| ▼番号 | 書き込み日時 | 書き込みURL | 点数 |
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| コメント | |||
| 56,972 | 2025-07-03 07:03:23 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
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| 56,096 | 2025-02-10 21:00:53 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| 歩道だけてなく廃後も保存庫などそれなりに活用されたのはせめてもの救いでしょうか。 | |||
| 55,021 | 2024-09-13 17:33:40 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| いつも興味深い記事をありがとうございます。 本件とは関係ないのですが、 石原慎太郎著『男の粋な生き方』に以下の様な記述があります。 ========== 妙高高原にあった大学の寮(一橋大学町田山寮 新潟県妙高市関川2251-9)で最初の小説「灰色の教室」を書いた。 (一橋大学3年生、1954年夏休みの)ある日目の前の妙高山に登った。(中略) 一人で登頂を果たし、(中略)へとへとになって燕温泉へたどり着き、転がりこんだ宿屋で、(中略) この先どこまで帰るのかと聞かれ妙高高原といったら、山裾を回ってのとんでもない長道だという。 近道を聞いたらこの先に小さな山を潜るトンネルがあるが、 村の人間の手作りで時々中が崩れて塞がることがあるから止めておけといわれた。 行ってみたらいわれたとおりの手掘りらしいトンネルがあった。 周りはただの土の壁がむき出しでいかにももろそうな作りだ。 入り口で覗いてみたが中は崩れた様子はなかったが、長さ二百メートルほどのトンネルを抜ける途中、 何かで壁が崩れたらそのまま生き埋めで行方知れずとなりかねない。 トンネルの手前で暫く考えたね。時計を見るともうじき暗くなる。 そこで意を決して息を溜めた後、頭をぶつけそうな天井の低いトンネルの中を死に物狂いで走ったよ。 なんとかトンネルを抜けきってみたら、小さな尾根の向こう側は手前側よりもまだ少し明るくてほっとしたものだ。 ========== 1954年当時は、燕温泉から赤倉温泉への道(妙高高原公園線<39>や<396>)はまだなくて、 関温泉から山裾(国道18号付近)を回らないと妙高高原へ行けないように感じられる記述です。 関見峠(関見トンネル(延長:57 m))付近、あるいは、 赤倉温泉スキー場、赤倉観光リゾートスキー場付近のどこかの尾根に雪中隧道があったのでしょうか。 | |||
| 53,815 | 2024-03-24 18:46:24 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| よかった | |||
| 53,688 | 2024-03-14 12:14:44 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| 机上調査編を極めて興味深く読みました。「かつて住民から熱望されたモノ」が、着工が遅かったことや、お役所でよく見られる総花的投資で完成が遅くなり、出来た頃には時代遅れになってもう住民にはあまり望まれていないものとなっていた、というのは、鉄道の赤字ローカル線建設にも通じていて、道路でもこのような事例が見られるんだな、と思いました。 | |||
| 52,814 | 2023-10-24 21:20:25 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| 力作です! 歴史の掘り下げの深さは玄人はだしに思えました。自分の行動•行為の意義付けをここまで綿密になされるオブローダーというものに、並ならぬ敬意を抱きました。感服。 | |||
| 52,790 | 2023-10-22 15:36:28 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| 机上調査GJ! | |||
| 52,760 | 2023-10-19 09:53:44 | /tunnel/kuramata/main2.html | 7 |
| よかった | |||
| 52,386 | 2023-08-21 11:29:27 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| この横坑は私も同じくストリートビューで気になっていたのでとても興味深く拝見させていただきました。 格子があって入れないと知り残念でしたが、中山隧道と同様にこの地域の財産として歴史などとともに一般公開されても良いレベルの素晴らしい隧道だと思いました。 | |||
