http://yamaiga.com/rail/kudosawa/ の公開中コメント一覧

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コメント
56,7322025-05-24 22:01:37/rail/kudosawa/main6.html10
10年来、拝読しています。コメントさせていただいたのはおそらく二度目です(三塩軌道のレポートの際)。
当方、母が広瀬で生まれ育ち、祖父はトロッコに乗って林業をしていたと聞いています。祖父母から、西沢渓谷というワードはよく耳にしていました。(祖父母の家はダム計画のため塩山へ。移転に伴う昭和49年田邊国男県知事からの感謝状はまだ伯母の家にあり)
当方30代ですが、私が小学生だった自分、夏休みに塩山にいくと、祖母はよく「くどんさわ の釣り堀にでもいってこぉし」と言っていました。久渡の沢とトロッコ 軌跡の話は結びつきませんでしたので、祖父はまた違った場所で従事していたのでしょう。詳しく知らないので、生前、色々な話を聞いておけばよかったです。今からでも、母や伯母、叔父にルーツを聞いておきたいと思いました。
56,6662025-05-11 17:37:22/rail/kudosawa/main6.html10
まさか実際に軌道の詳細について明らかになるとは👍
おそらくこうしてきちんと整理され纏められた記事はここだけでしょうね
55,7152024-12-27 01:32:05/rail/kudosawa/main6.html10
お疲れ様でございました。
体調にはくれぐれもお気をつけくださいませ。
55,5652024-11-21 19:41:17/rail/kudosawa/main6.html10
赤志近辺の山の神周辺についても本編で触れてほしかったです
55,3342024-10-23 10:44:33/rail/kudosawa/main6.html10
この時間泥棒め!いつも楽しく拝読させていただいてます。動画隆盛の今ですが、読ませるテキストはいいですね
55,0332024-09-14 18:22:59/rail/kudosawa/main6.html10
三富村に勤めていたことがあります。三塩軌道のことは聞いたことがありましたが、馴染みの広瀬あたりから民間軌道が伸びていたことは驚きでした。三富はとても山深い田舎の小さな村(今は市ですが)です。訪問していただけてレポートも書いてくださり、本当に嬉しかったです。これからもお体に気をつけて、探索を続けてください。
55,0032024-09-12 20:29:29/rail/kudosawa/main6.html10
鉄道省のガイドで7キロの軌道 とあるが距離が合わないとしていたけれど、広瀬より更に下まで延びていた記述の資料が見つかり、そのぶんと合わせれば 7キロの軌道 の記述に近づきますね。逆に8キロ余とはなり、7キロの は短かすぎになるけれど…
54,9862024-09-12 02:39:59/rail/kudosawa/main6.html10
机上調査で見事に情報がつながりましたね。
話は飛びますが、かつて司馬遼太郎氏が「古い文献を調べていると
一人の人物が一見無関係に見えるような文献にもところどころに現れて、
その人物の生涯みたいなものが浮き上がってくることがある」
といったようなことを書かれていたのを思い出しました。
54,9842024-09-12 01:51:16/rail/kudosawa/main6.html10
隧道の高さがあまり高くなかったのは、おそらく製材してから運び出していたからだったのでしょうね。あるいは「大吊り橋」に耐荷重の制限などがあって、材木を満載したトロッコは通れなかった(ので隧道を大きくする必要がなかった)、とかいう可能性もありそうです。
54,9732024-09-10 16:13:44/rail/kudosawa/main6.html10
踏み板の部分は腐朽してしまって,踏み板の下に渡されていた露わになった4本の条鋼(線材)を"梁"と表現してるんではないでしょうかね?
>板は殆ど腐朽してしまい、大きな梁が4本並行して渡っているだけである
54,9712024-09-09 21:38:56/rail/kudosawa/main6.html10
何かしらの文献や記録に、約100年前のこんなマイナーな軌道のことが残されていることがすごいです
54,9672024-09-09 14:34:28/rail/kudosawa/main6.html10
テンポよく真冬の午後の探索が進んでおり隧道に到達!そして夕暮れとともにしっとりした内容に。
机上調査も読み応え満点で良かったです!
54,9662024-09-09 12:52:52/rail/kudosawa/main6.html10
廃鉄好き(当件は木道でしたが)としては久々に胸躍るレポでした。
国道140号は一度だけ車で通過したことがありますが、あの深山極まるような地で100年も前に産業が興っていたなんて想像もつきません。
また、今回初めてこの遭難事故を知りましたが、趣味のトレッキングで近くの山を訪れる際には、犠牲者に哀悼の意を捧げたいと思います。
54,9642024-09-09 09:30:08/rail/kudosawa/main6.html10
スバラシイ!
54,9632024-09-09 09:26:33/rail/kudosawa/main6.html10
すばらしかったです。
54,9622024-09-09 07:38:35/rail/kudosawa/main6.html10
40年ほど前、国師岳〜甲武信岳〜雁坂峠〜雲取山までの長大な縦走をした事が有りましたが、付近にこのような軌道が在る事は知りませんでした。
若き日の思い出とともに懐かしく拝読させて頂きました。
54,9602024-09-08 20:20:26/rail/kudosawa/main6.html10
あの「人工の荒削りな石門」の小さい断面は製材済みの木材を運んだとしたら納得ですね。
歴代の記録に「危なき橋」「恐ろしき吊橋」と書かれた桟橋や吊り橋はどんな形状をしていたのやら。
そこを材木を積んで通るのは毎日命がけだったね
54,9592024-09-08 19:02:37/rail/kudosawa/main6.html10
とても良いです
54,9582024-09-08 18:32:15/rail/kudosawa/main6.html10
多分、市川文蔵という人は現代風に言うとベンチャービジネスを
行う起業家で、山梨の山奥にビジネスチャンスを見出して山を買い占め、
木材の切り出し運搬等実務を委ねたのが秋田県出身の
横谷さんということだったんだろうね。

