国道156号 大牧トンネル旧道 後編

公開日 2014.06.10
探索日 2009.04.30

スケベ心で歩けば死ねます。 覗けちゃうかもしれない廃道?! 


2009/4/30 9:09 《現在地》

崩壊暗渠の難関を突破すると、すぐさま路面に変化が現れた。

まず最初に現れたのは、幾筋かのタイヤ痕。
それは反対側からここまで来て、件の崩壊を目にして引き返した、そんな1台のバイクが刻んだものに見えた。
同業者か、山菜採りかは分からないが、この轍の出現は私に大きな勇気を与えた。
残り1.2kmの旧道は、バイクが通れる程度の状態を維持しているのだろう。





バイク轍との遭遇から間もなく、今度はよりはっきりとした軽トラのものらしき4輪の轍が現れた。

こうなればもう、しめたもの。
自転車があったら良かったと思ったが、置いてきたので仕方がない。
今さら、あの崩壊現場を戻るのは嫌なので、このまま歩き通す事にする。



9:14 《現在地》

路盤の状況が改善したために歩行のペースもアップし、早くも全体の中間地点である、地形図において海抜276mの独立標高点が打たれた尾根へ到達。

一連の旧道区間には3本の尾根が庄川へ走り込んでいて、尾根と尾根の間に谷が刻まれている。
現在地はその中でも一番大きな中央(=2番目)の尾根で、先ほどの大崩壊地は最初の谷であった。

この“中央尾根”からの眺めも、素晴らしかった。
これまでよりは幾分緩やかになった新緑の山腹が、碧緑の湖面をめがけて一斉に落ちている。
そしてその中腹に、この眺めを独占する特等席となった旧国道が、見渡す限りまで一筋に続いていた。

奥に見える尾根が、最後の第3番目の尾根であり、あそこまで辿り着ければゴールは間近である。
ここから見る限り、大きな障害になるような崩壊はなさそうだ。




お! 湖畔に船着き場や建物が沢山見えてきた。

どうやらあれが、大牧温泉らしい。

以前、某サスペンスドラマで殺人の現場になっていたのが記憶に新しいが、
確かその中で登場人物が、「船でしか行けない温泉宿だ」というような事を言っていたのが、気掛かりだったのだ。
そういうことを聞いてしまうと、「船でしか行けないなんて嘘だろ。絶対陸路があるはずだ。」とか勘ぐってしまう。



ちなみにこの画像は、前編で紹介した小牧ダムの船着き場に掲げられていた、大牧温泉の案内板である。

色々由来が細かく書いてあるが、「船でしか行けない」とはどこにも書かれていない。
ただ、「日本列島最後の秘境!」という文字が躍っており、暗に交通不便であることをウリにしている感じは受ける。
また、船以外で行く方法も案内されていない。




で、改めて“現場”へカメラを戻しますと……

道路上に、沢山の車がいますねぇ。(笑)

しかも、かなりでかいトラックまで居る。
さすがに観光バスとかは見えないし、一般客向けの駐車場なんかも見あたらないが。

まあ、私は別に本当に船でしか行けないとは思っていなかったし、むしろ陸路から行ってもちゃんと宿泊させて貰えるのだろうかという新たな疑問を楽しんでいる。いつかは陸路から行ってみるのも面白いかも知れない。さすがに車だと迷惑そうなので、自転車とかで。(そして5年後…)



国道から見る、大牧温泉の温泉宿群。

中々すごいところに、建っている。陸から押したら川に落ちそうだ。
さっきの案内板に「 客室より盃を交しながら釣り糸を垂れるという趣向は、
まさに日本列島最後の秘境にふさわしい風情であろう。
 」とあったが、
そんなことが現実に出来そうな建物の配置である。
(劇中では、あの窓から犯人が死体を湖に捨てていたな…)



何度も言うが、良い眺めだ。

そして、対岸にも“良い道”が見える。
“良い道” といっても、それが一般的な意味での良い道…整備された走りやすい道…かは知らない。
ただ、私にとって「いいなぁ」と思える道が、此岸にも、そして対岸の大牧温泉側にも見えていた。
あの対岸の道は、この旧道とは違って最新の地形図にもちゃんと描かれているが、なかなか険しそうだ。

風景と新鮮な空気をたっぷり楽しみながら数分歩いて行くと、2番目と3番目の尾根に挟まれた谷の奥へ入っていく。
前の谷は散々に崩れていたが、今度は轍もあるし、大丈夫そうだ。




おおっと!

