2009/7/30 16:11
二度目の五大堂奥の探索で精根尽き果てた私は、これ以上山上を捜索しても行き倒れになると思い、苦渋に満ちた下山の決断を下した。
すでに午後4時をまわった山中からは、潮の引くように観光客達の姿が消えていった。
残っている人々もみな私と同じく階段を下る最中で、下界に待つ観光バスや、そう頻繁運行ではない仙山線の駅へと急いでいた。
このまま山門を出てしまえば、チケットの効力は切れてしまう。
最後まで諦めきれず、周囲を捜索しながら下っていくと…。
山門まで残り100mくらいのところ、笠石と呼ばれる辺りで、電光型に折れ曲がった参道の外へ延びる、一本の “けもの道” を発見!
情報提供者の言葉が脳裏をよぎる。
「観光客が通る階段をちょっと外れて
獣道のようなところを少し行くと、
うっそうとした林の中に、
直線で50m分くらいの滑り台跡が残っていました。」
怪しいぞ、ここ!
“けもの道” を、
20mかそこいらの僅かの距離分け入ると…
!
!!!
あった!
すすすっすっすべり台!
発見されたすべり台は、私がかつて体験したすべり台とは一線を画するものだった。
つうか、マジでこれがすべり台か?
さっき見た流水溝とあまり違わないんだが…。
32才の私が知っているすべり台は、まず金属製、あとはローラー製のもの。
コンクリート製は、稀にあるゾウやタコを摸したすべり台しか知らない。
また、こうした山の斜面そのものにすべり台があるというのは、幼少の記憶としては無く、大人になってから稀に地方で見ることはあったが、それらはみな始まりと終わりを見通せるような規模のものだった。
それにしても、尋常ではない勾配。
背景の杉の木は直立していると考えて勾配を計ると、約30度あった。
これを道路勾配の%表示に換算すれば…、約 58 %。
普通じゃない!!
もっとも、すべり台としてはこれが普通で、このくらい無いと途中で止まってしまうような事になるのかも知れない。
確かにその辺の公園にあるすべり台だって、道路で考えればとんでもない勾配がある。
一方通行が補償されていて、操縦の必要が無く、普通は速度超過も緩やかに受け止めてくれる緩衝帯がある(終わりは砂場)“すべり台”と、一般の道路とでは、その設計概念が全く異なっているのは当然のことであろう。
そう、アタマでは理解していても…
この立石寺のすべり台は、実質的に“交通の便に供せられて”(=交通路)いたんじゃないのか?
どちらかというとこのすべり台は遊具と言うより、都会の近郊の著名な寺山に決まってある観光客や参拝客向けのケーブルカーやロープウェーを、より安易安価に導入した装置のように思えるんだが…。
感想はさておき、登っていこうか。
正直、もう足が山を登りたくないと訴えていたが、ここまで来て引き返したのではオトコが廃るというもの。
これが最後の一番とハッパをかけて、いざ、すべり台の近くの斜面を上り始める。
ちなみに、すべり台の中は絶対に足を踏み入れられない。
雨が降れば流水溝のようになるらしく、目には見えないヌメリがある。
試しに片足を入れてみたら、一瞬で持っていかれそうになった。
すべり台はいまでも滑るに良い(良すぎるくらい)が、死への片道超特急を覚悟しなければならない。
…そうこうしているうちに、前方に変化が…。
カーブ
キタ――!
無茶だろ〜。
このカーブ、一体どれほどの血を吸ってきたんだろう…。
怪我人続出で封鎖というのも、本当の話っぽくないか…。
カーブの上はここよりもっと急勾配という……。
せめて、カーブ外側の壁は高くして欲しかったぞ。
速度調節を誤ればコース外に放擲されるのは当然だが(オイオイ…)、その行き先がまた奮っている。
そこには、ちょうど良い具合にこの岩場(→)
香の岩 があなたを待っているのだ。
コースアウト → 放擲 → 下界直行 → dead end…
ゲームじゃないんだから…。
あり得ない
急☆勾★配!
