尾盛駅への道 第3回

公開日 2010. 5.14
探索日 2010. 4.19


現在時刻 14:40

★乗車目標 (第1希望)
 尾盛発 14:53 (千頭方面行き)
 ←ほぼ無理

☆乗車目標 (第2希望)
 尾盛発 15:10 (井川方面行き)


○最終防衛ライン(終電…)
 尾盛発 16:28 (千頭方面行き)


現在地は、旧接阻峡温泉から大井川を挟んだ対岸の高地である。
井川線ベースで見れば、接阻峡温泉駅と尾盛駅の駅間距離2.3km中、前者から1.7kmの地点。

目的地までの直線距離はあと僅かとなっているが、密な等高線で描き出された半島状の尾根が行く手を阻んでおり、これをいかにして乗り越えるかが、私に課せられた最終最後の課題となった。


 残り30分! 





遊歩道の終焉


14:40

古びた石垣の続く道。
おそらくかつて、この石垣の上には人家や田畑があったと思われる。

古い地形図でも、ここにはっきりと集落を描いているものはないが、状況証拠的に間違いないと思う。
その集落名は、尾盛、だったのだろうか?

尾盛駅という駅名も、おそらくその所在地の地名に由来するのだろうと思うものの、地形図にはその名は残されていない。




また、小さな小屋が見えてきた。

しかしそれよりも私が驚いたのは、まだ「歩道のガードレール」が現れたことである。
新旧道が合流した地点から、ここまで数百メートルのあいだ見あたらなかったので、何となくだが、歩道はもう終わったと考えていたのだ。

もっとも、尾盛に辿り着けぬまま歩道が終わってしまったのでは、それこそなんのための歩道だったのかまったく分からないわけだが、しかし私の中にはどうしても、この歩道は尾盛駅まで行っていないような“予感”があったのである。




この小屋も廃屋であった。
そして、住居ではなく、農機小屋に小さな休憩スペースを付け足したようなものであった。

置き去りにされてしまった農具は、なんだろう?
鉄製なので、そんなに古いものではないと思うが、井川線で運んできたのでなければ、こんな大きなモノを持ち込めるような道が続いていたということになるのだ。

前回辿った「旧道」は、かつて車道であったことを思わせるものだったが、やはり…。




小屋を過ぎてなお進むと、あれあれあれ…!

急激に、路盤の状況が悪化してきた。

少なくとも、新道(遊歩道)を選んでくれば、さっきの小屋の先まではそんなに道は悪くなかった。
確かに「通行止め」になっているだけあって、落石があったり、吊り橋が朽ちかけていたりはしたが。

だが、小屋から200mほど歩いたところで、遂にガードレールも無くなってしまった。
やや遅れて、私の予感が的中したものらしい。




ここから先は“本来の廃道”が歩けそうだという、そういう嬉しさもあった。

しかし、前回わざわざ引き返してまで“古廃道”を歩き、結果的に「第一希望」の列車に乗ることが出来なくなったという状況を考えると、今さら始まってしまった本格的な廃道には、不安の方が大きかった。

今さら、通れませんでしたとかって引き返すような事態になったら…。

14:44 《現在地》

車道跡というのは余りに崩壊が激しくて、ほとんど平坦な路面など残っていないが、それでも路肩と法面の間の距離、すなわち本来の道幅だけは軽トラ1台分を下ることはなかった。

そんな中、眼下に井川線のトンネルが見えた。
地形図と対照し、これが尾盛駅手前の最後の隧道(第32号隧道)であることを確認。
なんだかんだ言いつつも、既に峠は目睫の間となっていることを知る。

これはなんとか、間に合いそうだ!





