道路レポート 国道229号須築トンネル旧道 第2回

所在地 北海道せたな町
探索日 2018.04.27
公開日 2018.10.06

波濤の向こうの隧道を目指し、進撃開始!


2018/4/27 9:54 

自転車は置いていこう。須築トンネルの向こうへ通り抜けられる前提ならば、予め自転車を向こう側に回しておくところだが、正直その確率は五分五分以下だと思っている。
そもそも、この情報にない道がどこへ通じているのか分からないのだ。藻岩岬の先端へ行って終わりなのかもしれない。

国道から、目指す廃道への移動は、須築トンネル南口脇の防波堤を兼ねるコンクリート擁壁を乗り越える形で行う。
この時点で、廃道が道として認識されていないことは濃厚だった。



国道の外へ出ると、最初の第一歩からもう、雄々しい北の海が間近であった。天気がいいのは救いだが、もう怖い。

遠くからも鮮明に見えた道形は、なるほどこうして足を踏み入れてみても、明瞭だった。
明らかに、人の手が加わった道の跡だ。
しかし、その作られた時代を明確にするようなものは、まだ見当たらない。例えば石垣とか、コンクリート擁壁とか、そういう類の人工物はない。単に自然の岩場を道の形に削り取っただけで、道幅も2mに満たない。だから自動車道ではないだろうが、単なる徒歩道としては少しだけ上等な気もするし、岩を削る労力は一朝一夕のものではない。




探索の最序盤、国道の波消しブロックに押し寄せる大波を、横から見た。
これが、自動車の通る道のあるべき姿なのだろう。
ここまで手を加えて、ようやく海岸線は安心して通れる道になる。

人知れず続く波と道の格闘の向こうには、本来なら今ごろ探索しているはずだった横滝トンネルの旧道および半分塞がれた旧横滝トンネルの坑口が見えた。新旧トンネルの中間辺りで白く垂れているのが、地名の由来となった横滝だ。国道の換線とともに観光の看板を下ろした滝だと思うが、秀美は衰えない。

なお、このような遠望にうつつを抜かしていられる時間は、長くなかった。
国道から遠望した時点で“気がかりだった場面”が、目の前に迫ったからだ。




8:55 《現在地》

走り抜けろ!

【遠望】からして、ヤバいとは思っていたが、案の定だった!

道と海面の高低差は平均3mくらいだが、すぐ沖合の海上に陸と並行するような細長い形をした岩場があるため、
沖からぶつかってくる波が収斂して、特別に高くなっていた。そんな高波を、道は10秒に1度ほどのペースで被っており、
その瞬間だけ路面は水没し、舞い上がる飛沫のため頭上5mくらいまでの岩場が、黒くしとどに濡れていた。

もっとも、通過自体は、よほどの不注意さえ演じなければ、難しいものではない。
波が来るタイミングはほぼ一定だし、引き波が始まったら、まだ水が路上に残っている間に(上の写真くらいの状況)、
遠慮せず通り抜けるのが吉だろう。完全に引ききると、次の波はすぐに来る。

しかし、気をつければ通過できるとはいっても、日常の生活道路とは思いたくない程度には危険だ。
まして、これが国道229号の旧道だったとしたら…………やっべぇだろ…(苦笑)。

いま思えば、動画を撮影すれば良かったのだが、このときはいきなりで慌てたのと、
もしここが通り抜けられないと探索が始まらないという焦りのため、何度目かの波が過ぎたタイミングを見計らって、
さっさと走り抜けてしまった。高波の動画は、後で撮影したので、とりあえずここはなしで勘弁してくれ。




波打ち際の難所を越えると、道は少しならず広くなったが、これを見て私の中には疑問が。ここは本当に道といっても良いの?

ここが道として使われたことは確かだろうが、この妙に広い平らな場所は、おそらく波蝕棚だ。波蝕棚は波打ち際が浸食されてできる自然地形だから、今より海面が高かった時期(あるいは逆に陸が低かった時期)が過去にあったのだろう。道だったら、これほど広く岩場を削る必要はないだろうし、堅い部分が島のように残っているのも不自然なのだ。

ここまで歩いてきた部分も、これと同じ高さにあるので、やはり同じように波蝕棚として生まれた平場だったとみられる。
そもそも、もし人が一から道を作るならば、もう少し高い波を被らない高さに作ろうとするはずだった。

……これは生粋の道ではなく、喫水の自然地形だったという事実は、がっかりしても良いけれど……。
でも、この先に見えた【隧道】だけは、自然地形ではありえない。
まだ、探索の熱は冷めていない!




