http://yamaiga.com/rail/yokobuki/ の公開中コメント一覧

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コメント
60,1872026-06-09 14:38:01/rail/yokobuki/main4.html10
久々に読み返しました。
一段落したらこちらのレポもお願いします!!!
59,7972026-04-02 01:14:16/rail/yokobuki/main4.html10
第1回で初鹿野の鉄橋を「上路トラス」と記載されていますが、これは「上路ガーター」の間違いですね。
今は撤去されていますが、以前はフリーフレームの法面に橋脚がありました。
59,1612026-01-19 00:37:15/rail/yokobuki/main4.html10
次回の更新が楽しみすぎてこのレポートを4周読みました。
そろそろ更新されるのかな〜
58,1602025-12-22 00:52:46/rail/yokobuki/main4.html10
おもろい
57,8022025-10-31 00:03:05/rail/yokobuki/main4.html10
突然の座席指定画面に笑いましたwww

それはそうと、明治時代の開通、変状、そしてなんだかんだ現在まで崩落してない…という条件は奥羽本線の板谷峠にある旧線の環金トンネルを連想しました。
57,7892025-10-27 02:48:58/rail/yokobuki/main4.html10
名古屋方の旧線はいろんな方のサイトで知ってましたが、東京(甲府)方の笹子付近の旧線と旧旧線は迫力がレベチです
複線化までそんなに猶予はなかったと見て間違いないでしょうね
それにしても30年近く前の旧線の資料を持ってる方がおられるとは驚き…
56,9222025-06-25 23:06:23/rail/yokobuki/main4.html10
鉄道ピクトリアルNo.674〈特集 JR中央線今昔〉(1999年9月1日発行。)の12ページから13ページに本稿の記事が、33ページと56ページにこの地点の今と昔の写真が載ってます。
56,8322025-06-11 23:00:26/rail/yokobuki/main4.html10
廃線になって使われなくなってからも何十年も、何世代も維持管理をしてきた鉄道会社の裏方の働きを見て頭が下がります。こうした働きによって交通の安全が支えられていたのですね。
56,7572025-05-28 17:29:24/rail/yokobuki/main4.html10
おかわり、いただけるだろうか?

続きを楽しみにしております。
56,6942025-05-18 01:17:50/rail/yokobuki/main4.html10
素晴らしいですね
56,6632025-05-11 11:06:26/rail/yokobuki/main4.html10
2000年代初頭の記事の次に閲覧したので急に動画がFHDになって驚きです笑
セントルの部分は本当jに恐ろしいですね。。通り抜けるだけでも相当の閉塞感と圧迫感、そして重圧。。そうしてでも遍圧に対抗せざるを得なかったという事実にまた息が詰まるようでした
コメントの時点では次号待ちなので楽しみに待っております!
56,6552025-05-10 22:51:10/rail/yokobuki/main4.html10
詳細なレポートをありがとうございます。
絶景かつ名撮影ポイントの同地点の深い歴史は私も「廃線跡を歩く」で知った口です。
単純な開口部閉鎖や土砂による埋め戻しをしなかったのは、西側に営業線路があるため「それだけでは済まない状態になった」からでしょうね。
1996年夏にこの区間を普通列車で通りましたが、現在線の真新しいトンネルがかなりできておりこの景色も見納めか…と考えたことがしみじみ思い出されます。
残り編のアップを期待してます!
56,6472025-05-10 12:29:33/rail/yokobuki/main4.html10
https://youtu.be/PSkDwXFuiIA?si=JfjCs5wAA7wqKVbY
この動画の1時間18分すぎ辺りですね。
「制限65」って言ってます。
56,6202025-05-06 17:09:01/rail/yokobuki/main4.html10
追伸
現在も下り線の鶴瀬隧道出口から上り線との合流地点付近までは、曲線が連続するためか、特急でも速度は55〜60km/h程度に抑えられているようです。
56,6192025-05-06 16:42:32/rail/yokobuki/main4.html10
親の実家が山梨県でたびたび中央線で帰郷していたので、新横吹第二隧道は幾度となく通過しました。記憶はおぼろげですが、下り線となった鶴瀬隧道から新横吹第二隧道までは、普通列車では速度を55km/h前後まで抑えていたように思います。旧横吹第二隧道も車窓から見た記憶では昭和51年頃までは両側とも開放状態でした。甲府方の坑口が2つ隣接して並んでいるのを見て奇妙に思ったのが、その後この隧道の成り立ちに興味を持ったきっかけでした。
56,6162025-05-06 14:05:33/rail/yokobuki/main4.html10
読みました!
56,6142025-05-06 11:01:53/rail/yokobuki/main4.html10
いつも楽しく拝見しております。

幼少期に、地元長野から河口湖へ旅行へ行く際、初鹿野の鉄橋の現役時代を見た記憶があり、とても懐かしいです。
対岸から見た、崖っぷちの鉄橋を真新しいスーパーあずさやパノラマエクスプレスアルプス号が警笛を響かせて隧道に吸い込まれていく姿が、とても印象に残っています。

