今回は、今まで当サイトで取り上げたことはないと思うが、実は私が大好きだというテーマをやりたいと思う。
そのテーマとは…
実現しなかった道路構想。
未成道に近いが、未成道といえば通常は、途中まで実際に建設されて、それでも完成しなかったものを指す。
今回取り上げるのはそうではなく、本当に構想だけで1mも建設がされず、かつ、構想自体も既に過去のものになってしまった、そんな「非現実道路」である。
道は存在しない=必然的に現地探索が成立し辛いので、基本的には机上レポートとなる。
別にネタ切れではないのだが、今後はこうした構想だけで消えてしまった道も、積極的に取り上げていきたいと思っている。
ただ、今回の道もまさにそうなのだが、基本的にこの手のネタを知るためには、古い新聞記事など、かなり目立たない情報に頼る必要がある。
なので、皆さまからの情報提供に今まで以上に頼る必要があると感じている。
皆さま何卒、「構想だけで終わった」道についての情報も、当サイト宛にお寄せいただきたい(情報提供フォーム)。これは私の大好物である。
今回取り上げるのは、太平山トンネル構想である。
数年前に秋田県の地方紙である魁新報のバックナンバーを検索していて見つけたもので、今のところはここに掲載した1枚の記事―昭和59(1984)年1月7日(土)夕刊―の他に情報は無い。
少なくとも魁の紙面には、これ以降採り上げられなかったようである。
こうしたことから、おそらく短期間で実現性が消えた泡沫のような構想だったと思われるのだが、とはいえ県民の講読率が極めて高い魁新報の夕刊1面に大きな紙面が割かれており、もし実現していれば、県の交通網を刷新しうるほどの大規模な構想である。
とりあえず、見出しの文字を拾えば構想の大まかな方向性は見えるだろう。
「太平山にトンネル構想」
「秋田市―阿仁地区を直結」
「関係市町村 59年度に促進協」
「経済活性化狙う」
などとあり、従来は太平山に阻まれ県都秋田市からの交通が不便な阿仁町(現北秋田市阿仁)に直行するトンネルの構想である。
そして、秋田県の現実の道路網を知っている人間であれば、一緒に掲載されている1枚の地図を見るだけで、構想のあまりの大きさと大胆さに驚嘆するはずである。
私はまさにそうだった。
…ご覧頂こう。
これ、スゲー構想だったぞ!→→→
秋田県の道路網に疎い方にも後ほどちゃんと説明するが、まずは(元)県民としての驚きを先に共有したい。
なんといっても驚くべきは、そのスタート地点である。
県都秋田市の中でも一番の袋小路であり、特定の目的(登山か山仕事か森林鉄道探索)を持った者以外はまず訪れる事が無い、秋田市最大の秘境と言える「仁別国民の森」の奥に長大なトンネルを穿ち、秋田市民ならば誰もが眺める太平山の土手っ腹を貫通。そして前出の「国民の森」など可愛く思える程の徹底的な秘境地帯(多分県民の中でも訪れたことがある人は0.001%以下)である萩形ダムより上流の「奥萩形」を走行し、さらにもう一発の長大トンネルで太平山地の残る稜線を貫き、阿仁町の比立内の近くへ出るという構想ルートである。
県民であれば上の説明だけでもう、この構想の壮大さ、前代未聞さが、お分かり頂けたと思う。
それでは、記事の内容を読んでみよう。
私の解説抜きで記事そのものを読みたい方は、こちらからどうぞ。
秋田市・太平山にトンネルを掘り、同市と阿仁地区を道路で直結、産業経済の活性化を図ろうという試みが、秋田市、河辺町、五城目町、上小阿仁村、阿仁町の協力で進められようとしている。既存林道を整備して従来ルートの大幅短縮を図る計画で、完成すれば秋田―阿仁間は約30キロ、五十分短縮される。既に関係市町村の担当課長会議が昨年末に発足、実現へ向けて始動した。五十九年度には秋田―阿仁短絡線建設促進協議会(仮称)を設置、さらに計画を詰めるとともに、県事業に採択するよう強く働きかける。
これが記事の冒頭の章である。
この“短絡線”が開通すれば、秋田市―阿仁間が従来よりも距離で30km、時間で50分短縮されると書いてある。
当時の最短ルート(国道)を選ぶと、この間は約85kmあり、とても遠い。
そこから30kmも短縮されるのならば、こいつは事件だ!
