http://yamaiga.com/rail/minawa/ の公開中コメント一覧

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コメント
59,8592026-04-11 01:44:49/rail/minawa/main2.html10
あ、やっぱり位置が違いますね、コッチか……

書名:池田町史 下巻
出版:1983.3
https://dl.ndl.go.jp/pid/9575174/1/382
https://dl.ndl.go.jp/pid/9575174/1/383
それまで、祖谷川・松尾川の木材は吉野川まで流送によっていたのが、出合・大利間の祖谷川の水がことごとく隧道に流れ込んだので左岸の川崎地に木材運搬用の軌条が設けられた。
堰堤で水揚げされた材木は「トロッコ」に積まれ、川崎で元の祖谷川にもどされた。
レールは外されたが林用軌道の跡は今も残っている。

取水口が西祖谷山村一宇で、延々一〇キロの隧道が設けられたので、この間は隧道内を材木を流し、松尾カゲヤブで水路より引き出し放水路を落し、祖谷川・松尾川の合流点より五〇〇メートル上流の松尾川の貯木用の堰堤に集め、大申堰堤まで流すか、陸上げされて陸送に切り替えられた。
戦後の整備と車の発達により不必要となった放水路・貯水堰堤はともに昭和四〇年取り壊された。


るくす
59,8582026-04-10 22:27:51/rail/minawa/main2.html10
あのお寺さんの滑り台の凶悪版…。
(はるか昔の学研の「学習」か「科学」であのすべり台を見た気がするが、何年何月号かまではちょっと。わしのねんれいからして、50年から45年前じゃと思うんじゃ)
59,8572026-04-10 17:22:14/rail/minawa/main2.html10
他にも幾つか「祖谷川沿いの軌道」の記述を見つけましたが……
地名からすると、コレはもう少し上流にあった別の軌道ですかねぇ……?


書名:貢太郎見聞録
出版:大正15
https://dl.ndl.go.jp/pid/1020414/1/251
名頃の製材所

https://dl.ndl.go.jp/pid/1020414/1/252
暑い陽が谷の上にあつた。
縣道が無くなつて、木材を積み重ねたトロツコ路の終點が來た。
川の中にも筏に組む木材が浮いてゐた。
そのあたりから東祖谷の入口になつて、名頃までは二里ばかりであつた。
私達はトロに乘りたかつた。
枕木をはなしてゐる人夫がゐた。
竹内君がその傍へと往つた。
『新聞社から往く者ですが、トロに乘せてくれないでせうか、』
『金さへ出せや、乘せてくれるとも、一番のトロはいんで、遲れてるをるがは、まだ來んよ、』
人夫の言葉は誠意の無いものであつた。
私達はレエルを敷いたトロ道を歩き出した。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1020414/1/254
木材を積んだトロが三臺四臺と出はじめた。
多くは夫婦でそれを一二匹の犬に曳かしてゐた。
トロに往き合ふと崖の上へかきあがつてその通るのを待つてゐた。
トロを除けてゐる間に村の男はゐなくなつた。
茶店を見つけて卵や菓子を買つて空腹を滿たした。
三臺のトロが歸つて來た。
竹内君がその一つのトロに、「名頃まで乗せて往ってくれませんか」と言うと、嘲るような返事が来た。
「乗せどころか、ようよ、いにょる」私たちはトロに便乗を乞おうという望みをなげうった。
祖谷の谷はもう小さな谷川になってしまった。
陽が傾いて涼しい風が吹いて来た。


書名:秘層を掘る : 阿波伝説集
出版:昭和6
https://dl.ndl.go.jp/pid/1178035/1/235
それは大阪の川崎書助氏が劍山麓の山林を買收して拓伐を始めて、名頃から久保迄數里の間森林軌道が敷設され、目廻り一丈五六尺もある樣な權梅の大樹かどん々々伐採され之れを久保迄運搬するトロリー乘りをはじめたからである。

