生保内林用軌道 夏瀬ダム周辺 前編

所在地 秋田県仙北市田沢湖
探索日 2004.6.23
公開日 2009.2. 4

【このレポ】を覚えている読者さんがどれだけいらっしゃるだろうか。
平成14年に探索して翌年に公開したレポは、今では「山行が」内で古参に属するものであるが、実はまだ完結していなかった。
今回は、探索から5年ぶりの完結を試みる。

なぜかって?

それは、ここに未公開の隧道があるからだ。
秋田県内の全ての廃隧道をネット上に(ORJ含む)公開しようという密かな野望を持っている私にとって、これは外せないレポである。
写真を見て思い出しながら書いてみたい。


まずは、路線のおさらいをしたい。

というのも、5年前には情報不足から私の推論によって書いた部分が多かった歴史背景については、今回大幅に修正しなければならない。
幸い人との出会いの中で、私はこの数年でかなり詳細な情報を手にすることが出来た。
たとえば、前回までのタイトルである「向生保内支線」というのは、すっかり忘れて欲しい。
あれは支線などではなく、れっきとした本線だったのである。


秋田営林局生保内営林署が管轄した2級森林鉄道である「生保内(おぼない)林用軌道」(以下「本線」とする)は、一級河川玉川が奥羽山脈と田沢湖外輪山との間隙を流れる峡谷に沿って敷かれていた。
現在も、「神の岩橋」から「神代貯水池」までの軌道跡は、仙北市の管理する「抱返渓谷遊歩道」として一般に開放されており、その景観はよく知られている。(探索済みだが未レポート)

本線の開設は古く、大正初期にまで遡る。
生保内営林署は、大正元年から同11年にかけて「広久内(ひろくない)貯木場」より「霜台」までの「生保内林道」を開設し、この一部に762mm軌間の6kg軌条を敷いて人力を動力としてのトロッコ輸送を開始した。
次いで大正14年に国鉄生保内線「神代駅前」に「神代貯木場」を設置すると、同15年に玉川を渡る当時日本最長の鉄道用吊り橋である「神の岩橋」(現存)を完成させ、神代貯木場〜神の岩橋分岐点間(3380m)を開設して生保内林道に編入。ここにも軌条を敷設した。

昭和9年現在で、生保内林道(全長17663m)中の16334mに6kg軌条が敷かれており、年間1万石内外の天然ヒバ材を輸送。このころが本線の最盛期であった。
その後は事業規模の縮小とともに軌道の撤去が進み、昭和20年には軌条敷設延長3378mと記録されている。


昭和26年、ダム建設のため堀内沢〜霜台間(6211m)を廃止 …と、手元の資料にはあるが、これには疑問がある。
というのも、ここで言うダムとは「夏瀬ダム」の事だと思われるが、夏瀬ダムは神代ダムとともに昭和15年に完成しているのだ。
しかし、この時に軌道の水没廃止が行われず、同26年に初めて水没による廃止が記録されているのである。
おそらくダムの改築などが行われ、貯水位がかなり上がったのだろう(現状の夏瀬ダムの堤高は40mあるが、当初はもっと低かったのではないか)

この点に些か疑問はあるものの、この昭和26年に軌道が再び延ばされることになる。

廃止区間の代替として同年中に堀内沢〜辺名垂(へなたれ)沢間(2994m)の林道が開設され、ここに軌条が敷設されたのである(本レポで紹介)
同時期には堂田〜辺名垂沢間の自動車道(向生保内林道)も開設されており、生保内方面へのアクセスも復活した。
また、前後して出口地区と夏瀬貯水池を結ぶ自動車道も改良され、これが神代方面へのアクセスを担ったのだろう。
昭和20年代終盤においての軌道残存区間は、最後に敷設された堀内沢〜辺名垂沢間とその周辺だけであったようだ。

昭和30年には最後まで残っていた軌道も撤去され、生保内林用軌道の歴史に終止符が打たれた。
約半世紀の運行は、最後まで人力によってのみ支えられていたという。
そして、同37年に旧軌道敷きが田沢湖町と角館町(いずれも現:仙北市)に貸与され、その一部(神代〜神の岩橋〜神代貯水池〜堀内沢)が軌道施設を活かした遊歩道となって現在に至る。




上記歴史を踏まえたうえで、今回紹介するのは次の2点である。

1.
水没旧線内にある未到隧道捜索

古い地図には、水没旧線内に3本の隧道が描かれている。
このうち、上流側から探索によって2本までを確認したが、その先で軌道敷きが水没してしまい、3本目には到達することが出来なかった。
駄目元でこの隧道に、下流側から接近を試みたい。

2.
夏瀬ダムによる付け替え線の全貌を確認する。

昭和30年頃まで生き残っていた、夏瀬ダムの付け替え区間を踏査したい。
言うまでもなく、こちらが今回のメインである。


インターバル以上に前置きが長くなってしまった。
まずは、水没隧道探しの場面からだ。




情報提供: 鉄道友の会秋田支部 会員さま




 3本目の隧道を捜索せよ 




2004/6/23 11:44

現在地は、向生保内林道から八木沢林道が左に分岐する地点で、昭和26年の付け替え軌道の終点はこの辺りであった。
確かに辺りには土場を思わせるやや広い空き地があるが、特段の遺構は見あたらない。

