道路レポート 早川渓谷の左岸道路(仮称) 第11回

公開日 2014.03.16
探索日 2011.01.03
所在地 山梨県早川町

早川渓谷の左岸に存在する昭和初期の工事用道路(ないし工事用軌道)の探索は、2日目朝からの行程が進んでいる。
新倉集落をスタートして1時間余り、起点から約2kmの地点にて、新倉古老の証言にあった素堀隧道と遭遇。そして無事に通過した。(《現在地》

ここまでは、少しヒヤヒヤする場面はあったが、前日に探索した“北側区間”に較べれば遙かにマシな状況で、おおむね順調に進んでいる印象だった。

しかし、忘れてはいけない。
今いるこの道こそは、“南側区間”なのであり、昨日の“北側区間”とはひと続きの道なのだ。
このまま進んでいけば、昨日の断念地点である“青崩(あおがれ)”へ近付ける可能性はあるが、最終的には必ず引き返す羽目になるはずだ。
既に、完全勝利、完全踏破の目はないという、探索中としては珍しい状況だった。
その事は私の心に暗い影を落とし、また同時に、「引き返すタイミングを見誤れば死にかねない」という事実が大きなプレッシャーを与えもした。

2日目も、いよいよ佳境。
あの“青崩”へ近付く前には、まず“楠木沢”という未知の領域が行く手を阻む。

私は、そこで、何を見たか。



何を作っても、ここではダメになる。


8:42 《現在地》

歓喜の場面といえる隧道を出て間もなく、天国から地獄への急転直下さえ思わせる、過酷な場面が行く手を阻んだ。

昨日からもう何度見たか分からない、崩壊斜面に呑み込まれた道。
それも、ただ道が埋もれているだけならばまだいいのだが、絶壁に架かる桟橋が、崩壊斜面に呑み込まれているのだった。

果たしてこの桟橋は渡ることが出来るのか。
もし渡れないとしたら、迂回は可能なのか。
早く近付いて、確認をしたかった。

ここは見るからに危険な場面ではあったが、その先には比較的穏やかそうな杉林が見えているだけに、ここでのリタイアは特に悔しいものになるだろうことが容易に想像出来るのだった。




とりあえず、斜面を迂回する事が出来そうで、ホッと一安心。

しかし、それにしても酷い光景だった。
ハンマーでぶったたいてもビクともしなそうな鉄製の桟橋が、見るも無惨に歪んでいる。
過去に発生した土砂崩れが、橋の上を乗り越えて流れ去った痕跡であろう。

また、興味深いのは、破壊された桟橋の“旧道”が存在したことである。
桟橋の山側にも手摺りが続いているのが分かる。(私もそこを歩いた)
これは旧道のものと考えられるが、おそらくここは土砂崩れの常襲地であって、その抜本的対策として桟橋を架けたのだろう。
しかし、多少斜面から離れた所に桟橋を架けたところで、この地の怒りの鉄槌からは逃れる事は出来なかったものと思われる。




迂回中に崖下方向を撮影。
尋常ではない高さである。

足元にたくさんの瓦礫が積み重なっているが、これは桟橋に引っ掛かっているものだ。
そう遠くない将来、桟橋は完全にこの場所から追い出され、100m下の早川まで叩き落とされることになりそうだ。
この場所は更に踏破が難しくなるだろう。

なにはともあれ、この場所は旧道のおかげで踏破出来た。



壊れた桟橋を過ぎると、今度は顕著な片洞門に遭遇。
ここは作られた当時から、全く姿を変えていなさそうだった。
そして続いて短い杉林の通過で、ここは少し気の休まる区間だった。




8:56 《現在地》

見えてきた〜。

昨日、早川沿いの旧道から一度目にしている、楠木沢を渡る巨大水管橋。

それが今日はじめて見えてきた。

昨日は見上げた対岸の山の上にあったが、今日はほぼ目線の高さに見えていた。
即ち、昨日は傍観していたそれが、今日は越えていくべきものに変わった。
現役の発電所施設だけに、あの橋自体は、たぶん立入禁止になっているだろうが…、それでもどうにかして楠木沢を渡らなければ、青崖まで行く事は出来ない。

見え始めた“南側区間”最大の難場、楠木沢。
まだ600m先であるが、着実に近付いていた。




“まだ”無事な桟橋があった。

振り返ると、橋の旁らに「NO 7」のナンバープレートを発見。
7号橋ということらしい。
隧道の手前で「NO 10」を渡ったのを思い出す。

この二度目のプレート発見により、数字が上流側を起点として付けられている事が分かった。
つまり、この先には少なくともあと6本の橋が待ち受けている可能性が大である。

…残りの橋たちが、みな無事ならばいいが……。




なんて願った矢先に、


ゥギャーーー!!

