千頭森林鉄道 千頭堰堤〜大樽沢 (レポート編3-6) 

公開日 2010. 7.10
探索日 2010. 4.21

押しても駄目なので、引いてみる



2010/4/21 9:17 

千頭堰堤から約2km 、ついにその時がきてしまった。

それは小さな橋が一本落ちてしまっているだけの場面だったが、人間の跳躍力ではどうやっても対岸にたどり着くことは不可能。
周囲は絶壁であり、手頃な迂回の術はない。

まあ、この南アルプスの険しい地勢と、廃止から40年を経過した森林鉄道を掛け合わせて、辿りきれない決壊が無いことのほうがよっぽど奇跡的なのであり、遅かれ早かれこういう展開になるとは思っていた。

そして、こういう撤収しなければならないような現場とは、ともすれば頑張りすぎて事故になる現場ということである。
いまの私は今日これまでで一番危険な状況に陥っていることは明白で、ここでの判断が全ての成否を左右するのである。
失敗することと、死ということが、こんなに近しいと思える現場も久々だったわけだが。


さて、素直に路盤を追跡出来なくなった私には、2つの選択肢があった。
ひとつは、軌道跡の上方100m付近を通っている日向林道へ脱出し、先回りして軌道跡を反対側から探索すること。
もうひとつは、20m下にある寸又川本流に下り、徒渉を繰り返して上流へ迂回することだ。

後者の方が手近だが、生半可な水量ではない寸又川を、安全無事に遡行できるのかという不安があった。
しかし、日向林道への脱出はもっと難しいように思われたので、ここでは一旦寸又川の谷底に下ることにした。(ピンクのライン)

…それにしても、行き来するたびに寿命の残りが縮んでいく気がするな… ここ。





慎重に100mほど戻り、ようやく緑が戻ってきたので、下降ルートを探り始める。

近いように見えて、これまたかなりの高低差。

落葉と岩の斜面を下っていっても、明るい川原はなかなか近付いてこなかった。



9:26 

なんとか無事に下降成功。

このまま川原を上流に歩いて行ければ楽だし、対岸の穏やかな森が私を誘うが、そこへ行くためには目の前に横たわる巨大な川、南ア深部の青く澄んだ雪解け水を越えねばならない。





私が最初に川原に下った地点は水勢が激しく、渡ることは危険と判断。
結局は、そこからさらに100m近くも下流に向かって川原を歩き、前回も見た吊橋跡の下まで行くことになった。

そこには、吊り橋よりも遙かに高い位置で谷を跨ぐ、索道のワイヤーが残っていた。
搬器も宙ぶらりんのままだが、これは正式にはまだ廃止されていないからなのか、或いは事業は廃止しても、コスト的な問題で索道の回収はしないものなのか。




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私が徒渉を試みた地点の全景。

中央に吊り橋の主索が横切っている。
この橋が出来る前は、杣人たちが徒渉していた瀬であろう。
ここはひときわ川幅が広くなっており、水勢も穏やかに見えた。

そして背景は、私が決死の覚悟で挑み、そして最後は敗北した、2本の滝が落ちる絶壁である。
あの奥の谷が越えられなかったのだ。

それにしても、とんでもない地形である。
よくぞこんな所に軌道を敷こうと思ったものだ。
そして、良くやり遂げたものである。

今さらながら、あそこから無事に生還できた幸運に胸を撫でた。






ただいま徒渉中。

なお、この日の私の足回りは、トレッキングシューズの下にネオプレンの靴下を履き、さらに布の靴下を付けていた。
これは、予め濡れることを想定した装備と言うことだが、だからといって濡れが苦痛にならないわけではない。
冷たいとかそういう問題ではなく、濡れた足裏は長距離の歩行で水ぶくれを作りやすく、結局体力の消耗に繋がるのだ。
そのため徒渉用にウォーターシューズを用意するのが私のセオリーだったが、今回は荷物の軽量化のためそれを省いていた。

徒渉する可能性を想定しながらの己の判断の甘さを悔いたが、後の祭り。
ジワジワと水が入ってくる嫌な感触に顔をゆがめつつ、美しい流れを私は越した。





あれが軌道跡…。

実際には歩けないこともない場所だが、下から見る限りは絶対に無理そう。




この長閑な川原に人が入ったのは、いったいどれくらいぶりなのだろうか。
あるいは貪欲な釣り師たちは、こんな所にも余裕で入ってくるのだろうか。

対岸の絶壁に刻まれた、鬼の爪痕とでも形容したくなるような軌道跡。
×印の地点が、私の越えられなかった2本目の滝である。
「あと一歩で越えられそうなのに!」と、私が悔しさにほぞを噛んだのも納得できるのではないだろうか。

…あの滝さえ越えれば、また森が待っていた…。





路盤から行方不明になっていた橋は、

激浪のほとりに無残な死骸をさらしていた。

単径間の小さなプレートガーダーのようだが、
渦巻く流れのため、近付くことは出来ない…。

木橋では無かったというところに、少しだけ励まされる気がした。
頑張って進んで行ければ、現存する橋にも出会えるかも知れない。




そして前方。
あそこにも酷い崩壊が見えているが、いままでに較べれば全然大丈夫だろう。
平和な風景にも見えてくるから、慣れって恐ろしい。
私の進路も、これで明らかとなった。

この真っ正面のあたりでもう一度徒渉して、軌道跡に復帰しよう。

問題は、先ほどのような川幅の広い所が辺りに見あたらないことだが…。





一見すると、先ほど徒渉した所と大差のない、穏やかな流れ。
表面に見える水の流れは、むしろ先ほどよりもゆったりして見える。

だが、その深さは先ほどの比ではない。
50cmくらいもありそうだ。





ぐわ!

