝」などと言われるように滝が非常に豊富な日光にあって、一般の観光客の目にとまらぬ滝など適当にひとつと数えられているのだろう。


これまた、私をしばらく硬直させる絶景であった。

濃すぎるぞ! この歩道!
廃止が惜しまれる!





滝脇から狂奔をなす沢筋を避けて、道は高巻きつつ下流を目指す。

もはや、そこにトラロープがあるから道だと思えるだけの、踏みならされていない非常な険路。

感覚的には、死線をあと一歩かいくぐればゴールだと思われ、
それを頼みに慎重に慎重に進んだのであるが、本当に神経を要する危険区間だった。






「キタ」の準備!







……。



滝ばっかりで肝心の道が現れないじゃないかとご立腹の皆様。

たいへん、お待たせしました。



か、か   .

かしゃしゃぎ橋です!





合法的径路により、
現道から完全に隔離された
鵲橋へ到達!


全ては情報提供者みやこ♂氏と、五郎平翁のお陰だ。

ありがとう、ありがとう。感涙。


感涙にむせびながら、転げるように最後の斜面を、


  いま、下降!

 キターー!






次回、

鵲橋詳細。

そして、禁断の華厳渓谷へ歩廊は続く…。