http://yamaiga.com/road/fpr209/ の公開中コメント一覧

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コメント
21,6452016-01-30 09:18:15/road/fpr209/main3.html10
歴史のある道だったんですね。面白かった!
21,6422016-01-30 02:19:35/road/fpr209/main3.html9
>別名として挙げているウロロギ峠となると、皆目見当が付かない。

洞の木(うろのき、洞がある木)から訛って”うろろぎ”になったのではと考えます。
21,6412016-01-30 00:45:44/road/fpr209/main3.html10
歴史を紐解くと、単なる峠道も奥深いですね
21,6402016-01-29 21:31:44/road/fpr209/main3.html10
昨年の夏に国道476号を自転車で走りました。
こんな道があったのですね。

476号の木ノ芽トンネルの怖さは忘れられません。交通量がほぼ無い中、換気ジェットファンが……
21,6392016-01-29 21:02:30/road/fpr209/main3.html10
「角川日本地名大辞典」の「JR北陸本線の開通後は五幡から新保駅へ向かう道として利用され」のくだりは、おかしいですよね(「国鉄北陸本線」であるべき)。国鉄からJRへの移行時に、文中の「国鉄」を「JR」に機械的に置き換えてしまった結果でしょうか。
21,6362016-01-29 16:05:56/road/fpr209/main3.html10
このあと今庄へ、どの道を選んだか、すごく気になります。
1 急ぐから国道のトンネルを通る←いちばんあり得なさそう
2 やはり林道で峠越え←自転車には定番ですが、ちょいきつい
3 北陸線跡地の県道で山中峠越え←普通すぎるような・・・
4 木の芽峠越えて旧街道←徒歩道で、もともと車道じゃなかったし・・・
5 実は隠れた抜け道があったりするのかしら・・・
ぜひ、ミニレポにでもしてください。
21,6312016-01-29 11:11:12/road/fpr209/main3.html10
このような小道に柴田勝家が通ったかもしれない。織田信長が撤退に使ったかもしれない。そう思ったらわくわくしてきました。
てんぱっぱ
21,6292016-01-29 02:51:36/road/fpr209/main3.html10
県道杉津停車場線には立ち寄っていないのでしょうか(時間なくスルー?もしくは行ってみたがボツ?)。
国道8号と北陸自動車道杉津PAとのアクセスにも使われてる風景的には
面白みに欠けるつづら折れの急坂舗装路ではありますが、
国道8号側入り口付近のヘキサはまだ残存していると思います。
21,6272016-01-28 22:01:43/road/fpr209/main3.html9
明治42年測図[大正2〜3年発行]の5万分一地形図(と思われる)に「里道」と補入されていますが、明治42年図式の一本破線ですから「小径」または「徒小径」と記すべきでしょう。また、大正6年図式から達路・聯路などの概念的区分ではなくて、幅員の区別(半間以下・一間以上など)が明確になるので、本文中の「里道(連路)」の記述も、精確には「里道」とすべきでしょう。そして幅員については、県道指定による拡幅ではなくて、山間部でも近世から1間の幅員があったのではないか、という感じがします。
幅員の大小はさておき、この峠道は今日まで自動車道だったことはなく、(或いは古代から)徒歩道または荷車道としての機能を貫いてきたのではないでしょうか。(ポッと出の林道が無視しがちな)地形の緩やかさや安定さもあると思いますが、ヨッキさんが「道の地力が高い」と感じられた要因は、非自動車道の機能を全うしてつづけてきた道の歴史にもあると思います。実際、「自転車にとってはちゃんと使い出のある道といえるだろう。通行がただの道楽に終わらず、国道を迂回して進むよりも短時間で今庄へ向かう事が出来るのだ」と称えごとを述べられることで、この道が徒歩道の機能をいまだ全うしつづけていることを、しっかり裏付けています。
県道=自動車道というまなざしに泥んでいるかぎりは、みすぼらしく廃れて見える道も、道の本質である徒歩道の本領を数百年にわたって常に発揮しつづける堅固な道なのであり、もはや存在しない鉄道駅への連絡路という県道指定の冠は、この道にとってはほんのお飾りの一つなのかもしれません。願わくば、この峠道はそのままに、計画中のバイパスは新道を延長して、なんとしても隧道で超えてほしいものです。そして、道の神に憑かれた嗅覚の鋭い往来者の称讃を、沿道のさまざまな祠や石像がこれからも変わらず聞き続けることを祈るばかりです。
21,6262016-01-28 21:25:20/road/fpr209/main3.html8
「ウロロギ」は「ウロの樹」の訛りですかねえ?イメージとしてはこんな感じかな
http://blog-imgs-49.fc2.com/a/m/a/amaopineapple/amao123s.jpg

いかにもな田舎の末梢県道として最低限の整備をされた田尻側よりも、
古道の雰囲気を残す五幡側の方が断然味がありますね。
車道偏愛者であるヨッキれん氏がどう思われるかは存じませんが・・・。

味があるといえば、
前編で転載されていた航空写真で、現在の区画整理された無味乾燥な農地に対して、
平成6年以前の農地が味わい深い棚田であった事に興味を惹かれて
国土地理院のサイトを見てみたら、1965年(昭和40年)3月の
雪景色を捉えた写真がとても印象深いですね。
http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=737953&isDetail=true
この写真で見ると現県道の沿道にも小さな耕作地が続き、
峠付近にも集落があるようで、古代から続いていたであろう人の営みに思いを馳せたくなりますね。

