2023/12/4 10:16 《現在地》
地図では約400m先で唐突に行き止まりになっている、おそらく国道のバイパスになるべく作られた道へ、今から突入する。
特に立入禁止の表示や標識はないが、国道を走る車が誤って直進して入らないように車止めが設置されている。
まあ、もはやそれがなくても立ち入る車はないだろうほどに、草生しているが……。
一方、松江側からここへ来ると、ちょうど【突き当たりの丁字路】になっていて、安来方面への国道の順路は左折となるが、【設置された青看】によって右折は「車輌進入禁止」の表示がされている。この標識を見られるのは、松江側から来た場合だけである。
私が自転車で進入すると、この青看内の標識に違反することになってしまう。そもそも行き止まりの廃道に自転車で入るメリットも薄いので、ここは車止めに自転車を放置し、歩いて進入することにしよう。
うーーん! 草ってる!
2車線幅の道路の形が出来ているけど、舗装はされておらず、路面も両側の法面も濃い藪に覆われてしまっている。
特に崩れている様子はないが、車止めで閉ざされているために、こんなにも藪が育ってしまったのだろう。
道路管理者が刈払いだけは続けているなんてこともなく、完全放置のようである。
地図上だと、行き止まりとはいえ鮮明に描かれている道だが、実態はこのような見事な(?)廃道だった。
朝露で重くしなだれた、晩秋らしく黄色味の濃い草藪に、ガシガシと踏み込んでいく。
普通の靴ならびしょ濡れになっただろうが、長靴装備なんで靴は平気。しかし二重のズボン越しに腿はじっとりと濡れてきた。
100mばかり進むと、行く手に緩やかな右カーブが現れる。右山左谷の地形に沿って、道は曲がっていく。
この辺りからは日陰がちになって、藪が少し浅くなった。しかし、入口になかった踏み跡が出現するようなことはなく、2車線分の広い道幅のどこを歩くか全く自由だった。
そんな無人の道路で、工事の予期せぬ中断を象徴するかのような様々な建築資材が、そこかしこに現れ始める。
道路沿いの平場に置かれているものもあれば、広い道幅の一角を占拠しているものもあった。
具体的には、大量のU字溝や、コルゲートパイプである。
どちらも発注先から現場へ届き、あとは設置を待つばかりであったのだろうが、使われないまま野晒しの期間が長くなり、おそらく品質も劣化してしまっていることだろう。
10:20 《現在地》
入って150mほどで、初めてガードレールが現れた。
これがあると道幅が分かり易い。
全体に草生しているが、完全に2車線の幅があるのが分かると思う。
勾配的には、緩やかな下り坂になっている。相変わらず舗装はなく、ジャギジャギとした砂利の足触りがたまにあるほかは、おしなべて草踏みの感触だ。
今回、この未成道の存在を確信するきっかけとなったのは、平成7(1995)年の道路地図だった。
その地図でも既にこの道は今と同じところまで伸びていたように見えた。これが真実なら、工事が中断してから30年近い月日が流れていることになる。
そしてまた現地の光景も、そんな時の長さを裏付けるものがあった。路上を覆っているのは草だけでなく、低木から高木へと変化しつつある樹木も多く見られたから。
ポリ製の土木排水管も、出番のないまま沢山放置されていた。
主に工事現場で仮設的な排水路に使われるアイテムだが、あまり耐久性はないので、長い野晒しですっかり未使用廃材へと変わってしまっていた。
この道は、一度として開通したことはないのだろう。
仮に行き止まりでも、その行き止まりまでを整備して解放する選択肢はあったと思うが、そうはなっていない。路上には様々な建築資材の他に、雑然とした盛土なども残っていて、ある日突然工事が中断されたような半端さがあった。
さすがに業者の倒産による放置とかではないだろう。工事の中断が、何か予期せぬ事情による判断だったことを感じさせた。
しかも、ここは国道になろうとした道だ。
橋やトンネルこそ今のところないが、法面の施工はとてもガッチリとした立派なものだ。
ここには法面に高さのある大掛りな法枠工が施工されており、土砂災害への備えは怠っていなかった。
そんな法枠工が、地山に新たな植生を根付かせるために人が自然界に押しつけたプランターのようになっているのは虚しい。
