橋梁レポート 華厳渓谷と鵲橋  第3回

公開日 2008. 5.17
探索日 2008. 5.10

辿り得ぬ…? ただひとつの下降路

 「瀧壺道」を はじめて確認


15:54 巨木のもとに戻る

この木に見覚えがあるだろう。
戻ってきたのだ。大平から道らしき平場を見つけ、最初に下った巨木の元へ。

そして、私は気づいたのだ。
そこに重大な見落としのあったことを。

下ってきた道は、ここで九十九折りのように進路を反転させていたのだ。
このくらいのこと最初から気づきそうなものだが、見下ろし気味に歩いていたため笹藪に起伏が隠され、気づけなかった。
前回歩いた分は、まるっきり「瀧壺道」と無関係だったことになる。



前回の行程を緊張してご覧になった読者の皆さんは「なんだー」とお思いだろうが、私も現地で「シテヤラレタ」という気持ちになった。

だが、下の道へ進むと間もなく、こんなところにありそうもない広場があらわれたため、新鮮な驚きによって気持ちの換気もすぐに済んだ。


広場は、先ほどまで縁をなぞって歩いた絶壁のすぐ上である。
また広場の先にも、また別の激しくオーバーハングした崖が、ぼんやりと見えている。

私は思った。

この場所こそが、記録に残る「翁の手荷物預かり所」だったのではないかと。




現在地は、この場所。

正面のひときわ高い崖の見え方からいっても間違いないだろう。


そしてここは、(地図上で)左岸における上部断崖が途切れる、唯一の場所である

翁が谷底へ下る瀧壺道を切りひらいた場所もここに違いないと、崖の縁を長く歩いた前回の最後に思った。


これから、その答えが明らかとなる。
ここが駄目なら、早くも打つ手は無くなりそうだった。


15:56 

広場から出て、オーバーハングの崖がある方向へと進む。
道はこの方向へ、緩く下りながら続いていた。






 滝だ!

地図にはない滝。

しかし水量は十分豊富だし、落差もありそう。

とはいえ、道は迂回するような様子もなく、むしろ真っ直ぐとこの名無しの連滝へ突っ込んでいく。



   ど… どうする気だ? 爺さん?!





斜面中腹の広場から続く道は、そのまますんなりと滝の中段へとさしかかる。

大量の水が弾けるように泡立ちながら足元から落ちていく。
轟音。

はじめ、条件反射的に道は滝を横断して対岸へ続くと思ったが、足元に“すさまじい”ものを見つける。




ブハッ!

なんだ?! この梯子は。

滝に凄い勢いで“揉まれて”ますけども…… なんすかこれ。


まさか、爺さんはここを下れとでも?


つうか爺さん。 なんで滝の中に梯子を作ったの?
どんな行水マニアだよ。


 …通れないよ!




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 滝と仲良し 瀧壺道…


  地図にない滝。


しかし、これは決して小さな滝ではない。

梯子の付け根から見下ろすと、二段三段と向きを変えつつ黒い溶岩の上に水煙を上げる流れが見える。

特に、三段目の滝は落ち口から下が見えない様子で、霧の中に放り投げられるかのようだ。
この段は相当に高いかも知れない。


梯子の行く末が読めない。 見えない。

私は呆然。

無言のまま、動画を撮影した。 
   【無名滝 動画】




梯子は下れそうもない。

やむなく、滝の向こう側の、オーバーハングの下へ渡ってみることに。

そのためには、滝を一段だけ上に巻かねばならなかった。



この滝が地図に現れない訳は、



それが人工滝だからだろう。


一段目の滝が落ちるのは、コンクリートの巨大な函だ。
これを脇から登って、滝の“落ち口”へ巻く。

登るときに顔に当たる飛沫、手の上を流れる水は、生ぬるかった。
そして、微かに異臭がした。

なんと愚かなのか。
私は最初、中禅寺温泉の温泉余水だと油断した。
でも、途中でこの水管がどこから出て来ているかを思い出した。




見覚えがある、この水管。
前に大平から見下ろしていた。

それは、
「終末処理場」から流れ出していた。


…まあ、飲まなければ人体に影響あるまい…。

こうして自然に放流してるんだから…。





滝の落ち口を横断した。

写真はそこを振り返って撮影。
赤土の斜面に置かれた送水管を通ずるコンクリート塊が少し動いたために、管路の途中で排水されてしまっているようだ。

つまり、本来あの梯子は水を被る位置ではなかったことになる。

 梯子 = 瀧壺道  なのか。 やはり。





そうらしい…



『 NO エスケープ 』

またしても脳内にアラート。


進路はひとつ。


滝落ちの梯子。


それは あまりにも…。





避け得ぬ難所を前にしたときの、私のお定まりの行動パターンが発動。

まずは少し離れて見る。

そして、考える。



この場所は、どれだけのリスクを負うに値する価値があるか?

情熱があるか?

代替案はないのか?


