http://yamaiga.com/tunnel/wareiwa/ の公開中コメント一覧

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コメント
53,2672024-01-06 07:21:21/tunnel/wareiwa/main3.html9
写真では、最初から高い位置にトンネルを設けた様子ですね。考えてみれば、大波が来ることもあるわけで、海面ぎりぎりの高さでは危険です。ずりを積み上げて道を上げた、ということでしょう。現在のトンネルの前に転がっていた岩も、トンネルを掘った時に出た岩だったのかもしれませんね。ある意味、貴重な岩かもしれない。
53,2662024-01-06 06:17:41/tunnel/wareiwa/main3.html10
最後の一文で私も満たされた気持ちになりました。
53,2652024-01-06 00:51:08/tunnel/wareiwa/main3.html10
この年末年始に石川県輪島市に帰省しており、被災しました。昆布森記事を見るまでは、今回の大地震が現実とは思えない複雑な気持ちを持っておりました。発災以降ずっとニュースを見ていたため、いま久しぶりにやまいがの世界に戻ってきて少し日常に戻れた気がしています。本当にありがとうございます。やまいがの趣旨とは少しズレるかもしれませんが、今回の奥能登地震で大きな地殻変動があり、海岸線が完全に変わってしまっております。地震当時は海沿いにいたわけではなかったので、津波後の引き波が影響しているのかと思っておりましたが、昨日の東京大学地震研究所の研究速報より大きな地面の隆起があったと結論付けられております。これだけ海岸線が変わってくると廃道ならぬ廃港がたくさん出てくると思われます。この災害が落ち着いたら、ぜひ能登地方もまた探索していただけたら幸いです。
53,2632024-01-05 19:17:08/tunnel/wareiwa/main2.html10
「古を知る者」とか「古の証言者」とかだとレジェンド感があってカッコいいと思うのですがどうでしょうか?
53,2622024-01-05 16:49:03/tunnel/wareiwa/main2.html9
割れ岩トンネルと海面の比高が結構大きいので地盤隆起があったのではないか(このあたりも大きな地震があるし)と思って軽くしらべてみました。

道東部は地質を見ると過去約2300年間に7回くらい急激な1m程度の隆起が起きている地域でしたが、最新の隆起が西暦1700年ころで、それ以降は目立った隆起はなく、少なくとも測量データがある明治以降は年10mmペースで地盤沈降が進んでいる地域ということが確認できました。

トンネルの前が崖なのは、言われる通り砂浜(この高さだと砂丘?)が無くなったのが正解っぽいです。
53,2582024-01-04 23:37:13/tunnel/wareiwa/main2.html10
すんごいファンタジー奇景をありがとうございました。餓狼伝説スペシャルなっっつかしー!
53,2572024-01-04 22:00:44/tunnel/wareiwa/main2.html10
1歳でも古老。
古老がいくつからかなんて決まっていないのだから筆者の自由。
唯一文句を言えるのは言われた当人のみ。
53,2562024-01-04 19:25:52/tunnel/wareiwa/main2.html9
https://www.youtube.com/watch?v=PPZmUpiQMDQ

11分30分以降にニュース映画から引用した当時の現地の写真があります。
53,2552024-01-04 13:23:05/tunnel/wareiwa/main2.html8
若古老
53,2542024-01-04 12:31:20/tunnel/wareiwa/main2.html10
元釧路人なので、あのあたりは何やら凄いらしいとは聞いていましたが、これほどとは。
以前の記事で、昆布森より東の十町瀬〜跡永賀のやはりこんな道の記録映像のリンクがありましたっけ。
53,2522024-01-04 10:57:14/tunnel/wareiwa/main2.html10
あぁ、なるほど、昨年8月の北海道新聞に記事が掲載されてたんですね……

https://www.google.com/search?q=site%3A%2F%2Fwww.hokkaido-np.co.jp%2F+%22%E5%89%B2%E3%82%8C%E5%B2%A9%22&sca_esv=595535496&rlz=1C1GCEB_enJP1033JP1033&sxsrf=AM9HkKlmaaW_-wvE906dQy9toG0bFWJggg%3A1704332514476&ei=4gyWZdzfHPDj2roPnPKG6AE&ved=0ahUKEwjc2OqwzcKDAxXwsVYBHRy5AR0Q4dUDCBA&uact=5&oq=site%3A%2F%2Fwww.hokkaido-np.co.jp%2F+%22%E5%89%B2%E3%82%8C%E5%B2%A9%22&gs_lp=Egxnd3Mtd2l6LXNlcnAiKXNpdGU6Ly93d3cuaG9ra2FpZG8tbnAuY28uanAvICLlibLjgozlsqkiSIgzUNEGWNcxcAJ4AJABAJgB0wGgAc0JqgEFMC45LjG4AQPIAQD4AQHCAgsQABiABBiiBBiwA8ICCxAAGIkFGKIEGLADwgIIEAAYiQUYogTCAgUQIRigAeIDBBgBIEGIBgGQBgM&sclient=gws-wiz-serp#vhid=93MjA2XqGICoGM&vssid=l

