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<読者さまにお願いしたいサイト貢献>
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2026/5/10 8:07 《現在地》
おおっ!
思わずそんな歓声を上げてしまうほど、格好いい坑口が待ち受けていた。
まるで天然の洞窟のように周囲の風景に溶け込みながら、それでいて開口部の主張は没することなく、光と影の和合を律していた。
素掘り隧道の坑口なんて、いい加減見慣れすぎている私であるが、これは本当に美しいと思った。
そんな4本目の隧道であった。
坑口前の振り返り。
ほんの少し前まで、広範囲のガレ場に没して完全に痕跡を失っていた道形だったが、坑口前には綺麗に残っていた。
綺麗に残っていながら、ほとんど誰にも知られずに眠っていた。そんな状況が周囲の様子からも感じられて、私の興奮を後押しした。
それでは、隧道へ突入しよう。
坑口に立って見通した洞内に、光は見えず。
またしても、長い隧道だろうか。
外光が届く範囲の内壁は、繁茂したコケやシダで鮮やかな濃緑を帯びており、幻想的に美しかった。
よし! 貫通確認!
100mくらい先に出口の形が見えた。
まずは貫通が確認できて一安心だ。
そして同時に、洞内に複雑なカーブがあることが分かった。
一度右に曲がってから、そのあとすぐに左へ曲がっている。その先しばらく直進してから出口のようだ。ひとことで言えば、S字カーブである。
しかも、最初の右カーブの“外壁”にあたる部分には、またしても――
――前の隧道にもあった、“謎の石垣”が、築かれていた。
この石垣って、ほんとなんなんだろう?
前の隧道では直線の区間にあったが、今度はカーブのところにある。でも、造りや高さは同じような感じだ。
おそらく素材は隧道の掘削で生じたズリ砕石で、普通に路肩の石垣を組むのと同じ様な乱積み手法で積み上げてある。
ここに作る積極的理由としては、横穴を塞ぐということくらいしか思いつかないが、たぶんそういうものではないんだろうな。
また、この石垣の終わりのあたりに、支保工の柱らしき木柱が2本ばかり朽ちた状態で残っていた。
配置的に、石垣に下半が埋設されていたような感じもある。
それと、青い色をした一升瓶の底らしきガラス片が、崩れた石垣の残骸に混じって一つ、落ちていた。
……う〜〜〜ん……。
これまでの探索の記憶を手繰ってみると、素掘り隧道内で意味不明な石垣を見たのは、初めてではない。
新潟県上越市の谷根隧道内部でも見た憶えがある。
あとは、隧道と言うよりは地下採石場と呼んだ方がしっくりくる場所でも見たことがあるな。
あまり見ないがたまにある。そんな隧道内の石垣だが……、これはもしかしたら、とても単純な動機で作られたものなのかも。
これは、隧道内部で発生したズリを外まで運び出すのが面倒だから、邪魔にならない壁沿いに積み上げることで処理したという、それだけのことなのでは? 壁と一体化しているのでついつい構造として意味があるものだと考えがちだが、洞内での手頃なズリ処分方法だったという説。
……皆さまは、なんだと思う?
さらに、一連のS字カーブの後半部を構成する次のカーブの外壁側にも……
より規模の大きな石垣が!!