いつか再び日の目を見ることがあるのかどうか……。
その辺の解明は、帰宅後の机上調査に依らねばなるまい。
10:24 《現在地》
入口から300mほど進んだ。
もう地図上の行き止まりは近いはずだが、依然として高い法面を頑丈な法面工で固めた、未完成の道路が続いている。
ここには地山にアンカーボルトという長く頑丈な金属柱を打込んで、崩壊を防ぐアンカー工が施工されていた。
大変な手間と工費のかかる本格的な法面工だ。
だが、これも今のところは上等すぎる草木の褥(しとね)と成り果てている。
安定した法面に、活きの良さそうな樹木が旺盛に育っている。現代土木技術と自然の息吹が綯い交ぜになった、不思議な光景だった。
ここは路面に藪がなく綺麗だが、本来の道幅は確保されていない。
左側の竹藪の部分は、本当はもっと崩されなければならないはずだが、法面の施行だけが優先され、それ以外の土工は終わっていない感じだ。
この手前にも路上に盛土の段差があり、いかにも施工中の工事現場なのである。人けと重機がまっさらに消えた、工事現場。
また、この辺りからは勾配の下り方も増して、麓を目指している感じが強くなった。
だが、まもなく地図上の行き止まりだ。
前方、藪の濃い部分が見えてきているが、おそらくあの辺りに……。
10:27 《現在地》
ここが、工事の終点だな。
この先は、地形図でもそう描かれているが、小さな谷になっている。
法面を固めていたアンカー工が終わり、その先に山手に入り込む浅い谷が現れた。
この窪んだ地形を直進するには盛土が必要だと思うが、その施工は行われていないようだ。
地形図の道がここで終わっているのは、まさに土工がここまでで終わっているからなのだろう。
ぶっちゃけ、ここまでの道も完成した道路として描くには、いささか不十分な完成度だったと思うが、この先は未施工っぽい。
行き止まりに立って、道の行きたかった先を眺めている。
生きたかった、先を。
背丈より高く育った草木は地形の起伏を分かりづらくしており、この先へ30年間工事が進めなかった原因を探ることを邪魔していた。
良くあるパターンとしては、この先の土地の所有者との用地問題の拗れとか、法面工が多くあるので地盤関係のトラブルか。
ただ、この場所から直線距離にして僅か100mも離れていない直下(40mくらいの高度差がある)を現国道が通過しているので、根本的に手を付けられないような危険な地山ということはなさそうにも思うが…。
……
……キリ良くここで引き返そうかと思ったけど、
個人的に、ちょっとだけこの谷の先がどうなっているかが気になっている。
ちょっとだけ、見にいってみるかな……?
2023/12/4 10:32 《現在地》
なんとなく、工事の終点の先が気になった私は、横断する路盤がまだない小さな谷を越えて、先へ進んだ。
この部分、基本的に藪の中を適当に歩く感じで、どう歩いたかを詳細に説明する意味がないと思うが、なんとなく歩けそうな場所を探して進んでいく感じだ。一帯に人の手が入っていないかと言えばそうではなく、おそらく以前は畑であったかと思われる傾斜地の中の小さな平場や、人が植えたらしき樹木の名残もある。地形図を見ても、この数十メートル上に藤原集落の外れの人家や道があるので、陽当たりの良いこの傾斜地全体がかつては人の活動範囲だったのだろう。
そこに国道が整備される計画が生まれたが、たまたま中断されたまま数十年を経過しているようだ。
眼下に開いたこの広い谷を取り巻くように、国道が整備される計画だった。
峠のトンネルを潜って安来側から来た国道は、谷の上部に位置する藤原集落を経由して、今いるこの場所に至る。
そのまま斜面を横切って進み、谷をずっと左手に見下ろしながら緩やかに松江市へ下っていくような、特段変わったところのない穏当な線形を計画していたと思う。
だが、未だに藤原から先の国道が開通せず、やむなく国道は谷の中を急坂で下る旧来の藤原集落道へ迂回して、松江方面へ通じている。
10:36 《現在地》
未成道の終点らしい場所から、さらに100mほど西まで、その想定される道路の計画位置から離れずに進んだかと思う。
もしかしたら何か先にもあるかなと思って、あまり期待もせずに進んできたわけだが、
なんかあるぞ!!