| 52,063 | 2023-07-17 11:21:42 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| 雪中隧道が地図上で冷遇される理由の考察は『なるほど』と思いました。 あくまでも歩道の別線、しかも季節性となれば車道のみに略されてしまうのも合点がいきますね。 | |||
| 51,990 | 2023-07-04 06:17:34 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| TeNY『新潟一番』視たかった… | |||
| 51,988 | 2023-07-03 19:05:04 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| Kとしてレポートで紹介していただいた者です。最後まで楽しく読ませていただきました。 ある意味で地元民からも忘れ去られつつある郷土の歴史が、こういった形でネットで誰もが見られるものとして残るのはとても意義深いことだと思います。ありがとうございます。 記事中に隧道の建設が少々悠長に感じられるとあります。これは、この道が通学路ではなかったからではないかと思いました。 雪中隧道が計画され、現役だった時代は倉俣小学校(2017年閉校)、倉俣中学校(1985年閉校)があり、小中に関しては倉俣地区内で完結していて地区外に出る必要がありませんでした。 さすがに高校となると地区外に行く必要があったと思いますが、冬季は寄宿舎なども当時はあったのではないでしょうか? つまり、子供だけでの倉俣地区内外の人流は(特に冬季に関しては)ほぼなく、山いがでもレポートされている山古志の東隧道のように子供の命を守るという動機、熱意はなかったのだと思います。 また山古志の例では、隧道建設の理由に医療面の理由も挙げられていたかと思いますが、その面でもこの地域は恵まれていて、現在地とは異なる場所ですが1949年に倉俣診療所が開設されています。 山古志の小規模な集落の命の道と、複数集落が利用する幹線の難所ではあるけれど、ある程度生活が地区内で完結できるといった違いがこの差になっているのだと思います。 実際、この地区の人達は公共事業化されるのを待ちきれずに手掘りで掘り始めるなんてこともしていませんし(笑) | |||
| 51,985 | 2023-07-03 13:38:58 | /tunnel/kuramata/main2.html | 9 |
| 途中で出てきたオリジナルデザインの警戒標識は、2019年の4月に通りかかったときにはちゃんと立っていました。見たことのないデザインだったので印象に残っています。なんで撤去しちゃったんでしょうかね? 津南・中里エリアの雪中隧道は3つあったと聞いています。 瀬戸口と、今回のへつりと、もう一つは津南の国道117号大倉トンネル旧道のスノーシェッドになっているところです。こちらは目に見える痕跡はなさそうですが、ひょっとしたら壁の向こうには空間が残っていたりするのかもしれませんね。 | |||
| 51,984 | 2023-07-03 12:34:31 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| 勉強になります。 | |||
| 51,977 | 2023-07-02 14:52:44 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| 峠越えしてますが毛無隧道も雪中隧道の目的だったかも。 | |||
| 51,976 | 2023-07-02 10:06:22 | /tunnel/kuramata/main2.html | 8 |
| 雪中隧道というと 積雪期の孤立や通行危険という悪条件を なんとか解決したいという村落住民の切実な願いから生まれる ある意味 慎ましいトンネル というイメージを抱いていましたが こちらの 倉俣へっつりの“雪中隧道” は 断面規模としては慎ましげながらも きっちりと端正にコンクリートで巻き立てられた ある種無味乾燥で不愛想な雰囲気で これまでの“雪中隧道観”を覆えされる感じがありますね そして現地探索にも増して 机上調査で得られた情報も 行政の議事録などの木で鼻をくくったような内容が多く この雪中隧道がどの程度地元から求められ 完成後にどの程度使われ どの程度愛されたのかという 血の通った実感に乏しいのが少し残念かも 廃止後も車道のシェッド裏に埋め殺されてしまうなど 「お前はもう用済みだ」と言わんばかりの扱いをされているように見えて 時代の流れに遅れて生まれたであろうこの子は はたして幸せな生涯を送れたのだろうかと ざわつきを覚えるのを禁じ得ません 全線がこれほどしっかりと覆工されているという事は 地山の地質が堅牢ではなく崩れやすかったということなのでしょうか 開通まで9年も要し 工費も大幅に増したという所からも トンネルを掘るのが容易ではない場所だったような匂いがしますね ひょっとすると 昭和33年に県の事業として着工されるより前に 地元住人が掘削を試みたが断念を余儀なくされた なんていう秘史が有ったりするかもしれませんね “唯一の写真” に写る坑口が 崩落した穴を玉石積みで繕ったように見えるのは そのような紆余曲折の痕跡だったりするのかも | |||
