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<読者さまにお願いしたいサイト貢献>
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2024/11/5 9:45
渡り板一枚の超狭路を辛くも通過し、E段目の終盤へ。
ここでは道が、笹と灌木による激しい領土拡張戦争の前線になっていた。
いずれはどちらか勝者によって道は支配されるだろう。肩身狭く、通過する。
9:46〜9:53 《現在地》/海抜1800m
現れた。これが林道山田入線、最後の切り返しだ。
E段目を終え、最終F段目へ突入する。
標高もここで遂に1800mの大台へ!
F段目も、物凄い急坂から始まっている。
それを見て、そして自分を見て、息を整える必要を感じたので、5分間の休息をとった。
9:54
再出発直後、F段目冒頭の強烈な登りを、静かな煙雨に晒されながら、極めてゆっくりのペースで進んでいく。
歩いて押した方が速そうだが、押している自分よりは漕いでいる自分を峠に見せたい心境で、頑張って漕ぎ進む。
こんなことばかりやっているから、私の自転車のチェーンはすぐにだるんだるんになってしまう。
9:56
前方、見知ったトンガリ岩のシルエットが見えてきた。
あのひときわ鋭く尖ってよく目立つ岩に対する私の過去の複数の目撃体験は、毎回私を激しく興奮させてきた実績がある。
近いところでは【15分前】
に直下のE段目から見上げたし、【約30分前】
にはB段目から仰ぎ見た。その一番最初は【約1時間前】
の@段目の終わりまで遡れるのである。
ある種の箱庭感がある閉じた谷の中で、縦にも横にも最大限に動き回りながら、一つの峠に立ち向かってきた。
9:57
完全に遠景がゼロになってしまった。
結局私の峠路の最後は、雲の獄舎に繋がれままに終えるということになる。前世は高僧だって? 徳? 何言ってんだこいつ。
一時期は本当に快晴を望みうると感じるほどに急好転していた空模様だったが、翻って見れば、全ては山の天気の変わりやすさに翻弄されたまでだった。
とはいえ、一度の探索でこれだけ色々な道の表情を見られたことは、むしろラッキーだったろう。
それに、あの一時の好天がなければ、この道の魅力のうち視覚にかかる部分は十分に体験できなかったと思う。
霧の中の景色は、こんなんだからね……。
高山の荒涼感がマシマシとなったシチュエーション自体は好きなんだが、レポートとして景色を伝えることは無理である。
一応これは路肩から下の段を見下ろしている。
良く見ると、右にD→E段目の切り返しの部分があるだろう。それしか見えない。
本当はその下にB→C段目の切り返しもあるだろうし、もしかしたらずっと左奥に@段目やA段目が見下ろせるのかもしれない。
その辺の見晴らしは今回お預けになってしまったが、もし好天時に同じ様なアングルを撮影されている方がおりましたら、どうか写真をご提供ください。追記で公開させていただきたく。
9:58
……といった辺りで、4時間近くかかった林道走行も、いよいよ最終局面か。
ケーキに入刀して1ピースだけ取り除いたような、荒々しくも整然とした感じのする、深い岩の切り通しが現れた。
その先には、もう切り立つ岩のシルエットはない。多分に高原的な、信州の峠らしい風景がありそうだ。
これが峠前の“最後の門”と直感した。
そして実際、この印象は間違っていなかったのであるが、
そんな場所に、私の素通りを許さない予想外の発見があった!
9:58
なぜか、素掘り隧道のような穴が、開いている。
切り通しの、谷側に残された、岩山に。
切り通しの、こんな場所に、貫通した穴があるのは、想定外すぎる。
どう見ても、切り通しに面している岩の面は、自然の地形ではないと思うが、そこに穴が開いていた。
現在地はここ。
もうほとんど峠の頂上に着いているのであるが、まさかこの場所の道路脇に、峠の反対方向へ穴が貫通している。
天然? 人工物? どっち?!
見ての通り、穴の中は下り傾斜になっている。
それも人工の通路としては、あり得ないくらいの急な下りである!
ならば、天然の穴と結論づけたいところだが、どういうわけか、穴の下に明らかな人工物が見えていた……。
……なんだあれ? 治山工か…?
少し離れた位置から地形の全容をチェック。
穴は、チェンジ後の画像に示した位置を貫通している。
この場所の下に別の道とかはなく、ただ斜面があるだけだ。
だからここにトンネルを掘り抜くような動機を想定できない。
強いて言えば、穴の上から見通せる治山用の土留めのようなものがあるが、これは穴を通らなくても簡単に外の斜面からアプローチ出来る。
状況的に、天然の穴である可能性が極めて高いが、よくも綺麗に貫通したものだ……。
穴の下口へ、斜面を歩いて近づいてみた。
下口は、上口よりもラッパ状に広がっており、やはり天然の洞口っぽい。
そのまま下口から潜り込んで、外を振り返った。
見ての通り、洞口附近にコンクリートの斜面工があって、林道の路盤を支える役目を担っている。
そして最後は穴の中を攀じ登るようにして、もといた林道へ復帰する。
穴の中も人工的な掘削の痕跡はなく、やはり天然の地形だと思う。
結構広いので、雨風を凌ぐビバークには使えそう。洞内に平らな場所がないのは不便だが。
10:02
そして路面へ、土管から出てくる配管工のように、下から登場する。
登場しながら、切り通しの向かい側の壁を見ると、なんとなく穴の続きだったような凹みがあった。凹みの中は黄色っぽい土砂で覆われている。硫黄とかではないと思う。
この穴が誕生した経緯はおそらく、次のようなものだと思う。
岩盤の中で、熱水変質作用を強く受けた部分が行き止まりの空洞を生み出した。後に林道の切り通しが偶々この空洞にぶつかり、貫通した穴を生じた。
私を足止めした穴を、後にする。
10:03
再出発から1分以内で、おそらく峠の頂上に待ち受けているようなものが、霧の奥に見えてきた。
地形的には、ほとんど何も見えないが。
結局、最後までダブルトラックの新しい轍が復活することはなかったな。ここもガレガレの川底みたいな路面状況。
10:05
ゲート!