20年位前にも小さい記事が出てたようですが、地元の人以外は「知る人ぞ知る」状態だったんでしょうな……

https://www.hiroshimapeacemedia.jp/kikaku/photorelay/shoku/02091801.html

るくす
53,2512024-01-04 09:33:49/tunnel/wareiwa/main2.html10
既にご存じかもしれませんが、2002年中国新聞の記事にて当該隧道が出ています。依拠すると、通学用に掘られたようですから、100年モノの可能性もありますね。
53,2492024-01-04 07:40:47/tunnel/wareiwa/main2.html10
さすが北海道。圧倒的な絶壁の下に
人が蟻んこのように小さく見えます。
いいものを見せていただきました。
53,2482024-01-04 07:32:34/tunnel/wareiwa/main2.html10
飛び降りでケガをしなくて何よりです。
53,2462024-01-04 02:12:44/tunnel/wareiwa/main2.html10
1956年の「週案読売」にも記事が載ってました。
「小学生が掘った」話と、微妙に異なる部分がありますねぇ……工事主体とか工期とか……

書名:週刊読売
発売:1956-09

https://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?accessRestrictions=internet&accessRestrictions=ooc&accessRestrictions=inlibrary&collection=A00001&collection=A00002&collection=A00022&collection=A00003&collection=A00014&collection=A00015&collection=A00017&collection=A00016&collection=A00019&collection=A00121&collection=A00024&collection=A00152&collection=A00150&collection=A00173&collection=A00122&collection=A00162&collection=B00000&keyword=%E5%A3%B0%E6%8F%B4+%E8%B2%AB%E9%80%9A+%E5%90%8D%E3%81%B0%E3%81%8B%E3%82%8A&fullText=true&title=%E9%80%B1%E5%88%8A%E8%AA%AD%E5%A3%B2+=+The+Yomiuri+weekly+15(39);1956%E3%83%BB9%E3%83%BB9&eraType=S&publicationFrom=0030-00-00&identifierItem=ISBN&includeVolumeNum=true&pageNum=0&pageSize=100&sortKey=ISSUED_ASC&displayMode=list

目次:ニューズを追って 昆布森村の通学トンネル / 甘利記者

(峠道開削部省略)

もう一つの難所
ところで、この村にはもう一ヵ所難所があった。
本村から西へ海岸線を一キロほど行ったところに城山部落がある。
波打際の砂浜を通れば一キロの道のりで行きつけるのだが、この海岸線は波打際まで大きな岩山が突き出ているところがある。
城山から本村の学校へ通う子供たちや、役場へ行くおとなたちも、波の押しよせてくる合間の一瞬間をねらっては、ごくわずかな山すその海べりを走って通るしまつであった。
山の裏手を回れば二里のげわしい山道が続いているからであったが、波打際を走って通るのも、楽なことではない。
サッと波が引いた瞬間に走り出すのだが、(也正〓い?)五メートルも走ると、もうつぎの波が寄せてくる。
まごまごしていると波にさらわれるので危険このうえもない。
子供たちが波にさらわれかけたこともしばしばあった
一番よい方法は山すそにトンネルを掘って、近道を安全に通れるようにすることだ。
すでに村人の"団結の力"は試験ずみだった。
「よーし、おれたちの力でやろ(あ・・?)」
衆議もなにもない。
みんながやる気になっていた。
ことしの五月上旬、村人たちのトンネル工事がはじめられた。
岩石をけずり、人が通り抜けられるほどの穴をあけるのは容易なことではない。
みんなしろうとばかりの集りだ。
なれないながらも、トンチン、カンチンと小穴を掘り、ハッパをかけ、子供たちの声援に励まされて掘り進んだ。
そして三ヵ月、八月はじめに、ついに貫通した。
幅一間、おとながやっと立って歩けるほどの、名ばかりのトンネルだが、その数十メートルのトンネルは、安全に子供たちを送り迎えてくれる。もう波にさらわれる心配はない。親たちも安心して働いていられる。
「おれたちが小さいころは、自然の力に勝てるもんじゃアねえと思っていた。力を合わせれば、でっかいことが出来るもんだ」
老人の一人は、感概深げにこういうのだった。【地方部・甘利記者】