| 51,975 | 2023-07-02 06:16:08 | /tunnel/kuramata/main2.html | 8 |
| 地味すぎるゥ!! | |||
| 51,974 | 2023-07-02 05:11:06 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| 雪中隧道、知りませんでした。 雪国に住まれる方々の知恵から生まれたんですね。興味が湧きました。中国地方にもないか気になってきました。いいレポートありがとうございます! | |||
| 51,972 | 2023-07-02 00:03:01 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| 9年で時代遅れ。。。オサバシ、へっつり。。。 封鎖せんといかんか?コウモリ的にはラッキー | |||
| 51,971 | 2023-07-01 23:18:21 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| お疲れ様です。 正に小粒でもピリリと辛いレポートでした。 | |||
| 51,968 | 2023-07-01 17:27:49 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| 2022年4月と2023年4月のストリートビューでは北口坑口がはっきり見えてますね https://goo.gl/maps/p9SRwf9GqzUtxFwE8 https://goo.gl/maps/8YsEGGnck7xzZv3r5 | |||
| 51,967 | 2023-07-01 10:11:05 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| 県単事業だから「総巻立て」なんですね。 「1年30メートルずつ」は「村の3分の1の負担金」が財政的にギリギリだったからではないでしょうか? 「当初計画130メートル」も同様の理由ではないかと思います。 | |||
| 51,964 | 2023-06-29 19:24:22 | /tunnel/kuramata/main2.html | 9 |
| あ・・入っちゃた・・ すごく気持ちいい・・イキそう・・ | |||
| 51,963 | 2023-06-28 23:13:31 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| 広報「なかさと」における雪中隧道関連の記述がもう少し見つかったので追記します。 昭和33年2月15日 https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1958_02.pdf 明年度は収入の面において大口固定資産税が約九十万圓の減となるにもかかわらず、才出の面において組合立貝野小學校の屋体の改築の負担金、十二線の開鑿、田代〜越後田澤停車場線(ヘツリ)の雪中隧道工事等があり、 昭和33年3月15日 https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1958_03.pdf ヘツリに雪中燧道 縣道田代−越後田沢停車場線の通称ヘツツリに、縣単事業として雪中隧道が三十三年度において開さくされることになつた。 昭和33年11月15日 https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1958_11.pdf �い悗弔蠕稈胛�道工事、本年度四十五万円着工の見込み 昭和34年3月15日 https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1959_03.pdf その他対外的諸問題については、中部大同合併間題を始め、上越西線誘致、清津川総合開発、高田−松之山−六日町線、十二峠開通問題、貝野堰堤通路橋、ヘツツリ雪中隧道、豊里地区開拓不振事業等、今後益々研究を進め、出来る限りの努力を続けて行きたい考えであります。 昭和35年3月15日 https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1960_03.pdf ▽土木費=田沢、芋沢、倉俣の開拓路線の補修と、国道の山崎地区を二百米の舗装、継続事業として、へつつりの雪中隧道三十米、釜川橋修繕二十一万円、白羽毛あざみ沢橋三十九万円があげられているが、全般としては四十万円の減である。 昭和40年1月15日 https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1965_01.pdf 年頭のご挨拶 国県事業としまは、十二線開さく工事、釜川橋架替工事、芋川雪中墜道、田沢駅通り道路ほか県道改良工事ニカ所、国道舗装工事など着々と進捗いたしておりますことはご同慶にたえません。 昭和41年11月15日 https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1966_11.pdf 座談会 合併十年を省りみて C まずなんといっても道路問題ですね。