起点から0.6kmの位置にあった【閉じたゲート】
と対になる、万座峠のゲートだ。
ここは約8.3km地点だから、封鎖されている区間が7.7kmあったことになる。
開かずの状態が長く続いているゲートであり、ゲートそのものが自然に還りつつあるように見える。
相変わらず深い霧のために地形の全容が掴みづらいが、ここが峠なのは確かである。
ゲートの位置がぴったり県境なのかは分からないけれど、峠の向こう側の斜面は完全に群馬県嬬恋村だ。
万座峠の海抜は、種々の資料に共通した1827mという数字が述べられている。地理院地図上でも同程度である。林道が整備される以前から、この標高は変わっていないようだ。
4時間以上を費やした、孤独な長い上りの果てに、辿り着いたゴールである。
山チャリストとしても、オブローダーとしても、とても充足感のある探索が出来た。
達成感は大きかったが、なんとなく、歓喜の叫びを轟かせる雰囲気ではなかった。
それに、長年封鎖されている道の現状を踏まえると、道の頑張りを讃える叫びも、独りよがりになりそうだった。
峠の側からゲートを振り返り。
白一色に塗りつぶされている虚空に、どんな絶景が収まりうるかは、ネット上にもいい写真が沢山ある。
だが、私は私なりの補完を、この後に机上調査として考えている。
それはそれとして、現地では悔しかったよ。見たかったからね。長い登高が報われるような絶景を。
最後の最後で「見せられないよ」は、無体である。
あと、赤いジャンパーが1着、ゲートか何かの金属柱に“着せられて”いた。
霧の中でもよく目立つ目印になっているが、ちょっと不気味かも。
地図を見ると、万座峠の頂上が林道山田入線のゴールで、峠の稜線に沿って走る県道と直ちに接続している。
だが実際は、上記のゲートと県道接続地点の間に、30mくらいの距離がある。
写真の右に見えているのがその区間で、傍らに色褪せた2枚の看板が立っている。
1枚は、元の配色の見当がつかないくらい白く退色した、「林道 山田入線 終点 幅員4.0M 延長8350M」の文字がうっすら読める林道標識。起点側では見なかった。
とても古そうなので、開通当初(昭和40年代)からのものではないかと思う。
もう1枚は、いろいろな場所で良く目にする土砂流出防備保安林の案内板。
描かれている地図に目を向けると……
こちらもかなり年季が入っている。
例えば、この万座峠で接続している県道の路線名は牧干俣線というのだが、図の中では湯沢牧線と書いてあり、これは古い名前だろう。
以前探索した南志賀パノラマルートも描かれているが、一部が点線になっているから廃止された後らしく、廃止部分を迂回する現県道が「林道七味笠岳線」として描かれている。これは昭和50年頃の状況かと思う。
10:08 《現在地》/海抜1827m
ああ! ちゃんと舗装路があった!
しかも、霧を割いて車も走っている。 ホッとした。
この道路は、群馬県道・長野県道466号牧干俣線であるが、上信スカイラインという愛称の方が広く知られていると思う。
万座峠は近世以前からの長い歴史を有するが、その車道化である林道山田入線よりは、上信スカイラインの歴史が長い。
林道が頑張って万座峠へ辿り着いた時点で、既に峠の群馬県側にはこの上信スカイラインがあった。
同じ峠に複数の経路があるときに、たいていは、古い道が消え、新しい道が生き残るが、ここは単純にそうなってはいない。
万座峠は、かつての“越される峠”から、尾根道の途中にあって“越されない峠”へ、性質を変えている。
分岐地点を県道側から振り返り。
かつてはそうではなかったのかも知れないが、現状、ここが万座峠だという案内はないし、ここから長野県側へ下って行ける道がある(あった)ということも、分かりづらい。ちょっと広場があるくらいで、なんとなく通り過ぎてしまう地点になっている。
でも、ここが“越される峠”であった、多くの人々が足を停めた場所であった、その名残がまだあった。
写真の右端の辺りに、ぼんやりと赤いものが見えると思う。
お地蔵様を発見。
近年の再建かもしれないが、林道山田入線に由来するものではないと思われ、古道としての万座峠に由来するのであろう。
登るだけ登って突き詰めたのに、辿り着いたゴールは白一色で、しかも見知らぬ県道に放り出された。
そんな宙ぶらりんの結末に浮ついた心が、これを見つけてようやく、着地点を見つけた感じがした。
歴史のある峠に、新たな活躍の時代をもたらそうとした野心的な林道は、その野心ゆえに身を滅ぼしたのだろう。
合掌し、探索終了。
ちなみにこの後は、来た林道をそのまま自転車で戻り、1時間10分でスタート地点へ帰還した。
万座峠 到達!