千頭森林鉄道 千頭堰堤〜大樽沢 (レポート編3-4) 

公開日 2010. 7. 2
探索日 2010. 4.21

最初の難所地帯


2010/4/21 8:19 【現在地】

天地という名の “林業機械の楽園” を過ぎると、次に現れたのは、“ガチゾーン”だった。

ついに、現れてしまった。

千頭堰堤からちょうど1km、そこがこの場所だった。
路盤が完全に崩壊し、平らな部分が全くなくなっていた。
踏み跡のようなものは全くなく、頼りになるのは我がロードファインディング力のみ。
生死の判断は、私ひとりに完全に委ねられたのだ。




進むべき路盤の続きは、20mほど先の目線の高さに見えた。

“へつる”か、谷底へ迂回するか。

しかし、足元の崖を青々とした流れが洗っており、あの深さと水勢では徒渉できそうにない。
二度徒渉しなければならない谷底迂回は、机上の空論かも知れない。

結局この第一の崩壊現場は、黄線のようなルートを独自に見出して、恐る恐るトラバースした。
地面は乾いておらず、岩が露出している部分は滑りやすくて怖かったが、全体的に柔らかい土の斜面が優越しており、そこを選択的に通路とした。
まだ緑が浅く、斜面全体を見通してルートを選べたのは助かった。




路盤に復帰!

この先は、これまで以上に人目から隔絶されてきたに違いない。

日向林道という現役の林道が山上にあるものの、今のところ高低差が200m近くもあり、ましてこの急斜面、彼我の交流は皆無である。

50mほど先は妙に明るく、木々の新芽が萌えている。
空に開けているのか。
嫌な予感しかしない。




萌えまくりの森は、やっぱり大きな崩落現場の合図だった。

今度は大量の崩土が路盤を埋めており、再び進路は完全に消失した。

だが、先ほどの場面のようなキケンは無さそうだ。
路盤が完全に失われている崩壊にも二種類あり、路盤が崩れたものと、路盤の上に土砂が乗っているものがある。
前者が圧倒的に踏破困難だし、危ない。




瓦礫の山に取り付いて見たらば、それは思っていたよりも遙か巨大な崩落だった。
本来の路盤からビルの2〜3階くらいの高さまで巻いて、月面のようになった不毛のガレ場を横断する。

ここには視界を遮るものがないので、前方の地形を見通すことが出来た。
林床にある路盤自体は見えないが、100mほど先には今回と同じ規模の大崩壊があり、確実に路盤も埋没しているはず。

前述の通り、“埋もれ”については、それ自体が踏破不能の原因とはならないだろうが、体力の消耗を促す“障害”であることに違いはない。
くり返し現れれば目的地まで行けずにタイムオーバーになることもあるし、落石などの不意の事故に遭遇するリスクを重ねることにもなる。




それはもう、ひどい有様。

巨大なガレ場を過ぎても、元の路盤はもう戻ってこなかった。

遠目には緑の屋根に隠されていて見えなかった地表は、土がほとんど無い、灰色の大地だった。
僅かな土の上に痩せこけた木々が並んでいる。
このどこにも、平らな場所はない。
路盤は、無いのだ。

しかし、地形的にはちょっと腑に落ちない。
確かに崩れているが、路盤が完全に消失してしまった理由が見えてこない。
崩れたのか、埋もれたのか…?