これは、予想外の状況!!

まず、谷に進んでいく過程で唐突に鋪装が復活した。
この鋪装が現役当時のものかは分からないが、予想外だ。

そしてさらなる予想外として、2番目の谷の奥には、ぽっかりと口を開けた坑口があった。
前の谷ほどではないが、ここもかなり大規模に治山工事が行われていて、その一画にさほど大きくはない坑口があった。



9:19 《現在地》

全体的に草臥れ果てた雰囲気だが、この坑口は現役のようで、入口前の水溜まりに出入りの轍が見える。

この坑口の奥にあるものは、確かめるまでもなく、予測することが出来た。
旧道と並行して地中を走っている現道の大牧トンネルの横坑が、この小さな坑口の正体に違いないのである。

そんな確信に近い予測を裏付けるように、横坑から大きな音が漏れ出してくる。
内部を横切る本坑を通過する自動車の走行音だ。

こうした横坑を持つトンネル自体珍しく、またダムサイトにあるもの以外では完成後に封鎖され、自動車の出入りが出来ない様になっている場合が多い。
特に利用目的もなさそうな旧道へのアクセスのためだけにある横坑が、今も封鎖されていないのはなぜだろうか。

ちなみに、この坑門には扁額やそれに類するものは特に存在しない。




横坑の中には、案の定、国道が待ち受けていた。
しかも、ほんの少し前に車が出入りしたような、タイヤ痕もある。
ここから出られる旧道の地上部は、サボリーマンの良い隠れ家になってしまっているのか?

しかし、このトンネル内丁字路は国道側からだと全く目立たず、知っていないとあっという間に通りすぎてしまう。もちろん標識や信号などは皆無である。
また、横坑側から本線に合流する場合も、左右を確認出来るカーブミラーなどはないので、音を便りに動く必要がある。
どう見ても危険な交差点だが、敢えて封鎖していないのは、何らかの管理上の必要があるのだろうか。

私は、この予想外に与えられたエスケープルートをすぐさま活用して、北口に置いてきた自転車の回収へと向かった。
未踏破の旧道区間は、あと尾根一つ分に相当する500mほどだが、これまでの流れから行けば自転車が使えそうだ。
どうせ最後は回収しに行かなければならないものなので、ここで行くことにした。
約1km、10分間、ほぼ直線の大牧トンネルを黙って歩く。





← そして、北口で自転車を回収し…。

今度は自転車に乗って、横坑へ戻って来たー。 →


9:37 《現在地》 この間、約15分。




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さて、気を取り直し、“最後の区間“へと参ります。

出迎えてくれたのは、ドライバーの見あたらない1台の駐車車両と、
だいぶ草臥れた「通行止」の看板&Aバリケード。

先ほどまでの区間には、あれほど荒れていた割に、通行止めの表示やバリケードは見られなかったが、
むしろこういうものがあると言う事は、逆に道自体は通れる状況であることを示唆しているような。



なんて言ってそばから、前言撤回。

どうやら、最後の区間もやっぱり廃道だ!

舗装はあっという間に跡絶えてしまい、再び緑の路盤がオブローダーの侵入を待ち受けていた。


そして、再びの決壊!

今度の決壊は、序盤に多くあったような、道を崩土が埋め尽くしたタイプではなく、路肩が落ちてしまった欠損のようだ。
しかも、ガードレールのような路肩の位置を明らかにするものが全くないので、季節によっては雑草に縁が隠されてしまい、より危険な存在になるだろう。

廃道を踏破するうえで、路面の埋没よりも欠落の方が遙かに危ういというのは、もはやオブローダーの常識である!!




