国道291号 清水峠(新潟側) <リベンジ編> 第2回

公開日 2009. 2.23
探索日 2008.10.12


右の画像に見覚えはあるだろうか。

去年の探索時に清水国道の上から撮影した朝日岳の姿だ。

朝日岳の肉厚な山腹には、現在地(今回の探索の現在地だ)「上の分岐」のある居坪坂尾根から本谷沢源流方向へと伸びる清水国道のラインがかなり奥の方まで写っている。

この探索では結局未達に終わったエリアだが、そこに道が残っているだろうということは判明していたのだ。
それだけに悔しい思いも強かった。


今回は、
最初からそこに挑む。



いまだ見通せない領域は、本谷の奥部から先、ナル水沢との分水尾根までのわずかな区間である。
距離にして1〜2km程度に過ぎない。

全ては、本谷。

本谷がこの旅の正否を握っていると思う。

現在地から本谷最奥部までの距離は、おおよそ1900m。
未踏区間全体のちょうど半分である。






「上の分岐」から未踏エリアへ入る


2008/10/12 6:51

入る入ると間を持たせてきたが、ついに入った。

しかし、実はここは初めてではなかったりする。

一度目に来たときにも自転車を案内板のところに止めて、少しだけ入ってみた。
そして、藪の中に続く確かな道形の存在を認めながらも、10日後の再訪に託して引き返したのだった。
あのときに入り込んだ距離は、分岐から30mほど。

ちょうどこの写真の辺りまでである。




うわ…。

来たな。
始まったな。猛烈な笹藪だ。
土砂崩れの上に倒木が重なっており、掘り返された路盤に笹が異常密生している状況。
これは一時的なものだと信じたいが、前夜の雨がたっぷり枝葉を濡らしており、カッパ着用済みとはいえ入り込むのは気が引ける。

まあ、そんなことを言っていては始まらないので、ガンガン行ったが。




思いがけないものを発見。

分岐から200mほどの地点であった。

胸丈までの藪から頭ひとつ出すように、ピョコンと金属の柱が一本だけ立っていた。
立っている場所はまさに道の中央だ。
そして、柱の中は空洞になっているようで、ようは「筒」である。
またその先端部は激しい衝撃を受けたように一部欠けているが、それ以外は折れても凹んでもいない。
金属製であることを考えれば古いものではないだろうが、まったく正体不明である。

何かの測量のために目印として使っていたものだろうか…。




「謎の柱」について、まったく“引きの画”が無いのは、周囲がこんな状況(←)だったからだ。

それはそうと、既にまったく人の来ている気配が無い。
すぐそばに金属の柱が有るにもかかわらず、もう「人跡未踏」という言葉を持ち出したくなるほどである。

国道291号の登山道国道と言えば酷道好きの中ではよく知られた存在で、私が取り上げる以前から多くのサイトさんが紹介していたし、私もそれを大いに参考にしている。
もちろん「上の分岐」の存在も明らかで、これまでこの道が未発見だったとは考えられない。

にもかかわらず踏み跡や刈り払いの痕跡が見あたらないというのは、入山する人が相当に少ないことを意味している。
国道だからという理由で興味を持って入り込む人は結構いそうなものだが、僅か100mで…というか最初の10mでさえも、明確な踏み跡は無かった。

もっとも、この100mが云々という以前に、立地条件のハードルがかなり高いのも確かである。
これを奥まで入り込もうと思えば、我々のように泊まりをすることがほぼ必須であり、だからこそ最初の訪問時の私は、道が続いていることを認めながら、100mと入らずと引き返したのだ。



それに、清水峠を訪れる人の9割以上は登山をしに来た人々であり、冗長の極みを地図に示す清水国道に興味を感じないのも無理はないと思われる。
結局、酷道ファンもオブローダーも、まだまだ数が少ないと言うことなのだろう。

まあ、望むところだ…。

それにしても、去年より大分紅葉の度合い進んでいて、藪の視界も改善されている気がする。
日にちは3日しか遅れていないのにこの違いは、たまたま今年の紅葉が早いのか、標高が150mほど高いせいか。
去年は本当に視界の効かないなか彷徨うように歩かされたので、これはラッキーだ。
大分無駄な動きを抑制できると思う。




「上の分岐」は居坪坂尾根の先端であるから、そこから数百メートル進んできた我々は谷筋へと近づきつつあった。
谷と言っても、水が流れていそうな谷ではない。
しかし、比較的平易な展開が期待される本谷以前の中では、多少の警戒の必要なエリアだ。

写真は、本谷を挟んで南東方向対岸を望んだもの。
左下から右上に走る急峻な谷筋が前回渡河を断念したナル水沢だ。
だから、その右側に見える尾根の右側(本谷本流の右岸斜面)は、いま初めて披露された領域と言うことになる。

斜面を望む我々の視線に、かつてない緊張が宿る。
もしそこに巨大な崩壊を見付けてしまえば、一挙に先行きが不安になる。
しかしとりあえずは嫌な地形も、道の姿も、どちらも見えない。




予告の谷が近づくと、 あわわわわ。

来たよこの 横殴り。

これぞ清水国道の一番の嫌な特徴。
豪雪と雪崩に抑えられて撫でられて、地面を這うどころか根よりも下へ向かって育った灌木の嵐。

今回もたちまち路上からは弾き出され、路肩の下を潜るようにして進むことになった。
この様な上下移動は、超デカ荷物を背負った去年ならば「最後の手段」だというくらい避けたかったものだが、今年は違う。
背中のものは去年よりも断然小さく、もちろん軽い。
より自然で効率的な「藪さばき」が可能だ。

「これがしたかったんだよ!!」

藪を潜りながら、そう思った。




迂回中。


ちょうどここが谷筋で、僅かだが水が流れ落ちていた。
雨の後だからだろうか。

本来の道はといえば、左上の石垣の上だ。

 って、

石垣あるじゃないか!




