橋梁レポート 旧鳥坂大橋 前編

所在地 秋田県北秋田市阿仁
探索日 2009.11.14
公開日 2009.11.18

命がけのヘルスチェック



2009/11/14 15:08 《現在地》

ずばり遭遇の瞬間は、リアルタイムに撮影した動画で御覧頂こうと思う。
間違い無しの一発撮りである。

↓↓↓

【廃橋との遭遇動画】

動画の中で思わず「主任」と呟いているのは私で、かつてバイクごとこの谷へ落ちて生還した営林署「主任」への感嘆から、このような言葉が出た。





地形図で見ると近接して2本架かっている橋のうち、下流側のやや短い方が目指す廃橋で、その第一の展望台として機能するのが現在の橋である。
現在の橋の名を「鳥坂大橋」という。

上の動画によって、この巨大な廃橋を目の当たりにした私の興奮の度合は知れようと思うが、今回は当然「その先」へと進む前提である。

ひとしきり現橋の上でバカ騒ぎしたあとは、真剣な“観察”を開始した。
いわば、橋のヘルスチェックである。

まずは、全体像のチェックからだ。





絵になる橋

それが私の第一印象。


吊り橋は吊り橋だが、単純な構造ではなく、
橋桁が垂直材付きのワーレントラスになっている。




望遠で橋桁を観察する。

細田氏が言っていたとおり、床板は木製であるようだ。

おそらくその事が、細田氏をしてこの橋を “最も恐れさせしめた” のであろう。

彼は…、いや、実を言うと私も、彼ほどではないが同じように、

朽ちた木橋を渡ることには、強いトラウマを抱えている。

それはかつて実際に踏み抜いて、橋から身体半分以上も落ちかけたり(細田氏)、
落ちはしなくても踏み抜いたという“ヒヤリハット”の経験が、そうさせるのだった。


この望遠の時点で、橋を構成する部材、特に床板がどの程度保存されているかが、概ね見て取れた。
結果、現時点における私の「渡橋可能性評価」は、次のようなものだった。


恐怖を克服できさえすれば、恐らく渡れるだろう。


橋はまだ、その巨体を支えるに足る十分な強度と安定性を保っているように見えた。

全体に歪みのないシルエットが、その証拠だ。




巨大さと老朽の具合については、だいたい想定の範囲内だった。
しかし、高さと地形の険しさについては、…超えていた。

細田氏が相変わらず「気持ち悪い」と言っているが、確かに周りは鬱々とした雰囲気だ。
ふつう高いところから眺める景色というのは爽快なものだが、私も多分細田氏と同じ「気持ちの悪さ」を感じていた。

重く垂れた空、止まぬ雨、灰色の岩肌と色を失った木々、轟々と唸りを上げる渓水。
そんな天と地の中間を割く、赤錆びた橋。

全てが不穏だった。


だが、我々を鬱々と、あるいは切迫した気持ちにさせていた本当の原因は、別にあった。

それは、いま眼前にある不穏なものの全てが、他人事ではないということだ。

この橋から墜落した営林署の主任は骨折だけで助かったと言うが、そんな幸運が繰り返されるとは到底思えない眺めだ。
こんなに分かり切った“死地”へと挑まなければならないという、私の業が憎らしい。

もちろん、“挑む”というのは、“渡る”という前提の元にあるものではない。
結果的に渡らないという選択肢は十分にあり得たし、それでも私は“挑んだ”と言っていいと思っている。

それだけ妥協を許していてもなお、この橋は恐ろしく見えた。
鬼気迫るものが、あった。


以上に加えて、いまこの橋をとても渡ってみたいと思っている自分自身が、かなり鬱陶しかったというのもある。
私のちゃちな欲望が、命に関わる正確な状況判断を邪魔しそうで恐ろしかったのだ。
それゆえ最終的な渡橋の判断については、いつも誰よりも平静で状況分析に長けたHAMAMI氏の判断に頼るべきだろうと、私は内心思っていた。




余り眺めていても日が暮れてしまうし、また雨脚が強まると大変だ。
さっそく橋に近付いてみようということになった。

現橋を渡り、鳥坂川の左岸の袂へ着く。
ここで旧橋から来た道と現道が合流しているのである。

ターンするようにして旧道へ入り込む。

既に橋は目前である。
(夏場ならこうはいかないだろう)





視線と旧橋の軸線とが一致し、俄然と「闘気」が湧いてきた。

それでますます歯止めが利かなくなっては困るのだが、ともかくここまでは「オブローダーだもの、仕方がない」。
登山家だって、難しい岩場を前にしたときには同じ気持ちになるものだろうと思う。

この時点で分かったこととして、床板に大きな欠けは無さそうだと言うことだ。
これは非常に重要なことで、その事が私をどれだけ勇気づけたか分からない。
思わず口を突いた言葉は、「ああ、これは問題ないな」「行けるよ」というものだった。


そして、橋全体の強度を司る一番大切な部材が、最初に手の届く位置に来た。

吊り橋の要、主索 アンカー だ。




流石に大きな橋を支えているだけあって、もの凄いごっついアンカー。

素人の観察で、この主索やアンカーの“健康度”をチェックするのは無理かも知れないが、ともかく3本の主索に目に見える撓みは無い。
大丈夫そうである。

この反対側のアンカーは藪に囲まれていて不鮮明だったが、主索に問題はないようだった。




人間と較べて、このアンカーの巨大さを見よ!