ホリエモンがいろんなビジネスに首突っ込んでるけど
一つ一つは把握してないのと同じことで、
市川文蔵自身は実務を把握してなかっただろうし、
亀田林業に売却する時に横谷さんが作成した資料は
散逸したんでしょうなぁ。
54,9542024-09-08 12:45:56/rail/kudosawa/main6.html10
満点!
54,9532024-09-08 12:15:17/rail/kudosawa/main6.html10
不確かですが先祖がここら辺の人間ぽく見入ってしまいました。面白かったです
54,9522024-09-08 09:31:37/rail/kudosawa/main6.html10
恐ろしい隧道からここまで歴史を深掘りしていく.
相変わらずヨッキさんのレポートは深い.
54,9512024-09-08 04:09:32/rail/kudosawa/main6.html10
机上調査編で出てきた製材所(製板所)は、現在の様な整然とした工場ではなく丸太を板状に切るだけの文字通りの製板所だったんでしょう。
水車を動力にして、水車の軸に布ベルトを掛けて丸鋸の軸に動力を伝達させて回転させ、回転数は軸のプーリー部の太さを変えて変速調整し、止めるときはベルトを軸のプーリーからずらして外す・・という仕組みかな?
木地師が丸物やこけしをひくのに使うろくろの様な感じでしょうか。
当時は電気もモーターも無かったと思うので。
イメージとしては、昔のドラマ「大草原の小さな家」に出てきた、チャールズ父さん働いていたエドワーズさんの製材所の様な佇まいではなかったかと想像しています。分かる方いらっしゃるかな・・て言うか食いつく所がそこ?っていうツッコミはご勘弁を(笑)。
54,9502024-09-08 00:51:54/rail/kudosawa/main6.html10
10点!
54,9492024-09-07 23:50:12/rail/kudosawa/main6.html10
>代わりに索道で搬出したのかもしれない。
……という推測を補強する記載を見つけました。

書名:奥秩父の山と谷 (登山地図帳)
出版:山と渓谷社 1958
https://dl.ndl.go.jp/pid/3006561/1/81
右手に木材搬出用ケーブルの運転所があるから

場所的に一致するかわかりませんが、「広瀬のはずれ」に、「木材搬出用ケーブルの運転所」があったようですね。


るくす
54,9482024-09-07 23:36:26/rail/kudosawa/main6.html10
予想以上に古くから色々な企業が関わって開発されてたんですね〜!
54,9462024-09-07 15:17:38/rail/kudosawa/main5.html10
机上調査編楽しみです。
54,9422024-09-06 17:31:39/rail/kudosawa/main5.html10
書き込みテストを兼ねてもう少し軌道の情報を。

書名:日本アルプスと秩父巡礼
出版:北星堂 大正8
https://dl.ndl.go.jp/pid/980796/1/141
最後の廣�鸞爾砲弔い燭里禄衆貉�前頃であつた。
雁坂峠から軌道が出來て、材木が運搬され、村には宿屋が出來て、寒村の面影が聊か融和されて居る。


書名:日本案内記 関東篇
出版:鉄道省 昭和5
https://dl.ndl.go.jp/pid/1176338/1/214
https://dl.ndl.go.jp/pid/1176338/1/215
四は鹽山驛下車、笛吹川に沿うて溯り、秩父往還により廣瀬を經て、雁坂峠に出て登るもの

廣�鵑呂海涼�奥の寒村で製材所などあり登山案内人が居る。
廣瀬から赤志を經て約七粁の間、森林軌道があり、この間笛吹川の溪流が美しい。
軌道の終点から急に道は細くなつて往時の秩父往還の面影はなく廢道の如くである。
終點から約二粁で峠の登りとなり、そこに柚小屋がある。


「軌道がある」という情報のみですが、広瀬からの軌道長が約7kmという距離時の情報は、もしかするとはじめてかもしれません。(2〜3里という製板所までの距離は出てきていましたが……)


るくす
54,9412024-09-06 16:27:57/rail/kudosawa/main5.html10
読みましたを読みました
54,9392024-09-06 12:22:22/rail/kudosawa/main5.html10
机上調査,たのしみにしてますヨ.

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