2014/6/2 7:13 《現在地》
西赤尾の県道終点より約10kmの上り坂に自転車で2時間40分を要し、ようやく辿り着いた全線最高地点のブナオ峠(974m)。
県道福光上平線の攻略上、最も問題となる区間が、この先である。
探索を行った2014年当時、ブナオ峠から先は通年通行止の区間とされていた。
(これを執筆している2024年現在は、加えてここまで登ってきた西赤尾〜ブナオ峠区間も通年通行止)
2014年当時の規制内容のアナウンスを今日確認することは出来なかったが、2024年現在(県管理道路の通行規制状況による)では南砺市中河内〜同市ブナオ峠の8.0kmが規制区間とされており、おそらく2014年も同様だったと思われる。
なお、規制区間の起点とされている南砺市中河内という地名だが、これは最近の道路地図にも地理院地図にも全く見えない。
が、ネット上には小矢部川沿い刀利ダム上流、南砺市大字刀利に同名の廃村(ダムによる離村集落)があった記録が見られ、同様の経緯で無人となった下小屋と共に、おおよその場所が判明している(上の地図にその位置を記載済み)。
標高974mのブナオ峠に対し、中河内は標高370mほどの場所にあり、概ね西赤尾に近い標高である。
また、ブナオ峠から中河内までの距離だが、地図上での計測でおおよそ10kmである。これも西赤尾から登ってきた距離にほぼ等しい。
なお、県道は中河内からさらに刀利ダムの湖畔を進み、約6km先の刀利ダム脇が起点である。そこが本探索の目的地であり、ブナオ峠から約16kmの距離である。
このように、まだまだ先は恐ろしく長いのであるが、長いといっても、この手の道路探索を経験している人でなければ、10kmなら高速道路で6分程度という認識かも知れない。
なので、長さを感じやすい地図を用意した(↓)。
ね? 長いでしょ?
地図の下端にある「現在地」ブナオ峠から、上端附近の中河内まで、前述の通り約10kmの道のりだ。
県道は、ブナオ峠附近を源流とする一級河川小矢部川を水先案内として下って行く。
全長40kmで1000m近い高度差を駆け下って日本海へ流れ込む日本屈指の急流河川にして脅威の暴れ川だったこの川を鎮めるべく、刀利ダムが誕生し、代償として刀利谷と総称された川沿いの5つの集落が消滅している。
県道は、渓谷と廃村の跡を辿って下っていく。
それでは、出発しよう!
10:00 ブナオ峠の封鎖バリケードを跨いで出発。
バリケードを過ぎても舗装はあり、道幅も変っていないように見えた。
だが、路面状況は一気に悪化した。
山道の路面というのは、数年も掃除しなければ、落葉や木片や流入土砂で埋没していくのが普通だ。
片づけられなかった堆積物は、やがて土となって舗装を覆い、そこに草が生え、樹木が育って森へと還っていく。これが廃道化の平穏な経過だ。
そんな道をこれまで無数に(本当に無数に)見てきた私にとって、通行規制中とはいえ法的にはまだ生きた道(=供用中)であるこの県道の状況は、生きたまま廃道化していく第一歩と見えた。
まだ“第一歩”であるのは、確認できた通行記録上、早くとも2000年代のはじめ頃、すなわち十年かそこら前までは封鎖されていなかったとみられるせいだ。
名残を惜しんで、峠の車を何度も振り返ってみた。
読者は、さっさと先を見せろと思っているだろうが、探索者は感情を持つ生身である。
ちょっとだけ自分の身に置き換えてみんなも考えて欲しい。
3時間近く麓から登ってきた山奥のバリケードを突破し、そこから8kmは続くとみられる廃道化の進んでいそうな道へ独り下り込んでいく心境を。
特に自転車にとって、下って行く廃道ほど気の重いものはない。
これまでの経験上も、下り着いた果てが行き止まりのため一転して上り返しに苦しんだり、自転車ではどうしても越せない難所に行き着いた結果、その扱いに苦悶したりと、嫌な記憶がたくさんあるのだ。
まあ、本当に下りが嫌なら逆コースでの探索も選択できたのに、色々考えてこうしたのは自分の決定であったが。
だから覚悟を決めて進みますけど!