今度もカーブの外側の壁だけに設置されている。
高さは2mくらいあるが、一部は自然に崩壊していた。
そして、またしても支保工らしき木柱が1本だけ銜え込まれていた。
チェンジ後の画像は、振り返って撮影した写真だ。
連続するカーブの外壁側に、まるでクッションのように石垣が築かれているのである。支保工らしき柱とセットで…。
何か私の知らない経験則に則って作られたものなんだろうなって感じがする。
……そして、隧道後半の直線区間へ進むと……。
8:09
ま〜〜たあるし、小さな石垣が。
ここは直線だが、右側にだけ石垣があり、やはり支保工が埋め込まれていた。
元は反対側壁にも柱が立っていたようであるが、石垣に支えられている柱だけがしぶとく残った状況のようだ。天井の梁も1本だけ残っているのが、しぶといなぁと思ったよ。
このようにいろいろな落盤の備えをしていたようだが、これが工事用の施設だったとしたら、現役期間は数年程度であろう。
にもかかわらず、廃止されてから経過した時間は、30年か、50年か、それ以上かもしれない。
固い岩盤を頑張って掘り抜いた成果は、使われなくなったからといって簡単には消えない。地上の道以上に、隧道は強い。入口が失われることはあるとしても、こういう固い岩盤を掘り抜いた地下空間は、半永久的に消滅しないと思う。
話が逸れるが、過去に私が捜索して、完全埋没のため地上からは発見できなかった各地の廃隧道にしても、地下の空洞自体は残っているものが多いと思う。
たぶん人類が二度と再発見しない人工空間が、地中に沢山眠っていることを想像すると、なんかゾクゾクするよね。
出口が近づいてきたが、やはりまたしても、埋もれかかっているようだ。
出口の近くの洞床に、スコップの残骸が落ちていた。
金属パーツの部分だけで、木製であったろう柄は完全に消失している。そのことから、これまたとても古い遺物なのではないかと思う。
隧道の掘削には削岩機やツルハシが使われただろうから、スコップがどういう経緯で持ち込まれたのかは分からないが…。
またも巣立つ雛鳥の気持ちになりながら、天井に小さく開いた開口部からの脱出を演じる。
今回も100mは地中を移動したと思う。
どこへ出たのか気になるし、終局的にこの道がどこへまで通じているのかが、一番気になる。
…………外が見えてきたけど…
これは状況が良くない予感!
8:11
険しいとこに出てしまった!
これまでもガレ場のような崩壊斜面は多かったが、ここはそれとは違う険しさだ。
巨大な岩壁の真っただ中といっていい!
しかも酷く崩れている!!
クライミングエリア附近の探索ということで、少なからず恐れていた険しさが、遂に探索の進路上避けがたい形で牙を剥いてきた感がある。
この景色だけなら、とても道があったようには見えないが、背にした隧道の存在が、その見えない道の存在を否定させてくれない。強制してくる!
チェンジ後の画像は、眼下の様子だ。
白い砥石のような岩壁が、雪渓というべき巨大な残雪に覆われた崖錐斜面からそそり立っている。
自分がその上にいる。ここから落ちたら、ただでは済まないだろう。
正直、足を停めるには十分な状況だが、私がこれまで得た隧道は4本だ。
加藤氏の報告によれば、あと1本はあるはずだった。
「どこに?」という感じだが、この先にあるのだろう! きっと!!
隧道を、探すのかここで……。
これは、眼下の雑穀谷と、その対岸の風景だ。
ちょうどこの辺りが現在の工事現場になっているようで、今は人の気配はないが、連日工事が行われている現場感があった。
それに、なんか見慣れない赤い鉄塔がにょきにょきと……。
チェンジ後の画像は、その鉄塔のズームだ。
これは、工事用索道の支柱だと思う。
それも、相当大規模なやつ。
地図を見ると、雑穀谷の砂防ダムは、この上流にもまだまだ沢山あるが、その工事に使われた施設ではないかと思う。こんなこんなものがあるのは知らなかった。
だが良く見ると、索道としてはもう使われていないらしい。
肝心の鉄索が撤去されている。
手前の鉄塔には送電線らしいものが架かっているが、これは本来の用途ではないだろう。
そして、あれはなんだ?
対岸にも、ラインが見える。
偶然か、そうではないのか……、私がいる場所と同じくらいの高さに見える。
……正体が、気になる。
GPSの測位が終わり、現在地が判明。
4本目の隧道でさらに100m上流へ移動し、もともとの地理院地図に描かれている車道の終点より上流へ入り込んでいた。
実際には、ライム色の線で描き足したような位置に工事用道路が延長されている。
そして、谷の対岸には索道の支柱跡と、“謎の平場”が。
果たして、5本目の隧道は、いずこに……?