るくす
53,2452024-01-04 02:04:27/tunnel/wareiwa/main2.html10
北海道開拓の歴史は道南を除いてほぼ明治以降です。
 また、先住民のアイヌがかような隧道を掘ったというようなことも聞いたことがありません。
 一番可能性が高いのは、明治時代から戦前までの間の掘削だろうと思います。子供たちの通学のためとも考えられ、それを考慮すると明治以前はないと思われます       (F生)
53,2442024-01-03 22:11:55/tunnel/wareiwa/main2.html10
トリ専用隧道、トリさんが反応しそうですねw
お疲れ様でした
53,2422024-01-03 19:43:08/tunnel/wareiwa/main2.html10
「中学一年コース」の当該記事の名称は「岩にいどんだ一年半」だったので、やはり「割れ岩の貫通自体にかかった時間は2年弱」だったんですかね……?

http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/book/24191768.html#:~:text=%E5%85%AB%E6%9C%A8%E5%8B%87%20/%2080-,%E5%B2%A9%E3%81%AB%E3%81%84%E3%81%A9%E3%82%93%E3%81%A0%E4%B8%80%E5%B9%B4%E5%8D%8A,-/%20%E4%B8%89%E6%B5%A6%E6%AD%A3%E4%B9%85

当該記事の69コマを取得してみました。

こうして割岩にいどんで、かれこれ四ねんかつか月-三十年十月のことだ。両側からほられていったトンネルは、ついにポッカリ口をあけた。

「よかった。よかったなあ-」青年団員は、たがいに手をにぎりあい、かたをたたいて、こうよろこびあった。

さっそく子供たちが、集まってきた。

「わーい、トンネルができた」
「できたぞーッ、トンネルが!!」と、どの子も、キャツキャッとはしゃぎ、どうもんの中を、行ったりきたりした。

部落へ知らせに行った子供がいたのだろう。
まもなく、村の人人がぞくぞくやってきた、おそるおそるどうもんをくぐる村のとしよりたちは、「ヘエー、よくほったもんだ。えらい、えらい」と、目をまるくした。
きょうも、割岩の難所をつらぬいた、長さ四十メートルの通学トンネルは、こうしてみごとにできあがった。

きょうも、どうもんをくぐって生徒たちは楽しく通学する。
いまこの通学トンネルをくぐる子供たちは、毎日五十人ほどいる。
同じ割岩の難所なのだが、いまではズボンをまくったり、波の引けるのを待つひつようもなくなった。
トンネルを通るかぎり、波をかぶり、びしょぬれになる心配は、すこしもない。
みんなえがおで、元気いっぱ(???)苦もなく学校へ行けるのだ。

学校長の中沢勇太郎先生も、
「あのトンネルができるまで、しけの日や、うねりの高い冬の日は、学校の欠席率が、ひじょうに高かった。それがいまでは、毎日百パーセント近い登校率(?)
 トンネルの中は、広くなったところ、せまくなったところ、まがりくねっているところがあるが、そんなことはどうでもよい。
 子供たちにとって、無事に通れること、それがうれしくてたまらないのである。」
と、トンネルができる前をふりかえって、こうおっしゃっていた。
そして、どうもんができてから、郵便配達のおじさんが、自転車をおしてやってくる。買物かごをさげたおかあさんが、気がるに昆布森へでかけてゆく姿も見られるようになった。
「そうですな、いまでは四百人もトンネルを通りますかね」
高橋昆布森支所長はこう言っているから、この通学トンネルは、部落と部落をつなぐ、かけがえのない"動脈"ともなっているわけである。
この通学トンネルの開通にしげきさ(れたのか?)村では、近く昆布森の山腹から、西部落へまっすぐにつながる、二百メートルほどのトンネル工事を始めるといっている。
西部落の人たちが、沖に出てとるコンブを、いそ舟で昆布村へ運んでいた、いままでの不便を解決し、りっぱな産業道路にしようというプランである。

(おわり)

<ニュース·ストーリー>岩にいどんだ一年半 昆布森の雪げしき。

るくす
53,2412024-01-03 18:21:49/tunnel/wareiwa/main2.html10
古老…先達…先人…先輩…現役時代を知る証人…生き証人
ニュアンスが難しい。
いっそ、単語をつくりますか!
ところで無事だから良かったですが、柔らかいと思って飛び降りたら頂点が薄くて岩が直撃、という事態もあるので御安全に(似た事態経験あり、尾てい骨が当たってすんげぇ痛かった)。
53,2402024-01-03 16:34:17/tunnel/wareiwa/main2.html10
ってことは、正面の小さな岩に穿ってある穴は小トンネル?
5m下がった外海の荒波を考えれば上だよね?
53,2392024-01-03 15:03:16/tunnel/wareiwa/main2.html10
終始岩の割れ目をトレースした隧道のようですね。
53,2372024-01-03 11:34:55/tunnel/wareiwa/main2.html9
古老という表現、60歳の方に使うには私も違和感がありますが、ヨッキさんの語る理由を聞くと悪くないとも思えます。失礼かどうかは外野が口を出すことではないですから、これからもご自身の判断でよいのでは?
53,2362024-01-03 10:02:45/tunnel/wareiwa/main2.html10
昆布をクッションに飛び降り…人生で二度とない体験でしょうなw
東口の先もまた人跡未踏みたいな景色、ここが旧道と知らなかったら普通に回れ右しそうです。