第6号橋(NO 6)が、凄まじいお姿で出現しちまった…。




もはや、水平がどこにあるのかまるで分からない橋の状況。
這いつくばって渡れる可能性はあるかも知れないが、出来ればそんなことはしたくない。

旁らのプレートによると、耐荷重は150kgであるという。
そして、150kgを遙かに上回る荷重が、橋の側面に作用したものと見られる。
また、これほど橋を打ちのめした瓦礫が現場に全く見あたらないのだが、
橋との心中が敵わず、瓦礫だけが100m下の谷底へ呑み込まれたのだろう。

…死臭がする。



今にも落ちそうな鉄橋の迂回路となったのは、ここでも岩場に刻み付けられた“旧道”だった。

だが、このことを以て「旧道が優れていた」などとは、口が裂けても言えないだろう。
旧道があまりに危険だから、やむなく新道(橋)を作ったのだ。
それだけしても、なおこの土地の悪条件を御する事が出来なかったのであり、もうどうにもならないのだ。

なお、この旧道には、妙に手触りの良い補助ロープがあった。
それも、登山者が使うような一時的なものではなく、ボルトでアンカーが完全に固定された、とても安心感のあるものだ。
おかげで私は、安心してこの旧道を迂回路とすることが出来た。

それにしても、先ほどの隧道に用意されていた懐中電灯や電池に引き続いての、この難場における補助ロープの存在。
どうやら、新倉集落の古老が語っていた、「現在も月一度ほど東電職員が巡視している」という情報は、予想以上に正確なものだったようだ。

…職員の皆さん、本当にご苦労様です……。



迂回中の旧道から見る6号橋の酷い有り様。

谷底からはかなり離れているのも関わらず、これだけ“押されて”いるというのは脅威である。
多雪の地域だったら雪崩のせいだと納得出来るが、この探索が1月3日に行われていてこの積雪であることからも分かるとおり、たいして雪が積もる地域ではないのだ。
(これを書いている2014年には、たまたま記録的な大雪が早川町一帯を襲った)
この橋に衝撃したものも、雪崩ではないと思われる。




迂回路を振り返ると、谷の奥まっている部分に水路トンネルの外壁が僅かに露出していた。
トンネルの存在を感じさせる膨らみが愛おしいと言いたいところだが、中にあるのが発電水路だと分かっているので、ちょっと怖かった。
しばらく水路トンネルに通じる横坑を見ていなかったが、相変わらず水路は道と同じくらいの高さの所に埋まっているようだ。
(なお、ここに露出している水路は、左岸道路が工事用道路となって建設された初代水路ではなく、戦後に増設された新水路の方と思われる)




なんかもう、何をやってもダメって感じになっている…。
何もかもが壊され、それでも直し、また埋もれ、もはや継ぎ接ぎだらけ。
これはもう、ここに永久的な構造物を設置しようというのが、そもそも無理な話しなのだろう。
この地を歩こうとすれば、それが仕事であろうと余興であろうと、いやでもオブローディングの資質が問われる。

これが、強制オブローディング。




スポンサーリンク
ちょっとだけ!ヨッキれんの宣伝。
遂に「山さ行がねが」が書籍化します!過去の名作が完全リライトで甦る!まだ誰も読んだことの無い新ネタもあるぜ! 道路の制度や仕組みを知れば、山行がはもっと楽しい。私が書いた「道路の解説本」を、山行がのお供にどうぞ。 ヨッキれんやトリさんの廃道探索シーンを一流のスタッフが命がけで撮影した、日活の廃道ドキュメンタリーシリーズ第1弾



楠木沢分岐地点 そして…


9:12 《現在地》

新倉を出発して1時間40分、2.8kmほど進んだ所で、久々に分岐が現れた。
ここまで発電所を過ぎた辺りからは周囲の地形が極めて峻険であったために、一切の枝道、分かれ道が無かった。

そして、現れたこの分岐を左にとれば、電光型に斜面を駆け下り、昨日目にした旧道沿いの吊り橋へと通じている。
すなわち、重要なエスケープルートであり橋頭堡を確保した。これは本当に大きな一歩。
今は「楠木沢渓流」へ直進するが、遠からず、青崖の険悪にぶつかって引き返してくる事になるはずだ。その段に、この道を下ることで探索は完結する。



さて、直進するといよいよ道は斜面伝いに東へと逸れ始め、早川本流から支流である楠木沢へ沿い始める。
楠木沢はほとんど滝の連続のような急勾配な沢で、みるみる路盤の高さに迫ってくるのだが、それでも当初の高低差が100mもあるから、ルートが強いられる迂回は決して小さくないのだった。
この谷を横断出来れば、いよいよ青崖は目前のはずだが…。

なお、直進の入口には、東京電力が設置した1枚の看板が立っていた。
状況が状況だけに、てっきり「立入禁止」かと思いきや、「落石注意 この附近は落石があるので通行には注意して下さい」という内容だった。
楠木沢沿いには一般に知られた登山道などは無いようだが、とりあえずこの辺までは立入禁止でないらしい。意外だった。




そして、仙人でも歩いてきそうな、ひょろひょろとした木橋が現れた。

まだ何とか大丈夫そうだが、明らかに歪み始めている。
また、橋が架かっている位置にはもともと石垣が積まれていた痕跡があり、本来は歩道以上の広さがあったことを裏付けている。

なお、この橋には、人間であれば嫌われそうな“表と裏”があった。
下流側から近付くと、橋の袂には…




“足元注意” →

…の注意書きがあるのに、

怖々と渡り終えて、振り返って見ると…… 



←“頭上注意” 

…だってさ。  

さっきと言ってることが、違うじゃないか〜!

どっちに特に気をつければ良いんだ〜〜?? (笑)




昨日から、チラりチラりと見えていたヤツが。

楠木沢の盟主と言うべきヤツが。

いざ、近付いてみたらば――




馬鹿でけえ!!!




そして、その向こうの“引っ掻き傷”が、
俺の道。