木戸川森林鉄道 (乙次郎〜木戸川第1発電所) 第1回

公開日 2012.07.07
探索日 2006.12.09
所在地 福島県楢葉町〜川内村


さて、ようやく今回目論んでいた探索のスタート地点に立つ事が出来た。

この先の軌道跡は、旧版地形図によると、ずっと木戸川本流の右岸沿いに続いているようである。
しかし、現在の地形図ではこの通り、欠片すらも描かれていない。

風光の優美さで知られた木戸川渓谷の上半部は、昭和36年に林鉄が廃止になり、その跡道が荒廃して歩けなくなった時点で、あとは特別な覚悟を持って入渓した人達だけの境地になったといえるだろう。

現在地から、予め私の車をデポしてある「ゴール地点(木戸川第1発電所)」までの距離は、本流沿いに数えて3.8kmほどであった。
実際にはもう少し紆余曲折があるだろうから、4kmは下らないだろう。
既に今日の探索可能時間の半分を使ってしまっている(現在時刻は11:25、日没は16:00過ぎ)ので、ここからはハイペースで進める事を願うよりない。


なお、これが探索のお供にもなっていた、昭和28年版の地形図だ。

木戸川の右岸伝いに特殊鉄道(単線)の記号が続いている(赤線)。
特に橋や隧道の記号は見られないが、既に★印の地点に1本の橋が目視によって確認されており、この先の区間にも地図にない遺構が現れる可能性は高い。

なお、この地形図では第1発電所が終点であるかのように描かれているが、昭和28年当時には軌道はさらに奥の戸渡附近まで敷設されていたと言われている。
第1発電所〜戸渡間も、いずれ探索してみたいものだ。




乙次郎川出合より、実際に軌道跡へ立つまで



2006/12/9 11:25 

現在地は、ダム湛水予定区域の上端近くの木戸川本流右岸、乙次郎川出合から200mほど上流の地点である。
天候は小雨であり、この探索中の撮影は全て、今はなきタフネスカメラ「現場監督DG-5W」で行っている。

ここからは、行く手の谷が二股に分かれているのが見えている。
本流は右であるが、そこでは砂防ダムのような姿をした滝が、威圧的な瀬音を轟かせていた。
果して、登れるのかどうか?
ここからでは分からない。

対して左の沢は支流で、地形図の上では乙次郎川同様に無名であるが、入口の谷幅はかなり広い(地形図上では水線も描かれない小沢扱い)。
そして、この沢の入口に大きな橋脚が立ち尽くしていることを、前回ここへ近付く途中に、やや遠くから目視確認している。
今は手前の笹に邪魔されて見えなくなっているが、数歩前に出れば現れるだろう。

で、肝心の軌道跡については、ここからもうっすらとではあるが、山肌をトラバースする等高線のようなラインが見えている。
谷底との比高は、余裕で20m以上ありそうだ。
いったい、どの段階で軌道跡へ登るのがベストなのか、しばらくはそれを第一に考えながら探索を進める事になるだろう。



これが、前回の終盤に突如見え始めて、我々の度肝を抜いた右支流の橋脚である。

素晴らしい遺構だと思ったが、周囲の木々が伐採されていることからも分かるとおり、ここはまだダムの工事区域内で、頭上には架空された索道線、背後には重機が唸りを上げる湖畔整備地区がある。
おそらくこの場所も一般人立入禁止であろうから、我々が今不用意に発見されれば、退去を求められる可能性が高い。

谷中に空を背負って起立する2本の橋脚は、橋桁こそ完全に失われているもののなかなか雄大な光景であり、ここへ辿りつくために我々が冒した苦闘という色眼鏡を除して考えても、相当の逸材であると思った。
じっくりと間近で観察したかったのだが、這般の理由より、長居無用という苦渋の決断を下した。




一刻も早く工事区域内から逃れたい我々は、どれだけ時間がかかるか分からない軌道跡への斜面登攀を後回しにして、もう少し本流の河床を遡行することにした。

だが、本流には先程来轟音を響かせている、この瀑布がある。

ダムの建設工事や、林鉄より長い歴史を有する木戸川第1〜第3発電所の運用によって、相当に減じられているとは言え、阿武隈山地の中では上位に入る大河川である木戸川の全水量を、わずか3mほどの幅員に狭めている峡門然とした滝は、橋脚とはまた別の雄大さを感じさせる存在であった。

この滝など、気軽に辿り着ける道があれば名所になっていたと思うが、木戸ダムが完成した今日(平成24年)では、木戸川ダムのバックウォーター附近という、さらに近寄り難い存在になってしまった。




