今回は、“日本一途切れがちな主要地方道”こと、富山県道67号宇奈月大沢野線の初めての現地レポートである。
既報の通り、この県道には起点から終点までの間に計10箇所もの分断区間があり、県道としては繋がっていない状況にある。
今回紹介する<区間L>も、そうした分断区間に挟まれた区間であり、かつ本県道の単独供用区間(実延長に含まれる区間)の中では“最短の区間”である。
最長や、最短を、テーマにするのは、“道路趣味あるある”だが、ここまでマニアックな“最短”を拾ったのは本稿が最初ではないかと思う(ワカランケド)。
今回紹介する<区間L>の周辺を少しだけ拡大した地図だ。
本県道の起点である黒部市宇奈月町下立の愛本橋袂にある県道13号と14号の交差点から、250.7m西に進んだ下立交差点までの区間が、県道67号として供用されているものの、この区間は全船が県道14号との供用区間であるため、実質的には県道14号として管理されている。
そして、下立交差点で一旦途切れた本県道(分断10)は、そこから直線距離で約4.2km西に離れた同市宇奈月町栃屋地内で唐突に再開する。が、僅か256.6m進んだ地点で再び途切れて(分断9)、次に再開するのは直線距離で約2.8km南西に離れた同市尾山の県道125号路上である。
上記の太字部分が、今回紹介する<区間L>である。
なお、私がこんなマイナー県道の中でもとびきりのマイナー区間の存在に気付いたのは、富山県が公開している道路台帳閲覧システムのおかげである。
上図がその画面表示のキャプチャで、中央の“赤矢印”の位置にポツンとほんの一塊だけ、主要地方道を示すライム色の線が描かれている。
チェンジ後の画像は、当該部分を拡大したものだ。
下地となっている地理院地図の上に、ほんのカーブ2つ分だけの主要地方道が、はっきりと描かれている。
前後にも道が通じているから、辿り着くことは難しくないだろうが、前後の道は県道ではないのである。
果たして現地には、この区間“だけ”が県道であることが分かるような“何か”は、あるだろうか?
あったらますます面白いと思うが、何もないというのもまた味があるかもしれないな…。
なお、道路台帳閲覧システムの名前は伊達ではなく、そのまま表示した区間に対応した道路台帳図を見ることが出来る。
上図が、この孤立した<区間L>の道路台帳図(元リンク)である。
本来の画像はノースアップではないので、他の地図と対応させやすいように回転させてノースアップ化している。
細かな数字などは、元リンクで見て欲しいが、この図のグレーアウトしている部分が、県道67号の道路区域である。
道路区域が指定されている≒供用中である。
この場所に限った話ではないが、道路区域はいわゆる路面だけではなく、道路管理者が管理する道路周辺の区域を含む。この図でも道路周辺の法面や擁壁が道路区域になっている。
各測点ごとの道幅や区間の長さも表示されているので、この<区間L>が全長256.6mであるという情報は、そこから読み取ったものである。
この詳細な道路台帳図さえあれば、<区間L>の精密な3D立体モデルを3Dプリンターで出力することも出来ると思うが、もちろんそんなことをする人はいないと思う(笑)。
……とまあこんな具合で、現地を見る前からいろいろ知りすぎていたのであったが、それでも現地を見なければ分からないことはあるはずだし、そもそも、この区間の存在を知るためには、この台帳を見る以外の手がなかったのである。
ここまで、既に公開済みの導入や解説編を含めると、いつになく長い前置きになってしまったが、ようやく現地の風景を開陳したい。
これが、県道67号の実況(実延長60km中の0.3km)だ!!!
