道路レポート 多々石林道 第2回

公開日 2015.9.01
探索日 2015.6.02
所在地 福島県南会津町

予告無し!閉鎖無し! 規格外の突然終点。


2015/6/2 7:52 《現在地》

麓の国道から約9km、鋪装された林道を延々と走り、辿りついた標高1150mの高地で遭遇した、地図に無い立派な2車線道路。

その行き先を確かめたいという衝動に駆られた私は、本来の目的地とは正反対の方角に続く道へ意を決してハンドルを切った。

だが、そんな私の覚悟を決めた選択は、想定よりも遙かに僅かな時間と距離(1分・100m)で決着を迎えたのであった。

一瞬我が目を疑った。私は夢でもみてるのか?

それほどまでに唐突な終点。 DEAD END.

こんなのありー?



何より驚いたのは、道が行き止まりになっていたという事実ではなく、まだ振り返ればそこに見える分岐地点に、なんらこの終点を予告するものが無かったという事実であった。

なお、私は麓から自転車で上ってきたので、途中にあった通行止めのバリケードを見逃したなんて事は絶対に無い。
ここまでは、何ら問題無く万人に解放されている区間である(ただ1台の車とも出会って無い気がするが)。

私はこれまで膨大な数の林道や山道の行き止まりを目にしてきたが、これほど無防備で唐突な終点を目にしたことはない。
ある程度手前の展開可能な地点で封鎖されているのが常識であり、そうでないとしても、せめて行き止まりに反射材を取り付けたガードレールくらいは…。




センターラインやガードレール、さらに法面や路肩など、道路の全ての要素が、“終点”の瞬間まで、完璧に完成している。
最後の数メートルだけ未舗装とか、そういう普通の未成道の終点にありがちな光景ではない。

余りにも唐突なもんで、なんか私の目が欺かれているような違和感がある。
実はまだ道が続いているのに、何か超然的な技術でカムフラージュされているのではないか。
そんな馬鹿げたことさえ考えてしまうほどの、異様な唐突さだった。
(ゲーマー的には、地形データの読み込みが上手く行かずに道が断絶してしまったみたいだとも思った)




完全にぶっつりと途切れた道の終点。

なお、これは後日の机上調査で明らかになったことだが、この先に道を伸ばす計画は既に中止されている。中断ではない、中止である。
したがって、今後もずっとこのまま放置されるものと思われる。

おそらく、この末端部は路面の補修や草刈りもなされないだろうし、あと20年もすれば、道の両側から植物が張り出してきて、1車線分の幅も残らなさそうである。
この異様に綺麗な末端部を目に出来る時間は、あまり長くないと思う。
逆に言えば、この道が整備されたのは、ここ数年内の最近の出来事と判断出来る。



(←)
行き止まりが偽物でないことを確かめるために、立ちはだかる斜面によじ登って、先を見てみた。

なるほど、なにもない。
続きの車道はもちろん、歩道も見あたらない。
さらに、道がどこを目指していたのかの見当になるようなものも見あたらない。
とりあえず現地調査では、この道の先を想像する事は出来なかった。

いま間違いなく言えることは、この山の緑は喪失を免れたという、それだけである。

(→)
まるで足元にトンネルでもあるのではないかという風景だ。(笑)

なお、奥に見えるカーブのすぐ先に分岐地点がある。
本当に短い末端区間なのであるが、敢えてこの部分が整備されたのは偶然の気まぐれなのか、相当に突然な工事中止であったのか…。

いやはや、驚きの遭遇というのは、どこに待ち受けているのか分からないものである。



なお、この終点からの眺めは素晴らしいものがある。
それは単に景色が良いというだけでなく、ここまで時間をかけて登ってきた人間にとって、本当に嬉しい眺めであった。

遠くにただ一つ見える(←ここ重要)集落は、この峠路の始まりの集落である。
彼我の間に横たわる山と谷は、額に汗した時間の結実。
自分の成果をこうして俯瞰するひとときを愛さない旅人はいないだろう。


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2車線道路、その妥協と継ぎ接ぎの末路。


7:58 《現在地》

地図に無い2車線舗装路の一端は確かめた。

だが、まだ地図に無い2車線舗装路の全てを目にしたわけではない。
この2車線道路と最初に出会った丁字路から、今度は今とは反対方向、本来の目的地である戸板峠の方向へと向かうことにする。

私をここまで導いた1車線道路は丁字路で終わっているが、2車線道路が整備される以前は、このまままっすぐ戸板峠へ通じていたはずなのだ。
古町から戸板峠を越えて針生へ通じる昭和47(1972)年開通の多々石林道は、最近の地形図では大部分が破線の表現になっていて、まるで廃道のように見えるが、実際にはこんな立派な2車線道路によって上書きされつつあったのだ。
このことの予備知識が全く無かったので、大いに面食らった。



まさか、こっち側もすぐ終わってしまうのか?

