廃線レポート 中津川発電所工事用電気軌道 反里口〜穴藤 第4回

公開日 2021.08.09
探索日 2020.05.09
所在地 新潟県津南町

 第一隧道(仮称)南口捜索


2020/5/9 7:12 《現在地》

pop氏よ、見てくれているか!! 私はやったぞ!
あなたが見つけてくれた隧道を、窮めたぞ!
そんな誇らしい気持ちを胸に地上へ戻った私は、すぐさま次なる行動を開始。
隧道北口のすぐ下の斜面を降りて、80分ぶりに写真の町道分岐地点へ帰還した。

大きなことをやり遂げたような達成感が既にあるが、今回踏破すべき軌道跡は、距離のうえでまだ始まったばかりである。
直前の隧道は、その位置と長さの両面から、かつて秋山郷の入口に控える門戸という役割を果たしたであろうが、閉塞が確認された以上、これを迂回して郷中の最初の集落“穴藤”を目指す必要がある。
距離的には、中津川に沿ってあと2.5km遡ったところが穴藤だ。



上の写真の撮影位置から、下ってきた斜面を振り返って撮影した。

ほぼ河原の高さにある町道と、山腹を横切る軌道跡の落差は、この地点でおおよそ20mほど。
場所が分かっていれば到達は容易いが、草が生い茂っている季節では、下から見ても全然存在が感じられない。
特に隧道は少し奥まっているので、見える位置になかった。

これから、隧道を迂回して、河原の町道を上流へ向かう。
pop氏も確認していない南口の捜索発見が、次のタスクだ。
簡単に見つかってくれると有難いが、先ほど目にした無残な洞内閉塞が北口と思われる以上、おそらく無事な状況にはないだろう。覚悟が必要だ。

自転車……。読者諸兄はその行方なんてあまり気にされないと思うが、私の自転車は6:13に現在地の200mほど下流の町道上に乗り捨てられたままである。
回収に戻ることも考えたが、この先どうせまた乗り捨てる展開になる予感がするので、このまま歩いて上流へ向かうことにした(もちろん探索後に回収した)。




凄い。

工事用軌道が隧道で突破していた尾根を、川べりのスレスレを明かりで通過する町道からの眺めは、

「石落し」と呼ばれている中津川対岸の落差300mにもおよぶ大断崖を一望する、圧巻の絶景だった。

観光ガイドには見玉の展望台から眺めると書かれているが、この谷底からの眺めの方が凄いじゃないか?


しかし、私が真に見るべきものは、別にある。



これは写真中央付近を拡大した画像だが、

ここに横たわる、対岸の崖と比べれば遙かに可愛らしい尾根は、

第二隧道(仮称)の擬定地点である。

あの尾根の向こう側が穴藤集落だ。そこにある発電用鉄管路の頭が尾根越しに見えている。

これは今後の展開を占う重要な眺望だ。果たして第二隧道は実在するのか。



新旧地形図をもう一度見較べてみよう。

だが、地形が違いすぎて合わない!

特に、昭和26年の地形図が2本目の隧道を描いている辺りの地形が、いまとはまるで違っている。
これはさすがに地形が変化したというよりは、古い地形図の測量が不正確だったのだと思う。
集落周辺は当時からかなり正確に描かれているのであって、いかに中津川の谷底が
人跡稀な秘境であったかが窺える不正確さといえるだろう。

それでも無理矢理に現在の地形図と合わせようとした結果、
2本目の隧道の位置は前述した尾根であると推定して、この探索に臨んだ。



同一地点からもう1枚。これは下流方向を振り返って眺めだ。
上流と比べればとても解放的で明るい眺めに、大河の下流を感じる。
反里口集落とその下流の集落が、同じ河岸段丘面上に綺麗に並んでいるのがよく見えた。

軌道は、起点付近の釜落しにあったインクラインで反里口がある段丘面に乗り、
反里口を出てからも同じ高さをキープしたまま、現在地の第一隧道(仮称)へ至り、
徐々に河底の勾配に追い上げられつつも、最後まで軌道らしい緩やかさを維持して、
穴藤まで達していた模様である。(そこで河床に追いつかれ、穴藤の大インクラインで再び突き放す)



7:14 《現在地》

第一隧道北口直下より200mほど、川べりの町道を前進した。
町道は依然として見通しも良く河原を直進していくが、気になるのは隧道北口の行方だ。
どんなところにあるのか全く情報がないが、距離的にはそろそろあってもおかしくない。

そんなことを思いながら、隧道が潜る尾根の先端部が中津川に削られて出来た険しい斜面を見上げていると…… そこが大きな崩壊地になっていることが分かった。

分岐地点にあった工事用モノレールは、この崩壊地の上に至るものであり、この崖の崩壊を抑える工事が現在進行形で行われていたのである。
ほぼ1年前にpop氏が訪れた際、南口へ近づけなかったのも、この工事のためであったと思う。(今日はGW中のせいか工事が行われていなかった)