2026/5/9 14:47 《現在地》
上記 《現在地》にあるこの無名の交差点から、レポートを開始する。ここは既に目指す県道があるのと同じ、黒部市宇奈月町栃屋地内である。
なお、周辺の幹線道路からこの場所に至る経路は幾つかあるが、どれを選んでも到達難度に大差はない。現在地が標高200mを越える丘陵上なので、道中に上り坂はあるものの、普通に鋪装された1.5車線程度の市道であり、自転車でも乗用車でも(迷わなければ)簡単に来ることができるだろう。
敢えてこの交差点からレポートをはじめる理由は、ここが起点側から県道67号に辿り着く前に通る、最後の交差点だからだ。
ここを直進して進むと、約300m先から県道67号になる……と、道路台帳は教えてくれていた。
また、この交差点には、チェンジ後の画像に付した二つの○印の位置に、案内標識や道路標識が設置されている。
この先の県道と関わりがある可能性があるので、これらをチェックしていこう。
まずは、“ピンク○”の所にある、激しくツタに絡まれているヤツから……。
ツタ〜〜ン
――な状態になっているのは、以外にも新しそうな青看だった。
というか本当に新しいかも。
だって、行き先の一つとして表示されている「くろべ牧場まきばの風」は、平成26(2014)年以降のネーミングだ(それ以前は新川育成牧場といったらしい)。よく見ると、この地名だけ貼り替えた形跡があるから、青看自体がどこまで新しいかは不明だが、少なくとも最近まで手入れされていることは確かだし、ボロくはない青看だった。 ツタ〜ンだけど。
ちなみに、県道に繋がっている方向の案内が「くろべ牧場まきばの風」で、反対側には県道67号の起点の地「宇奈月」が案内されていた。
偶然かそうでないのかは分からないが、この青看の案内する内容は、県道67号と重なっているようだ。
“赤○”の位置にあったのは、道路標識だったが、これもちょっとばかり普通じゃなかった。
「最高速度」と「交差点あり」だが、どちらにもオリジナリティがある。
2枚に共通するのは、“牧場感”だ。
この周辺の道路、現在は市道なのだが、もしかしたら過去にはいわゆる牧道(これは道路法の道路ではない)だった時期があるのかもしれない。
そんな道の行く先に、今は県道が(ちょっとだけ)あることになっているのだから、ますます興味をそそられるのである。
こんな標識たちが出迎えてくれた交差点を、「新川牧場(=現:くろべ牧場)」方向へ進行する。
県道出現まで、残り300m。
14:48
いつもの自転車で進行中。
県道出現まであと200m。
道は緩やかな上り坂で、幅は余裕のある1.5車線。普通車なら普通にすれ違えるレベルで、仮にここが県道67号だと言われても、100%信じられる整備水準。てか、県道67号の現道には、ここより遙かに低い整備水準の区間がごまんとあるのを知っている。
が、ここは確かにまだ市道である。
路線名については机上調査で判明したのだが、黒部市道栃屋金比羅線という。
傍らに、県道にあっても違和感がない感じの速度抑制看板があったが、設置者は「宇奈月町」とある。
宇奈月町自体が既にない自治体(平成18(2006)年に合併)だが、もしここが県道だったら設置者は「富山県」であろうから、やはりここは市道(元町道)である。
14:49
引き続き直線的な登り坂。
道路状況に変化無し。
県道まで、残り100m切っている。
ってことはつまり、奥に見えるカーブ辺りから……県道?!
14:50 《現在地》
「県道67号宇奈月大沢野線だぁ〜〜〜!!」
ってここで騒いだのは、人類では私が初めてかもしれないと思ったwww
そのくらい、道路台帳で知らなければなんてことのない、どこにでもありそうな、ただちょっと道が広く、あるいは新しくなっているだけの変化だが、ここが県道67号である。
道路に目ざとい諸兄であれば、なるほど鋪装が打ち替えられているところが、管理者が市と県とで替わっている証しなんだなと、解き明かすだろう。
私も、まさに得たりと、上機嫌でそう信じた。
が、現実は甘くない。
この鋪装の打ち替えは、確かに県道であることと無関係ではない(県道としての打ち替えだろうから)が、台帳を見ると、実際はこの鋪装の切れ目から31.8m戻った地点が、市道と県道の境目だった。
つまり、振り返って撮影したこの写真のチェンジ後の画像に示した部分が、県道である。
台帳を見る限り、ちょうどこの境目のところから法面が変化していて、要するに県道として施工された法面なんだろう。藪でよく分からないが。
……だからなんだっていわれれば、ほんと返す言葉もないんだが、これはそういうどうでも良いことを楽しむレポだからね…。
というわけで、全長256.6mの<区間L>は、もう始まっていた。
気付いた時点で、既に31.8mを通り終えていて、残りは224.8m。
県道になってすぐに道幅が広くなった。
それが目に見えて分かる、最大の変化である。
既に消えかけているものの、センターラインが敷かれているのが分かるだろう。
ここは2車線道路なのだ。今まで1.5車線だったのに、県道になった途端2車線になっているのは、ちょっとだけ矜持めいたものを感じた。
また、分岐からここまで直線的だった道が、ここでぐねぐねと蛇行をはじめた。
カーブミラーが設置されているが、それがないと先が見えないくらいのカーブである。
線形的には、むしろ県道になって条件が悪くなった感があった。
キターー!!! “準・県道の証し”的存在を発見!
デリニだ、デリニだ、デリニエータ(反射材)だ!!!
先ほどまでの市道区間では見なかったデリニエータが急に現れ、そこに「富山県」という文字が刻まれていたのである!
これは、県道標識“ヘキサ”に次ぐレベルの“県道の証し”といえた。
(正確には県管理道路の証し。県が管理している国道(=指定区間外)や広域農道などでも見られる)
このポールタイプのデリニエータの支柱部分には、都道府県管理の道路は都道府県名、国管理の道路は「国土交通省(昔なら「建設省」)」の文字が刻まれ、市町村管理の道路は何も書かれないという“経験則”がある。絶対ではないが、基本的に誤りのない則である。
14:53 《現在地》
にしても、本当に線形が良くないな!