また現在の五幡側の未成改良区間の先が唐突に森にぶつかってブツ切りになっているように見える所も、
昔の棚田の斜面を登って行く計画なのだなと解って面白い。
そして新道がそのルートを通るならば、
現道の自動車通行不能区間、つまり古道の痕跡が、
上書きされて消えてしまう事は避けられそうな事に安堵します。

もう一つフォローして欲しかったのが、国道8号とこの歴史有りげな峠道との関係ですかね。
近世以前は海辺の集落から海沿いに敦賀に向かう道は凄く貧弱か
そもそも無かったのかも。
だとするとウツロギ峠は五幡と周辺の集落にとってまさに生命線だったという事に。
21,6252016-01-28 21:11:21/road/fpr209/main3.html10
15:56の現在地間違ってません??京都にも廃村田尻というどんづまりの廃聚落がありますが,考えたら田尻ってそういう谷の奥まった場所の地名ですねぇ〜。こういう不通県道ネタ大好きです♪公共事業に批判的な俺ですがここの道路はあっても良いような気がする。
21,6232016-01-28 21:09:32/road/fpr209/main3.html10
美味しいレポート有難う御座いました。小さい県道なのに古くから有り、色々な歴史を見てきたこの道は素晴らしいです。
そんな道を紹介してくれるのは毎度お馴染みヨッキれんさん
by丸山 熙人
21,6222016-01-28 21:05:21/road/fpr209/main3.html10
「道の地力が高い」
道への愛着がたかいよっきさんの言葉だけに印象に残った言葉でした。
21,6202016-01-28 19:40:40/road/fpr209/main3.html10
今回はヨッキレンさんの激藪を踏破する雄姿を拝読できませんでしたが、『道の地力が高い』、『古道はしぶとい』、『ポッと出の林道なんかだと、使わないとあっという間に終わる』など名言がありました。古より愛されていた道は、忘れられようとしても、いつまでも人々の心に刻み込まれ、存続しているのだと思います。こういうレポートもヨッキレンさんならでは、また次を期待します。
21,6192016-01-28 19:39:34/road/fpr209/main3.html10
ほのぼのした感じがいいいですね
21,6182016-01-28 18:58:33/road/fpr209/main3.html10
元は官道の北陸道だったとは!!
素晴らしい感動した!!
21,6172016-01-28 18:16:22/road/fpr209/main3.html9
木にあいている穴を洞(うろ)と呼びますので、ウロロギは「穴のあいた木」の意味ではないでしょうか。
21,6162016-01-28 17:46:49/road/fpr209/main3.html10
こういうほのぼのとした探索もいいですね。
しかも、歴史までひもといて下さるとは、いつもながら頭が下がります。
21,6152016-01-28 17:33:29/road/fpr209/main3.html10
ありがちな不通県道レポかと思いきや歴史ある峠道だったとは。こういうの好きです
21,6092016-01-27 23:19:31/road/fpr209/main2.html7
国道からの分岐から人里が尽きて山に入る所まで来て
ここまでで県の関与を示す物が朽ちかけた規制看板だけなんて・・・
制度的には現役県道といっても
こんなん供用されているとは言えないよねえ・・・うふふ
21,6082016-01-27 22:56:48/road/fpr209/main2.html10
おおお。この県道はよく知っています。
どういう結末に持っていくのか楽しみですが、ひとつだけ情報を。

3年前には軽トラが通行止め区間を走破しています。
来るはずの無いものが来たのでとても驚きました。
21,6072016-01-27 22:17:43/road/fpr209/main2.html8
こんな狭くて判り難い場所が県道だなんて…。どー見ても町村道か私道レベルですよ。対向車とすれ違いも不可能なのに一方通行でもない…。今更,拡幅工事もムリだろうから,せめて「自治体管轄の道路」に格下げすべきです。近所の人達も,まさかココが県道だなんて思いもしない筈。
21,6052016-01-27 20:28:14/road/fpr209/main2.html10
最後の写真、何が起きた!
by丸山 熙人
21,6042016-01-27 19:34:03/road/fpr209/main2.html10
田畑は「区画整理」ではなくて「耕地整理」というような。
21,6022016-01-27 17:30:52/road/fpr209/main2.html9
Googleマップのリンクを開いて目についた「御宿なかや」さんのサイトを覗いてみたらアクセス地図の交差点の箇所にはっきり「進入禁止」とありました。
http://www.nakaya-web.com/minshuku/
21,5992016-01-27 14:34:07/road/fpr209/main2.html10
言いたい人は,ひとつがなくなっても,またすぐに見つけられるようで,心配する必要はなさそうだなぁ〜ww

確かに,手練の運転手でも何度か切り返さないと入れないような駐車場でも,慣れとは怖いもので,そこの住人は,それがたとえおばちゃんでも,一発で出入りするから凄い。軽トラは幅が狭いから,と言うよりも,ボンネットがないから,こういうタイトな曲がり角に強いよね。

一方で,この道,なかなか盛り上がってきましたね。 この先遺構などないのはわかっていても先は見たい。(ぜ
21,5972016-01-27 11:37:32/road/fpr209/main2.html10
道のおもしろさがよくでている
21,5962016-01-27 08:56:59/road/fpr209/main2.html9
次回に期待ですね。ただ。現時点で中編なら、あと一回ないしは二回(後編+α)で終了する程度の内容なんですかね?
21,5952016-01-27 08:28:35/road/fpr209/main2.html9
この道幅と線形だけを見たら一瞬古い用水路の暗渠かと思うなw
21,5922016-01-26 21:20:11/road/fpr209/main.html10
道(みっち)狭過ぎ(笑)。
by丸山 熙人

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