橋梁レポート 華厳渓谷と鵲橋  最終回

公開日 2008. 5.26
探索日 2008. 5.10

有料観瀑台に怪しい人影

 駆け足の帰路


17:04 馬道発電所から撤収。

馬道発電所の標高は900m。出発地点の大平は1300m。
その比高はおおよそ400m。
これは並行する国道120号「第一いろは坂」の高低差にほぼ等しい。
そして、いろは坂の約4.5kmという道のりに対し、今回辿ったルートは2km少々という短距離に過ぎない。
華厳滝エレベータを併用出来れば、2kmを切ることも不可能ではないかも知れない。

時間の無い帰路では、“掟破りの最短のルート”を狙ってみることにした。




ともかく、鵲橋までは単純に来た道(管理歩道=旧渓谷歩道)を戻るルートである。

体力的には既にかなり消耗があって大変だったのだが、なんとか明るいうちに大平まで戻らねばならないから、根性を振り絞って走った。
吊り橋なども、揺れることを厭わず駆け抜ける算段だったのだが、流石にそうはいかなかった。
特に、最大の3号吊橋はやはり登り勾配がきつく、半ば階段を上っているような感じであった。

しかも、見なくても良い物を見てしまった。






…なんか、河原に穴が空いていて、そこから水が出ている…。



気にはなったが、河原に下りている時間が無いことと、明らかに水路隧道っぽかったので、今回は断念。(多分、次もない)




17:20 白雲荘(海抜1050m)まで戻る。

水神碑には下から短く手を合わせ、いよいよ険しくなる帰路の安全を願った。

どんどん霧が深くなっていくなか、カツンカツンと乾いた音を立てて水管橋を渡り切る。




橋を渡れば、白雲滝と大谷川の出合いの場所はすぐだった。

ここから鵲橋までも、下りてきた来た道を全く素直になぞるだけ。
しかし、本格的な登りとなるために、ペースはグッと遅くなる。




 ただいまー、鵲橋。

…随分と彫りの深いシルエットになったな。早く谷を出たいぞ。

しかし気持ちとは裏腹に、なかなか橋の上に立てない。
橋に登るための恐ろしく急な階段が、大仕事だった。
一歩一歩立ち止まり、フトモモを腕で引っ張り上げるようにして登った。比喩じゃなくて、本当にそうした。
この時の私の消耗度合いは近年では稀に見るくらい酷いもので、情けないがとにかく“へとへと”だったのだ。
訳は単純で、齢30にもなってこの日の探索を欲張りすぎたからだった。


17:30 再び 鵲橋橋上。

私がこの橋へ辿り着いたときのことを憶えているだろうか。
途中までは「瀧壺道」なる明治の古道を辿っていたが、最後にはトラロープに頼って来たのであった。
それはそれは、おぞましい道のりだった。

…できれば、戻りたくない…。

それに…

アノ排水の滝をさかのぼるのも… かな〜り嫌だ。




そこで、“掟破りの裏技ルート”だ。


情報提供者「みやこ♂」氏が堂々と鍵を使って通ったという、正規のルートがアルじゃないか。



開かずの扉は開かずとも…


もし、首尾良く観瀑台へと忍び込むことが出来れば…

あとは他の観光客に混ざってエレベータに乗ることで…

僅か1分で地上に脱出!! 楽勝の生還!!!

しかも、完全無料!!!




……ごめんなさい。 ちょっと下品でしたね。




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 華厳渓谷歩道 鵲橋以上


観瀑台に出られるかはともかく、鵲橋から開かずの扉までの道も「華厳渓谷歩道」の一部に他ならない。

当然、完全踏破を狙うならば歩かねばならない部分である。

だが、いきなり気持ちが折れそうな猛烈な急階段である。
白雲滝を右手に望みながら、その勢いに負けじと登るのだから、急なのもやむを得ないのだが…。

しかし、相変わらず階段のステップがほとんど消えているのはカンベンして欲しかった。
転んだら、普通に下まで逝けますよ…。




高さにして15mほど登ると、コンクリートの階段は終わった。
そして代わりに登山道のような土と木の階段が現れた。

以後、コンクリートの路盤が現れることは二度と無かったが、今思えばこの辺りが明治以来の「瀧壺道」に対して昭和の「渓谷歩道」を新たに作った、その分岐点であったのかも知れない。
つまりは、コンクリートの道は全て昭和の新道であったということだ。
「瀧壺道」もまた後の観瀑台付近を通ってから、その名の通り瀧壺近くにあった「五郎平茶屋」まで下っていたと考えられる。




その階段も100mほどで終わり、柱状節理の崖に沿うほぼ平坦な道になった。
足元には土が敷かれ、鉄パイプの欄干がある。
遊歩道としては何十年も前に廃止されたはずの道だが、単純に放置されてきたわけではないようだ。
通行には何ら不自由を感じない程度に整備されている。

いったい何のために?

どうやら、発電所の作業員がときおり使っているようだ。
この道の本来の主である彼らの前に、開かずの扉など存在しないのだから。




 あっ!

霧の中に、白い建物らしきものが見えてきた!




