読者の皆さまへのお願い
【山さ行がねが】は、読者の皆さまによるサイトへの貢献によって継続運営をしております。私から読者さまにぜひお願いしたい貢献の内容は、以下の34点でございます。一つだけでもサイト運営の大きな助けになります。無理なく出来ることで結構ですので、ご協力をお願いします。
<読者さまにお願いしたいサイト貢献>
  1.  Amazonなどのサイト内の物販アフィリエイトのご利用
  2. 日本の道路122万キロ大研究」や「日本の仰天道路」などの著書のご購読
  3.  レポートへの感想のコメント投稿や情報のご提供

隧道レポート 新見市井倉の白谷隧道群(仮称) 後編

所在地 岡山県新見市
探索日 2026.04.22
公開日 2026.05.17

 隧道が辿り着いた、幻の鍾乳洞……!


極めて短命であったことが想定される隧道を事前の情報無しで見つけ出した瞬間が、この探索における私の気持ちの盛り上がりの頂点であって、見つけた隧道の内部探索は、こうしたことに慣れすぎている私にとって、ある種の確認作業に過ぎないものとの達観がなきにしもあらずであったが、実際の洞内へ足を踏み入れて奥へ奥へと進んでいくと、私の小賢しい予断は簡単に打ち砕かれた。

この知られざる隧道は、尋常のものではなかった。

前回この地域で探索した“鬼女洞”は、地図上にまるでトンネル(隧道)のように表現されながら、実際は貫通が出来る天然の洞窟(鍾乳洞)で、しかも近隣の住民の中には、かつて日常的に交通路(通学路)として利用している人が居たことを確かめた。それはそれは、衝撃度が大きな探索だった。

一方、今回のこの隧道は、人造のトンネルでありながら、洞内に夥しく鍾乳石が自然発生しているのみならず、天然の鍾乳洞である空洞を地中で掘り当てるという非尋常を見せてくれた。

“鬼女洞”との共通点は、どちらも石灰岩中に存在する貫通可能な地下通路ということで、天然の鍾乳石が観察できることも共通だが、本質は、天然と人工という風に大きく異なっている。



2026/4/22 18:08 (入洞4分後)

2本目の隧道を40mほど進むと、頭が擦りそうなほどの天井の低さはそのままに、左右の幅が妙に広くなっていた。
周囲の壁の様子はすべて人工の掘削ぽいが、なぜ広いのかは分からない。
ちなみに、左下に見える棒状のものは朽ちた細い丸太だ。これもある理由は分からない。

もしここを自動車が通っていたのであれば、この空間はすれ違いのための待避所を想定するが、ここ以外ではほぼドアを開けることも出来ないくらいに幅が狭く、そのうえ天井も2mくらいしかないトンネルを四輪車で通ろうとするのは、物理的には通れるのだとしても、慣れていなければ耐えがたい苦痛だと思う。徒歩で探索するのとは次元が違う、窮屈な怖さがあるはず。私は御免である。



18:09 (入洞5分後)

さらに進むと、再び天井に異変!

またしても天然の空洞にぶち当たっていたのであるが……



驚くべき大ホール!!

それまでの頭上すれすれの天井の高さと比べると、あまりにも異質に際立つ地下大ホールの天井の高さである。
しかも、人造のトンネル内で見られる1〜2cmの鍾乳石(それでも60年くらいは成長している)とは比べものにならない、有料の観光鍾乳洞にあっても遜色がないような立派な鍾乳石が、壁全体を瀧(滝)のように覆っていた!

鍾乳石の成長ぶりは、空洞が人造のトンネルとは比較にならないほど長い年月を地中で過ごしてきたことの証左である。
数千年……いや、数万年の単位で、人知れず地中に隠されていた空洞を、隧道は掘り当てていた!

なお、隧道が単純な直線であることから、この遭遇は意図的に掘り当てたものではないと思う。
ただ、トンネルとして短時間で廃止されたとみられるのは、こうした洞窟を保護する意図があったからか。あるいは全く別の事情からか。
鍾乳洞としての規模は小さく、観光化に耐えるものではなかっただろうが、それでも道路トンネルとの組み合わせはインパクト絶大で、もしこれが現役のトンネルであり続けていたら、相当に有名になっていたと思う。同種の例として知られる羽山第二隧道以上の鍾乳洞だ。




この場所のスケール感は、こちらの全天球画像の方が伝わりやすいと思う。

私の目線の先に照らし出された、怪しくも美しい天井を、堪能してくれ!




