http://yamaiga.com/road/usidake/ の公開中コメント一覧

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コメント
2,4682010-03-23 16:38:13/road/usidake/main6.html10
道具を洗ってるおじさんからの情報収集。イイですね。どんどん触れ合って「ならでは」の発言を聞き出してください。
2,4672010-03-23 12:20:31/road/usidake/main6.html10
“冬道”の利賀の人に100点くらいくれてあげたい。凄いわ。
2,4662010-03-23 10:16:09/road/usidake/main6.html7
岐阜県荘川やこのあたりは平家の落人伝説が根強い地域です。
現に、荘川村牧戸の人々は自分たちは平家だと言う人もいました。30年前ですが。。
だから、このような集落が昔はあちこちにこのあたりにあったと聞きます。
2,4652010-03-23 04:57:42/road/usidake/main6.html10
文中>塩硝(草木性の火薬原料)とありますが、黒色火薬の原料となる硝酸カリウムの事と思われます。製法は縁の下を掘って草木灰を埋め、ボットン便所由来の硝酸アンモニウムと反応させることによって硝石を得たそうです。近隣の平村でも作られていたそうです。詳しくはこちらを参照下さい。http://bigai.world.coocan.jp/msand/miwa/kayakumino.html
2,4482010-03-22 00:02:03/road/usidake/main5.html10
>例によって標識もなければ、逆にどちらかが「通行止」みたいな事もない。

要するに、利賀村の人にとっては道とか崖とかは崩壊するのが当たり前なので、「崩壊してますよ」なんて注意書きする必要がないという事ですね。「あなたが通る道は既に崩壊しているかこれから崩壊するかの二者択一だ。死の覚悟があるなら入ってきなさい」と。すごい村だな。
2,3892010-03-19 13:50:19/road/usidake/main5.html10
富山県で「富山”さ”行か”ねが”」なんて言うだろうか
しかし「富行が」見てみたい
現地の言語に詳しい人に翻訳をお願いしたい
2,3862010-03-19 11:01:29/road/usidake/main5.html10
最後の山体崩壊の写真があるおかげで、非常に説得力がありますネ。
2,3852010-03-19 10:47:53/road/usidake/main5.html9
>「富山さ行がねが」
く、くだらない!と思いつつじわじわやられてしまいました。
2,3842010-03-19 09:53:05/road/usidake/main5.html10
佐久間の大井橋のことを思い出しました。
2,3832010-03-19 09:38:23/road/usidake/main5.html8
脇谷大橋の由来については、一つ前のレポの途中から、薄々こうなんだろうな、とは思っていました。
ヨッキさんも気付いていたのでは?
明らかに、利賀村側の橋取り付き部分が異状(屈曲)してますし、大規模な山崩れか何かがあったと想定出来ると思います。
でも、これは現地をヨッキさんが歩いて実見したからこその発見だと思いますし、とても興味深く読ませて頂きました。
2,3622010-03-16 22:42:53/road/usidake/main4.html10
更新お疲れ様です。
経験則から、現道が高規格である場合は旧道も自動車で通貨可能であることが多く、現道が酷険道である場合は旧道は自動車ではかろうじて通行可能または通行不可能である可能性が高いと思います。自然災害の多い471号周辺だけに、旧道の通行不可能は予測された展開なのでしょう。
それにしても、旧道が県道指定されていないので、地図を事前に綿密に観察しない限りは、今回の旧道分岐は集落への道とでも思って見過ごしてしまいそうです。471号を走行した動画が投稿されていましたが(http://www.nicozon.net/watch/sm5934034)、7:09の地点に登場する旧道分岐は何の言及もなく通過し、8:55の富山県道59号には実際に進入していました。
自動車で走行することが多い酷険道サイトと、自転車や徒歩まで選択肢に入れた廃道サイトの観点の違いがうかがえました。この先、旧道は路盤崩壊で一部区間が消失している可能性がありますが、通過できたのでしょうか。
2,3612010-03-16 19:26:03/road/usidake/main4.html9
第101建設大隊について

第101建設大隊が編成されたのが1961年
第101建設隊が廃止されたのが1966年
となっており、関係は無いと思われます。

陸上自衛隊における、部隊のナンバリングは
独立運用可能な部隊(大臣、方面隊直轄部隊等)には
3桁の番号が与えられます。
100番台は大隊規模、300番台は中隊規模の部隊です。
職種、任務ごとに1から番号が与えられるので、
(例:第101全般支援大隊、第101飛行隊)
同じ駐屯地に同じ番号の部隊が駐屯している場合もあります。
以上の事からも第101建設大隊と第101建設隊は直接関係は
無いと思われます。
2,3512010-03-15 20:59:00/road/usidake/main4.html10
ああ、このヘキサと通行止標識の風景はどこかでみたことあったなと思ったら
ニコニコ動画は酷道ラリーさんの車載カメラの動画でした

うはは
2,3452010-03-14 18:10:14/road/usidake/main4.html10
なんと・・・森に消えた県道を見つけ出すとは・・・ぜひ数納まで逝ってください。
2,3442010-03-14 17:58:02/road/usidake/main4.html9
第101という通番は、他にも第101不発弾処理隊、第101化学防護隊とかにも使われていて、同時期にも同じ番号が存在していることがあります。大隊以下の部隊の番号には、あまり固有名詞的な意味はないですね。