眼下に、平場が見つかった。
だがそれだけなら、ここまで興奮はしない。
なんと、その眼下の平場と足元の斜面の間に……
見覚えがあるアンカー工が施された、コンクリートの法枠工が!!
見下ろした平場は、竹林に侵食されているというか、半分くらい竹林になっているようだが、国道の道幅を感じさせる幅がある。
偶然見つけた山の中の平場に、こんな現代的な法面があるのは考えられない。状況的に、途切れた国道の続きとみて間違いないと思う!
下りてみよう!!
法枠工を伝って、斜面の縁から8mほど下の平場へと向かった。
間違いねぇ! 終わったと思った未成道の続きだ!
これは、嬉しい発見だ!
おそらく他の道路とは真っ当に繋がっていない、隔絶された未成道の切れ端を見つけることが出来た。
それも随分と長い間、存在を忘れられていたのではないだろうか。そんな感じがした。
10:38
「現在地」の位置に、地形図に描かれていない道路がある。
前後とも、繋がっていない、孤立した未成道のカケラだ。
ここまで重機を導入して、斜面を抑える大掛りなアンカー工を完成させるところまでは工事が進んだようだ。
地盤に問題が大きかったのか、土工に先駆けて慎重な斜面対策を進めていた感じがする。
おそらく次は、先ほど歩いた“終点”との隙間を繋ぐつもりだったろうが、工事はその前に中断されたらしい。
竹林に半分埋れた、2車線幅の平場。
国道の幻が、見える。
おそらく30年近く放置されている未成の国道だ。
果たして、この道路を整備する計画は、今も生きているのだろうか……。
ここに居ても、それは分からない。
いまは専ら、猪たちの隠れた遊び場になっているようだ。
彼らのヌタ場があった。
また、この平場の中ほどから、今の国道がある谷底へ降りていく、小型の重機なら通れそうな作業道の跡があった。
こちらも竹林に埋れており、追跡はしなかったが、おそらく国道に下りられると思う。工事中はこの道を使って重機を運び込んだのだろうか。
さらに、斜面を直登する電線が平場を跨いでいた。
藤原集落と松江市側の集落を繋いでいるもののようで、電力会社の関係者が点検のためにたまに歩いているはず。彼らによって平場も発見されていたはずだが、気に留めたかは分からない。
10:40 《現在地》
平場の長さは50〜70mほどである。
安来市側の末端が明るい草の斜面に消えていたのに対し、この松江市側の末端は、谷の地形によって強烈にシャットアウトされていた。
谷は視線が通らぬ竹林に覆われているが、地形図を見る限り、50mくらいの橋を真っ直ぐ架ければ、再び地面に辿り着けるようである。
だが今度こそ工事の気配が全く感じられないのと、この竹林の急谷を横断するのは本格的に面倒そうなので、ここでしつこくした未成道の追跡を終えることにした。
ここを立ち去る前に、最後にもう一度、忘れられたような平場を振り返り、目に焼き付けた。
なぜ工事は中断されたのか。そして、今も国道として甦る芽はあるのか。それを知りたいと思う。
語りの古老を求めて、私は来た道とは別のコースで藤原集落へ向かった……。
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