道路レポート 国道229号雷電海岸旧道群 ビンノ岬東口編 後編

所在地 北海道岩内町
探索日 2018.04.26
公開日 2019.10.12

ビンノ岬トンネル東口へ


2018/4/26 5:16 《現在地》

鳴神トンネルの旧道を突破して現道へ戻ると、100m先には敷島内トンネルがスタンバイしていた。
地形的にもここは険しい。
前の鳴神トンネルは、トンネルがなくても海際の通過は可能だが、土砂災害への備えとして作られたものだった。
しかし次の岬は、突出の規模としてはさほど大きくないが、よく切り立っているために、トンネルを使わずに車道を開通させることは難しそうである。
それゆえ、かつて海岸道路(雷電道路)開削にあたって最初の関門となり、1本目のトンネルが掘り抜かれたのである。

敷島内トンネルは、『道路トンネル大鑑』に、次のデータで記載されている。

敷島内トンネル
竣工年 昭和37(1962)年
延長102m 車道幅員5.5m 限界高4.5m

しかし、実際には路盤を含めた完成が昭和37年だっただけで、それより10年も早い昭和27年には開通し、ビンノ岬トンネル以奥の工事車両などが通り抜けていたのである。 そのため、貫通時期だけでいえば、雷電海岸にある国道のトンネルで最も古い。



しかし、現在ある敷島内トンネルの坑門は、直前の鳴神トンネル(昭和58年竣工)以上に新しく見えるし、幅や高さも明らかに『大鑑』の数字よりも大きい。

そのうえ、坑門の右側には意味深な余地があり、視線を余地の向こうの岬まで向けると、そこに海蝕洞のような暗がりが見えるので、オブローダーなら誰もが旧トンネルの存在を疑うことだろう。当然、私も見に行った。
だが、現在ある敷島内トンネルは、昭和37年に竣工した敷島内トンネルを拡幅延伸したものであるらしく、別の旧トンネルは発見されていない。



『北海道の道路トンネル 第1集』より


左の写真は、『北海道の道路トンネル 第1集』(監修:北海道土木技術会道路トンネル研究委員会/昭和63(1988)年刊)に掲載されていた、敷島内トンネル東口(=現在地)の坑門写真だ。

自然石のタイルで化粧された姿をしており、断面も小さいので、今と異なる坑門に見えるが、位置はほぼ同じである。
そして、この『北海道の道路トンネル』でも、竣工時期は昭和37年とされているが、なぜか全長146mと記載されており、『大鑑』より40m近く延びている。
おそらく、同書の調査時点までに、坑口の延伸工事(つまり崖から離す防災対策)が行われたのだろう。だから、写真の坑門は“2代目”だったはずだ。




そして、現在ある坑門は“3代目”となる。

最新の緒元は、入口内壁に飾られている立派な銘板に詳しく書かれており、平成15(2003)年竣工、全長137m、幅員9.75m、高さ4.7mなどと、見事に現代風大断面に刷新されていた。
とはいえ、長さはほぼ変わらないし、旧トンネルも見当たらないから、同じトンネルであろう。
上手い具合に活線(全面通行止めにしないこと)のまま拡幅工事を行ったようだ。

その際、観光地らしかった石タイルの飾り付けを止めてしまったのは、工事が道路防災事業として行われていたからだろうか。




この岬のこの位置に、雷電海岸道路の黎明を告げる最初のトンネルが貫通してから、70年近くも経過しているのに、そしてその間ずっと我々を通してきたというのに、その歴史の積層が景色から見て取れないのは残念なことであり、気の毒なことでもあると思う。

同じトンネルを改築し続けた結果、新しいトンネルは常に旧いトンネルを埋没させてきてしまったのである。
だから、風景から感じとれないとしても、せめて、歴史を語ってあげたいと思わせるトンネルだ。

直線、特に面白みのない137mを貫通し、再び外へ出ると、また100mくらい先に、次なるトンネルの入口が待っていた。
雷電海岸最長のトンネル、雷電トンネルである。




『北海道の道路トンネル 第1集』より

5:18 《現在地》

左右は、敷島内トンネル西口の新旧(2代目・3代目)比較だ。

以前は東西坑口の外見が違っていたことが分かる。
これは、雷電海岸の玄関口として、東口だけタイル装飾が行われたのか、或いは、昭和37年の竣工後に延伸が行われたのは東口だけで、西口は開通当初の姿を保っていたのかもしれない。
ただ、いずれにしても、現在ある坑口には過去の面影はみられない。
一応、扁額だけは移植されて、同じものが使われている可能性はあるが…。



しかし、旧(初代)敷島内トンネルの幻想を捨てきれない私は、この西口でもわざわざ路外に出て、海岸線を少し歩いて、岩場にその痕跡を求めた。

岬の岩場は現在進行形で大きく崩れており、トンネルがあったとしても破壊されていそうな有様だったが、トンネルへ通じる路盤の形跡もまるでないことから、やはり3世代の敷島内トンネルは同じ坑道を利用した改築だったと断定した。