8:57 《現在地》

入口から約120m、まだ踏み込んで3分しか経っていないが、早くも目当てのものが現われた。

隧道である。

しかし、隧道の手前にも陸地へ深く貫入する海面があり、行き場を失った波が猛烈にうねりながら狂奔を見せていた。
気軽に立ち入ってはならない場所が、黒く濡れて分かりやすいのは助かるが、そこを完全に避けて隧道へ辿り着くためには、微かに見えはするが、絶対に広くないと思う岩場の道を横断しなければならないようだ。

廃道という小さな次元を越えて、道というものの険しい絵姿を追求したような普遍的迫力が、ここにはあった。
トンネルがあるのに、車道らしからぬ道は珍しい。人さえ通えぬ真なる難場にのみ、最低限の隧道を掘り抜いたものか。

これが、“陸の孤島”を最後まで生き抜いた(昭和時代まで残った“陸の孤島”の多くは無人化によって幕を閉じた)須築の“孤島時代”の道路風景なのかもしれないと思うと、その真実味が半端なくて、震えるほど興奮した。



さて、読者諸兄も気になっていることだろう。

「このコンクリート物体は何?」

残念ながら、正体不明である。
場所打ちのコンクリートで、大小2つの直方体を並べたような姿をしている。上面に何かを固定していたのか、金属の突起がいくつも出ている。しかし、見たことのない物体だ。
道路関係の何か、たとえば橋脚とか橋台ではないと思う。
誰か、心当たりありますか?

道はここで、波蝕棚由来の低平面から離れて、隧道が待つ高みへ移る。そのため、見晴らしが良くなってきた。
いま見ている景色は、瀬棚の町がある南側だが、実際は集落の一欠片も見えはしない。
見えるのは、鋸の刃のように出入りする海岸線の凹凸だけ。
須築の住人が、陸路で町役場を目指すたびに見た景色なのだろうか……、途方もない孤立感が……。




……笑いしか、でねぇわ(笑)

穴だけ掘って、道どこ行ったよ?!

この世界には、海と岩と穴しかないのかよ……。

まだまだ凄い場所が、この日本にはあるんだなぁ。



隧道接近中!

隧道直前の難場。ここには石垣なり、橋なり、
何かしら道を広げる工作があったかもしれないが、完全に失われていた。

ゴツゴツした岩場のため、手掛かり足掛かりは豊富な方だが、
かつて道だった名残の平場はほとんど風化して浮いた砂利が多く、危険だ。
できるだけ大きな岩を触り続けるよう注意しながら、慎重に横断した。



9:03 《現在地》

隧道到達!!

名無しではないのかも知れないが、名乗らない、素掘りの隧道。

外見は、岩場にぽっかり口を開けた洞窟のようでしかなく、

ここを穿ち通った人の温もりなど、風波がとうに吹き流してしまったようだ。





藻岩岬は、人の魂を揺さぶる場所……!


隧道は、全長15mほどと短い。
断面の大きさは、目測で高さ2.4m、幅1.8mくらいしかなく、自動車の通行はまず不可能。というか、前後の道からして明らかに自動車を想定していないだろうから、ここは本当に純粋な徒歩道の隧道なのだと思われる。
また、洞床は掘りっぱなしのゴツゴツとした岩の面である。そして高波がここまで届くことがあるのか、壁は濡れていないのに、少し水が溜っていた。

登山経験者ならば、登山道には滅多に隧道がないことを経験として知っていると思うが、純粋な徒歩道の隧道というのは、非常に珍しい。
徒歩の踏破性能は、車両のそれより遙かに高いから、わざわざ隧道を用いなくてもどうにかなることが多いのだ。それでも隧道を用いたというのは、歩行すらも困難な地形だったということだろうか。




9:03 《現在地》

短い隧道を通り抜けると、そこは草木の一本も見えない荒涼とした岩石海岸だった。
というところまでは予想通りであったが、道の状況は想定より悪かった。

隧道直前と同様、道と呼べるか極めて微妙な凹凸が岩面に断続的に刻まれていて、そこを歩けと宣うのである。
登山をしに来たのならば納得しそうなシチュエーションだが、私はかつての生活道路を歩いていると、そう思っているのだが…。

幸いにして脚下は直接荒波に触れてはおらず、波蝕棚とみられる細長い平坦面が、高波を浴びて多数の潮だまりを作っていた。
だから万が一転落しても即座に海の藻屑にはならないが、尖った岩角が随所にあるので無事では済まないだろう。



地形図で見ても、いまいちピンとこないかも知れないが、事前に見たこの遠望に「現在地」を重ねてみると、

現在地の凄絶さがよく分かると思う。

これから先が、この遠望の中で私が「ひっかき傷のようだ」と評した道である。

ひっかき傷は、藻岩岬の突端付近まで私を連れて行こうとしている。



ちょっと進んでから、隧道を振り返ってみたら、

格好よすぎて、震えた…。

国道から歩いて10分もかからない至近に、こんな景色の道があるとは……、見とれてしまった。




隧道から岬まではおそらく100mくらいしかないはずだが、楽な一歩がない。全歩にわたって要注意。
こういう道にある程度慣れていなければ、途中で恐ろしくなって引き返しそうな険路だ。
もっとも、引き返そうにも高波の険が待ち受けているから、この藻岩岬へ国道から足を踏み出した時点で、覚悟すべき。