どこか広域農道のような直線の上り坂の奥に見えているのは、

唐突なセンターラインの喪失と、 砂 利 道 ?



ほっ。

直前の行き止まりの件もあり、マジでこちら側もあっという間に舗装路が終わってしまうのかと思ったが、そのように見えたのはカーブの悪戯で、それは左にカーブしながらまだちゃんと続いていた。

なお、目指す戸板峠の頂上は、ほぼこの正面の山上である。
高低差は残り150mくらいで、直線距離なら500mほどだが、地形図上の破線の道は勾配を緩和するために一旦大きく西へ迂回している。
なので、峠までの道に沿った距離はあと1.5kmである。
まだ結構遠い。




直前に分岐した砂利道は、明らかにこの舗装路の旧道、すなわち旧来の多々石林道であった。約100m先で再び1本に戻っているが、一応旧道もまだ通れる状態で維持されていた。

それにしても、余りにあっという間に終わった2車線区間の存在意義に、疑問符が付きまくる。
突然脈絡無く始まり、そして予告なく終わった長さ約300mの2車線道路であった。
しかも、どこにも通じていない行き止まりの部分が2車線で、地図上では峠の向こうに続いているこっちが側があっという間に1車線だ。

…とはいえ、こんなふうになってしまった理由は、予想が付く。
建設の途中で、予算の削減のために車線計画を変更したのである。こういうケースはたまにある。
立地を考えれば、1車線どころか鋪装されているだけでも上出来と思ってしまうが、この道の整備を開始した当初は、もっと遙かに高い理想と大きな計画があったに違いない。

なお、この地域で何度も探索をしてきた私の中では、道の正体に一つだけ心当たりがあって、それは正解だったのだが、この舗装路の探索が終わってから語ることにしよう。
未だ封鎖も予告も現れていないが、なんとなくもう先は長くない気がする(苦笑)。



8:07 《現在地》

分岐から800m、標高1200mで、またしても地形図に描かれた破線の道には描かれていない道が現れた。
新たなる分岐地点の登場である。

上手く説明は出来ないが、なんとなく違和感があるこの分岐。
違和感の原因は一つで無いと思うが(一つなら説明出来るはず)、原因の一つは、ヘアピンカーブの頂点から別の道が2本も分岐しているという変な線形にある。

しかも、二つの分岐のうち片方は、本当に分岐といって良いのかも分からない怪しい代物…。




“怪しい代物”分岐の景色が、これだ。

手前側の分岐(上の写真の緑の矢印)は、道が道として機能していない。
しかし、確かに道が作られようとしていた形跡が認められる。
真新しい排水溝が側溝の位置に取り付けられているし、緩やかな左カーブの道が先に延ばされようとしていた痕跡がある。
しかも、2車線分くらいありそうな、広々とした敷地である。

だが、この道形はまるで空中に投げ出されるようにして、唐突に終わっていた。
その終わりも写真に写っている。わずか20mほどの、未整備の道路末端である。



これは私の予想であり明確な記録に基づく話ではないが、おそらくこの分岐地点付近の線形は、当初の2車線道路から、妥協の1車線道路へと計画が変更された段階で、より低予算で建設できるものへ変更されたのだと思う。

写真は、分岐地点から30mほど下がった(戻った)地点から、分岐方向を撮影したものだが、そこにラインを書き足した。
私が予想する当初計画の線形が緑色のラインで(破線部は未着工)、実際に完成したのは黄色のライン(地図では赤のライン)である。
緑色のラインに従って用地は確保されたようで、その範囲は綺麗に伐採されている。

2車線道路→1車線道路というスケールダウンの痕跡は、よく見ると、出来上がった道路の随所に残っている。
これは計画の変更が急すぎて、その変化をスムースに吸収できなかったように見受けられる。




分岐地点に戻ってきた。

今度は、奥側の分岐地点であるが…、

こっちも「はい、そうですか」と流せるほど、普通の状況では無かった。

ずばり、私が磯部氏に教えていただいた“荒れた林道”というものに、はじめて遭遇した。

ここから分かれる道が、本来の多々石林道である。
分岐地点は現道と無理に接続させるために急坂となっていて、そこに敷いた砂利が雨で流失しつつあるために、深い溝が出来ているのが目を引く。
そして入口がそんな有り様だから、奥に見える本来の多々石林道も、明らかに荒れ果てた雰囲気である。
麓から約10km、ようやく出会った、今回の(本来の)探索対象である。