実は、この変化には秘密があった。
変化の理由は、この後すぐに知ることになる。



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またしても、酷い…。


先ほども木の間に見えた、次のガレ場の状況である。

小さなビルなら埋もれてしまうくらい、もっこりと谷筋が膨らんでいて、谷が尾根のようになっている。

いかに膨大な量の瓦礫が供給されたのかということだが…。





どの高さが路盤なのか、もはや判別できる要素は一切無い。

踏み跡も、当然のように見あたらない。

思うがままに進路を選び、先へと進む。

幸いにして、瓦礫の斜面は比較的緩やかで安定もしており、横断は容易だった。




横断中に見上げる斜面。

すなわち、この膨大な瓦礫の供給源となった、巨大な崩落の谷筋の状況である。

50mほど先までは、次第に急角度となりながら、ゲレンデのようなガレ場斜面が続いているが、
その上は滝のような一枚岩の絶壁であり、登攀など考えられない状況。

さらにその絶壁の上には、山肌を横一文字に切り取ったような影が見えた。

あれがおそらく日向林道だろう。




そして気付いた。

先程来の “変化の理由” に。


林道の建設で生じたズリが、
その下にあった軌道跡の広範囲に未曽有の落石を引き起こしたのだろう。

付け替え林道の建設で、旧来の林鉄跡が破壊されることは珍しくないが、
今回は特に、林道が頭上に現れ始めてから急激に路盤の状況が悪化しているので、間違いない。

今後もずっと林道の下を通ることになる軌道跡の荒廃は、止むことが無さそうだ…。



どうにか大崩壊の先に、古い石垣によって画された路盤跡を発見することが出来たが…、

前途多難だ…。





命の終わりを見た


8:40 【現在地】

おおよそ200mぶりくらいに路盤跡と分かるところを歩いているが、直前の状態が悪すぎただけで、ここもほとんど斜面歩きと変わらない。
斜面上方200mにある日向林道が山を撫で切りにしたことで、その分の瓦礫が“ナイアガラの滝”のように斜面を帯状に滑落し、唯一の平場であった軌道跡に山積したのだろう。
さらに林道では、毎月のようにブルを出して崩れて路面に積もった瓦礫を片付けている。
この片付けられた瓦礫もまた、斜面へ捨てられていたに違いない。

いままで色々な林鉄跡を見てきたが、木が生えている斜面にある路盤がこれほど正常でないのは珍しい。




さらに進むと久々に路盤の全幅が明らかとなったが、そこにはこれまでで初めて現れる、ご覧のシカ避けネットのような金網が備え付けられていた。

豪雪地ではないので、こうした華奢な構造物が現存することを近年まで人の出入りがあった証拠とするのは難しいが、その意図も新旧の判断も付けられなかった。

一体今さら、いかなる交通を遮断せんというのか。

これまでの悪状況を思えば、よもやこの先改めて塞ぐ必要があるとは思われない。




…だが、この直後、

私はこの封鎖の 意外な犠牲者 の目撃者となってしまった。


思い出しただけで、憂鬱だ…。




ネット封鎖の先も、案の定路盤の状況に目に見える変化はなかった。
むしろ、封鎖地点の前後だけがいくらかマシで、離れるに従い表裏共に路盤は荒れていた。
もう少し水面近くを辿るものと地形図から勝手に想像していたのだが、実際には20mほども高い崖をへつる道であり、とにかく気の休まる場面が皆無。
前夜の雨であらゆるものが濡れていることも、緊張感を倍増させていた。

…そして、私の中にはあのウニウネと動く茶色い生き物の姿が、焼き付いて離れない。
既に一度靴の中に入られているだけに、もはや2日前までの「いない」神話は崩壊している。
確実にいる。

その恐怖心から、私はいつものように腰を地面に付けて休むということを極端に避けていた。
いまはまだ目立たない疲労も、緩まる隙のない精神的プレッシャーと重なり、徐々に私の総生存能力を奪っていった。




そして、運命的な場面。
当初この件はレポートから省こうかと思っていたが、やはりリアルな現実として、書くべきと思うので書く。
いろいろ、しのびないのだが…。

私がこの第何番目かも分からない崩壊地の中で、流水が滝となって路盤を横断する場面に差し掛かったとき、一頭のシカが既にそこにいた。

それはまだ子供であるらしく、小さな体躯と華奢な手足で賢明に飛び跳ねては何度も路肩のコンクリート擁壁に遮られ、路盤下の2m四方ほどの平場から出られなくなっている様子だった。

何となく様子がおかしいというか、その身のこなしには野生動物らしい精悍さが無く、ただ闇雲に跳ねるばかりでだらしがなく、既にこの時負傷していたのかも知れないが、私はその真相は知らない。
或いは単に子ジカゆえの未熟だったか。



私はここで、いま突然の人影に驚き慌てふためいている彼を、優しく見守ってやるべきだったと思う。

だが、私は不用意で、傲慢だった。

私は彼が必死に足掻いている姿を、ファインダー越しに覗いていた。
シカを間近で見る機会は私には珍しく、まして容易に逃げられない状況にある彼ならば、近くから観察するいい機会になると思ったのがひとつ。
そしてシカの後ろ蹴りは強烈だと聞いているが、子ジカならそのキケンも少ないだろうという、強者の傲慢もあった。