既にご覧になっているかもしれませんが、YouTubeにある方がアップロードされている1988年の特急かいじ号の前面展望動画で、この橋梁を通過する時の景色があまりにも断崖絶壁過ぎて、こんな場所を通らざるを得ない程、明治以来日本経済を支えた中央本線の交通と物流(当時は生糸がメインかと)の手段を確保しようとする意地を感じました。
56,6132025-05-06 10:55:41/rail/yokobuki/main4.html10
×中央高速 ○中央道 です。ねんのため。
中央道から中央本線が見える場所は多くはありません。笹子付近を走る中央本線は中央道からもよく見えます。かつてはこの旧線部分がありました。1997年ころの特急はベージュに赤でしたので朝日を浴びて走るさまは鮮やかでしたね。一編成が横並びに撮影できるので撮り鉄さんのコレクションに多く残っているのではないでしょうか。
56,6102025-05-05 21:45:53/rail/yokobuki/main4.html10
京都大学の研究レポートに軽く掲載されていますね。
旧横吹第2トンネルの補強隔壁の平面と変形の現状が記載されています。

山岳トンネルの変状メカニズムとその対策に関する研究
朝倉俊弘 1996.12.12

Googleさんでも上記で検索するとヒットしますよ。
56,6092025-05-05 21:12:13/rail/yokobuki/main4.html10
冒頭の天井に付けられたアイテム見て
大昔に常磐線で見かけたコイツを思い出しました
多分補修施工の練習とか試験かと思います
現役の煉瓦隧道はまだまだいっぱいありますもんねぇ・・

http://chi-chanhp.net/hobby/Ruins/railway/jyouban/1kurakakeyama.html
56,6052025-05-05 06:39:24/rail/yokobuki/main4.html10
Eiichi Hanawaさんの写真は、何だかダムの天端を列車がおそるおそる走っているように見える
初代の隧道が駄目になったせいで山の外へ「迂回」した感じですかね?
背後の隧道の壁もすごいな... 何か台形の部分が見えるけど
列車と自動車、性格の違いから前者は山に挑み、後者は川に挑み... この地はどちらもしんどい
冒頭で横吹橋梁は橋台しかなかったですよね。この先って... まあ線路橋があっても渡るのは怖そう
56,6022025-05-04 11:02:21/rail/yokobuki/main4.html10
古きを訪ね、新しきを知る
コレからの季節にはちょうど良いですね
56,6002025-05-04 07:17:33/rail/yokobuki/main4.html10
上りのタンク貨物列車は"空荷”でしょう。
ここのほぼ直下、国道に面してナントモ?な名称の史跡があるようです。由来が気になります。
https://maps.app.goo.gl/bB6fT3SvXsmEfj5c8
56,5992025-05-04 00:00:40/rail/yokobuki/main4.html10
そういえば、あの鉄橋部分はゆっくり走ってくれたような微かな記憶が…
56,5982025-05-03 22:54:07/rail/yokobuki/main4.html10
執筆速度を上げる簡素化宣言は、闇から闇へと葬り去られたようです。
(喜んでいます)
旧線時代の写真、すごいとしか言えません。
56,5972025-05-02 21:20:40/rail/yokobuki/main3.html10
Tokyo Sokki Kenkyujp Co.,Ltd. → Tokyo Sokki Kenkyujo Co.,Ltd. ですかね
いつも楽しませて読ませていただいています。
56,5962025-05-02 07:44:25/rail/yokobuki/main3.html10
セントルの形を見ていてふと気付いたのですが、湖底に続く廃隧道の終端部でスパッとコンクリ壁で終わらず、今回のような小さい開口部が続いて最後にコンクリ壁というパターンが結構あったように思います。継続的に変状を観測する為かどうか分かりませんが、もしかすると大きい土圧が掛かる場合で廃隧道のときはこのような施工をするのかも知れません。
56,5952025-05-02 07:29:11/rail/yokobuki/main3.html10
京大工学部の朝倉先生による「山岳トンネルの変状メカニズムとその対策に関する研究」という論文が公開されており、まさに今回の記事に関する詳細な記載があります。トンネルの断面変状や地質、セントルの配置図などの記載もあり、他にも興味深い内容が報告されています。(横穴の記載はありませんでした。)
56,5942025-05-02 02:03:16/rail/yokobuki/main3.html10
『コワシの穴』レベルの恐怖の横穴!入口が地獄の釜というか古い火葬炉みたいな見た目なんですが…。中も鉱山みたい(というか田代みたい)で入口とはまた違った不気味さですね。ひずみ計の杭が打たれている様子は宇佐美トンネルを思い出しました。本坑の立入禁止も「バケモノが閉じ込められてるから」「異界に通じてるから」みたいで気味が悪いです(諸星大二郎マンガ的発想)。文字が平成っぽい汎用フォントであんまり怖くないのが救いでしょうか(古い現場用表示…立入禁止、安全第一、変電設備等…はフォントがなんか不気味なのが多いです)。
古いセントル群と横穴には扉があってそれより手前のセントル群には無いということは手前のは坑口の柵と同時かそれ以降に設置されたのでしょうか。よく見ると古いセントルには自然木の細長いせき板を使った痕跡の横縞模様と木目が、新しいセントルには大きな板状のコンパネの跡があってこんなところからも設置年代の違いが読み取れますね(コンパネの登場は昭和40年代中頃、普及は50年代頃から)。コンパネにはさらに板を横倒しに並べたものと縦に置いたものの2種類があり、縦配置のもののほうがより新しいように見えます。設置順序はまず昭和31年に1から25を、次に平成元年に26から29を、それより後(柵設置と同時かそれ以降?)に坑門寄りの11連を設置したものと思われます。
次回はついに怪しいトンネルを脱出、地上は一体どんな景色…?
56,5932025-05-01 21:04:19/rail/yokobuki/main3.html10
東口のフェンスは、新横吹第二トンネル西口と同じ格子の配置ですね。
もしかして坑口が延長されて断面が変わってる?

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