案の定、もの凄い水圧!

水深は膝下くらいなのに、めくり上がる水面は太ももに迫り上がり、あっという間に腹部を濡らす。
ゆっくりとすり足で進んでいくも、いよいよ流芯に近付くと、立っているだけで精一杯になって来た。


む! むむむ…







9:39

………。


2度目の徒渉に“成功”し、私は再び軌道や林道があるのと同じ、左岸の客となった。



え?


なんか写真の写りが、白い?



うふふ……。





実は、徒渉の最中に激流で足を掬われた私は、川の真ん中で大転倒。
そのまま数メートル笹舟のように流され、やっと起ち上がって這うように対岸にたどり着いていた。

徒渉には成功した(?)が、髪の毛以外前身ビッショヌレになってしまった。
不幸中の幸いだったのは、たまたま今日は防水仕様のデジカメを使っていたことだ。
もしいつものカメラだったら、ここで「撮影続行不能につき探索終了」となっていた所だった…。

徒渉まじ怖い!




しかも、

また付かれていた!

またしても、仕事熱心なヤマビル氏が、
両足あわせて4匹もついていた。

ま、まさか川の中にも流れてるのか?!

靴下二重履きの私にとって、下半身は食われる危険性はゼロに近かったが、それでも彼らを溜め込んでいく気にはならず、一匹一匹引きはがして進むことにした。


クソみてーにツレー展開だぜ… 





試練! 路盤に復帰するも…


9:51 《現在地》

とりあえずおにぎりを頬張りながら、川原の乾いた石の上で10分ほど佇んでいると、シャツはすっかり乾いた。
そして、探索を再開。
先ずは目の前の崩壊斜面のなかに、路盤を探すことから始める。

滝の前で挫折してから、早くも40分以上が経っている。
ここまでは結構順調だと思っていたが、一気に時間をロスしてしまった。
滝の所からは、まだ50mも進めていない。




…なんかもう、笑える。

なんなんだこれは。

この山は何か。
軌道跡を瓦礫で埋め戻す事に、使命感をもってあたっているかのようだ。
そして、それを影で指示しているのは、ここからは見えない上方にうごめく、日向林道!
同族嫌悪も大概にして欲しい。

若葉の木々を透かして、瓦礫の海に埋もれた路盤が見え隠れしているが、なかなかそこに登ってみたい気持ちになれない。
このまま川原を歩いていったら、当分は楽に進めそうなのに…。






でもねー、

ここで楽をしちゃったら、ナメられるからな。


誰にって?




林鉄にナメられたらイカン!



奮い立ち、出来るだけヒルの少なさそうな日なたのガレ場を、強引によじ登っていく。





9:56

路盤再会!

帰ってきたぞ、ちくしょうめ!





おおー!

路盤さま、路盤さまありがとうございます!

とっても歩き易うございます。

とても救われます。
ありがとうございます!


嘘のように落ち着きを取り戻した路盤を歩き始める。
良かった。
苦労してよじ登ったのは、無駄にはならなかったようだ…。




あはははは…

夢はいっときのもの。

またしても、生き死にの場面なのか…。

同じ所をループしているような気さえする、苦しい廃道。
だが、確実に進んでいる。
前方には、先ほどまでは見えなかった、大きな半島のような尾根筋が見えてきた。
あれが新しいマイルストーン。
出発前に見た昭和40年代の地形図には、あそこに隧道が描かれていた。




隧道が、見たい…。




喜び と 絶望が同時に来た。

喜びは、今日はじめて出会う日向林道のラインが前方に見えたこと。
あそこまで辿り着けば、とりあえず生還は確信できる。

だが、その手前には絶望的な難所が待ち受けていた。

巨大な谷の向こうにあるのは、主を失った空虚な橋台…。

また なのか…。





10:02 《現在地》

苦労してよじ登ったのは、

無駄になった!!!(涙)

路盤の野郎、俺を嵌めやがッたのか…!





結局私が路盤上に居られたのは、たった5分。
距離にすれば100mほどに過ぎなかった。
またしても、どうにもならない路盤の消滅。
橋が架かっていないんじゃどうしょうもない!!

私は襲い来る徒労感に朦朧とするのをなんとか抑えて、再び谷底へ降りれる場所を探した。
そして、それは幸いにして身近な所にあった。

下りながら思ったのは、ここは下れても、登れないなということだったが…。




10:06

再び寸又川に着水。

日向林道が、尾根の上に見える。
どんな林道なのかは分からないが、一般車両通行止なのは知っている。

そして、肝心の軌道跡だが、なぜか全然見えない。
今まで軌道があった高さに仮想ラインを伸ばしてみても、日向林道の下にそれは見えないし、そんなに遠くないすぐその辺の山腹にも、それは全く見えなかった。

古地形図が正しければ、この大きな尾根は隧道で抜いていた。
そしてそれは、日向林道よりも確実に低い位置にあるはず。
今見えているこの風景のどこかに、口を空けているはずなのだが…。




私は、どうすればいいのだろう。

今日はじめて、途方に暮れている。

次に進むべき進路が、分からない。

また2回寸又川を徒渉して(正直さっきの恐怖体験があるので、もう徒渉したくなかったが…)、先に進むしかないのか。

だが、ここで軌道跡を見失ってしまったまま進んでも、途方もないロスをする気がする。
日向林道に逃げるのも、この高低差を考えれば、容易ではないだろう。あるいは不可能かも知れない。

私はどうして良いのか分からないまま、足元にある中州のような浅いところに何となく導かれるようにして、眼前の巨岩の根元へ近付いていった。








本当に、導かれていたのかもしれない。

そう考えたくなるような光景が、待っていた…。




これが、千頭林鉄の現実。