今も劍山登りの旅人が時に�鬚鵑罵�用する犬トロは當時の名殘である。


書名:剣山
出版:昭和14
https://dl.ndl.go.jp/pid/1025566/1/32
菅生 落合から八粁。久保から菅生まで六粁には犬トロがある。


書名:阿波名木物語
出版:1960
https://dl.ndl.go.jp/pid/1378178/1/57
これとともに思い起すのは、川崎善助の東祖谷山村名頃製材所のことである。
剣山西ろくのモミ、ツガを伐採し、名頃で角材として、久保の土場までトロリーで運び、祖谷川を流したのだが、ここには角一メートル以上(中には二メートル近いものもあった)の良材が集積されていた。


るくす
59,8562026-04-10 16:37:25/rail/minawa/main2.html10
まずはお目当ての軌道跡が見つかってよかったです!
廃鉄塔の探索をしていますが、見つからなかったことをレポートするのも後の探索者が参考にできるので大事なことと考えています。
無限にあるとも言える廃道と比べれば数が限られているのでやりやすいと言うこともありますが。

ここは誰かに再探索してもらいたい!と言うものがあれば、ぜひ見つからなかったレポートをしてみてはいかがでしょうか。楽しみにしています。
59,8552026-04-10 12:52:45/rail/minawa/main.html10
読みました
59,8502026-04-09 23:13:48/rail/minawa/main.html10
なんと!祖父の家のすぐ近くじゃないですか!
子供の頃崖下のレンガ造りの建物が旧三縄発電所だと聞いていましたがその近くに軌道があったとは初耳でした。
祖父も親父もとうに亡くなっており、話を聞くことはできませんので、ヨッキさんのレポートで詳細が明かされるのを期待しております。
59,8492026-04-09 21:45:38/rail/minawa/main.html10
わくわく!
59,8472026-04-09 17:07:13/rail/minawa/main.html10
少し調べてみたところ、関連ワードで「名頃から久保まで10kmの軌道」が出てくるのですが、探索された部分と一致しますでしょうか……?


書名:発電水力調査書  第2巻
出版:大正3
https://dl.ndl.go.jp/pid/946286/1/528
流木ニ對シテ祖谷川ノ諸地點ハ材木運搬ノ爲メニ軌道ヲ設クルノ要アラン


書名:笠山随筆
出版:昭和14
https://dl.ndl.go.jp/pid/1037351/1/49
二町餘にして一の棧道あり、一方は屹立せる山腰にして一方は溪流である。
此溪流に柱を立て一方を支へ一方は山脈を基礎として兩桁を張り、かくて五尺餘の枕木を�圓愿攤修鮑‐紊棒垢蠅禿撻┘譟璽襪鯢澆�十有餘年の前よりけやき、とが、もみ等の用材を伐り出し五里餘の下流なる久保までトロにて下り、之より川に投じ洪雨を待つて放流すべく設備したのである。
聞く、大阪川崎善助なる人が此山脈一帶の山林を祖谷村より買得し、同時に巨費を投じて五里餘のトロ道を築き、盛んに立木を伐り出し一時は莫大の利益を見しが、後或る事業の爲め失敗して現今はこの山と此棧道は、又祖谷村の有に歸せしとも云ふ。
用材伐り出し中止以來十有餘年の久しき甞て棧道の修繕なき爲め、枕木と枕木間の土砂は流れ落脚下に水流を見つゝ枕木を踏み々々通る處も頗る危險であるが、祖谷にして初めて目撃し得るものと思へば又一種の興味を覺ゆるのである。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1037351/1/50
二十一日午前四時褥を離れ朝食の後五時一行八人トロに乘る。
製紙の原料たる楮皮を久保に出す運搬車に便乘したのである。
道は傾斜の軌道なるにより運轉手(宿主)が出發に際し一押し押さば、は轟々として急速力を出して走る。
此時運轉手はすぐトロに乘り後方より遠く追隨する健強なる二頭の輓犬を呼ぶ事急なり。
蓋し歸路輓犬に先引させ自分は後方より押すのである。