ところで前編のレポですが、古老を先達に変更されたんですね。
個人的には先達と言われると学問とか芸能とか、何か特定の分野の先輩や指導者のイメージが湧いてしまうので
あまりしっくり来ない気がします(まぁ人生の先輩と言ったらそうなんですが…)。
正直、やっぱり古老が一番ふさわしいんじゃないでしょうか。その土地に長くお住まいで、昔の出来事にも詳しい方ならなおさらです。
53,2302024-01-02 16:38:32/tunnel/wareiwa/main.html10
ヨッキ氏の登攀能力を垣間見ました。素人目には無理そうに見えます。そして後退という言葉を聞くと頭皮が涼しく感じると共に、心にも寂しさが到来します。
53,2232024-01-02 00:02:19/tunnel/wareiwa/main.html10
1958年に学研から出版された「中学一年コース」には、4ページほど使って詳しく掲載されてるようですね。
「国立国会図書館内限定」なので、WEB経由で読める箇所は断片的ですが……

https://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?accessRestrictions=internet&accessRestrictions=ooc&accessRestrictions=inlibrary&collection=A00001&collection=A00002&collection=A00022&collection=A00003&collection=A00014&collection=A00015&collection=A00017&collection=A00016&collection=A00019&collection=A00121&collection=A00024&collection=A00152&collection=A00150&collection=A00173&collection=A00122&collection=A00162&collection=B00000&keyword=%E6%98%86%E5%B8%83%E6%A3%AE+%E5%89%B2%E5%B2%A9+%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB&fullText=true&title=%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E4%B8%80%E5%B9%B4%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9+2(1)&eraType=AD&identifierItem=ISBN&includeVolumeNum=true&pageNum=0&pageSize=100&sortKey=ISSUED_ASC&displayMode=list

>割岩にいどんで、かれこれ四ねん(たった?)三十年十月のことだ。
>両側からほられていったトンネルは、ついにポッカリ口をあけた。

こちらの記載では工事に4年かかって、トンネルの貫通は昭和30年10月になっていますね……

るくす
53,2222024-01-01 23:34:56/tunnel/wareiwa/main.html10
「ACCHOROBETSU/アッチョロベツ」としっかり書いてあるのを見落として間違いですねえなんて講釈垂れるとは新年早々なんつうブーメランだ
53,2212024-01-01 23:31:07/tunnel/wareiwa/main.html10
国会図書館DLに、このトンネルの由来と思われる記述がありますね。

書名:心のかがり火 : 道徳教材説話集
出版:1958
https://dl.ndl.go.jp/pid/3046924/1/8
>小学生が掘った通学トンネル

昭和29年の事故をきっかけとして小学生自身が掘り始めて大人も手伝うようになり、2年弱で掘り抜いたそうですが……すごい話ですねぇ……

るくす
53,2202024-01-01 21:43:36/tunnel/wareiwa/main.html9
いつも楽しく読ませていただいております。
大晦日まで更新をありがとうございます。
60代は古い老人ではないですけど、「古老」は、山いが内での語義ですね。
看板の「嬰寄別」の下に、アッチョロベツ、と記されていますね。アイヌ語の語源を上段に、現在のカナ表記を下段に示した親切な看板ですね。
続きを楽しみにしております。
53,2192024-01-01 18:58:44/tunnel/wareiwa/main.html9
かんばんのルビですが「アッチョロベツ」じゃなく「アッ・ホロ・ペッ」ですよね。
単に確認し忘れたんでしょうが、掲載する前にしっかり「校正」しましょう。
「砂浜の侵食」もあるのでしょうが「地盤の隆起」も考えられるのではないでしょうか?
実際我が安房地域は、大地震の度に隆起しています。
旧千倉町南部や旧白浜町には「元禄地震」「関東大震災」の隆起跡が見られる場所かまあるそうです。
続きと机上調査編(予測変換の最初が「騎乗調査編」になってた(笑))を楽しみにしてます。
53,2182024-01-01 18:23:08/tunnel/wareiwa/main.html5
60歳の女性に古老は失礼

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