ファインダー越しに上気した表情を浮かべた“不気味な私”は、不用意に近付いた。
次の瞬間、彼は10m手前に迫った私をようやく発見し、上の写真の表情を浮かべた(正直、この画像を拡大できるようにするかどうかも最後まで迷った)。

私は、彼が私の接近に驚いて“すくみ”、静止してくれることを期待したが、彼の反応は異なっていた。


一瞬の硬直の後、火箸で尻を刺されたように前に向かって飛び跳ねた彼は、コンクリートの擁壁に前足が一瞬掛かったように見えたが、ジャンプ力が足りずそのまま後足から直前までいた場所に落ちた。
私は動画モードをオンにしたまま、さらに歩速を早めて近付いた。
早く近付かないと逃げられてしまうという咄嗟の判断があったが、あまりにも残虐な私の無遠慮な行為だった。

彼はパニックに陥ったのかも知れない。
もう一度その場でほぼ真上に飛び上がった彼の体は、着地しなかった。
地面のない滝の下へと、自由落下の勢いで消えた。
私はその瞬間にはじめて「ヤバイんじゃ?」と思ったが、「流石は野生動物だな」というステレオタイプな決着を期待していた。
刹那、バンという爆ぜるような嫌に大きな音が渓間に響いた。

文章にしていて、いま私は改めて吐き気を催している。

あの音……。




破裂音に我に返った私は、動画を止め、彼が消えたばかりの滝壺に走り寄った。
私の行為は、子ジカに対しあまりに残酷な犯罪にも等しいものだったのではないかという贖罪の気持ちも、途端に湧き上がってきた。

私は上半身をゆっくりと谷底へ傾けながら、滝壺から走り去る彼の姿を期待していた。
しかし、滝壺の代わりにあったのは盛大に流れる寸又川の水面で、走り去ることは不可能と分かったが、野生動物ならむしろ流されても大丈夫だろうという期待をした。

否。
冷酷の誹りを受けるかも知れないが、正直に告白すれば、彼の顛末が“流された”ことで判然としないことを私は期待していた。


そんな私の身勝手な欲望を天は聞き届ける訳もなく、もっとも残酷な現実を私に見せたが、安心して欲しい。
左の写真に、彼の折れ曲がった無残な亡骸は写っていない。
それはもっと真下だったから…。


ここからは余談になるが、この時に撮影していた動画は、一度も見ることのないまま後日削除された。
それも意図的ではなく(見なかったのは意図的だが)、ケアレスミスでこの日に撮影した全ての動画を一挙に削除してしまった。
だから、これから現れる全ての場面でも動画は無い。




子ジカの死を目の当たりにした私は、しばらくの間いたたまれない気持ちで一杯になった。
冷徹にいえば、野生動物でさえ滑落死するような悪地形なのであって、それを間近で見た私は、千頭一流のプレミアを体験したのかも知れない。
私が出会った段階で子ジカは既に自力で脱出出来ないスポットに入り込んでいた可能性が高いし、その前に彼を敢えて危険な渓間に追い込むことになったのは、おそらく私が乗り越えたシカ避けらしき金属ネットであったろう。
私が彼を救援できる可能性は万に一つもなかったし、野垂れ死ぬ場所と時間が少し違っただけだと思う。

が、四つ足の動物の死を目の当たりにすることの少ない私には、相当に衝撃的であって、まさに明日は我が身との恐怖を憶える体験だった。


そうだ。

滑落すれば、

今度は私の体が、“あの音” を上げて壊れることになるのだ。





久しぶりに路盤の状況が良く、岩盤を切り取って階段状に刻まれた路盤の姿が鮮明であった。
そしてそこに、今回の探索では初めて見る、犬釘の付いた枕木があった。

犬釘が無ければ枕木とは思えないほどに痩せこけ、朽ち果てていたが、こうして撤去された姿で残っているということは、やはり廃止後に一旦は車道に転用されたのかも知れない。





8:49 

天地吊橋以来37分ぶりに、地形的に目印となる地点に到達した。

正確には、この路盤の流れ去った斜面を30m攻略したあとに、到達する。

そこは天地索道所から1.1kmの地点にある、小さな半島状の地形であり、
距離的には千頭堰堤〜大樽沢間4.3kmの、ちょうど中間地点でもある。





このヤマビルが沢山埋もれていそうな土の斜面を越えて、

廃小屋と深い堀割(隧道かも?!)のある、中間地点へ。


千頭林鉄決死の探索は、業の深さを加えつつ、いよいよ中盤へ…。