このまま向生保内林道を夏瀬貯水池(玉川)方面へ進む。
そこは軌道跡を利用した林道だが、やはり遺構はない。
ただの未舗装林道である。



約1kmほど川沿いの林道(付け替え軌道跡)を下ると、湖が見えてきた。
林道(付け替え軌道跡)は左折して湖畔を南へ向かうのだが、湖底に沈んでいる旧軌道の隧道を探す私は、敢えて林道を外れて水際に近づいた。

約1時間前に腰まで水に浸かりながら辿った軌道は、ここから約1500mほど上流である。




うん。

まあ。無理だわな。

当然のように旧軌道跡は水面下にあるようだ。
八木沢が玉川に注ぐこの河口部に橋が架かっていたはずだが、全ては湖底の土の下である。



しかし、今日の私は水に強い!

さっきまで水に浸かっていたし、今は上がっているが雨も降っていたので、既に全身ずぶ濡れなのである。
すなわち、水に入る事への抵抗感が極端に薄れた状態。
(「大人」が中々ならない状態だ)

だから、八木沢河口部の水位が低いと見るや、さわさわ揺れる水草の絨毯に誘われるようにして水の中へと入っていった。
普通は、ここまでしない(笑)。

どう考えても、隧道は水面下なのだから。




何かを期待した人もいるかも知れないが、申し訳ない。

やっぱりオナニーでした。


湖畔に軌道跡に関わるいかなる痕跡を見いだすこともないまま、湖底の捜索は終了した。
まあ、これは当然の結果だった。

いちおう、幻の「3号隧道(仮)」というものは、この写真正面の切り立った岩場の下辺りに沈んでいると思う。
旧地形図の表示と現地地形を見る限り、その長さはせいぜい10m程度だろう。

なお、ダムの水位が下がれば出てくるかと言われれば、おそらくそれも難しい。
湖底の隧道はきっと泥に埋もれていると思う。
そもそもこの湖は発電専用で洪水調整はしないから、水位が年中ほぼ一定である。




林道(付け替え軌道跡)をさらに進むと、湖に注ぐ辺名垂沢にぶつかった。

軌道時代の橋は林道よりも下流の河口付近を渡っていて、それは地形図を見る限り結構大きな橋だったようだが、探し忘れました(白状する)。
まあ、航空写真を見る限り現存してはいないようだ。

なお、橋の手前で「夏瀬林道」へと名前が変わる。




夏瀬林道はほとんど軌道跡とは重ならず、そのまま急坂の峠越えにかかる。
この道は、付け替え軌道の廃止後に代わりに設置された車道林道である。
峠は湖面から100mほど高いところにあって、上り下りはかなり急だ。

なお、この登り始めの辺りで林道と湖畔の付け替え軌道が分岐するが、写真を撮っていなかった。
すまん。




12:44

峠を越えて下って堀内沢にぶつかると、「小玉沢林道」へ名前が変わる。

この林道が堀内沢を渡る地点は、ご覧の通り、普通の神経では不安を感じるような豪快な車渉路となっている。
雨の後だから水量が多いとお思いだろうが、実は好天時もあまり変わらない。
チャリだと、まず間違いなく足を濡らす事になる橋?だ。




さすがにこの橋はちょっと…。

そんな人のために、すぐ隣に足を濡らさない橋もちゃんとある。



…あった。


あったはいいけど、このレポあんまりショボいんじゃないか?
そんなお叱りが今にも聞こえてきそうだ。
だが、ストレスを溜め込むのはここまでにして貰いたい。

やっと、軌道跡が出てくるよ。




ほい来た。

車徒路から谷幅の広い下流を見渡すと、玉川に注ぐ河口部の川中に、どっしりとした大きな橋脚の建っているのを見ることが出来る。
対岸に見えるのは夏瀬ダムの事務所だ。

この橋脚が、今回初めて登場する生保内林用軌道の確固たる痕跡だ。

今回は、この橋脚を足掛かりにして、謎の付け替え軌道を探っていこう。

今日は水が大好きなヨッキなので、直に川を下って近づいてみよう。




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 3本目の隧道を捜索せよ 


かなり川幅が広いが、橋脚は中央に一本だけしかなかったようだ。
ということは、かなり径間の大きな橋である。

当時の「林道台帳」を見ると、付け替え軌道に二本の橋が記録されており、そのうちの1本は全長72.8mという長大な「木造トラス」である。
おそらくこの場所に架かっていたのではないだろうか。

ただし疑問もある。
それは、旧軌道もこの場所で川を渡っていたはずだが、その痕跡が見あたらないと言うことだ。
両岸の橋台や中央の橋脚の基礎については、新旧線で共用していたのかもしれない。


で、変なものを見付けてしまった。

おそらく軌道とは無関係だと思うのだが…。
場所は、黄色い矢印で示した川岸の岩場だ。