2008/9/8 17:43
現在地は地形図に描かれている道から少し外れ、もっと高いところにいると思われる。
いずれにしても、ダムを支える側壁とでも言うべきコンクリートガチガチの山腹は、かなり近づいているはずだ。
いったいこの遊歩道はどのようにして、ダムの駐車場を目指すのだろう。
スパルタンな鉄階段が終わると、久々に地に足の着いた道が現れた。
が、実際には、木製桟橋がことごとく崩れ落ちた跡だと思われる。
素直に遊歩道だと考えるにはさすがに狭すぎるし、この急斜面、いくら何でも手すりくらいはあっただろう。
倒木とは違う質感をもった木片も、辺りには散乱している。
自他共に認める“キノラー”である私にとって、廃道に育つキノコは特別な存在である。
廃道の養分を吸って育つキノコには、何かその道の情念チックなものが宿っているようにさえ思う。
まるで何かを訴えかけてくるかのような、異様なデカキノコである。
ひょろ長い姿は端正といっても良いだろうが、大きすぎてグロテスクになっている。
私にしては珍しく、このキノコは破壊しなかった。
や、 やべーな…。
桟橋が無くなっている状態でここを進めというのは、スパルタにも程がある。
それでも何となく進めてしまいそうに見えるのは地面に土があるからだが、この土というのもだいぶ信用のならないものだ。
裸の岩の上に薄く落ち葉が乗っているだけでも、土があるように見えてしまうのだから。
どうしようか…。
ここまで来たからには、ぜひ突破したいが……。
とりあえず、いけるところまで前進してみることにする。
実は目指すべき地点もはっきりしないのであるが…。
振り返ってみても、私が踏んだ痕跡がうっすら残っているだけで、道らしいものは皆無だ。
あまりの状況に、焦り始める。
このままにっちもさっちもいかないような場所に入っちゃったらどうしよう。
前方が、嫌に明るい。
そこには、巨大なダムの堤体と、その向こうにある夕焼け色の湖面が見えた。
この明るさは、むしろ嫌な予感がする。
オブローダーとしては、ダムから丸見えのような場所には出たくないというのが一つ。
そしてもう一つは、土があり岩があるという本来の斜面に較べ、人工的な壁はいかんともし難いという、先行きへの不安である。
やや登りながらも水平移動を意識しながら進んでいくと、小さな尾根に出た。
そして、そこには遊歩道の続きと思われる狭い階段が、ダムの方から迎えに来てくれていたのである。
あとはこの階段を辿っていけば、無事終着地へと行けるだろう。
…おそらく。
またしても鉄の階段である。
これを20mほど下った先は、踊り場のように広くなっているようだ。
高所恐怖症の人は、この階段でさえ耐えられないかも知れない。
階段を下るときには、嫌でも谷底が見える。
そこは、谷底という言葉にまったく似つかわしくない、明るく白い世界だ。
水と電気とコンクリートに支配された、非天然峡谷。
これから往く道(←)と、
いま来た道(→)だ。
最後に少しだけ下ったものの、前半の登りを全て消化するには至っていない。
この先でどこかでまた下らなければ、ゴールと考えられる駐車場にたどり着けないと思われる。
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17:46
階段を下った先は、狭い踊り場になっていた。
ここからもダムはほぼ正面に見えるが、前の「ダム展望台」よりもだいぶ視座が高い(前は湖面が見えなかった)。
また折角の見晴らしも、崖側に隙間無く設置された鼠返し付きの高いフェンスと、育ってしまった緑のため、階段まで戻らないと得難い。
見晴らしを阻む高すぎるフェンスは、実は観光客の転落防止のためのものではなかったようだ。
消えかけた注意書きには、こうある。
「危険ですから下へ物を落とさないで下さい
東京電力株式会社 」
この170mほど下には、安曇発電所がある。
確かに170mという落差を考えれば、小石一つでも弾丸同然の凶器になるはずだ。
落とすなと言うのも納得できるが。
高い金網フェンスのせいで折角の見晴らしもあまり楽しめない中、道はダムの方向へとほぼ水平に続いている。
先ほどまでの険しさは形を潜め、歩きやすい穏やかな道だ。
金網の隙間からの覗き込む景色。
邪魔なフェンスも、無ければ今度は怖すぎる眺めになりそうだ。
足下から始まる崖には、隙間無くコンクリートの吹きつけがされている。
こんなところで働いた人がいる事を想像するだけで恐ろしいが、まだ他人事だった。
遙か下に見える水面は、梓川。
対岸には、発電所専用道路のロックシェッドや隧道も見えている。
この辺りから、追憶モードに入る。
この直後の体験があまりに衝撃的であったために、実はルートに関してはろくに覚えていなかったりするのだ。
しかし、振り返ればここが分岐地点であった。
ここが、正負の分岐地点。
左が正解、右は不正解。
しかし、夕暮れが正しい判断を妨害した。
左はあまりに薄暗く、藪も深く、道だとは思わなかったのだな。
道なりに、まっすぐ行ってしまった。
これでようやく「柵」から解放されるな、なんて思いながら。
遊歩道が廃止された後に、道を分断するようにして新しい落石防止柵が据え付けられたのかも知れない。
どうも道があった気配が薄い。
正解ルートは左の柵の裏側のはずだが、藪はかなり深そうだった。
私の不正解ルートは、今のところ順調。
ただし、足下が草むしたコンクリートの地盤であったり、転落防止の柵が妙に工事現場チックだったりと、実は遊歩道から乖離した気配を感じていた。
17:50
絶 景!