続いては、構想ルートについての記事を拾ってみよう。
現在考えられている計画ルートは、秋田市中心部―仁別旭又(秋田市)―萩形(上小阿仁村)―鳥坂林道(阿仁町)―笑内(おかしない)(同)地内国道105号線までの総延長55km。このうち未開通部分9kmを除く部分はほとんどが林道で、国有林地内が多い。未開通部分の仁別旭又―トマの沢林道終点(上小阿仁村)4km区間と萩形ダム樽沢林道終点(同)―鳥坂林道終点(阿仁町)5km区間はいずれも山岳地帯のため、トンネルで直結する考え。特に仁別旭又―トマの沢林道間のトンネル直結は北秋田郡と秋田市の直接交流を阻んでいた太平山の横腹をぶち抜くことになり、関係市町村の期待は大きい。
上記の記事のルートを図示したのが右図である。
各地にある既存の林道を最大限に利用し、新設区間は基本的にトンネルで直結する構想であったようだ。
新設区間が全てトンネルということはさすがに無いだろうが、その場合は約4kmと約5kmの2本のトンネルが出現する事になったはずで、これらは秋田県内に存在する道路トンネルのどれよりも長い。
続いて記事は、完成した場合のメリットについて次のように述べている。
短絡道路が実現すれば、秋田―阿仁間の所用時間は車で1時間20分。既存路線と比較した場合、一番利用の多い五城目町経由の2時間10分が50分間短縮できるほか、河辺町起点の河北林道を利用した1時間50分よりも30分早くつく。さらに冬季、除雪を徹底し通年通行を確保すれば、県都と北秋をつなぐ幹線道路となりうる。また、森吉町の森吉山、太平湖と秋田市の太平山、仁別などの観光資源と結びつけた観光ルートとしての期待もひろがっている。
まさにバラ色の待望路線のように見えるが、やはり問題は実現性にあるわけで、記事はこのように結んでいる。
ただ、計画は事業主体や事業費、事業着手・完成時期などすべて未定。財政難―公共事業抑制の折だけに現段階では構想の域を出ていない。58年度事業で秋田市が現地調査による道路開設可能性調査を行ったにすぎない。しかし、関係市町村では県単事業として実施してもらえるよう、関係市町村長や市町村議長などで構成する建設促進協議会を設置して県に働きかける意向。現在、協議会設置へ向けた準備は着々と進められており、本年度内に担当課長会議で煮詰める。秋田市の石井仁・商工観光課長は「北秋地区からみれば、秋田市が通勤可能圏に入るほか、人的交流、経済交流が促進できる。秋田市からみれば、仁別を中心とした太平山ろくの観光開発に拍車がかかる。ぜひ実現させたい」と意欲的だ。
…で、実現はしなかったと。そういうわけである。
実現しなかった理由は不明だが、秋田市と北秋を結ぶルートは、国道285号の整備が年々着々と進められ、現在では理想的な2車線道路がほぼ出来上がっている。
また、阿仁への短絡ルートも、本構想よりはだいぶ小ぶりではあるが、国道285号に連絡する県道214号福舘阿仁前田線(くまげらエコーライン)が整備された事で、とりあえず70km台で阿仁へ行けるようになった。時間帯にもよるが、本構想が掲げる1時間20分での移動は既に可能である。(本構想のルートは、ちゃんと整備してあれば1時間以内でも移動出来そうだが…笑)
この構想について分かっていることは以上であるが、最後に、構想に関係があった土地の最近の風景を眺めて頂こう。
どこも行きにくい場所ばかりである(苦笑)。
秋田市中心部からスタートした構想路線は、県道秋田八郎潟線で仁別に至り、そこから仁別林道を経由し、その終点の旭又に至る。
ここは太平山の最もメジャーな登山口で、それなりに整備されているが、それでも「林道としては」というレベルである。
秋田市中心部からの距離は約25kmあり、前半の県道部分は普通の2車線舗装路だが、仁別林道(約10km)は狭くカーブも多く部分的に未舗装である。もちろん冬期は閉鎖される。
したがって、この旭又から長大な「1号トンネル」で北秋田郡に抜けたとしても、そのままでは夏場しか利用できない。
仁別林道の抜本的改修は2015年現在も全く話が聞こえないし、大変な工事になるだろう。
ゆえに仁別は秋田市の奥座敷的魅力を残しているのだが、とにかくこの構想は秋田市内から既に前途多難であったと思う。
なお、旭又ではこんな探索をしたことがある(右写真もその時のもの)
これらは平成12(2000)年に撮影したトマの沢付近の林道風景である。
見ての通りの廃道状態で、まともに走行できる状況では無かった。
しかも、ここは上小阿仁村の一番奥の集落から15kmくらい奥で(国道からは25kmくらい奥)、途中からは砂利道だし、一般車通行止めのゲートもあるしで、滅多に人の訪れないエリアである。
地図を見れば、確かにこの奥萩形から旭又へは直線距離で4kmしか離れていない。
だが、まさかここにトンネルの構想が存在したなど、考えた事は無かった。
それくらい既存の交通網から途絶した、袋小路中の袋小路なのである。
トマの沢林道と樽沢林道の分岐地点に立っていた太平山登山道の案内板。
当時からすでにトマの沢林道は車道としては使われておらず、熱心な太平山マニアが稀に辿る登山道としてだけ存在していた。
この分岐からトマの沢までは8.9kmもあり、この間は全て廃道状態だったが、構想路線のルートそのものである。
「既存林道を利用する」ことが、実際には新規路線開設と大差の無い絵空事であった事が伺える。
こちらは(→)、第2のトンネルが予定されていた樽沢林道終点付近の風景。
樽沢林道は廃道ではなかったが、下界からアクセスしづらい度合いではトマの沢と大差なく、お陰でこの2000年の探索以来一度も行けていない。
ちなみに、これらの林道はいずれも昭和40年頃までは森林鉄道であったところを転用している。
景色と水は抜群に良いが、とても秋田市から車が乗り込んでくるような場所ではなかった。
もちろん、こちらも完全な袋小路である。
これらは平成21(2009)年に撮影した鳥坂林道の風景である。
(右側の写真は鳥坂林道の旧道である廃橋で、以前にレポートした)
未だ鳥坂林道の奥地には行った事が無いが、麓の起点から全線未舗装で、おそらく5kmほど奥が「第2トンネル」の構想地であろうが、そこまでを一般道として整備するのも大変なことだと思う。
ちなみに、構想路線のゴールである国道105号は2車線舗装路で変な道ではないが、基本的には閑散路線で、その大改良として構想されている地域高規格道路の候補路線(大曲鷹巣道路)も全く計画は進んでいない。
まあ、もしいつか秋田県内で冬季オリンピックでも行われる日が来れば、再びこの構想が日の目を見る可能性も、全くゼロでは無いのかもね…。
それと、もしこの構想が実現していたら、中途半端に実現したものの余り活用されていない、北秋田市と仙北市を結ぶ「ブナ森トンネル」(位置)も、遙かに役立つ存在になっていたことでしょうな。
by ミニレポ君
完結。