書名:祖谷 : 阿波の平家部落
出版:1956
https://dl.ndl.go.jp/pid/3006097/1/148
大阪の実業家川崎善助氏が剣山のふもと東祖谷山村の最奥地名頃に製材所を設け、名頃から久保まで約二里半の間に森林軌条を敷設し


書名:祖谷山歴史探訪 (徳島郷土双書 ; 第23集)
出版:1971
https://dl.ndl.go.jp/pid/9572486/1/135
一九三二
昭和七
久保−名頃間林用軌道敷設(川崎善助)


書名:徳島市史 第2巻 (行政編・財政編)
出版:1976
https://dl.ndl.go.jp/pid/9573380/1/152
13代市長
坂本政五郎
十五年祖谷川運輸代表取締役


書名:東祖谷山村誌
出版:1978.11
https://dl.ndl.go.jp/pid/9576117/1/227
また産業面では、大阪の実業家川崎善助氏が剣山のふもと名頃に製材所を設け、名頃から久保まで十キロメートルの間に森林軌道を敷設し、千古の原生林を伐採した。
久保からは、吉野川運材株式会社(社長坂本政五郎)の手で祖谷川を流し徳島へ送られたものである。


書名:池田町史 上巻
出版:1983.3
https://dl.ndl.go.jp/pid/9575227/1/470
(3)三縄発電所建設時の紛争
三縄発電所の建設について、三縄村と、四国水力電気株式会社(旧讃岐電気株式会社)との間に紛争が生じた。

契約書によると、
�‐緡�の木材や樵木の流下は隧道内を流すか、入口で適切な方法を設けて木材その他の流下に大なる支障のないようにする。

トンネル内を材木を流すことなど思いもよらず、材木運搬の施設も形ばかりで実用にならないという状況であった。


書名:ひがしいやの民俗
出版:1990.12
https://dl.ndl.go.jp/pid/13211983/1/142
(写真)名頃登尾 東泰林業製材所付近トロ道

昭和七年には川崎善助氏の手で久保〜名頃間に林用軌道(トロ道)が敷設され、昭和三十(一九五五)年に久保〜名頃間の軌道を撤去し、その後に四国電力が工事用として車道を開設した。


るくす
59,8452026-04-09 14:08:25/rail/minawa/main.html10
>もし一切の迂回なく最短距離で軌道跡を踏破出来るのであれば、3.5kmくらいで到達出来ると思う。
この一文を真に受けるピュアな読者はいるのであろうか?


>注目していなければ見逃しそうな感じだが、私の目はごまかせないぞ!!
「俺でなきゃ見逃しちゃうね」と格好よく言って欲しかった ←※死亡フラグ
59,8442026-04-09 12:28:52/rail/minawa/main.html10
Finder!
59,8412026-04-08 14:34:14/rail/minawa/main.html10
今回も楽しみにしています。
10:19の上の画像、左右見上げる位置に橋台みたいのが見える気がしますが、高さが違うし…平場病ですかね?
59,8402026-04-07 23:48:16/rail/minawa/main.html10
楽しみです。
59,8392026-04-07 20:32:45/rail/minawa/main.html10
祖谷の道は、自転車で往復してますが、対岸にそんな跡があるとは想像もできませんでした。ひたすら険しい谷ですよね。あの谷の崖っぷちを歩いて生還されたということですね。
続きが楽しみです。
59,8382026-04-07 13:30:21/rail/minawa/main.html10
未知の冒険系のレポートはいつもワクワクします。
更新楽しみにしてます!
59,8372026-04-07 12:34:34/rail/minawa/main.html10
イヤーッ! ガワーッ!
59,8352026-04-07 06:50:45/rail/minawa/main.html10
わくわく!

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