また、敷島内トンネルが建設される以前に使われていた徒歩道(大正6年地形図参照)が、この岬をどうやって越えていたかも見極めたかったが、特に道の痕跡らしきものは見当たらなかった。
さらに、当時の地形図ではこの狭い浜にいくつもの家屋が描かれており、そこに「雷電」という集落名の注記もあったのだが、いまあるのは国道だけで、集落の痕跡も皆無だった。



雷電トンネル東口。

全長が3570mもある、開通当時道内第3位の長さを誇った道路トンネルだが、その割に別段何かを構えさせるような威圧的なものは何もない。飾り一つない。
つまらんくらい何もない、シンプルに覆道を兼ねた四角い坑口へ、国道は吸い込まれている。
ただ、「雷電トンネル」という名前は、容赦なくかっこいい。




この長いトンネルは、昨日車で一度往復しているので、自転車で入るのは遠慮する。
自転車だと10分くらいで通過できるだろうが、抜ければ即座に昨日のスタート地点である。
そんな乾燥した10分に、昨日の数時間に及ぶ苦闘の全ては呑まれてしまうのだ。
現代土木技術の偉大さを思う時間にしては、いかにも短いし、自動車だともっと短い。乾きすぎる。



昨日とは打って変わって、苦闘も盛り上がりもないまま、一連の探索の最後の区間へ。
だが、私は退屈とは無縁の満たされた気分だった。
昨日あれだけ苦労した景色に繋がる片割れ探索するのは、穴埋めパズルの終盤のような達成感があって、心地よかった。私は勝者の気分を噛みしめていたのである。

雷電トンネル東口のガードレールを自転車ごと乗り越えて、道としてはどこにも全く繋がっていない、切り離された行き止まりの旧道へ進入した。
この先はあと200mほどで、ビンノ岬トンネルの東口へ達するに違いない。




特に飾り付けのない清潔質素な雷電トンネル東口だったが、ドライバーから決して見えない“本当の坑門”は、「お前本当に平成10年代着工&完成のトンネルなのか?」と疑いたくなるほど、化粧っ気がないのを通り越して、もうゾンビみたいな姿をしていた。

強度的には何ら問題はないというか、むしろもの凄く分厚く強固に作ってあるのだろうが、とにかく汚い姿だった。
最初から覆道を接続して作られたので、一瞬だって人前に出るつもりがなければ、こんな感じの仕上げないコンクリートが、一番安価なんだろう。
(もっとも、建設中、今いるこの旧道からは見えていたと思うが)




あ〜…… これ…

この空疎な感じ、いかにも昨日の道の続きだなってカンジがする。

平成15年まで現役だっただけに、鳴神トンネル旧道のような狭っ苦しさは皆無だ。
線形も良く、普通に現役でも良さそうな道だが、わざわざガードレールを取っ払ってあるのが、昨日の区間とそっくりだ。
空疎、空虚、未成道みたいな空気感だ。

路面状況が良いので、自転車はスイスイ進む。
前方にはビンノ岬の出っ張りが、みるみる膨らんでいった。
終わりが近い。




出た。 雷電トンネル東口とよく似た形だけど、あちらにはない装飾を持った、ビンノ岬トンネルへ通じる覆道の坑口が。

ちなみに、ここから海岸伝いにビンノ岬トンネルの迂回を試みることは、行わなかった。
そこにも、大正6年の地形図には例の海岸道が描かれているので、その痕跡を探す価値はあると思うが、今はリスクを増やしたくない気分だったのだ。
昨日裏側を見ているから、どうせ通り抜けは出来ないし、しかも目的地に価値がない。そのうえ、立ち入れば、引き返すのが下手な私は、きっと簡単には済まなくなる。
いつかならやっても良いが、昨日の今日ではないと感じた。




『北海道の道路トンネル 第1集』より

ビンノ岬トンネルも、昭和32年には貫通していたが、正式な竣工は昭和37年であり、さらに開通後しばらくして、この覆道の添接が行われた。

覆道の入口には立派な扁額があり、「ビンノ岬トンネル」と刻まれていた。
そして、この特徴的な石タイル張りは、2代目敷島内トンネル東口と同じ意匠だ。……同じ時代を生きた仲間だものな。いまは仲良く過去帳入りしてしまった。

風雪に耐えきれず、自慢のタイルも剥がれてきているのが悲しい。装飾あるが故の悲しみだ。飾った頃には、この道でずっと行こう、行けると、そう信じられていたのだと思う。



まるで、“ミニ樺杣内覆道”だな。

洞内は、昨日の樺杣内覆道にそっくりだった。
そして、入口から30m足らずで、予期していた閉塞壁が待ち受けていたが、その分厚いコンクリートの壁を口惜しく見ないで済むことが、とても誇らしかった。
俺は知っている。
この裏側がどういう世界であるかを。 …えへへ。




5:22 《現在地》

ビンノ岬トンネル東口到達、成功。

これにて昨日やり残してしまった、雷電トンネル旧道の未探索部分は消えた。
一旦スタート地点へ引き返し、車で移動しよう。

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