おそらく川沿いの町道もこの崩落に巻き込まれたことがあるようで、辺りが荒れて見えるのはそのせいだろう。
暴れ川と崩壊した崖に挟撃される立地は、広々とした眺望とは裏腹に危険な町道なのである。

しかし問題は町道ではなく、隧道南口である。

あの【閉塞壁】には、地表の大規模崩壊に巻き込まれている感じがあった。
天井が強い圧力で押しつぶされ、そこから水気を強く含む瓦礫がなだれ込んできていた。
あの圧壊の状況と、ここから見上げた巨大な崩壊地は、符合している。

北口は町道から20mほど高い位置に存在していた。
南口もほぼ同じ高さにあるはずだが、ちょうどここから20mくらい上に、工事用道路らしき平場が見えた。それが軌道跡かもしれない。
南口擬定地は、おそらくこの治山工事現場に呑まれている!



7:18 《現在地》

状況的に、南口の現存が絶望的であることは理解したが、一縷の望みをかけ、擬定地へ通じる工事用道路へアプローチした。

結果は駄目でもいい、私の納得のいくものを見せてくれ!




工事用道路の行き止まりまですんなり到達。
ここまで入口から100mくらいだったが、気になる点は何もなし。
最近作られたらしき砂利敷きの綺麗な車道だった。

で、道はここですっぱりと終わっていて、その先には急なゲレンデのような草と土の斜面が広がっている。
全体がお椀状に凹んだ一目瞭然の地すべり跡地だ。
そして、ここが北口の擬定地となる。

残念だが、やはり開口の望みなしと判断して間違いないだろう。




私がここへ辿り着いたとき、一頭の大きなカモシカが、道の行き止まりの先に佇んでいた。

彼は私を見ると、走り去るわけでもなく、ゆっくりと姿勢を変えて、

斜面のある一点に視線を向けて固まっていた。

その古老然とした風格に、言葉以上の何かを感じとった私は、その視線の先へ行ってみた。



うん。

ここに埋れてそう。

冗談抜きで、確かにここだと私は感じた。
斜面の傾斜にわずかながら作為を感じた。
それは北口を取り囲む傾斜の再現のように感じた。

感じた。 感じた。 感じた。

答えは分からないが、ここが大規模に崩れたのは数年以内のことだと思う。
わずか数年前まで90年近い長時間、隧道は貫通を維持していたのではないだろうか。

惜しかったと思う。



7:21 《現在地》

私は今、【閉塞壁】から10m以内の至近にいると思う。
この位置を南口と特定したことで、隧道の全長は180〜200mと計算できた。
工事用軌道という短期間利用を前提とした隧道としては、驚くに値する長さだと思う。
現在の町道は河原まで降りることで隧道を使わずこの尾根を越えているが、高度を保ったまま尾根を越えたかった軌道にとって、この長さの隧道は必須だったのだろう。

続いては、この南口跡地を起点に軌道跡を辿っていこうと思うが、とりあえず直近の軌道跡は、斜面の崩壊や工事用道路の造成によって地形が変わっているせいか判然としない。何か見いだせるまでは、工事用道路を進もう。




うんうん……。

微かにだけど、平場の存在が感じられる。

南口と同じ高さに、山腹の傾斜が緩い部分が続いているのである。
先に探索した北口へ続く軌道跡も、このような緩斜面と化している部分が多くあった。
おそらくこれが、地形に溶け込みつつある軌道跡終末期の景色とみて良いと思う。

正直、あまりにも外観が緩慢で、藪も深く、歩いてみたい気にはならなかったので、引き続き町道を迂回して進むことにする。





歩かなくても分かる、このダルさ。

いまだかつて、この緩慢な斜面に描かれた微妙な平場の正体を、
電気軌道の跡であると喝破した余所者が、どれほどいたであろう。

依然として町道より10m以上高い位置に軌道跡は続いているが、だいぶ近づいている。
それなのに、軌道跡を町道として再利用しようという意識は全く感じられない。
道路と鉄道、由来が異なる道同士の隠しきれない余所余所しさを感じる。

ところで、写真の奥で町道が“コンクリートの壁”を迂回するようにカーブしているが…



そこには、かつて見たことがないほど長い砂防ダムがあった!

砂防ダムの特徴的な両袖の盛り上がった部分がなければ、おそらく存在に気付かなかったと思う。

(→)
袖に埋め込まれた砂防ダムお馴染みの銘板には、「牛首砂防ダム」の名が。
昭和54年の完成。
堤高は、たった6m。
しかし、延長が210mもあるという。
これ一基で中津川の広い川幅をカバーしている。
(もしかしたら日本有数の幅を持つ砂防ダムなのではないかと思って調べてみたが、日本最大幅は870mもあるというから恐ろしい。)

で、この牛首砂防ダムを越えると……




7:28 《現在地》

町道のゴールである重要施設に到着!

“牛首”のすぐ上には、“頭首工”が待っていた。

現役道路による探索サポートはここで終了。

これより上流、穴藤までは無人の谷となる。

もう、軌道跡を歩くことから、逃げられない…!