だけど
高すぎる…
現地では勝手に早合点してしまった。
遊歩道は地形の改変で失われてしまったようだなどと、勝手に…。
でも、こんなダムと一体化したような場所で地形の改変などそうそうあるはずもなく、いま写真を見ると正解ルートはちゃんとある。
左の柵の裏側がそれだ。
だが、私の不正解ルートはここで、ジ・エンド。
ダムを見下ろす、孤高のお立ち台。
こんな場所で終わりかよ…。
またあの腐った桟橋の地獄や、一番最初の沢歩きに戻るのが嫌だった私は、考えた。
この足下の斜面って、何とか下れないだろうかと。
そんなこと考えなくていいのに…。
自然の斜面であれば、いくらでも“下りよう”はあったかも知れない。
ちょうどダム駐車場が足下に届いていたから、なんとか20mほど下れれば、失われた遊歩道を補完する気持ちの良い脱出になると思ってしまった。
冷静に正解ルートを探していれば、きっと見付けられたと思うが、足下に「脱出口」が私を盲目にさせた。
たかが20mとはいえ、コンクリートの斜面である。
何らかの通路無しでは下りようがないというのは、すぐに理解できた。
また、目立つ行為はしたくないという気持ちが、これ以上堤体に近づいてはいけないという抑止力になった。
私は、コンクリートの崖の縁に沿って、少し戻った。
そして左写真の眺めを得た。
ここも“下りよう”は無いのだが、悲しいことに、“受け皿”ももう終わりだ。
これ以上戻っても、下るべき場所が失われてしまうことになる。
なお諦めきれず、私は駐車場の端の上まで行ってみた。
17:52
これ以上は、いかようにも戻れない。
私にとっては、最後通牒のような眺めである。
現地での私は下りたい一心になっていて、この景色をじっくり観察する余裕を持たなかったが、いま見直すと魅力のある風景である。
眼下の湖面は水殿ダムで、発電所専用道路の安曇橋が目立つ。
そして、湖面に没していく道も見えるが、あれは旧国道だ。
印象深い“水没片洞門”は、あそこにある。
その近くの緑の中に見える屋根も、同レポ終盤に出てきた建物だ。
代々の国道158号整備や安曇三ダム開発計画が、どれほど嶮しい地形条件下で進められてきたのかと言うことだ。
なお、念のため書き添えておくと、眼前に見える灰色の崖は全てコンクリート吹きつけである。
すでに誤ったルートに入り込んでいた私だが、致命的なルートミスをしたのは、ここであった。
というか、引き返すというルート以外に正解はあり得なかったはずなのに、私はまだ下っていけるのではないかと考えてしまった。
足下の切り株が並ぶ部分は、当然地肌が見えている。
幅1mにも満たないが、一応。
そして、地山であれば下っていけるのではないかと考えたのだ。
目指す駐車場は、まだ20m下にある。
駐車場の端の一点が、あたかも私の目的地であるかのように思われた。
駐車場がここまで伸びている事実に、私だけの都合の良い解釈を加えていた。
この僅かに見えている地肌と、関連づけて。
10mも下ることが出来た。
残りはあと半分だが、そこで地山が潰えてしまった。
あとはもう、最後までザラザラのコンクリート吹きつけ斜面が続いている。
しかも、やや駐車場の端から右にずれており、まっすぐの進路は死。
足下にちょうど地山があったという好都合はここで終わったのだから、もう下れないと考えるのが正道。
でもこのときの私は…、風景を愛でる余裕を失った私の目は、間近な眼下にだけ注がれていた。
せっかく好ルートを見付けて10mも下れたのだから、惜しい。
あと半分なのに、戻るのなんて惜しい。
結果、「もうここしかない」などと勝手に腹をくくって、残った10mのコンクリート吹きつけ斜面を強引に下る事を考えた。
アホである。
どう見てもやめるべき安全の保証など無い斜面なのに、もう一歩は安全である。ああ、ここにもステップがあるな。うん、これは大丈夫。ここまでは平気。ああ、ここにも手掛かりがあるな。よしよし、もう一歩だ。大丈夫別に冒険はしていない…。
本人は冷静に判断しているつもり。
リスクを切り分け、正しく判断しているつもり。
でも、結果を知っている私には分かる。
これは典型的な失策の思考回路。
ここまで下って来れてしまったという事実が、このときの自分には全て、“お膳立て”のように思えてしまっている不思議。
こんな馬鹿げたルートでさえ、自分のために用意されていたもののように考えてしまう愚。
失われた遊歩道を補完する凄いルートを見付けたような気持ちになってさえいる、アホな私。
