http://yamaiga.com/road/r127/ の公開中コメント一覧

(平均点 8.92点 / 投票回数 2823人)

4ページ中 1ページ目を表示(合計100件)    1 | 2 | 3 | 4    [次のページ]  
▼番号書き込み日時書き込みURL点数
コメント
52,0802023-07-19 18:20:31/road/r127/main15.html10
いつも楽しく読ませていただいております。
随所で「現在地」の地図を参照できるようになっていて、方向音痴の者には有り難いです。
(それでもチンプンカンプンなのですが(^^;)
51,3282023-01-21 14:23:30/road/r127/main15.html10
初めて読ませて頂きました。明治時代の隧道の発見などとてもドキドキしました。道の歴史も分かり勉強になります。これからも拝見させて頂きます!
50,8772022-10-23 13:27:14/road/r127/main9.html10
「乱磄」は「規則の無い、めちゃくちゃな」の意味です。
怪岩乱磄は怪岩がそこら中に散乱している、といった感じ。
ヨッキ氏も数年前のレポートだと明治大正風の語彙を使っていたのでその筋には詳しいと思っていたのですが勘違い?
50,8292022-10-15 04:12:10/road/r127/main9.html10
昔のレポートを読み返してるんですが、森吉の隧道も禁断の芋目地積みですね
オーコワ
50,2112022-07-16 18:51:57/road/r127/main9.html10
「木屑録」の漢字の解説大変お見事です、感服しました。
この漢字の乱用は、当時「第一高生」だった「インテリ意識」のなせる、現在で例えるなら「中ニ病」じゃないでしょうか(笑)。
凄い、「明治の文豪 夏目漱石」が「日本最初期の中二病」だった事を暴いてしまうとは(笑)!
追伸 : 岩井⇔富浦間の明治隧道は健在です。7/3に訪問しましたが、最も心配な「岩富隧道」も閉塞していません。
これからも、楽しいレポートを期待しています。
50,2102022-07-16 18:41:33/road/r127/main9.html10
夏目漱石の業績としてよく挙げられるのが、旧来の書き言葉を現代風の口語文に変えて小説を書いた点。
彼以前の文は、更に難解でした。
今回の文は旧来の書き方に近いので、過渡期だったのか?
50,2092022-07-16 17:17:22/road/r127/main9.html10
追記凄いですね!
同級生でもあり漢詩の師匠でもある子規にこれだけの文を送り付ける漱石の気の強さ
後の写真、猫や坊ちゃんの柔らかいイメージと掛け離れた若き日の激しい側面を感じます
50,0922022-07-02 10:06:53/road/r127/main15.html10
http://yamaiga.com/road/r127/main6.html
「そして、この別荘地の中には、ある変わった名前の隧道があり、私はそれを確かめるべく、この別荘地へと寄り道した。このレポートはまた別の機会に譲るが、高所にある別荘地からは、打越隧道をご覧のように見下ろせる眺めがあった。」とありますが、「このレポートはまた別の機会」って、公開ずみですか、それとも、今後公開ですか。楽しみにしてます。
49,0592022-01-15 09:15:08/road/r127/main15.html10
今回も面白かったです
48,9812022-01-03 23:02:28/road/r127/main15.html10
すげー面白かったです!
44,4082020-05-28 23:35:04/road/r127/main15.html10
最高〜!35年間通ってる道なだけに親しみもあるし。明鐘区間に旧道が存在していたとは思いもしなかった‥ 現道があの状態であるから。私の記憶だと潮吹隧道のロックシェルは35年前はほぼ無く片方はナマ坑門の短小隧道だったと思います‥ 台風来襲のたびにロックシェルが伸びていき現状に。
28,6132018-04-17 17:41:04/road/r127/main15.html10
燈籠坂大師の旧城山隧道に行ってきました。先日のテレビ東京の番組でも紹介されましたが、大きさに圧倒されました。このレポート以後の変化は、入口の燈籠坂大師の門が赤く塗られたこと、燈籠坂大師の鳥居(お寺のはずだけど…)が新しくなっていたこと、観光バスのミステリーツアーが平日でも押し掛けるようになったことなど・・ レポートにもあった壊れかけた茶店風の建物に案内パンフレットがあり、トンネルの由来が描かれています。やはり、鋸山の石切りの技法で掘られ、のちに掘り下げたようです。誰でも一度は見ておきたいトンネルだと思います。ただし、中まで乗り込んでしまうと出るのが大変そうなので、入口のトンネル前に車は置いておいたほうが良いと思いました。なお、燈籠坂大師の上に、岩を刻んだ階段があり、もっと先に行けそうです。これはトンネルができる前の峠越えの旧旧道かもしれません。行ってみませんでしたが、もし興味のある方は調べてみてください。
26,7882017-10-02 18:38:35/road/r127/main15.html9
昔掘られた隧道が、経年あるいは環境によって様々に変化していくものなのですね。