岬に近づくにつれて、道は徐々に高くなっている。
当然、滑落の危険度は高まるし、神経を余計に使う。

それにしても気になるのは、これがどのくらい“本来の道の姿”を留めているのかだ。
もとから、いまと大差ない、岩場を少し削り取った程度の道だったのだろうか。
あるいは、ことごとく波に破壊されただけで、もとは石垣や路面や手摺りのある、それなりにちゃんとした道だったのか。
“ちゃんとした”場所が一箇所でもあれば、往時の原形を想像しやすいが、今のところ全部がこんな感じなので…。



気の抜けない険しい道に、いっそうの恐ろしい印象を与える、しゃれこうべ。

エゾシカだろうか。
立派な2本の角を尖らせた上顎より上の真っ白い頭骨が、路面とも思えぬ岩場にコツンと転がっていた。
そしてこの頭骨だけがあるというのは、全身遺骸の目撃以上に不吉を感じさせた。

なぜなら、大型野獣の関与を予見させるからだ。
そして、この場所で最も可能性の高い大型野獣は、ヒグマであろう。
北海道だからヒグマと条件反射的に述べているのではない。このことは事前調査で知ったが、狩場山地一帯は全道的に最もヒグマの生息密度が多いところといわれており、国道工事中にも度々出没して関係者を震え上がらせた記録がある。

私としても一応の用意をして探索に臨んでいるが、道の険しさだけが相手ではない可能性がある。



さらに数分、岩を噛むような前進が続いた。

もっとも、余計な危険を煽るつもりはない。この写真から受ける印象ほどは、進撃は困難ではなかった。
というのも、一帯の岩場はどこも凹凸が激しく、切り立っている部分にも適度な手掛かり足掛かりがあった。
まるで天然の階段のようなところもあり、ロックガーデンで遊ぶような野外歩行の醍醐味に満ちていた。

遊ぶにはいい。日常的に歩くのは勘弁だ。



9:07 《現在地》

藻岩岬の至近に着いた。

そこには、ぴょこんと台のような四角い岩が突起していて、目印のような印象を添えていた。
モイワとは、アイヌ語で小さな岩山という意味らしいが、これは確かに小さな岩山。
国道からは250mほどの至近距離だが、まるで人気がなかった。このような場所を好みそうな釣り人の姿さえ。

岬というのはもともと、目的もなく飄然と訪れるには淋しい場所だが、北の大地の無名に近いこの土地は、そのような者なら容易く生を手放すのではないかと思えるほど、感傷に極まっていた。
あまりの吹きさらしの強さに、体温がみるみる下がるのを感じた。

今回の私は、ひっかき傷のような小径に導かれてここへきた。
もちろん、歩行には目的があった。
この道の正体と行方を確かめるという目的。

道がこの岬の突端で消え去るならば、それまでだ。岬が目的地というのは、十分あり得そうな結末だった。
ここはこの道が、私の期待するような“旧道”――須築の生活道路――かどうかを占う、正念場だった。



岬から見上げる陸地の眺め。

そこには標高240mの無名峰が、覆い被さるような切迫感をもってそそり立っていた。
現国道の須築トンネルは、596mの長さであの山を貫いており、また前説でも述べたとおり、大正6年の地形図に描かれていた須築への道は、あの峰の上を平然と乗り越えていた。
高低差の上でも傾斜の面でも、容易な道でないだろう…。
その対策として、こっちの道が作られたのだろうか。




ぴょっこりした四角い岩に近づいてみると、コンクリートの謎物体に次ぐ“現代の気配”があった。
岩に黄色いペンキの大きな文字で、「P−2→」と書かれていたのである。

鳥獣保護区か漁場か林班か何かは分からないが、区分けのための目印だろうと思う。
残念ながらこれも道路と直接関係するものではないだろうが、この文字を記した人物がここへ足を運んだのは確かだ。

そして私は、藻岩岬の突端を――




越えた!



第2隧道発見!!!

道は、須築へ向けて続いている!




↑この位置に、第2の隧道を目視で確認!


あふ、あふ、あふ、あふ………


ド、 ドウガダ… 動画撮れ!




隧道より、波の方が大きい!!!

すごすご凄すごる!


そして、ここまでの写真や動画では分かりづらいが……



↑ ここには入り江がある。


そこを越える、隧道手前の道は ↓







こうなってた(笑)。