http://yamaiga.com/tunnel/honzongan/ の公開中コメント一覧

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コメント
59,5352026-02-21 16:06:03/tunnel/honzongan/main3.html10
現役バリバリの道路管理者と相対したところウケました
「宿敵」と言ってもいいかもしれませんし、恐らく旗色はこちらが悪いですね……
56,1822025-02-21 11:09:58/tunnel/honzongan/main3.html10
再訪編・調査1の拡幅工事中止時期の考察の中、『谷花岩体』と表記すべき箇所が『花谷岩体』とされています。
該当箇所を抜粋しますと『平成4年3月と翌5年4月に、本尊岩の西側に連なる花谷岩体で、』の部分です。
ご確認ください。
55,3832024-10-31 17:58:52/tunnel/honzongan/main3.html10
R49の沿線に住む新潟県人です。久々に通しで拝見しました。子供の頃は、福島の母の実家への帰省で、免許を取ってからは自分の運転で腕試しに鶴ヶ城までのドライブ(これ、この辺りの初心者あるあるなんですw)。結婚してからも幾度となく通った思い出の路線でしたが、ついに開かずの扉となってしまいました…。でもこうしてヨッキさんのレポでその歴史まで含めて見られるのはとても嬉しいです。そーいえば近くの五十島トンネルの旧道はヨッキさんのレポには無かったですかねぇ?…。
53,9412024-03-31 00:38:27/tunnel/honzongan/main3.html10
いつもお疲れ様です。「足駄橋」には驚きました。(^-^; 行き止まり区間は、県と町の押し付け合いになっているけど、国も協議の無理強いはできないから現状の指定のままほったらかしになっている、ということですかね… それはそれでさみしい終末な気もしますね。
53,9402024-03-30 23:35:58/tunnel/honzongan/main.html10
いつもお疲れ様です。最後まで読んで行って、よもやあっさりと対岸のバイパスができていて、すべて廃道になっているとは思わなかったです。もしも、明治の開鑿に関わった人が対岸のバイパスを見たら… 喜ぶかな? それとも…??
53,9032024-03-27 23:12:20/tunnel/honzongan/main3.html9
がんばれ
53,9022024-03-27 22:58:54/tunnel/honzongan/main.html10
よかった
51,3322023-01-22 10:40:19/tunnel/honzongan/main3.html10
足駄橋と芦田橋、担当部署や人員のセンスを感じますね。
足駄が雪駄や下駄と同じような意味合いだとして、作業に使う下駄橋としての側面を持ちつつ、最終的には増結して本線橋となる存在。
架け替えた芦田橋(新)側に[芦田橋]の銘板、足駄橋側に[あしだばし]の銘板が付けば、利用者からは総てが『あしだばし』であり、工事関連部署では書面上での作業部位が『足駄橋と芦田橋が判別可能』、実に想像が膨らみます。
51,3012023-01-11 21:27:42/tunnel/honzongan/main3.html10
磐越西線が健在なのと、送電線がある事を思えば、JRの保線作業や電力会社の保守作業あたりの職に就けば合法的にバリケードの鍵を開けてクルマで入れそうですね。
若いうちに気付いておくべきだったと今更ながら後悔です。
50,8022022-10-08 22:13:16/tunnel/honzongan/main3.html9
「良き道」の看板の空撮写真、東西をつなぐという意味では「良き道」かもしれないが、どう見ても危険な道にしか見えない。
50,7912022-10-04 06:38:18/tunnel/honzongan/main3.html10
『最後まで大きな事故を起こさなかった道路管理者の勤勉と、それを許した本尊岩に宿る天の神の慈愛に、感謝したい。』

よっきれんのひととなりがよく表れているなあ。こういうところが大好きです。
50,7732022-10-01 10:21:23/tunnel/honzongan/main.html7
  【遅れてやって来た 『初代隧道の机上調査編』】↓
  (http://yamaiga.com/tunnel/honzongan/main.html#part2)
  に掲載された航空写真のオリジナルを大きく見たくて、
  国土地理院の【地図・空中写真閲覧サービス】(https://mapps.gsi.go.jp/)
  を見に行ったんですが、昭和22年の写真のどれを見ても
  掲載されている(http://yamaiga.com/tunnel/honzongan/sky_1.jpg)
  のように白くはっきりと道路が写っている物が無いので、
  仕方なく昭和31年の写真↓
  (https://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=1182424)
  を見たら、こちらが掲載の写真と同じ物のようです。
  写真の左縁に『5MAY56』つまり『1956年(昭和31年)5月5日』と焼き付けられているので
  たしかに昭和31年の物だと思われますが、
  どうしてレポでは昭和22年とされているのでしょうか? 何か根拠があるのでしょうか?
  根拠があるのならばレポ中で解説するべきでしょうし、
  単純な誤記でしたら訂正されたほうがよろしいかと思います。
  近年のレポは資料の引用によって説得力を増した机上調査が大きな目玉となっていますが、
  肝心の資料の使い方が誤っていたのでは、レポの根底が崩壊してしまいますよね。
50,7612022-09-28 20:51:44/tunnel/honzongan/main.html9
 山さいかねが知って早数年、初めてコメントいたします。