倉俣地区は雪季になるといまだにオサ橋だ。雪中隧道の工事も年々進んではいるが、なんとか永久橋をかけてもらいたいとおもいます。 昭和42年5月15日 https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1967_05.pdf 芋川雪中隧道完成 昭和三十三年着工以来九ヵ年の才月を要し、総工費千三百万円が投じられ、昭和四十二年三月、芋川雪中墜道が完成した。 ここは通称「へっつり」と呼ばれており、冬期間はしぱしぱなだれがあり、危険な所であったが、 昭和45年1月15日 https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1970_01.pdf ”村づくり”新春座談会 高橋 倉俣地区においては、ヘツリの道路改良があり、さらに対岸への架橋問題もぜひ七〇年代に実現してもらいたい。 村長 県道については、倉俣のヘツリは隧道がよいか、スノーセットがよいか、よく検討してもらい、七〇年代にはぜひ実現に努力したい。 (コレは自動車用の道路改良の話?) 昭和60年2月10日 https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1985_02.pdf 錦糸町朝市で交流 一月十七日、倉俣のへっつりのトンネル内に貯蔵しておいたダイコンをはじめシメジ、ナメコ、モチなどの特産物をニトントラックとマイクロバスに満載して るくす | |||
| 51,961 | 2023-06-28 20:05:24 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| よく入れたな…。 | |||
| 51,960 | 2023-06-28 17:11:01 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| 50mの表記はよくトンネルで見かける入口からの距離表記に似てるけど、終点までの距離が無いから別物ですね。 | |||
| 51,958 | 2023-06-28 14:40:24 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| 表情的に「絶望する弱小冒険者」というより、弱小冒険者をトンネルの奥に迷い込ませるのに成功して(さてどう料理してやろうか…)と入口を塞いだサイコキラーか何かにしか見えないのですが…(笑)(もちろんこの直後に邪悪な笑みを浮かべる) | |||
| 51,957 | 2023-06-28 14:24:07 | /tunnel/kuramata/main2.html | 10 |
| カタカナの「ヘッツリ」で調べると、いくらかHITしますね。 昭和32年12月21日 新潟県 昭和32年 12月定例会 本会議 12月21日−委員長報告、採決、閉会−04号 https://ssp.kaigiroku.net/tenant/prefniigata/MinuteView.html?council_id=1111&schedule_id=5&is_search=true >第167号 県道田代越後田沢停車場線の雪中隧道開さく工亊施行に関する請願 昭和33年3月15日 なかさと https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1958_03.pdf >ヘツリに雪中燧道 >縣道田代−越後田沢停車場線の通称ヘツツリに、縣単事業として雪中隧道が三十三年度において開さくされることになつた。 昭和34年3月15日 なかさと https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1959_03.pdf >その他対外的な諸問題については、中部大同合併問題を始め、上越西線誘致、清津川総合開発、高田ー松之山−六日町線、十二峠開通問題、貝野堰堤通路橋、ヘツツリ雪中隧道、道豊里地区開拓不振事業等、今後益々研究を進め、出来る限りの努力を続けて行きたい考えであります。 1990年8月 高志路 https://dl.ndl.go.jp/pid/6062408/1/13 >セッチューズイドー >通称ヘッツリに。 昭和32年に県議会で請願が可決され、33年から「県単事業」として工事が始まったみたいですねぇ…… るくす | |||
| 51,955 | 2023-06-27 23:49:14 | /tunnel/kuramata/main.html | 10 |
| >この場所のストビュー画像は、2022年3月と2023年3月にも更新されており、そちらを見ると多分笑ってしまうので 前編見終わってからストビュー開いたらマジで笑っちゃいましたw | |||
| 51,951 | 2023-06-26 20:18:55 | /tunnel/kuramata/main.html | 10 |
| マジか!? | |||
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