なお、2-4で登場する「鋸山登山自動車道」ですが、長さ世界一ではありませんね。山口県の宇部興産道路は全長30km以上あるので、こちらの方が長いのです(世界一かどうかはわかりませんが……)
25,6962017-05-22 14:24:13/road/r127/main15.html10
ボタン式トンネルいいですね
24,1322016-10-30 17:02:07/road/r127/main15.html10
こんにちは127号線トンネル群のレポート、たのしかったです。私の故郷を訪れてくれて、ありがとうございます。さてレポートの高崎トンネルの「13?」は多分「ほ」(ひらがなのほ)だと思います。昭和40年後期まで
あそこのトンネルは館山側から「いろはにほへと」
と一文字ずつペイントまたは看板が張り付けてありました。ただあれから40年以上前なので確実ではありませんが。
24,0902016-10-20 15:52:34/road/r127/main15.html10
小ネタ集みたいで、楽しかったです。
23,0012016-06-15 23:39:20/road/r127/main15.html10
私見ですが高崎隧道にはいろはにほの「ほ」が書いてあったのではないでしょうか?のと鉄道の旧能登線トンネルとかでもひらがな番がつけられているようです
22,6102016-05-04 13:38:23/road/r127/main15.html10
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1605/02/news074.html
ニュースサイトで見つけて思い出したのでこちらに来てみました。
島戸倉隧道の一部が権利関係で私有地化したための措置ということでしょうか。
22,6012016-05-03 21:27:02/road/r127/main15.html9
途中で出てきたしまとくらトンネルって最近話題になってるやつですよね。このころはトンネルとして機能したんですね。
21,8152016-02-12 16:08:31/road/r127/main15.html10
親戚が住んでいる地域なので非常にイメージが湧きやすく面白いレポートでした。
2016/02/12の時点では2-2のB地点の場所はガラクタ置き場にされて通行止めになっています。
21,7672016-02-04 21:14:25/road/r127/main15.html10
昨年夏に白浜まで旅行し、この辺を自分の運転で通りました。富津館山道路の真新しさと、降りてからの国道のグネグネ&狭さのギャップに萌えた記憶があります。
20,5462015-11-01 21:17:10/road/r127/main15.html10
「おくがやずゐどう」の「お」ですが
いわゆる変体仮名というやつで、昭和23年まで人名に使えたため
現在でも戸籍や住民票で使われています。
そのためそれらのシステムや一部のパソコン用フォントの拡張文字に割り当てられています。
(戸籍統一文字コード:900140、TRONコード:09-8333)
法務省 戸籍統一文字情報↓
http://kosekimoji.moj.go.jp/kosekimojidb/mjko/PeopleList/EXECUTE?ihid_clickedButtonName=iimag_Moji&ihid_SelectedKskMjBng=900140&ihid_SearchCount=0
20,0852015-09-17 01:31:59/road/r127/main15.html10
このページで紹介されてる久保トンネルは開削され消滅、坂下トンネルは拡幅されました。
通りやすくなった反面、ちょっと寂しいですね。
19,3642015-07-06 15:57:45/road/r127/main15.html10
現在久保坂下隧道は拡幅工事が行われています。
19,0802015-06-08 12:43:59/road/r127/main15.html10
坂下隧道、改築で広げちゃったね。久保隧道、掘割化でなくなっちゃったね。
17,7232015-01-10 22:17:56/road/r127/main15.html10
ヨッキさんのチャリがおねだりしていた旧岩富隧道ですが、平成27年1月現在、ヨッキさんが入った北側入り口が完全に土砂で塞がれています。
夜に行ったので私が入り口を見落としただけかもしれませんが…。一度平成26年2月に来たときはすぐに入り口を見つけられたんですけどね…。

人為か自然にふさがれたかは分かりませんでした。反対側の入り口は未確認です。
16,3142014-07-24 01:34:24/road/r127/main15.html9
私は、父の実家が千倉だったので、小さい頃は良く東京湾フェリーに乗り、この道を通りました。
昭和40年代の頃ですが、金谷港でフェリーを降りて、最初のトンネルに、「い」から始まる安全標語がペンキで書かれていた気がします。
その後は順番に、「ろ」「は」「に」「ほ」「へ」「と」から始まる標語が書かれていたと思います。
写真に写っているのが、その名残だとすると、「13」ではなく「ほ」のような気がするのですが、昔の記憶なので、途中で数字に変わったのかもしれません。
参考になれば幸いです。
13,2342013-07-11 20:30:29/road/r127/main15.html10
とっても面白かったです。私も隧道巡りをしたくなりましたヽ(*´▽)ノ♪
12,3232013-03-30 00:30:01/road/r127/main15.html10
昭和30年代に館山で生まれ、木更津で育った者です。幼少の頃何度も往復した木更津館山間のトンネルには通し番号が振られていて、それを数えながらトンネルをくぐるのが楽しみでした。ただ、木更津側の若い番号は見たことはありません。
12,2212013-03-24 18:25:33/road/r127/main15.html10
月末に走る予定のコースに含まれるんです。
とても参考になりましたが、それ以上にワクワクしながら字を追うことになりました。
小浜は是非旧道を走って来ます。

4ページ中 1ページ目を表示(合計100件)    1 | 2 | 3 | 4    [次のページ]  

この画面の説明