 先ほど、「新しいレポートあるかな〜」とGoogle検索したところ、なぜか平沼様の最新ツイート(リンク付き)が表示され、興味本位でリンク先へ飛んで見ました。
 
 すると、私からはどうみても
 初代本尊岩トンネルの今は消滅してる側の出入口の写真
が(一枚だけですが)ありました。
 
 
 そちらですでに確認済み、さらに1読者の私の早とちり(オチ.別のトンネルだった…)だったら、申し訳ありません。
50,7362022-09-23 08:06:34/tunnel/honzongan/main.html10
国道49号はこれより新潟市寄りの三川というところでも不思議な指定区間がありますね。新道は揚川ダムを小花地大橋と黒岩トンネルで越えていくのですが、その黒岩トンネルの南側に旧道が並行しており、その旧道のトンネルの西側までの400mほどが国道49号と国道459号の重複区間として指定されています。トンネルの東側出口以降は国土地理院の地図からも道路自体が抹消されているので、この指定にどんな意味があるのか謎です。
50,7352022-09-23 07:29:30/tunnel/honzongan/main.html10
最初から今のように新潟県だったなら、三島通庸は手を出せなかったので開通は遅れてたんでしょうね
50,7332022-09-22 14:51:26/tunnel/honzongan/main3.html8
「足駄橋」は、拡幅して上下分離させるつもりだったのではないでしょうか…?位置的に旧橋を置き換えるには無理があるような…。
磐越西線は、万が一のことがあれば止めてしまえばいい、改良に費用をかけるほどの効果は期待できない、とされてるのでしょうね…。
どこぞの新幹線みたいに、道路と線路一体整備してくれればいいのに…。
50,7322022-09-22 13:21:22/tunnel/honzongan/main.html10
阿賀野川えーとこだ流域通信というサイトの
特集!阿賀野川ものがたり第1弾「イザベラ・バードの阿賀流域行路を辿る」
その�ぅ薀ぅ鸚遒茲衄�しい阿賀野川の船旅から新潟へ〔前編〕
に本尊岩周辺の写真が多く掲載されています。隧道の写真もあります。
https://aganogawa.info/archives/18476
50,7232022-09-20 23:26:29/tunnel/honzongan/main3.html10
それが良いことなのか悪いことなのかはわからんけど、「町が管理するか県が管理するか決めらんないんで国がそのまま管理してください」ってのが罷り通るのに驚き
50,7222022-09-20 17:02:39/tunnel/honzongan/main.html10
イザベラ・バードは本尊岩にローレライを彷彿したのでしょうね。帆掛け船の写真のほぼ真ん中のオーバーハングしている斜めの巨大な岩塊はいまでもあるのでしょうか。怖いです。
50,7212022-09-20 15:48:55/tunnel/honzongan/main.html10
素晴らしく読み応え見応えのある机上調査でした。
初代隧道の現役当時などの貴重な写真を沢山見ることができ、とても興味深く読むことが出来ました。
50,7182022-09-20 10:36:05/tunnel/honzongan/main3.html10
> 良き道たどれば良き郷あり
港北ニュータウンに同じ言葉の石碑があるようですね
そこには会長という肩書きの個人名が併記されているのでその人が考えたということ?
(他人の言葉の引用ならその名前を(も)書くような?)
検索すると地味にヒットするので、この言葉が広がる何かきっかけがあったのか
https://www.tsuzuki-sanpo.info/common/images/park/20/8.jpeg
50,7162022-09-19 23:10:12/tunnel/honzongan/main.html10
完結済みの古いレポートに机上調査を追加するのも良いですが、
未完結の古いレポートの完結もぜひよろしゅう。
青森自転車道とかその他色々、待っております。
50,7122022-09-19 17:52:57/tunnel/honzongan/main.html9
「図説新潟県の街道」によると、村松から沼越峠経由で津川に至る道は、脇往還として古くからあったようです。日本のスキーの元祖レルヒ少佐が明治になってからここを通っていますが、「岩越紀行(国立国会図書館デジタル)」によると、「岩越鉄道の工事中」であり、本尊岩隧道は「長さ二十余間」だそうです。不鮮明ですが、写真もありました。
50,7112022-09-19 12:11:38/tunnel/honzongan/main.html10
既に踏破した道について、資料調査を補足・充実させるのは、あるべきことのように思われます。
50,7102022-09-19 12:04:28/tunnel/honzongan/main.html10
会津の血をひくものとして,ご紹介戴き,また追跡調査も戴き感謝します. 驚異的です.圧倒されます.
50,7092022-09-19 11:44:08/tunnel/honzongan/main.html10
色々と溜飲が下がるところありでした。
50,7072022-09-19 00:13:22/tunnel/honzongan/main.html9
>このうち3世代目の道については記録は未見だが、鉄道が開通した時点で、
>昭和22(1947)年の航空写真に道が見えるこの位置へ付け替えられたと想定した。
この道ですよね?
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/o1061932226
https://auctions.c.yimg.jp/images.auctions.yahoo.co.jp/image/dr000/auc0308/users/9f200c7e03d604ab74ad659420c32368683e3f08/i-img456x650-1661606049tjmdcm163922.jpg
50,7052022-09-18 23:07:17/tunnel/honzongan/main.html9
>ミッチーも、最近は話題にされず油断していただろうが、私はまだミッチーを深く愛している。
また叫びましょうよ、「三島ーっ!」

いやすいません、あれは自分だったら恥ずかしいw
公開したよっきさんの男気と三島愛に感服。
50,6962022-09-14 23:42:12/tunnel/honzongan/main3.html5
磐越線白崎トンネル東口の山側を通る旧道が本尊岩の手前まであったようです
50,6942022-09-14 18:54:47/tunnel/honzongan/main3.html10
だいぶ以前(新道開通直後くらい)に当地へ出向いたときに、「味の関所彦惣(阿賀町大牧2741)」という地元料理店(確か蕎麦屋)に立ち寄りました。(現在は廃業されているようです)このお店の建物が、やれ歴代旧会津藩主の越後往還の休憩所だったとかで、歴史的価値があったようです。店舗の位置は、通行止めバリケのすぐ手前であり、そこから先に民家はありませんでした。よもやとは思いますが、そのお店へのアクセス性維持のために議員らの働き掛けで国道指定のままなのか、と邪推した小生でございます。

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