10:01
最初のカーブ(左カーブだった)を過ぎると、もう振り返っても峠は見えない。
路面の舗装が無ければ既に一面緑であったろうが、多少腐っても舗装された下り坂だ。自転車の大好物である。ここからは足の仕事は少なくなり、ハンドルとブレーキ操作という手の仕事が大半になるだろう。
そうであってくれ。乗車のまま進めないような大きな荒廃が現れないで欲しい。
10:02
倒木出現。
まあ、10年以上も未整備なら、ある程度の倒木はあって当然だな。自転車から降りて潜った。
10:03
残雪出現。
いや〜〜、あるもんだねぇ。
探索日は6月2日である。あるもんだねぇ……。
さすがは北陸の名にし負う豪雪地。かつて麓の中河内集落が有人であったころは、そこでも例年4m近い積雪をみたというが…。
残雪さん、どうか今日はお手柔らかにお願いしますよ……。
10:05 《現在地》
5分で500mほど進み、標高は940m附近。
ここに小さく2度切り返す九十九折りがある。
写真でも、切り返した先の道が右手に見える。
そして、この切り返しを合図と定めたかのように、道は急速に下り始める。
下りに身を任せて進めば、引き返すという形の生還は遠くなる。
こうして背負う緊張感は、突破の確信が持てるまでは進むほど蓄積する。
10:07
2度目に切り返したところで、始めて小矢部川の方向に眺望を得た。
峠からは得られなかった、この標高に相応しい広い眺めだ。
おそらく空気の澄んでいる状況なら、日本海や能登半島まで見えたであろうが、今日は明るすぎるのか下界が見えなかった。
なお、この場所から見る行く手の谷や山は険しくないが、実際に近寄ってみた現実との差異は、しばしば遭難者が谷に下りて窮する典型であった。
道がなければ絶対に辿れない谷が、いくらでも待ち受けていた。
10:08
峠から約900mの地点で、下り始めて最初の水が流れる谷と遭遇した。
小矢部川の源流となっている谷の一つで、清澄な雪代が白糸のように奔っていた。
地図上では名前はおろか水線も描かれていない沢だが、富山県GISサイトで公開されている道路台帳によると、「コワシヨズ谷」の名がある。
そして道は橋ではなく、暗渠で横断している。
なお、沢名はおそらく台帳の誤りで、本当なら強清水(こわしみず)沢であろう。
強清水はその字の如く、勢いの強い清水のことである。
眼前の光景ぞまさしく、だった。
道路台帳の「コワシヨズ」は「コワシミズ(強清水)」の誤記だと判断した私だが、読者様のコメントで、北陸地方では清水を「しょうず」と発音するので、「コワシヨズ」は「コワショウズ」なのではないかという内容のものが複数あった。確かに、塩硝街道の金沢側起点である加賀藩塩硝蔵が置かれた現在の金沢市土清水は、かつて「つちしょうず」と読まれていたし、福井県にあるJR越美北線の小和清水駅の読みは「こわしょうず」である。したがってここでも強清水谷と書いて「こわしょうずさわ」と読むのが正解で、これが「コワシヨズ」と表記されたものと考えを改めたい。
10:09
うおっ! 小熊かと思ってめっちゃ焦った!
誰かが置いていったパンパンのリュックサックじゃねーか!!
つうか、この光沢さえ放つベテラン道具の佇まいは、プロの山菜採りの持ち物に違いない!
さては、峠のど真ん中に止まっていた車の主だな。
この時周囲に人の気配は感じなかったが、収穫物を一度デポして強清水谷にでも足を伸ばしていたのだろう。
私も探索中たまに荷物のデポをしているので、廃道ならではの無警戒なデポっぷりに親近感が湧いた。
いや、ほんと正体分かって安堵したが、マジでまるまる太った小熊に見えたからね(苦笑)。
10:10
単なる通過地点だけど、とても綺麗な私好みの廃道風景だったんで、止まってパチリ。
廃道に旬というのも変な話だが、あるんだよな、廃道探索の頃合いというのが間違いなく。
それも、自転車での頃合いと、徒歩でも頃合いは違う。
現状は、ちょうどMTB探索の旬のように感じられた。
まあ、この良い印象が最後まで変らないでいられるかは、まだ分からないけど。いまのところ凄くいい!
こういうのでいいんだよこういうので。
2014/6/2 10:12 《現在地》
峠から約1.2km、前方の地形が急速急激に険悪化した。
気付けば絶壁の界隈にいた。
大袈裟ではなく、あっという間に踏み込んでいた。
しかも、行く手には緑が破れて灰色の土石を露出させた崩壊地が垣間見えている。
コンクリートの吹付けで抗ってはいるが、明らかに決壊している。
直下にあるべき道の状況が憂慮されるが、その路面はカーブと緑に阻まれてまだ見えない。
ドーーーー!!!
そしてこの険しさは、視覚と同時に聴覚にも訴えてきた。
前方から、先ほどの穏やかな谷(強清水谷)とは比べものにならない激しい水の音が聞こえている。
次の谷の実態が滝であることは、確定的だった。
遭遇! 小矢部川源流、不動滝谷(ふどうだきだん)の険!