【オ マ ケ】
今回紹介した区間(4本目の隧道)の探索シーンをボディカムで動画撮影したので、探索のおさらいや、臨場感の補給にどうぞ。
実際に1本の隧道を通り抜ける探索のリアルタイムな経過が分かるぞぉ。
8:13
現在、4号隧道を突破してすぐの地点にいる。
そこで全天球写真を撮影した。
画像をグリグリして、私と一緒に、この先どこへ進むべきかを考えてみてほしい。
私が悩んだことを、追体験してほしい。
この場所だが、動き回れる範囲は非常に狭い。
上は【こんな】
で、下も【こんなん】
だ。
どちらにも、もともとの道幅の範囲内しか移動できず、前後方向についても同様である。
全体に激しく崩れていて元の道は見えないが、それでも瓦礫の上を移動できる範囲が、もともと道だった部分なのだと分かる。それ以外は全て崖。私が立ち入れる場所ではなかった。
自分でも、何を目指して進めば良いのかはっきりとしていないが、直前に隧道の出口があるわけだから、この斜面に道が入り込んでいることは確定で、そうなると、どうやってもこの正面に見える大きく谷へ突き出している岩尾根は、5本目の隧道の在処として一番疑わしいわけである。
坑口らしいものは見えないが、探すならあの岩場だろうとなる。
そして、この距離から確かめられないのであれば、近づいて確かめるしかないであろう。
まずは、画像に示した“★印”の位置まで進もうとした。
“★印”の2mほど手前の状況である。
ここからは、幅30cmくらいの【バンド】クライミング用語:岩壁を水平(または斜め)に横切るように続く、帯状の平らな地形や棚のことを横断して進まなければならない。
その谷側はスパッと落ちていて、高度感がある。
だが、それよりも怖かったのは、この狭いバンドで足を乗せる岩や、腕で上半身を保持する岩が、どれも不安定そうなことだった。
実際、最初足を乗せようとした岩は転石で、簡単に落ちて爆発した。
転石を回避しながら、慎重に身体を進める。
なお、このバンドは天然の地形ではなかった。
ここは確かに道の跡で、路肩だけが落石に埋もれず残っていたものだった。
“★印”の地点から、来た道を振り返った。
立っている足元は幅30cmのバンドで、傍らは崩壊したビルの残骸のような不安定な落石の山だ。崩れそうで、出来るだけ触れたくない。
ここは、斜面全体が落ちものパズルゲームのフィールドみたいな状況だった。
もちろん、この瞬間に新たな崩壊が起きて巻き込まれるほど、私は不運ではないと信じているが、居心地が最悪だった。
早く、決着を付けて、ここから抜け出したい。
穴だ!!!
本当に、ありやがった!!
でもこれは……、どう見てもヤベェだろ……。
8:14 《現在地》
うわぁ……。
穴の奥には、確かに空洞がある。
これが、5本目の隧道であろう。
情報があった隧道は全部で5本。そしてこれが5本目。
いただいた情報は、全て真実だった。
が……、
加藤氏は、「五本あり、一部這いつくばらないと通れない程度に崩落してる箇所もありましたが、全て貫通しています
」と書いていた。
ということは、 ま さ か 、
彼はこの穴に這いつくばって入ったの……?! えぇ……。
この坑口の膚に刺さるヤバさは、静止画よりも動画の方が伝わると思うので、坑口に到達する直前のバンド横断シーンから始まるボディカム動画(↑)を見て欲しい。
まともじゃないよ!
確かにここは坑口だったけどさ、もうまともじゃない!!
でも、隙間から中を覗くと、確かに開口しているどころか、貫通していた!
この隧道はとても短いらしく、出口の光が数メートル先に見えたのである。
これで、行くか退くかと問われれば、突破して楽になりたいと思った。
もしここで引き返しても、最初に登ってきた場所以外には下の道路へ迂回出来そうな場所もなかったし…。
しかし、ここはよほど気をつけて入らなければならないだろう。
この坑口がこんなに激しく崩れているのに、それでも洞内へ通じているのは、奇蹟ではない。
落ちてきた土砂を留めておけるスペースが坑口周辺になくて、次々崖下まで落ちていくから、それで坑口を埋める瓦礫が薄くならざるを得ず、そのおかげで瓦礫に隙間が残って内部に通じているに過ぎない。(開口といえるのかこれは?)
隙間の中には、人体が通り抜けられるギリギリサイズのものが一つだけあるが、絶妙なバランスで瓦礫と瓦礫が支え合っている隙間であり、下手に強い力で瓦礫を触れば、崩れて生き埋めになりそうな恐怖感があった。
だからここは、出来るだけ岩に触れずに潜り込む必要があった。
実際どのようにやるのかは、ボディカム動画で見て貰うとしよう(↓)。閉所が苦手な人は見ない方が良いかもだが。
こうして、ヨッキは雑穀の肥やしとなった。
めでたしめでたし。