荒れ果てているとはいえ、単なる歩道とは考えられない道幅を有する。


路肩に埋もれていた、切断された木製電柱の根部。
クレオソートで黒く変色したそれは、自然木とは明らかに異なっており、一目瞭然。
ますますこの道が生活のための道路だった時代を彷彿とさせる。




よっしゃ!来たぞ。

この広場、峠に違いない。


14:52 《現在地》


もし周囲に木々がなければ、尾盛駅のある山中の小盆地は、左前方に手に取るように見えるはず。

残り300メートル、列車到着まで13分。

なお、広場は車数台が停まれそうなくらい広かったが、周囲に特に人工物は見あたらなかった。
無い時間の中で、石仏などを探したのだが…。




峠で尾根の肩を越し、道は北向きのやや薄暗い斜面に入る。

依然として廃道の状況は良くないが、残距離は僅かだし、しかも下りであるし、駆け足で行けば、15:10の井川行き列車にはまず間に合うはず。

スパートをかける。





どんどん行けー!
跳ねてけ、跳ねてけ〜!




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14:55 《現在地》

う!

これは、なんだ…?


橋が落ちているのか。






ぬかった…!


もうOKだと思っていたのに、ここに来て意外な伏兵にやられた。


吊り橋が、落ちてやがる。

そう大きな橋ではないが、こういう高い桟橋が無いという状況は、意外にヤバイ。

ぶっちゃけ、川を渡る正面切っての橋が落ちているより、突破し難い事が往々にしてあるのだ。

それは、徒渉で強引に越えるという選択肢が無いだけに…。




これは、マジやばい感じがする。

長さ10mほどの桟橋がまったく消滅してしまっており、先へ進むためには、高巻くか、下巻くか、へつって正面突破か…。

なんて選択肢を挙げてみても、それは気休めにもならなかった。
なぜなら、周囲の絶壁は激しく険しく、高巻きは不可能。下巻きも不可能(相当戻れば或いは…しかし時間が…)。

正面突破しか無いのだが、日陰で、しかも落葉を被った岩場は所々がヌルヌルしていて、いかにも恐ろしげに見えた。

そして、ここで逡巡している私の右前方方向、尾盛駅があると思われる明るい空間から、列車の息遣いが聞こえてきたのだ。
時計は既に15時を回っており、これが「14:53尾盛発 千頭行き」列車だとすれば、ダイヤが数分遅れ気味と言うことになるが、いずれにしても、当初の「第一志望」列車には間に合わなかったことが確定した。




【絶壁で空しく列車の音を聞く動画】



“ヌルヌル地帯”では、一本だけ岩場に生えていた立木に脚をかけ、身体のバランスを支持した。
そして、その状態から一抱え以上もある大岩の上の平らな部分に登ろうとする、この1m登攀が最大の難場であった。(右写真)

一旦は諦めかけたのだったが、岩場の要所に打ち込まれた一本の鉄棒(おそらく吊り橋を支えるアンカーのひとつだろう)を手探りで発見できたことから、これに体重を預けて、どうにか登ることが出来た。

余りいい登り方ではないと思ったが、使わないと進めなかった。






よっ

こいせ!!





に"ゃ〜〜!!

なにこれ…!


まだ全然おっかねぇトコ、終わってねーし。


しかも、地味に戻れねーし…いまんとこ。

これは、地味に大ピンチ…。




…すまん。

たった2mかそこいらだけど、安全の確信が少し薄い歩きを、やってしまったかも知れん。





15:00 残り10分 《現在地》

なんとかこれ(→)突破した。

写真左に見えるのは、吊り橋の残骸である。

突破は出来たが、精神的に非常に疲れてしまった。

残り10分しかない。
まだ諦めたわけではないが、次はもし、もう一度同じような場面が現れることがあったら、拙速を避ける判断をしようと思う。

もう、来た道を戻ることは容易ではなくなってしまったのだから…。

遊歩道らしい所をはみ出した途端、やっぱり“鬼”が潜んでいたか…南アルプス…。





ともかく、あとはもう下るだけ。

右の明るい領域へ向けて、出来るだけ速やかに、そして軟着陸に下ってくれればそれでいいのだ。

頼むよ。

もう、イベントはイランから…。


なんて思いながら、ハラハラ歩いていたら、 来たよ

遂に、見えた。






尾盛駅は、あのへん!




…これ、間にあうんか…?


マジ山しかねぇ。