千頭森林鉄道 逆河内支線 第1回 

公開日 2011.4. 2
探索日 2010.4.21
所在地 静岡県川根本町

※このレポートは、「廃線レポート 千頭森林鉄道 千頭堰堤〜大樽沢」の続きになります。
※千頭森林鉄道全体については、【こちら】にまとめています(執筆途中)。


[千頭営林署林道系統図] …千頭営林署資料(昭和30年代初頭のものと思われる)に「逆河内支線」を書き加えて、本稿紹介区間を黄着色


逆河内

読みは、サカサコウチ

なんでこんな名前なんだ?

どうしても「真っ逆さま」というという言葉を連想してしまって、良い印象がないんだが。
それにここは、一部で有名な“あの橋”のある谷だろ…。

ともかく、この逆河内は寸又川最大の支流であり、河内には谷という意味があるせいで、地図でも「〜川」とか「〜沢」は付いていない。そのまま逆河内という。

そしてこの逆河内に沿って、千頭森林鉄道の支線が存在した。そのまま、逆河内支線である。
本線との分岐地点は大樽沢(おおたるさわ)だが、ここからして既に最奥集落の大間(寸又峡温泉)から軌道跡を14.1kmもさかのぼった地点である。この探索の模様は、「廃線レポート千頭森鉄 千頭堰堤〜大樽沢」をご覧頂きたい。

逆河内支線について、「東京営林局百年史」は次のように書いている。

逆河内支線の新設が大樽を起点として、昭和35年度から始まり、(昭和35年度、1564m 昭和36年度、1070m 昭和37年度、1156m)昭和37年度までに3790mを完成させた。
千頭山における森林鉄道の建設は、この逆河内線の昭和37年度をもって、全て終わりをつげたのである。

「東京営林局百年史」より

この最後の一文にあるとおり、千頭森林鉄道はこの逆河内支線の新設が最後で、昭和43年度をもって全線が廃止されている。
(ちなみに東京営林局全体で見ても、これが最後の新線建設だった)
したがって、開設から廃止まで10年にも満たないという極めて短命な路線であったが、
建設の構想自体は相当に早くからあったようだ。

昭和12年に「土木10ヶ年計画」が立てられた。これによると、昭和15年度より昭和18年度の4年間に千頭本谷軌道を16km延長して柴沢の出合まで延長する。
昭和19年度から3ヶ年で逆河内軌道を12kmアケ河内の出合まで開設しようとするものであった。(略)
逆河内線の方は、昭和35年になってようやく手がつけられた。

「千頭だより 昭和45年2月5日号収録 『千頭山の開発をどうすすめるか(その四)』」より


おそらく戦争の激化などがあり、着手出来ないまま時間が経過したのだろう。
そして、昭和35年頃から改めて建設をはじめたものの、既に森林軌道の時代は終わりつつあり、林野庁の方針としても早期に林鉄を車道化すべしと言うことが明確にされていたので、東京営林局も昭和37年に管内各営林署にあてて、林鉄を段階的に廃止する旨を通達している。
このようなことがあり、わずか3.8kmを建設したところで逆河内線の延伸は終了したと考えられる。

結局この逆河内の開発という使命は、昭和40年代に建設された日向林道が受け継ぎ、当初の計画通り、源流のアケ河内付近にまで伸ばされた。

地図上で寸又左岸林道を千頭林鉄本線に、日向林道を逆河内支線に置き換えてみるとぴったり当てはまる事からも、以上の経緯が確認される。
というわけであるから、逆河内支線攻略の第一到達目標は、日向林道との合流地点である。
そこには最新の地形図でも隧道の記号があって大変気になるし、何よりそこまで辿り着ければ、ようやく現役林道という“生”あるものに辿り着ける。

この長く厳しい林鉄探索も、やっと人心地が付けるはずだった。 (←変なフラグ立てんなよ…)




大樽沢宿舎から、スイッチバックで歩き出す


2010/4/21 12:08 《現在地》【広域図】 

時刻はちょうど正午をまわったところ。
日は長い時期だが、入山からここまでに要した時間を考えれば悠長なこともしていられないという、後半の時間帯が始まる。

そして現在地は、本線と逆河内支線の分岐から少しだけ支線の方に入ったところだ。
下段に見えているのが、踏破を終えた本線ということになる。
林鉄を2本同時に味わえるなんて、幸せな眺めだ。

なお、この通り支線から本線の下山方向へ入るには、スイッチバックの必要がある。
運材の通常の流れを考えれば一手間余分だったはずだが、地形的にそうせざるを得なかったのだろう。




さっきよりも少しだけ、でも確実に2つの路盤の高低差は増えている。
そして、こちらの路盤は下よりも広い気がする。
おそらく複線分あるだろう。
まだ“駅のそば”、そんな感じのする穏やかな景色だ。
いつまたあの“千頭らしい”風景が、帰ってくるのか。

もう覚悟は決めているので、楽しみにそれを待つ。




朽ち木に鉄線で結わかれた、ひとつだけの碍子。
電柱を立てるまでもない、そんな雰囲気だ。
おそらくは、トロッコの上げ下げを連絡するための電信線が、軌道沿いに敷かれていたのだろう。
その末端は、あの大樽沢の宿舎に繋がっていたはずだ。

なお、碍子の表面には見慣れたJISマーク(もちろん旧タイプのマークだが)があった。
このマークを見ると、ある人物の顔がちらついて困る…。




ぐんぐん来てます。

まだ分岐から2〜300mしか来ていないと思うが、2つの路盤の距離はもうこれだけ離れた。

そして一段二段と並んだ軌道の下には、空色の寸又川が白波を立てている。
もちろんその渓声はここまで届いているが、やがてこの逆河内線は、水面から100mも高い山腹を定位置とするようになるのだ。

千頭林鉄の本・支線のなかでも、この逆河内支線が一番水面から離れたところを通る。

いまはちょうど、離陸体勢に入ったといったところだろう。




むひょ!

“ダブル軌道”の贅沢な眺めに、切り立った堀割が付け加わった。

さすがに地形が険しくなってくると、路盤を遮る瓦礫の量も増えてきたが、今さらこの程度の崩壊にびびる場面じゃない。
これまでいったいいくつの崩壊を越えてきたと思うのか。
今日一日でも、100は下らないだろう。


堀割の中へ進む。

そして、その先に新たな景色が展開する!






キタ――!


あるだろうとは思っていたが、やっぱりあったよ隧道が!

逆河内第一号隧道だ!