近付かないという決断を下したのだが、それでも(それで余計に?)気になる橋脚。
何度も振り返って眺めてしまった。

そうしていて気付いたのだが、コンクリート橋脚の高さと、前後に見えている路盤の高さが不一致だ。
木橋では良くあることだが、この橋の場合もコンクリート橋脚上に木製橋脚を付け足した形態だったのだろう。

気付いたのはそれだけでなく、この無名の支流沿いにも奥へ路盤が続いているようであった。
各種資料(『全国森林鉄道』『汽車・水車・渡し舟(橋本正雄著)』)にも、木戸川森林鉄道の支線は記録されていないのだが、「作業線」と呼ばれる一時的な路線だったのかもしれない。(短期利用の「作業線」に対して、ある程度長期間利用される前提の路線を「土木線」と呼んだ)



後ろ髪の橋といよいよ決別し、本流谷へ前進する。

そうするとすぐに、例の砂防ダムのような滝に突き当たるのだが、滝があるような場所の軌道跡は、得てして“構造物”を要することが多い。
すなわち、橋や隧道の類である。

この滝も、例外ではなかった。


写真… お分かりいただけただろうか?


見えてますよ。



……でっかい木橋が…。




おお


現地でも、こんな風な見え方だったから、斜面を見た瞬間に叫んだのではなく、
 ざわざわ… くわっ!
…という感じで「来た」のだった。

写真だと肉眼よりさらに分かりにくくなってしまっているので、いろいろと補助線を加えてみたが、これはなかなか…、なかなか…のものであろう…。

1径間だけではあるが、木橋が架かったままになっていた…。

昭和30年代の廃止というのが事実だとすれば、雪の多い地域ではまず期待しがたい木橋の原形の留め方であったろう。
もうこれだけで今回来た甲斐があった…、とはさすがに言い過ぎかも知れないが…、かなり嬉しかった。



これは…、この路線は、ただ者ではないかも!!



しかし、あの派手に欠け落ちた木橋を見るに付け、
先ほど慌てて路盤に登らなかったのは、正解だったと思う。

登るなら、この滝を越えた先で登らねばならない。

しかし、そのためにはまず、

この滝を登らねばならない。




深い滝壺が邪魔をしていて、水流の近くの幾分緩やかな岩場には近付けなかったので、

反対の左岸側の縁をよじ登った。

…よっこいせ……。


で、先を見ると ?
↓↓



今度は左右両方に水線を有する、

まるで潜水艦を横たえたような本流瀑が、

もう一発 控えていた。


そして、この地点を境として、両岸の林相が通常に戻った。
どうやら、ダムの工事区域(湛水区域)を抜け出したようである。

…やった!



振り返り見る、我ら緊張の空間。

ダムが完成した今、どのように景色は変っているだろう。



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2つの本流瀑に挟まれたこの場所から、いよいよ軌道跡への登行を試みる。

路盤がある斜面は相変わらず非常な急傾斜であり、そのうえ緻密に組み上げられた路肩の石垣が、鼠返しのようにそそり立っている。

だが、そこは貪欲に軌道を求める我々のこと。

僅かな斜面の緩みを見出して、競い合うように登攀した。



…2人の出会いから、ぴったり6時間後。

我々はようやく、目指せる路盤へ初歩を刻んだ。




11:46 《現在地》

路盤到着!


桃色の線が我々のアプローチルートで、
赤い線は軌道跡(破線部は目視でも未確認)。
そして、その中の黄色い部分は、橋の存在が確認されている箇所だ。

で、我々の進行方向は上流方向だが、
ここでちょっとだけ立ち戻れば、例の木橋があるはずなので、
そこだけ寄り道してから、先へ進もうと思う。



…ということで、戻ってみたらば!




あった…。

目測30mばかりなる、3径間の木製桟橋。

手前側の最も高い橋脚は、基部であるコンクリートの土台だけを残して、
その上にあったはずの“高橋脚”は、跡形も無い。
奥側の橋脚は、傾きながらもその木造部を留めており、
対岸の橋台から主桁2本が、辛うじて、架かっている様だった。

もはや、架かっているといっても風前の灯火であり、これを書いている現時点ではおそらく…。

それにしても、地形が険しい。
今回は幸いにして、突破の必要を免れているが、
今後このような場面が進路上に現れた時に、
その都度都度、河床まで降りて前進するとなれば、

時間的にも、体力的にも、かなり大変そうだ。

橋が現れればもちろん嬉しいけれど、これは恐怖でもあるな……。







いずれにしても、

次回からは、努めて路盤を進みたい…。