最初に見た30度(58%)は、実はゴール間際と言うことで、減速のためのセーブされた勾配だったらしい(苦笑)。
脇を登っていくのもしんどいほどのこの勾配は、実際に滑ってみたいとは万に一つも思わせない。
現役当時を知る方曰く(感想コメントありがとうございます!)、子供は危ないから親同伴でしか滑らせなかったそうだが、「危ない」と分かっているなら滑らせるなよー(苦笑)。
「緩和曲線って何? それって美味しいの?」
設計士達の間でそんな言葉が交わされたのではないかと思われるほど、すべり台はクイックリィ&トリッキィに右左折を繰り返していた。
これは、真っ直ぐ斜面を駆け下ると勾配が厳しくなりすぎて危ないから備え付けられたカーブだと思いたいが、
実際には、「グネグネしてた方が楽しくね?」だったりして。
“滑り殺す気” 満点である。
昭和40年代に生を受け、瞬く間に廃止されたというこのすべり台。
意外によく原形を留めている。
完全にコースが壊れている部分は無い。
まあ、コンクリートの側溝だと思えば、4〜50年無傷で残るのも不思議はないのかも。
それにしても、カーブには少しで良いからバンクを付けて欲しかった。
あと、何度も言うが、外側の壁はもっと高くても良いのではないか。
マジで “滑り殺す気” 満点である。
で、ここがコース内でも一番急勾配と思われるエリア。
実はここは“起点”、すなわち滑り始める地点から近いので、景気づけ加速のために急勾配なのかも知れないが、完全に利用者の制御を超えた勾配となっている。
はっきり言って、このすべり台の利用方法には謎が多い。
利用者はゴザを借りて尻の下に敷いて滑ったと言うが、その際のブレーキはどうしていたのか。
まさかとは思うが、手をコースの縁と摩擦させて減速しようというのは、無茶である。
実際に触って確かめたが、欄干の部分はザラザラした砥石のような手触りのコンクリートであり、確かに摩擦はあるかも知れないが、その前に人間の皮膚がめくれ上がってしまう。
何か減速用の手袋みたいなものも支給されたのだろうか。
それがなければ減速は完全に足の力だけで行うこととなるが、例えば(当時ならば普通にいただろう)草履や下駄の人は、ゴム底の靴とは違って摩擦が弱いはず。
ほとんど減速不可能な状況だったのではないだろうか。
お寺に参拝に来て怪我をして帰るとか、シュールにもほどがある…。
申し訳ないが、この最後の部分は藪が酷くなりすぎているのと、すべり台のそばに適当な斜面が無いために、忠実なトレースを断念した。
また改めて藪が浅く、気温が高くなく、ヤブ蚊の少ない時期に確かめたいものだが、その任を誰かに譲っても良いと思っている(笑)。
ともかくそんなわけで終盤の10mほど、ちょうどカーブひとつ分だけは、未確認である。
右の写真は、迂回の途中に振り返って撮影したもの。
すべり台が如何に奔放に斜面を駆け下っているのかを、今回撮影した中では最も広いアングルで捉えている。
→【今回唯一の動画】
すべり台を少し離れて登っていくと、すぐに見覚えのある、アノみすぼらしい廃屋に出た。
これで漸く今回の探索が一本の円環となったわけだが、すべり台はどこだ?
辺りをくまなく捜索すると…
16:42
はじめて山門をくぐってから2時間もかかったが、ようやく捉えた。
これが、すべり台の降り口(乗り口)だ。
つまり廃屋の正体は、「見張り小屋&ゴザ貸し所」だったのだろう。
一度来ていたのに、足元のこれに気付かぬとは不覚。
ちょっとだけ広く平らな“滑り口”を発すると、すぐに先ほど迂回を余儀なくされた猛烈な藪へ呑み込まれる。
ボブスレーみたいな姿勢で滑れば藪をクリア出来るかも知れないと思ったが、実際に滑ってみる勇気は出ず。
つうか、マジでやめた方が良いぞ。
六厩川橋なんかより10倍は死ねるから。
頑張ってコース脇を下ってみたが、3mでご覧の有様。
5m進めば、これ…。(カーソルオン→)
戻ってこられなくなる危険を感じて撤収。
一番苦しかったのは、ヤブ蚊の多さだが…。
ともかく、最終的に10mほどの未確認区間を残した。
この後は、来たルートに則ってすべり台沿いを下山した。
今回探索したすべり台を、山門にあった絵地図に落とし込んでみたのが右図だ。
私は下山の最中の「笠岩」附近にて初めてすべり台と遭遇し、「香の岩」附近で大きなカーブ、その上部はグネグネと蛇行していた。
カーブひとつ分だけ未確認だが、滑り口は「五大堂」奥の「修行通行止」となっていた通路の奥であった。
最初に廃屋へ辿り着いたときには道を外れて苦労したのだが、それと分かってしまえば、坦々たる道が廃屋まで続いていることも確認できた。
謎が残ったのはむしろ「降り口」の方である。
「笠岩」附近ですべり台の下端と参道を結ぶのは、狭いけもの道のような通路であり、いかにも中途半端だ。
おそらくはその直下にある「本坊」附近まで、すべり台は続いていたものと思う。
参道から見えてしまうことが問題視されたのかは分からないが、撤去されたのだろう。
地形的には上部よりも緩やかだから、十分に可能である。
同じ内容を正縮尺の地図に落とし込んだのが右図である。
提供された情報では「奥の院」から下るという話だったが、実際には「五大堂」が最寄りであった。
だが、これがポイントなのだが、奥の院と五大堂の標高はほぼ変わらない。
高低差という意味では、十分「山上から下界まで」と言える規模であった。
具体的な数字で言うと、滑り口の標高は400m。
現存するすべり台の下端である笠岩のそれは270m。
その比高は130m。
仮に本坊まで続いていたとすれば、比高は160mに達する。
平均勾配はといえば、現存区間の水平距離はおおよそ220mで、高低差は130mだから、約60%である。
とてもこれらを道路の基準と比較するわけにはいかないから、同じすべり台で比較すると…
関東近辺で言えば山梨県丹波山村のローラーすべり台は、日本一の規模であると【公式サイト】に書かれていた。
全長247m、高低差42m だという。
比して我らが立石寺のすべり台は…
(現存)全長220m、高低差130m。
…勾配がおかしいだろ。
日本一より3倍も急って…。
マジで半端ない……。
ただしよく考えると、立石寺のすべり台の220mというのは地図から計った水平距離だから、比較すべき全長は300mくらいあるはず。
(当時の資料にも全長300mとあるという情報が、読者さんから寄せられている)
その場合、先の計算よりは少し緩やかとなるが…それでも…。
みちのくの名刹立石寺に語り継がれる、
芭蕉も仰天の“殺人級すべり台”。
それは、確かに現存した。
合格祈願に立石寺へ詣でたら、お帰りはすべり台で!