小さな窓がいくつも並んだ小さなコンクリートの建物は、屋根の上に岩山を被っている。

 これぞ… まさしく…。





 観瀑台の怪しい人影


17:38

私はとうとう、“開かずの扉”を破ることなく、また不正なる手段に訴えることもなく、その向こう側へと足跡を刻むことに成功した。

たった一枚の扉が開かざるために、明治にまでさかのぼっての道探しだった。

そして、命を懸けての断崖突破を強いられたのであった。

この落差100mをたった1分で結ぶ華厳滝エレベータの便利さを、私ほどに実感した観光客はいるだろうか。
今だったら、大人往復530円の料金設定も納得… してもいい。
アノ排水まみれの命懸けを思えば…。




この扉の向こうには今も大勢の観光客達が華厳滝への期待や、あるいは感想を胸に歩いているのだろう。

恐る恐るドアノブに手をかけ、とても控えめに、ゆっくりと回してみた。
なぜか、とても悪いことをしているような、後ろめたい気がした。
普段は柵を乗り越えても何とも思わないのに…。

だが、案の定扉は開かなかった。

すぐ傍には、たくさんのトイレットペーパーが箱の中に納められていた。
そう言えば、この扉の向こうにはトイレもあった。
他愛もない光景だが、文字通り世界的な観光地の“裏側”を見ているわけで、妙にワクワクした。




道は、扉の前で終わってはいなかった。

地中の歩廊を地上からなぞるように、カーブしながら渓谷の方へと続いていた。


その先には…、


 3時間前にお金を払って立ち入った、


  アノ観瀑台が…。






道は、そのまま観瀑台の裏側へと近づいていく。

まさに華厳滝観覧の聖地を、裏側から迫撃だ!!


そして幸いなことに、この夕暮れ迫る霧のなかで滝を見ている、そんな物好きの人影はない。





今だったら、誰にも見られず観瀑台に入り込める。


 …あ。

でもそれだと、エレベータに乗るときに余りにも目立ってしまうような…。

す、
素直に事情を話して、正規料金を取られてもいいから帰りは乗せてもらおう。エレベータに。
もう今さら、あの道無き道を戻る気にはとてもなれない…。
翁、裏切ってごめん…。





 華厳渓谷歩道 中〜終盤


17:41 観瀑台着。

3階建ての観瀑台。
その片隅にひっそりと存在していた、外行きの唯一の扉。(施錠あり)

恥ずかしながら、偵察時には気付けなかった。
これは失態。知っていれば、強引にここから鵲橋を狙う事も出来ただろう。

もっとも、その場合はこの探索、大分こじんまりとした印象で終わったかも知れない。
それに、柵を乗り越えずに鵲橋へ辿り着きたいという思惑もあったのだから、結果オーライとしたい。




それにしても、まだ明るいうちだというのに誰もいない。本当に。


つうか、
なんで売店まで閉まってるの?





まさか。
これって…。
もう…。





営業時間終了?!

 通路も真っ暗!





なんという下調べ不足のうつけ者。

午後5時にエレベータは営業終了。

観瀑台からエレベータへ向かう地下通路も、ほとんど真っ暗闇。
エレベーターの操作パネルは遠目に見ても消灯しており、わざわざ監視カメラの前まで行ってボタンを押して確かめる豪気は出なかった。
(非常ベルとか鳴ったら涙ものだ。)


世界に名だたる日光は華厳滝。
その有料観瀑台の営業時間は、午後5時までであった。

早すぎる!!

せめて6時だろー!


   退  散 …。




しかも、相変わらず華厳滝は少しも見えず…。



滝見えぬ 観瀑台の 寂しさよ。

嗚呼、ひとりぼっち。


翁の道を、また一から辿って帰らなきゃ…。 



急転直下の大誤算。

せめて何かしら観瀑台に足跡を残して帰りたいと思った私は、唯一灯りを灯していた自動販売機に120円を投入した。

そして、大好きなファンタグレープを購入。


 うふふふふふふ…

明日の売上げ精算ではきっと、営業時間外に売れたことに気づくはず。
ウフフフフフフ ふふ。 

ふぅ…  帰らなきゃ…。





 生還者の顔


18:09

観瀑台から失意の撤退より約30分後。
道中最大の難所、汚水滝の下へ辿り着いた。
これさえ登りきれば、生還は約束される。


と、今度は嬉しい誤算!

なんと!!

水がほとんど流れていない!

これは奇跡! 




無事に梯子を伝って滝を遡ると、あとはもう最後の力を振り絞り、強引に排水管の脇をよじ登った。

目指すは、生還が約束された地。

大平。


本当に私の足は死にかけていて、途中二度も滑って転ぶは、容易でないラストスパートだった。







ずいぶん前に予告した、生還の自分撮り。

目的を全て達成しての生還だというのに、表情に喜びが無い。

疲労困憊のため、顔面に力が入っていなかった可能性がある。


この日一日でケーブルカー跡、第2いろは坂(+α)、この「瀧壺道」と、三度も日光を登り降りしたのは流石に堪えた。




しかしともかく18:15、無事に大平へと生還。

夕暮れにはなんとか間に合った。

3時間の探索だったが、ことさら長いものに感じられた。





今なら分かる。

大平の一面の笹原に刻まれた、翁の描いた本当の瀧壺道が。


行きには避けた大平横断の道を、びしょ濡れになりながら突破。





300mほど真っ直ぐ歩いていくと、どんぴしゃでスタート地点の道標石に出た。

18:21 華厳滝の失われた遊歩道の探索を、ここに完遂。