もっと大きな吊り橋だと更に大きいのだと思うが、最近の吊り橋ではこんな風に間近に露出している部材ではない。

メロンくらいの大きさもあるナットとかボルトって、素敵。

…でも、どうやって回すんだろう。




あうあうあう…

待ったなしになってきた。




銘板さえ無い、無骨一辺倒な主塔。
橋はこの塔を潜った位置から反対側の塔まで、目測&地図測で50ある。

何も知らない人がうっかり踏み込まないように、両側の主塔には簡単な柵が設置されていた。
特に「通行止め」を文字として示してはいないが、「常識的に考えて分かるだろ」的な眺めだ。

唯一の“文字情報”といえるのは、裏返しの警戒標識に白ペンキで走り書きされた「 4t 」の文字。
橋が老朽化してきた末期に掲げられていたという「4トン制限」だ。





ええと…


ま、まずは橋の下だよね。


床板の健全度や梁の位置など、下を覗くことで分かることは多い。
特に梁の位置は、重要な「セーフティ情報」だ。
正確にそこを踏んでいる限り、論理的には橋ごと落ちない限り墜落はないはずなのだから。




ということで、脇の斜面を少しだけ下って、橋の下へ潜り込む。
幸いにしてこれは難しくない。




…難しくはないが、

濡れた落ち葉が積もって滑りやすい斜面のすぐ下は、ほぼ直角に谷底へ落ち込んでおり、下る数歩に身の危険を感じたのも事実だった。
晴れていれば、もう少し良かったろうが…。

この橋の恐ろしさの片鱗を見た気がした。




この橋の、個人的には最も好きな眺め…。

長さ50mに対し、高さは30mくらいもあるだろうか。

とにかく高い橋。

別に鳥坂川全体がこんなに険しいと言うわけでもなく、
むしろ橋は最も険しく川幅の狭いところに架け渡したようである。


この谷の深さゆえ、橋を落としても回収が難しいと言うことで、撤去工事自体が諦められた経緯がある。




そしてこれが確認したかった、橋の下部構造。

赤い塗装を随所に残す焼け爛れたような鉄骨が、格子状に存在していた。
気持ちが悪いくらいに老朽化しているが、それでも人一人支えるくらいは問題ないはず。(毎年数メートルの積雪がある場所だ)
この格子の配置を、出来るだけ記憶しておくことにした。

基本的に、横の梁の位置については橋上からも欄干を見ていれば確認できそうだったが、これは間隔が2mおきくらいなので、その上だけを踏むことは出来ない。
やはり最も頼りにすべきは縦の梁である。

縦の梁は全部で4本。
ほぼ等間隔に配列されていて、直接に木の床板を支えている。
したがって、橋の上からはこの梁の位置を確認できない可能性がある。
これは大きな心配事だ…。


そもそも、梁が思っていたよりも少ない気がする…。

そして、床板にどのくらいの厚みと強度があるかということは、ここからだとまだ分からないが、一つ言えるのは、
もし梁の上にいないときに床板を完全に踏み抜けば、
私は為す術なく墜落するだろう
という、洒落になっていない現実だった。




橋の下で一人戦慄している最中、隣の現橋を1台の集材トラックが駆け抜けた。
橋の袂に停まっている我々の車を気にする様子もなく、そのまま対岸の林道を走り去っていった。

あんな感じのトラックが、以前はこの頭上の木橋を恐る恐る渡っていたのだろう。

そう言えば書き忘れていたが、現在の橋の銘板には「昭和61年竣功」と言うことが書かれてあった。
これを信じるならば、旧橋は廃止からまだ23年ほどしか経ていないと言うことになる。
細田氏が聞き取りをした際の「30〜40年前に廃止」という話とはやや開きがあるが、あり得ない誤差ではない。
状況的に考えて銘板の竣功年度は正しいだろうし、新旧橋が併存されたとは思えないので、おそらく証言の廃止年度の方が不確かなのだろうと思う。





次回、私は遂に橋上へ。



そこは、当初の予測を遙かに超える、 




ブルブル


本当の地獄だった……。




“裏返しの警戒標識”の正体 (平成28(2016)年11月の再訪に関する追記)