多々石林道を行けば、1.2kmほどで戸板峠に辿り着けるはずであるが、この舗装路の行方が気になる。

ヘアピンカーブというほどに“カーブ的”ではなく、まるでスイッチバックのように鋭角に折れている。
これは計画変更の弊害であろう。そして、カーブの先には、これまで以上の急さで登っていく直線路が続く。
おそらくは林道と同じ戸板峠を目指しているのだと予想するが…。



麓からここまでの全線を通じても一番と思われる急坂は、いかにも自転車なんていう交通手段を度外視した林道らしい線形である。
微妙に両側の路肩側に余地が広いのは、計画が2車線道路であった時代に路盤の土盛りまで終わっていたが、そこに路面を施工する段階で1車線に変更された名残とおもわれる。

急坂に喘ぎ、仰ぐように顔を上げると、新緑の森を撫で切りに伐採して作られた広大な土地が見える。
そして広い土地を一杯に使って、ゆったりとしたヘアピンカーブが作られていた。



この統一感のなさは、もし1本の道路を1点の芸術品として評価する人がいるとしたら、絶対にヤバイ点数が付けられそうだ。

直前にあんな無理矢理な切り返しのカーブがあったのに、続いて現れたカーブは、「なにもそこまで」と思うような緩やかゆったりの大ヘアピンカーブだった。
完全に、2車線道路用の線形を、1車線道路として再現してしまっている。
この道幅には、こんな緩やかなカーブは必要が無い。
それも、わざわざ大量に盛り土をしてまで。

また、ここに来て路上のゴミが増えてきたのが不安材料だ。
ゴミと言っても人が残していったものではなく、自然の水流や風が残していったものだが、それが路上に散乱したままになっているという事実は、道路の存続性に重大な疑念を植え付ける。

これでまたまた行き止まりなら、私はそれでも受け入れるが、世間的には失笑を買ってしまうんだろうな…。




大地をキャンバスにして描かれる壮大な芸術品。

これは道路に対する最大限の讃美といえる表現だが、

度量を越えて大作に挑むと未完の作品が残されるのも、芸術品と一緒である。



未練たらしく(実際はそんなわけではなく計画変更が急であったからだろうが)2車線分の敷地に敷かれた1車線道路を上っていく。
こんなのは考えすぎだろうが、1mでも早く峠に辿りつきたくて焦ったみたいに急坂である。
こんな急坂では、除雪して冬も使うという訳にはいかないだろうし、本当に何のための2車線道路計画だったのか、よく分からない。

あらゆる道路について、出来るだけ前向きにその存在意義を模索したいという、道路に対して甘々な私だが、それでもここに2車線道路が建設されて、それがコストに見合った成果を挙げたという未来は思い描けない。
何か私の知らないトピック(例えば何か人が集まる施設を作るとか)があったならば、話も変わってくるが…。

もちろん、明治以前から街道が通じていたという戸板峠に車道自体が要らないとは思わない。1車線の舗装路くらいならば、あって欲しいものだと思う。



2車線計画時代に路盤の築造が行われていた証拠品が現れた。

2車線分の幅がある路肩に施工された擁壁に、ガードレールを設置するための穴が空けられていた形跡がある。
セメントで埋め戻されていたが、明らかに痕跡がある。

贅肉を削ぎ落としながら、どうにか開通を目指して先を急ぐ道。

その先に待ち受けているのは――




峠に及ばず無念の終点。

一緒に汗を流した仲間としては、共に峠を踏みたかったが、それは叶わなかった。

ちなみに、またしても何の予告も封鎖もなく唐突に現れた終点だった。




8:16 《現在地》

最後の分岐地点からは約700m来ており、標高1250mまで到達した。
この終点は戸板峠直下の斜面で、てっぺんまでは高低差にしてあと70m、直線距離ならば150mほどしか離れていないのだが、この数字から分かるように斜面は急で、ポンと飛び越えられるものではない。
結局ここは完全な行き止まりであり、舗装路で戸板峠に到達することは出来ない。

山腹に突き刺さるような唐突な終点であり、この先は直接トンネルの計画も考えられたが、地形図を見る限り戸板峠の鞍部は細長く、あまりトンネル向きではない。
なので(2車線道路計画時代はさておき)、このままもう一回くらい切り返しのカーブを重ねながら、順当に峠を目指す途上の終点だと思う。




こうして、戸板山中における地形図にない舗装路との遭遇劇は、ひとまずの終わりを迎えた。

舗装路区間は2車線と1車線を織り交ぜつつ1.6kmほど整備されているが、前後とも行き止まりであった。

この後私は当初の計画通りに、写真の多々石林道から戸板峠、そして針生を目指すことになる。

そこは事前情報に恥じない、本格派の廃道であった。

しかし、その話を進める前に、ここで出会った「謎の舗装路」の正体を明らかにしておきたい。