スタートどころか、ここまで戻ることさえ考えなかった アホな私。
廃道から罰を受けるにしかるべき、奢りとたかぶり。
ここまで期待以上に成果があり、途中の難所も上手に進めていたことが、私をより盲目にした。
はじめから厳然とそこにある道を探して辿っているはずが、無意識下で、私の前に道があるのだと考えていたのかもしれない。
結果、ミスをする。
さすがに怖いとは思ったし、ここに至って初めて引き返すことも考えたと思う。
この景色をしばらく身じろぎもせず眺めていた事は、鮮明に覚えている。
10分も悩んでいたと思っていたが、実際には1分くらいだった。
足掛かり、手掛かり、共に終了。
残りは5m。
まっすぐ下っていけば良いのなら、まだ良かった。
万が一転落しても、まあ無事だろう。ゴロゴロ行くなら。無事。
だが、ここから次の一歩を踏み出すと言うことは…
一瞬の勝負になる。
2mほど立ったまま駆け下って、そこで左にジャンプするという荒技。
2mほど立ったまま駆け下って、そこで左にジャンプするという荒技。
2mほど立ったまま駆け下って、そこで左にジャンプするという荒技。
これで、無事にアスファルトに着地できると考えた。
絶対にミス出来ない一発勝負になる。
大丈夫。ちゃんと危険性を認識しているから。
馬鹿。
馬鹿。
馬鹿。
危険性を認識できるのは猿でも出来る。猿だってこんな事はしない。
認識しているのなら、なぜやめなかったんだ!
一発勝負などというものは、百のうち九十九まで確信があってするべきものだ。
普段の私はそうしている。
少なくとも、80や90では跳ばない、しない、選ばない。
人には無茶だと思われている私でも、せいぜい95。
95の確信があって、初めて跳ぶ。
だからこそ、5年以上廃道で大きな怪我もせずやって来た。
でも、この選択は50以下だったと思われる。
魔が差したと言うべきだろう。
…走って、 跳んアッ
…。
ぃてぇ。
寝っ転がってる。
駐車場に、寝っ転がっている。
ジャンプで失敗しバランスを崩した私は、死にたくない一心で左に身体を傾け、斜面をバウンドしながら転げた。
で、駐車場に落ちた。
手足もどこも折れていないし、捻挫さえしなかった。
運が良すぎるぞ、俺。
ちびりそうだ。
死ぬかと思った。マジで。
途端に嘘くさくなっちゃうけど、マジ撮り。
自戒のために、ひどく擦りむいて流血した腕を上げ、セルフポートレート。
ルートミスをちゃんと弁える大人になりましょう。
生還者は振り返る。
絶対にこんな斜面には入り込まないぞ。
普段なら。
でも、この日の探索だって私にとっては普段な訳で、やはり廃道は怖い。
疲れてると、何かに憑かれてくる。
自分に都合の良い方向に物事を考えるようになったら、要注意。
そのとーりです。
17:56
1,2分放心して転がっていたが(幸い、夕暮れであり駐車場は無人、つか、駐車場に人がいればやらなかった)、立ち上がって行動開始。
駐車場を歩いて、国道へ向かう。
途中、振り返って撮影した写真には、図らずも遊歩道の正解ルートが映っていた。
ここからは記録者が失敗敗北したので、振り返ってのライン追いレポ。
いわゆる、オールラインレポにてお伝えしたいと思います…。
遊歩道の続きは、ダムを見下ろすコンクリートの壁の中にずっと続いていて、「テプコ館」(旧ダム管理施設)の裏を通り、国道の入山隧道西口の上を渡る。
それと分かってみれば確かに通路があるが、遊歩道だと誰が思うだろう。
普通にダムの管理通路にしか見えない。
入山隧道西口から見上げる遊歩道。
この上から弓なりのダム堤を走る国道を見れば、さぞ壮観だろう。
まあ、敗者にそんなご褒美はないのが常。
魂(たま)だけでも助かってよしとすべし。
で、もう一つある入山隧道の出口との間、県道26号沿いにあるレストハウスの向かいで、遊歩道は道路に下りて終了。
明らかにダム施設のようにしか見えないが、確かに歩けるようにはなっていたようだ。
途中の木製桟橋のエリアを除けば良く整備された歩道だし、逆にあそこだけが浮いた存在に見える。
なお、こちらの入り口はコーン2,3本が立っていて「通行止め」にされているだけみたいだった。
この日はもう帰りましたけどね。トボトボと入山隧道をくぐってね。
このレポートの点数、もし自己評価点なら間違いなく「1点」だけど…
皆様には私の馬鹿さ加減ではなくて(笑)、純粋に遊歩道に得点してあげて欲しいわぁ。