18:10 (入洞6分後)

天井の大穴を潜り抜けると、またもとの狭苦しい人工洞が再開する。

が、今度はすぐに左側(山側)の壁に細い狭洞が枝分かれした。
覗いてみると、入口が恐ろしく狭いが、一応大人の肩幅くらいはあるので、慣れた洞窟探検者ならば向こう側を確かめることができるかも知れない。
もちろん私はゴメンである。人工物じゃないところからは生きて帰れる気がしない。私の加護が効かない世界だ。



これも、あれも、穴。
横穴であったり、縦穴であったり。
本当にこの地中は、空洞まみれのスポンジ状態らしい。

洞床にだけ穴がないのは、おそらく洞床にあった穴は埋めたんじゃないかな。土砂で。
特に先の大ホールなんかは、もとは路面の下にも相当広い空洞があったんじゃないか。地形的にそんな感じがする。下には水が溜まっていて、地底湖だったりしたのかも。

そして、この地中で遭遇した空洞はどれも、本来は隧道以外の空洞によって地上と繋がっているはずだ。
地表に由来する水が作用して出来た空洞である以上、毛細の如き空洞であっても、地表と通水していたはず。



2本目の隧道を、1本目の全長と同じくらいは進んだと思う。
たぶん、入口から100mくらいだ。
いつの間にか洞床の泥濘はなくなり、歩き易い四角いトンネルになっていた。
素掘りにしてはえらく丁寧に四角いトンネル。

1本目と2本目を合わせて、200mくらいは地中を進んで来ている。
となれば、最終的な北口までの残りは100mくらいだと思う。
そのすべてが地下にあるのか、再び地上の区間があるのか、そこはまだ分かっていないが…。



18:11 (入洞7分後) 

完全閉塞。

2m四方程度の恐ろしく狭い隧道なので、隙間を探して足掻ける余地もない。
2本目の隧道を推定110m程度進んだところだった。

隧道が最終的にどこかで閉塞しているだろうことは、先の北口探索から予想できたことだが、しかし私が白谷橋から進んできた距離は、地上と地下をすべて合わせて300m程度とみられ、これは白谷橋と【北口擬定地】の間の想定全長450mに対して、だいぶ足りていない。

ということは、おそらくここは北口擬定地ではない、まだ崖の途中のどこかである。



閉塞地点を埋めている土砂は、土と大小の岩礫と枯れ枝が混ざったもので、天井部分に微妙な崩落による空隙もある(出入り出来るような隙間ではない)ことから、閉塞は人工的な埋め戻しではなく崩壊の結果であるように見えた。

さらに、閉塞壁近くの川側の側壁の亀裂から(最初ゲジゲジの触覚かと思った)植物の根が入り込んでいることから、おそらく閉塞地点は2本目の隧道の北口(坑口)だったが、一連の隧道群の北口擬定地には達していないというふうに私は考えた。



つまりおそらく、私はこの“地中位置”にいる。

地形図でも、この先の地上は川岸の崖記号が少しだけ途切れていて、谷のように窪んでいるから、連続する隧道の開口部となっている可能性は高かった。



先に撮影した地上写真に照らし合わせると、おそらくこの位置。



ただ、拡大して見ても、樹木が多く繁っているために、この部分の地上に開口部の痕跡があったかは見えない。
そして、地形的にほぼ間違いなく存在が想定される3本目の隧道についても、その開口部の有無の判断はできないのである。
(グーグルストリートビューでは、木々が葉を減らした3月撮影の写真も見られるが、やはり開口部を確認は出来ず)

……直接辿り着ければ確かめようもあるが、地上より近づくことはおそらく不可能。
冬場にドローンで接近撮影を試みるか、カヤックを使って水面から接近出来ないかを確かめることが、今後の計画として考えられる。
が、いずれにしても、ここから先へ進むことは出来ない。それは間違いがなかった。


撤収開始。




閉塞地点からの帰り道では、約3分30秒間にわたって、2本の隧道を通り抜ける全天球動画を撮影した。
暗い洞内なので、ライトで照らされた先以外は見えにくいが、天井の穴など気になる箇所をグリグリして確かめてほしい。
(グリグリするには、このサイトの埋め込みではなく、youtubeで動画を見てください)






「読みました!」
コメント投稿欄
感想、誤字指摘、情報提供、つっこみ、なんでもどうぞ。「読了」の気軽な意思表示として空欄のまま「送信」を押していただくことも大歓迎です。
頂戴したコメントを公開しています→コメント公開について
 公開OK  公開不可!     

送信回数 468回

このレポートの公開中コメントを読む

【トップへ戻る】