平成21(2009)年11月14日に初探索をした際のレポートの途中だが、ここで追記をしたい。
以下は、本編探索のほぼ7年後にあたる平成28(2016)年11月16日に再訪を行った際の記録だ。

もっとも、ここで橋のレポート自体は繰り返さない。
とりあえず7年後にも橋は架かっていて、しかし老朽は更に進み、本編の次の回(第3回)の中で、「こんな所を歩ける気がしない」とした方法でしか、もう渡る事が出来なくなっているとだけ説明しておこう。その意味するところは、次の回を読めば分かると思う。

ここで追記するのは、前回(平成21(2009)年)の探索で紹介した、右の写真の場面についてである。
このページを少し上にスクロールしてもらえば、この場面を見つけられるはずだ。

私は前回の探索で、“裏返された警戒標識”を目にていたにも拘わらず、なぜか、その表面を見ることを試していなかった。
なぜかは自分でも分からないが、橋に気持ちが逸っていて、そこまで気が回らなかったのだろうか。



だから、今回何気ない定期検査のつもりで7年ぶりの再訪をするまで、この裏返しの警戒標識のことは忘れていたのだが、改めて“再発見”をしてみると、当然に裏側を見てみるべきだと思った。
以下は、その行為(=裏返しの警戒標識を裏返してみる)に関する追記である。

本編から見れば枝葉末節でしかない部分だが、これが私にとっては存外に大きな発見と思われたので、追記せずにはいられなかったのである。


さっそく右の写真は、2016年11月の再訪時の撮影だ。
ご覧の通り、裏返しの標識は7年前と寸分も違わぬ姿で残っていた。
同じ季節で、同じような天候であるために、写真を取り替えてもおそらく気付けないだろう。
そのくらい変化が感じられない。

だが今回は初めて、この時の止まったかのような空間に、禁断を怖れぬ手が差し込まれた。
標識は単に“挟まれていた”だけなので、手で持って上に引き上げるだけで、簡単に取り外せた。
取り外せたら、裏返す。

私は、見た。



!!!

ついに見つけた!!!

旧い「工事中」の道路標識!

これはかなり、珍しいものだと思う。

実物を見るのは、私もこれが初めてだった。




右図は、昭和38年3月に総理府・建設省令「道路標識区画線及び道路標示に関する命令」の第2回改正が行われた以降の「工事中」を示す道路標識の変遷を示している。

現在も使われている「道路工事中」の道路標識は、昭和46年にはじめて採用されたものであり、それ以前は「工事中」と「作業中」という2種類の標識に分かれていた。
さらに辿ると、昭和38年3月から7月までのごく短い期間だけは、現在のような警戒標識ではなく、規制標識として、青色標識板の「工事中」があった… とされている。
とはいえ、この規制標識版の「工事中」は実物の写真を見たこともない、もしも発見されたら交通博物館ものだと思う。

今回発見された「工事中」は、約8年間の採用期間があるので、それなりに全国に設置されたのであろうが、これまで実物を見ることは出来ていなかった。
ちなみに、兄弟である「作業中」は、未だに実物未見である。

(喜びに水を挿すようだが、今回の発見場所は一般道ではない林道なので、営林署が設置した標識であった可能性がある。営林署は独自に古い形式の標識をストックしていて使うことがあるので、厳密な意味では正式な道路標識ではない可能性がある。それでも古いものには違いないだろうが)



なお、この「工事中」の旧標識には、少しばかり因縁がある。

流石に今の読者さんでこれを覚えている方は少ないだろうが、平成16(2004)年1月に公開した道路レポート「仙岩国道 工事用道路」の探索動機が、同道路の工事誌に掲載された写真に写るこの道路標識であった。

個人的に、ツルハシという道路開鑿の伝統道具をシンプルに図案化したこの標識デザインが大好きだ。
今のデザインも悪いとは思わないが、やはりツルハシのインパクトには適わない。
そんな私が、この標識の現存に一縷の望みをかけて挑んだ工事用道路踏破の顛末は……。  辛かった。

ちなみに、全くの偶然ではあるが、上記「仙岩工事用道路」の探索日は平成15(2003)年11月14日であり、初めて鳥坂大橋の旧橋を探索した(=本編レポート)のは、平成21(2009)年11月14日だった。
私は「見つけられなかった」その6年後の“同日”に、全く別の場所で、裏返された「見つけられなかった」ものの前に辿りついていたのだ。
実際にその事に気付くのには、さらに7年と2日の時間を要してしまったが…。



思いがけないところで、念願が叶った。

大喜びの私は、最後に標識を元あった形に戻し、次の再開を誓った。

追記、終わり。
「作業中」の旧標識を見つけたら教えてね!




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