連隊以上になると、八甲田山で遭難した青森第5連隊の番号を、自衛隊も引き継いで第5普通科連隊としているとか固有名詞的意味合いが出てくるのですが。
2,3372010-03-13 22:07:34/road/usidake/main4.html6
お墓ですよ。家紋は、そのお墓の家のものです。
砺波では、いまでも一般的な形ですね。
2,3352010-03-13 20:38:36/road/usidake/main4.html10
第101建設隊が解隊されたのが昭和41年津田沼、第101建設大隊が編成完結したのが昭和34年豊川なので直接関係のない部隊でしょう。
2,3342010-03-13 18:11:12/road/usidake/main4.html10
富山の名水は脇谷の滝じゃなくて大橋脇の「脇谷の水」ですよ。その湧水が滝から流れた水が現地で湧き出したものかどうかは知りませんが。
それにしても、牛岳車道と聞いて絶対くると思いましたがやっぱり県道59号が出てきましたか。自分も大好きで過去何度もアタックしているあの辺のルートをどう見ておられるか、次回レポが実に興味深いです。途中からルートは異なるので踏破はしてないと思いますが、このまま県道59号廃道にもアタックしてもらいたいなぁと思ったりw
2,3312010-03-13 15:37:00/road/usidake/main4.html10
主要地方道富山庄川線は、名のとおり富山市内から山田村を経て終点まで行く県道なのですが、山田村以南はだいぶ前から廃道になっているそうです。山田川にかかっていたといわれる木橋の残骸でも発見できればと思い現地へと行きましたが、残念ながら発見できず・・・。なぞの多い県道です。
2,3302010-03-13 15:33:59/road/usidake/main4.html9
富山険道59号が出てくるなんて・・・・
となると先は数名の険道サイトによれば「道なし」とありましたが
「先の道」を見つけられたのでしょうか?
気になるところですね・・・・
2,3292010-03-13 13:16:18/road/usidake/main4.html10
脇谷の滝ってのは富山の名水の一つみたいですね。
http://www.bea.hi-ho.ne.jp/omizu/meisui08.htm
だからロードマップには載ってるのかも。
2,3282010-03-13 12:12:09/road/usidake/main4.html10
旧道もそうですが、あの剣道に期待します。
確かに私の田舎にもかなりの剣道は有りますがさすがに草が生えている道は知らないので・・

又橋の左側の斜面はごっそりと行って居るみたいに見えますが次回に期待します、by藁しべ
2,3272010-03-13 11:44:46/road/usidake/main4.html10
「南無阿弥陀仏」と刻まれた石塔は道標ではなく、お墓か供養塔の様な気が・・・
「隅立て八画に瓜」の家紋は、加賀藩主前田家の物とも異なりますので、明治改元の年に脇谷村で何があったのか、気になりますw
2,3262010-03-13 11:29:20/road/usidake/main4.html8
陸の孤島。急峻な地形。豪雪。関東から見て、なーんであんなところに橋を?それもあの形?と思っていました。橋を架けるほどの谷なれば、対岸への架橋でしょうし、その場合はアーチ橋となるでしょうし。でも最後の画像を見て納得しました。凄いですね。こりゃ利賀谷は地獄谷ですね。西岸林道の大崩落といい、急峻だけに下る土砂と雪の量は半端じゃなさそうですね。脇谷沿いに下った土砂で、道が埋没、それを迂回しての橋だった。しかも、架橋後も橋の下を土砂や雪が下ることが想定された。だから、橋脚無し、橋台最低限、であの形。橋の左の付近。植樹したような形跡も見られるような・・・。すごいなあ。自然の力もそうだけど。こんなところを行き来せねばならなかった村民の熱意。あと、国。利賀は奥只見化されてしまうんでしょうかねえ。
2,3252010-03-13 08:18:09/road/usidake/main4.html10
r59のヘキサ見覚えがあるなと思ったら、R471の走破車載動画ででした。その動画では県道入り口に車を止め、歩いて最初のカーブまで行き、車の通れないような県道を写して終わりでした。
この先の展開、楽しみにしています。
2,3242010-03-13 08:16:24/road/usidake/main4.html10
アリとキリギリス逆じゃない?
2,3232010-03-13 05:34:15/road/usidake/main4.html10
脇谷の滝に石塔ときて、県道59号までお出ましですか。
しかし、Dr.ペッパーが効いたのかここぞというところで、
次回にもっていきますのう。
もっと飲んで、今日にでも第6回書いちゃいましょう(爆)
2,3182010-03-12 09:04:00/road/usidake/main3.html6
いよいよ利賀村に近づき山深さが際立ってきましたね。西岸林道にすごく惹かれます・・・。あの橋と合わせて・・・期待シテマス。
ところで、Googleストリートビューの範囲が拡大されたようなのですが、なぜか!利賀村付近が妙に充実。地方都市なんてまだ全然対応してないのに・・・ これはgoogle社内にそういう趣味の人が?それとも山行がの力??
2,2992010-03-10 17:57:12/road/usidake/main3.html10
道の遠景を見ていたら、「清水国道も開通してたらこんな感じだったのかな〜」なんて思いました。
2,2982010-03-10 11:26:49/road/usidake/main3.html10
初めまして
いつもヨッキさんのレポートを楽しく拝見しております。

突然ですが、牛岳車道の第2回で紹介された
廃橋への道のことですが、Google地図のほうに
一部だけ載っていましたので投稿させて頂きました。

役に立つかどうかわかりませんが・・・

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