千頭森林鉄道 沢間駅〜大間駅 (レポート編1-2) 

公開日 2010. 5.31
探索日 2010. 4.19

2本の軌道が並行していた沢間集落


2010/4/19 6:47 《現在地》【路線図】【全体図】 

千頭森林鉄道の0kmポストがかつて置かれていた、大井川鐵道井川線の沢間駅から、車道に生まれ変わった軌道跡を辿りはじめる。

最初はこの沢間集落を、南から北の端まで縦断する行程だ。
こうやってアスファルトが敷かれている以上、軌道跡を思わせるものがどれほど残っているか、あまり期待はできないが、終点の「柴沢」は遙か彼方41kmも先なのである。
このあたりはサラリと流せるなら、それはそれで助かりマッスル。

というわけで、朝日輝く稜線に眼を細めつつ、出発進行!




前回の始めに辿った駅への進入路を引き返す。
これが軌道跡そのものなのだ。

右手には井川線の現役の線路がある。
両者は5mほどの間隔をあけて接しているが、軌道跡のほうが上りのペースが良く、次第に高低差が付いていく。

そして、駅から50mほど進むと、そこに小さな橋が架かっている。
ガードレールが一段高くなっているところがそうだが、橋桁も橋台も軌道時代のものではないようであった。

橋を過ぎると、数本の大きな桜の木が、両者の間のスペースに並木となって生えている。
樹齢はいかほどか。
寸又川専用軌道の開通を記念して植樹されたものかも知れない。




6:49 《現在地》 

駅から100mほど進むと、十字路がある。
さしずめ駅前十字路といったところだが、集落の家並みがここまで届いていないのは、ここが当初からの十字路ではなかったからだろう。
昭和44年頃まで、ここには単に林鉄の踏切があっただけだったはずだ。

集落を横断していた軌道跡が車道に生まれ変わった現在、沢間は集落の規模に見合わないくらいの「道路持ち」になっている。
マウスオーバー後の画像はその最たる風景で、井川線の線路を挟んで上下に舗装路が並行し、かつ集落の上手山裾にももう一本道があるから、集落周辺に3本の南北縦断路があることになる。




林鉄跡の道は、他の純粋な車道に較べて直線がちで、高低差もほとんど無いことから、いかにも廃線跡とすぐに分かる。
なぜか地形図には描かれていない道であるが、まったく問題なく乗用車も通行することが出来る。

このあたりまで来ると、既に井川線の線路との比高は10m近くになっており、両者の間に杉林が割り込んでくるようになる。
しかしまだしばらく並行は続く。

簡易郵便局と川根茶の製造工場を過ぎると、二本目の小さな橋が現れる。
今度の橋も軌道時代の桁を使ってはいないが、川に架かっているものではなく、跨道橋だった。
小さな跨道橋の存在は、これまた廃線跡らしい。




寄り道して、この小さな跨線橋の下の道を通ってみた。

井川線側から見ると、この道が水路を転用したものらしい事が分かる(閉渠のフタに注目)。
また、井川線の踏切が無いので車は通れない。
それでも、大井川に架かる寸又口橋への近道になっているので、今も通る人がいるようだ。

そして上から見たときには気付かなかったが、路盤は車道化後に拡幅されたらしく、玉石練積の石垣も井川線側のみ新しいし、桁下も拡幅の痕跡を留めていた。
(もっとも、狭い方の桁も軌道由来では無さそうだ)






跨道橋を過ぎると道は集落の裏手となり、より一層“廃線跡”らしくなる。

先には“いかにも”な堀割が見えてきた。




この堀割も車道化後に拡幅されているかも知れないが、雰囲気は廃線跡そのものだ。

そして堀割の先に丁字路があり、千頭地区と沢間を結ぶ町道寸又川線が合流してくる。

合流後は、一見すると林鉄との併用軌道だったようにも見えるが、
実際の軌道は真っ直ぐ進んで、フェンスに囲まれた空き地の中を貫通していたようだ。



小さなスプリンター×2 出現!



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6:53 《現在地》 

このフェンスで取り囲まれた空き地は、どんな由来の場所だろうか。
軌道時代の古い地形図を見てみたが、分からずじまいだった。
近くに人がいれば聞いてみたかったが、生憎いるのはネコばかり。

ただ、いずれにしても営林署や林鉄と関係のある場所らしい。
というのも…




フェンスの途切れている場所(出入り口)は、ちょうど軌道の延長線上に2箇所あり、そのため軌道がここを貫通していたことが分かったのだが、それだけでなく、この出入り口の片方(千頭側)には、廃レールを支柱にした古い「一時止まれ」の標識と、門柱と思しきものがあった。

この門柱らしきものは、同じ千頭営林署の建設した寸又左岸林道でもまったく同じものが発見されているし、千頭営林署と関係が深いに違いない。

そして何よりも注目は、この「一時止まれ」の標識である。
缶のフタを再利用した、いささかお粗末なお手製標識だが、そのデザインはオブローダーなら見覚えがあるかも知れない、旧制道路標識の「一時停止」そっくりである。

旧「一時停止」の特徴は、現在の道路標識には無い八角形のデザインであり、昭和38年頃まで使われていた。
ということは、このお手製標識もその頃までに制作された可能性が高いのである。

あと、現地ではさほど重要と思わず素通りしてしまったが、その隣にある看板の内容も気になる。
「沢間●●」のように読めるのだが、「一時停止」の標識がある以上、ここは林鉄の踏切だったのか?
【拡大画像】←解読求む)




この写真は空き地の大間側で、軌道の延長線上に、廃レール製門柱に画された出入り口がある。
そして、左からは寸又右岸林道(現在は町道か?)、右からは町道寸又川線が合わさってくる。
また、空き地の一角はさらにフェンスで区切られ、「静岡県地震対策備蓄資材置場」として使われている。(左の幌が“資材”)

さて、営林署が抱える広大な敷地としてまず考えられるのは貯木場だが、昭和46年度発行の「千頭営林署管内概要」にその答えが載っていた。
ここには、「北千頭担当区」の事務所が置かれていたのである(当時の住所は「千頭777番地」)。
この担当区というのは、営林署の管轄地域の分掌機関の名称で、千頭営林署の場合は当時、南千頭、西千頭、中千頭、北千頭、東千頭、梅地、中川根の7担当区があった。
なかでも北千頭担当区は、最も広大な管理面積を有しており、その管理区域はいちばん奥地(軌道終点の柴沢を含む)であった。




同地点は丁字路であり、大間方向へ延びる背後の道が軌道跡だ。


ネコたちに怪しまれながら、

沢間集落の探索を終了。

次回は近くに停めたクルマを回収し、乗車のまま大間へ向けて探索を進めます。