不動滝谷を目前にして、路肩は目の眩む急斜面に臨んでいる。
ガードレールはなく、所々に控え目な高さのコンクリート製駒止があるだけで、景色の風通しがあまりにも良い。
駒止は雪崩や土砂崩れで壊されにくいため、豪雪地や崩壊地ではコスパに優れた防護柵だが、二輪車にとってはすり抜け易いという怖さがついて回る。
向こうの山肌には点々とコンクリートが吹き付けられた法面が見えたが、その配置は道の恐ろしい急傾斜を物語っていた。
そんな道の行く手となる奥の方には、波打つ山襞が幾重にも連なり合って見え、巨大なV字峡谷の存在を予感させた。
地図を見ると分かるが、ブナオ峠の北側にはクレーターのように巨大な空間が稜線に囲われるように存在しており、その内部を流れ落ちる多数の谷(強清水谷や不動滝谷もその一つ)が集まって、北側の小さな開口部から小矢部川として流れ出している。その流れは直線的な急流で、とても深い峡谷を形作っている。
10:13
不動滝谷(標高870m)は瀑音の坩堝であった。
つい数日前まで残雪に埋れていたらしき路面はまだ濡れており、周辺の季節が遅れていた。
数トンの重さを有する巨大な倒木が路肩に孤立して横たわっているのも、雪崩が運び込んだに違いない。
そんな谷に小さな橋が架けられていたが、これも雪崩対策であろう、欄干は無論、親柱さえもっていない、一枚の平らな板のような橋である。
あまりにもシンプルで、それが個性になっているともいえるが、このナリでは橋名も竣功年もあったものではない。
が、例の道路台帳を見ると、本橋には7号橋という事務的な名前が与えられていた。長さ5.2m、幅4m。竣功年については情報無しだが、おそらく開通当初(昭和40年代初頭)のものだろう。
そしてこれが橋から覗いた小矢部川源流、不動滝谷の清流だ。
6月初旬でもなお大量の残雪を留める石川県境大門山(1571m)の山頂直下から急降下してきた谷の流れは、矢のような激しさで、連なる無数の滝壺から吹き出す強い水気を含んだ冷風が、橋の周囲の季節を著しく遅らせていた。
だが、不動滝谷の名の元となった滝は、こちら側ではなく……
下流側に存在し、地を轟かせる瀑音を絶え間なく発散していた。
覗くぞ…
底知れぬ闇へ消えていく水流が、そこにはあった。
これが県道直下という稀な立地に存在する、不動滝の落口である。
せっかくなら滝の全容も見たいと思うのが人の心理だが、県道は橋を渡った直後に岩肌をトラバースして正面側へ回り込んでいくことで、この気持ちに応えてくれる
が!
10:19
その部分の道は激しく崩れ始めていて死臭がする!
先ほど見えた【崩壊斜面】がここである。
まだ辛うじて道の平場は残っているものの、路肩が激しく崩壊し、法面も崩れて、両側から植物の侵入が起きている。
法面側は枝張り旺盛の灌木や大量の瓦礫が自転車の進入を拒んでおり、自然と崖側を進むことになるが、崩壊した路肩は近寄ることがそもそもリスクで、雑草のため浮き石混じりの路面が見えにくいのも嫌らしい。自転車を押して進む手が緊張に震えたというのは大袈裟ではない。
が、そんな死臭のする崩壊路の直下といえる位置に、異様な人工物を発見した!
なんだあれ?
コンクリートタイルが敷かれた2〜3畳ほどの小さな平場が、道から20mくらい低い位置の絶壁のただ中に存在しているのを見つけたのだ。
道との間に階段やせめて梯子でもなければとても辿り着きがたい位置であるが、そうしたものは見たらない。
平場には転落防止用の手摺りらしきものが設置されていた名残が見え、コンクリートタイル敷きであることと合わせて、おそらくはかつて、不動滝を望む展望台として建造されたものであろうと推測した。
しかし、周囲は崩壊が進む岩壁であり、死臭がするどころではなく、完全に死んでいる。
これには、さしもの私も近寄りがたかった。
道を少し進んだところから、この展望台跡を見下ろしている。
背後の恐ろしく急傾斜の谷に見え始めている白暗色部分は、不動滝である。
滝を近くから見たいというのは分かるが、そもそもあの場所へどうやって近づいていたのか、誰か知っている人がいたら教えてほしい。
県道現役当時までは連絡通路が存在していたのだろうか……。
さらに下流側へ県道を移動し、展望台跡が見える最も遠い場所まで来た。
こちら側はいくらか傾斜が緩やかだが、硬く締まった草付き砂利混じりの岩盤斜面は非常に滑りやすいので、傾斜に釣られて侵入したが最後、不帰の険へ消えることを恐れて踏み出しはしなかった。そもそも、道のすぐ近くと言える距離でもなかったし。
命を賭ける代わりに、望遠レンズで不動滝の雄姿を鑑賞した。
文字通り、(県道からだと)底の見えない大滝で、資料によると約40mの落差があるそうだ。
近づきがたく、深い神秘を感じられる存在だが、かつてブナオ峠の古道を歩いた旅人達もこの滝を発見し、その荒ぶる姿に不動明王の神徳を垣間見た。故にこの滝では戦後に至るまで刀利谷の人々による雨乞いの儀式が行われたていたそうだ。当然、県道が整備される以前の話である。
10:21
ちょっとヒヤヒヤしたが、無事自転車同伴で不動滝上部の崩壊地を通過した。
涼しい日陰で、冷や汗を拭い拭い8分間の小休止。ついでに、おにぎりで元気を補給した。
10:29
再出発は、次なる崩壊地に待ち伏せされていた。
やはりこの県道、甘くは無さそう。
下界は、まだまだ遙かに遠く。
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