滝は最後、垂直の壁から白い霧の海へ落ちていた。


景色としては美しすぎるほど美しいが、

これから踏み込む場所だと思うと、…どんな表情で眺めて良いのか分からない!





申し訳無いが、自分には少しおちゃらけた気持ちで廃道を探索するときもある。

しなくてもいい無茶をして、自分で自分の笑いを取ることだってある。

過去には楽しさに溺れて、無謀な事をしたこともある。

だが、ここではそんな 「余裕の上に成り立った遊び」 が許されそうにない。


  だから私も本気になる。 真剣になる。

この道のことを振り返って考えた。
この先の景色を想像した。
真剣な気持ちで進路を探した。

結果、この道には一定のリスクを負う価値があると考えた。

もちろん、「そのリスクは命」などというつもりはない。
そんな無謀をする必要もないと、そう判断した。

リスクは、カメラが濡れて撮影続行不可能になる危険。
風邪をひく危険。 そんなところだ。

また、この梯子も使わないことにした。





翁の時代、ここに滝も水管路もなかっただろう。

だとすれば、このルートは翁の卓越した探道眼(ロードファインディング力)によって初めて見出され得た、上壁唯一の“緩やかな”下降路であると思われる。

霧の向こうで判然とはしないものの、3mほどの梯子の先は水流に重なりながら“歩ける斜面”が続き、さらに水流が左に逸れた先にも、なお緩斜面が続いているように見えた。

この場所に限って言えば、梯子なりロープなりの人工物を要する高低差が、この3mきりだということになろう。


問題は、滝に揉まれた強度不明の梯子。
相当に腐食している危険もあるし、これに身を任せる場合、全身ずぶ濡れは必至である。
この後の行程を考えれば、またカメラの無事を考えれば、避けたい。




そして最終的な下降ルートとして設定したのが、梯子を使わないこのルート(点線)。

溶岩そのものの岩場は堅牢でかつゴツゴツしていて、スパイク付きの私の長靴を良く支持することが近場の斜面で確かめられた。

ここを、這い蹲って下れば良い。


一番怖いのは、戻ってこられなくなることだが、最悪梯子を使えばいいし、下りながら“登り直せるか”を確かめる事を忘れないようにしよう。
もちろん、登り直せないと分かったら、この計画は破棄するつもりだ。






 進 路


16:06 下降開始。

結局、滝の前で10分ほど進みあぐねていたことになるが、ようやく前進を再開。

想定したとおり、足場の溶岩流は堅く、しっかりと三点支持で下ることが出来た。
登り直しも可能と判断。

左半身に異臭と熱気のある爆風、および飛沫を浴びながら、慎重に一歩ずつ下った。

写真はその途中に一枚だけ撮影したもの。
湿気が凄まじく、カメラを長時間外に晒しておくことが出来なかった。
現場監督をリュックから取り出してまで撮影したい対象でもないしな。汚水滝。




着地。

土石流跡地のような凄まじい荒瀬。

好温性らしいコケ類が流れの弱い岩場をびっしり絨毯のように埋めていた。

ここでやはり一歩進むごとに頭を上げて遠くを見て、霞む進路を見失わないように注意した。

この水流をいつまでもなぞっていれば滝に落ちてしまう。

翁と私の勘が正しければ、この辺りで水から上がって、右に進む道が現れるはず。


  信 じ て い た 。




破断した水管路を振り返る。

ひときわ大きな滝の落ち口にある、2畳くらいの一枚岩まで下り着いた。


進路は、どこだ。




進路は、どこなんだ。


もはや消去法による。

道らしからぬが、歩きうる唯一の場所を、次の進路と定める。






 ここしかないはず。


節理に沿って剥がれ落ちてきたらしい、石碑のような板状の落石が累々と重なる一角。

だが、落石の山が積もっていると言うことは、すなわちその下に平らな場所があるということ。

翁が10年かかって切り開いた道は、この瓦礫の底にあるのではないか。


上滑りの岩ごと谷へ落ちないように最大限注意しながら、乗り越えて先へと進む。







道なのか?!


一時、路幅と呼べるものはほとんど無くなって、岩の影を這い蹲って進む状況となった。

写真は、突破後に振り返って撮影。









 突破だ!!

上壁の下へ潜り込んだぞ!


16:08
前方には新たに、巨大な崖錐斜面が現れた。

そこは灌木の茂る落石地帯であるから、傾斜的に結構どこからでも下りうる状況。

依然はっきりとした道形は見えないが、まずは関門を突破したのだ。
上壁という関門を!!





翁に、手取り足取り下らせてもらったくせに、まるで自分の偉業であるかのように上壁を背景に自分撮りをする自分。

表情の硬さは決して格好を付けたのではなくて、まだそんなにニヤニヤする状況でないから。
進路違いだったら一転して最悪の状況だったしな。

(この表情を覚えておいてね。このレポの一番最後の写真と較べて欲しいから…。) 






 …ともかく。



鵲橋、

一歩近づく!