残された路盤の幅は、わずか1メートル!

その下は、ほぼ垂直に数十メートルも落ちている。

残っている僅かな路盤も、次の崩壊で完全に失われてしまいそうな危うさがある。
崩れた路盤の断面に見えているのは、白い脆そうな瓦礫の層だけであり、
雑草に覆われた地面には、既に幾筋もの亀裂が入っているかも知れない。

探索から5年が経過した“現在”、この場所がどうなっているか知らないが、もう通れない可能性がある。



恐る恐る通過する、私と(先代)愛車。

長居は無用と言いたい危険地帯だが、しかしここ… はッ はうっ!!




温泉を合法的に覗けるッ!!



ま、人影はおろか、湯舟のひとつも見えないけどね…。
でも、なんかロマンじゃん? 温泉側も今やこの場所に“目”があるとは思ってないだろうし、
間 違 い が 起 こ ら な い と も 限 ら な い 。



…つうか、そんなよこしまな気持ちを忘れさせるくらい(ほんとだって)、眺めが良い。


ここがとんでもなく切り立っている危険地帯だからこそ、この素晴らしい眺めがある。

国道が安全と引き替えに失ってしまった車窓を満喫する。
時期も良かったのだろうが、本当に目の覚めるような展望だった。

ちなみに、左奥に見えるのは前回見下ろした、大牧発電所。




9:50 《現在地》

再スタートから10分ほどで、最後の尾根の上のカーブに到達した。

ここまで来れば、もうゴールは間近だろう。
相変わらず路面には轍が無く、自転車もただ押して歩くだけのお荷物に成り下がっているが、あと一頑張りだ。

ちなみに、尾根の上はかなり広い空き地になっていた。
『秘境五箇山』によれば、昭和33年頃に路線バスを運行させるべく、当時の1車線の道の随所に待避所を造成したらしい。
悪い道なりに、それを便利に使おうという涙ぐましい努力が、あった。




これまで私の視界を賑わわせ、将来への楽しみを感じさせてくれた対岸の林道らしき道形だが、どうやら一筋縄ではいかない様相を呈しだした。

簡単には復旧できそうにない、相当大規模な崩壊が見える。
というか、既に廃道になっている道が、追い打ちを掛けるように崩れ放題になっているだけなのだろうか…。

……この5年後に探索したが…。




廃道に被さる緑の向こうに、救援船を思わせる現道の白いコンクリートウォールが見え始めるとほぼ同時に、1台の白い廃車が現れた。
なんか自走してきた雰囲気ではないので、他の車で運んで来て、棄てていったのだろうか。
こんな大きなものは、さすがにまだしばらく、風化で消えてしまいそうにもない。

廃車体と廃道の組み合わされた景観は、似つかわしくて好ましいと思ってしまう私がいるが、それと不法投棄の是否は別の話。




9:54 《現在地》

旧道の南口は、大牧トンネルの南口に接続した洞門に口を開けており、特に封鎖はされていないが、すぐさま藪が始まるので、轍は皆無に近かった。

北口から旧道に入ってから1時間20分を要し(この間、自転車の取り回しなどで20分くらいは余計にかかった)、約1.8kmの旧道を全線踏破と相成った。
総じて難易度は中の上くらい。適正時期は4月末。夏は草いきれに不快難易が急上昇の予感。また、適正攻略手段は徒歩に限るだろう。

旧道には大きな橋やトンネルというような派手な道路構造物こそなかったが、幽邃境というべき庄川峡の景観と、そこにさらなる風雅を添える大牧温泉の佇まいなど、開放感の大きな車窓には大きな魅力を感じた。
道無くして、車窓無し。
車窓無くして、旅は無し。
恵まれた探索日和に期待以上の充実を感じつつ、私は次なる探索へ向けて、ここを後にしたのであった。