登り坂の頂点と、斜面に進行方向をブラインドされた急カーブの複合である。
その線形のワルさを詫びるかのように、真新しい鋪装と2車線は確保されているのだが、ほんと線形良くない! 見た目新しそうなのに!
……で、これも台帳を見た時点で予想が付いていたが、この線形のワルさは、災害の結果であると思われる。
このワルい左カーブの始まりの所に、夏草に隠されつつある車止めが並んでいるが、ここからカーブの外側を見ると……(↓)
ご覧の通り、そこには封鎖されて使われていない、カーブ一つ分だけの“ミニ廃道”が存在する。
路肩の谷をインカットする位置にあり、線形的にも、道幅的にも、これこそ県道に相応しいと思えるものなのだが、使われていない。
その理由が道路災害であることは、台帳からも、現場の風景からも、容易く見て取れた。この先の路肩が大きく崩れているのである。
理想的な線形を災害に邪魔された県道は、元の位置に道路を復旧させることを現時点では諦めているようで、谷奥へ迂回する妥協的な線形を選んでいる。
状況的におそらく、この線形は道路としての先祖返りだと思う。
最初はこの位置に道があり、次にインカットの新道を作ったが、そこが駄目になって元の谷に道を戻した感じ。
そうでなければ、この場所にだけ妙に古めかしい道路標識が並んでいることの説明が難しい。
最近、「徐行」なんてなかなか設置されないからね!
見慣れた車が停まっているこのカーブ辺りで、県道区間の始まりから130mを通過。
すなわち、県道区間は残りあと半分!
14:54
小さな谷を回ると、道は再び斜面へと引き出される。
この辺り、道がとても新しい。法面に樹木がないのも、その証拠だ。災害があったのは、最近のことらしい。
県道になったのがいつなのか分からないが、たぶんそれよりも新しいだろう。
右側の白いガードレールのところが、被災した旧道との再合流地点であるが、そこにあるカーブの内角が尖っていて、いかにも仮設道路的である。
通常はカーブの前後に緩和曲線が入るので、こんなにカチッとした曲がり方をしない。
これは細かな設計を省略された仮設道路などでよく見られる特徴だ。ひとことで言えば、設計がエレガントでない。
左が路肩の崩壊によって放棄された“旧道”で、右がそのさらに旧道があった位置に復旧された“現道”である。
市道に前後を挟まれて、そこだけが県道であるという256.6mの区間は、この斜面崩壊に伴う路線変更が見て取れる区間と、ほぼ合致している。
これは流石に偶然の一致ではないと思うが…。
この斜面沿いのストレート。
切り取られた法面が高く、路肩の補強も念入りで、いかにも災害復旧から生還してきましたよって感じの風景だが、
デリニが「富山県」をすげ〜〜主張してくるじゃん!www
もしもだよ、
県道昇格→県が谷をインカットする新道を作った→崩壊→復旧という時系列だったら、これは相当のマッチポンプだぞw
そうじゃなくて、
町か市が谷をインカットする新道を作った→崩壊→県道昇格(やれやれ、県道として治してやるよ…)→復旧という時系列なら、県は一転してヒーローなんだけどね…。
これ、どっちなのか結構気になるな。 気にならない?w
14:56 《現在地》
そんなこんなで、早くも台帳に示されている県道区間の終わりに迫った。
この次のカーブを曲がり終えたところで256.6mの<区間L>が終わり、その先はまたもとの市道栃屋金比羅線である。
県道終了。
県道区間が終わると、鋪装が変化し、道幅も2車線から1.5車線に戻る。分かりやすい。もちろん、デリニエータの群落もここまでだ。
振り返って見る。
一応デリニエータという重要な“証言者”はいたものの、“ヘキサ”はなく、特に道路に興味がないドライバーにとっては単純に、ここだけ道幅が広くなっている区間だという程度の認識だろう。
実はここだけが県道になっているなんてことは思わないと思う。
ましてやその県道が、富山県が90年代初頭にグラウンドデザインへ書き加えた、壮大な“東部山麓道路”の切れ端だなんてことは、思わない。
14:59 《現在地》
本当に何事もなかったかのように256m前の感じに戻った市道を、さらに200mばかり進むと、道が再び分岐していて、そこに展望台がある。
標高250mのこの場所からは、眼下に黒部市より魚津市へ連なる平野を見下ろし、空気が澄んだ日には富山湾越しの能登半島を見ることもできる。
この綺麗な風景が、県道67号の車窓になる収まる可能性があるのだろうか。将来的に。
なぜここに飛び地的な県道が存在するのかという疑問は深いものがある。
疑問の答え探しは、机上調査へ持ち越した。