7:05 

こいつは紛れもなく石垣だ…。

前回丸一日這い廻ってやっと3〜4箇所の石垣を見たわけだが、今日は幸先がよろしい。
早くも石垣発見だ。

この違いは、おそらく「炭焼き釜」の有無である。

前回歩いた区間には沢山の炭焼き釜が発見され、その多くがこの石垣に使われているような砕石で組まれていた。
それが意味するところは言うまでもないだろう。

今日は今のところ釜の跡を見ていない。
もしこのまま推移すれば、石垣はまだこれからも現れるかも知れない…。




石垣の下から滾々と涌いてそのまま瓦礫の斜面に吸い込まれる沢水の行く先は、もちろん本谷沢である。

しかし現在のところ谷底までの比高は300m近くもあり、水のように落ちても無事な身体ならばいざ知らず、生身の人間が辿れるものではないだろう。

何でそんなことを気にするのかと思われるかも知れないが、気にして当然である。
本谷沢の対岸には常に目指すべき道があるのだ。
最悪前進が出来なくなった場合、本谷沢を強制渡河して対岸へショートカットする可能性を常に考慮したい。


本谷は、きっと甘くない。

だから我々も、出来る限りの準備をしておきたかった。




小さな沢があり、石垣が発見されたのはこの地点。

入口から約400m入った地点だ。
ここまでは順調だが、まだ先は長い。




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見え始めた、本谷奥部


「順調」という認識ではあったが、それは「楽な道」という意味ではなかった。

清水国道の名に恥じない、非常に煩い藪が道を完全に覆っている。
それでも「順調」なのは、その状況が想定の範囲内であったためである。

これまで遭遇してきた様々な廃道と比べても、藪、とくに“木藪”の密生ぶりは群を抜いている。
去年も同じことを思ったが、「右手にチェーンソーをぶら下げたまま歩きたい」。
それが出来れば、この横殴りの藪は一挙に快方へ向かうはずだ。

ちなみに、清水峠の南側は「上信越国立公園」に指定されていて無許可の刈り払いは罪になるが、この北側は国定公園・県立自然公園などにも指定されていないようだ。だからといって無闇に伐採して良いというものではないが。




押せば水も滴る“木藪”の世界。

海だよ海。

入り込めば潜水するが如き呼吸の困難、圧迫感を生じさせる。

いろいろ荷物を削減したなかで、それでも外さなかった「ヘルメット」が心強い。
というか、メット無しでは頭が傷だらけになってまともに歩けないだろう。
木藪は細くてもしなやかで、打たれれば倒されるのはこちらだ。




掻き分け跨ぎ、跨ぎ潜って突き進む。

緑の帷(とばり)を破って現れた、茶色い地肌。
岩盤以外で草木に覆われていないものは、すなわち最近の崩壊の痕である。

当たり前だが、国道291号の崩壊はいまも続いている。
明治18年冬以来、一度も完全復旧されることなく今日に至る。




崩れ落ちた土砂が山を作っていた。
その山をよじ越える最中、進行方向の視界が少し開けた。
しかし、見えるのは次の尾根の斜面までだ。
本谷沢はさらに奥である。

次の尾根は、朝日岳から北へ落ちるものであるから、「朝日尾根」と仮称することにする。
また現在我々が戦っている沢筋は居坪坂尾根と朝日岳尾根の間にあるもので、これを登山地図などによれば「デトイツボ沢」という。





…はうっ!

う… 美しい。

なぜここだけ、こんな…。

神々しささえ覚える紅葉の廃道(国道291号)に、我々は喜んだ。



ずっとこんな風だったら良いのに…。





まあ、清水国道に限ってそんなうまい話があるはずも無く、あっという間に路上は灌木たちに占領されてしまった。

だが、このくらいならまだまだ楽な方だ。


我々もペースを緩めずにずんずん進んでいく。




再び、前方の視界が開けた。

先ほどよりも、さらに本谷の奥部に視線は届いている。

これまで一度も見ることのなかった本谷右岸側山容が、遂に我々の前に顕現となりつつあった。


紅葉した朝日尾根の向こう側にある、雲に稜線を隠された黒い山肌がそれだ。



双眼鏡は持ってきてはいないので、カメラのズーム機能を使ってその斜面を覗き込む。





これは、大変だ…。







道はもっと下なので、見えない。
だが、あの険嶺の下には間違いなく道があるのだ…。





現在地と、見えているものの関係は右図の通り(推定)。


なんかこれはもう…

本谷を直接渡河して対岸へショートカットとか、絶対無理だろ。

我々の踏破成功は、清水国道の現存と一蓮托生にならざる得ない。そんな予感がする。





7:28

再び、僅かだが水流のある沢筋が現れた。
どうやら、このすぐ下で2本に分かれている「デトイツボ沢」の1本目のようだ。
もう一本越えれば、朝日尾根への取り付きが始まるはず。

右写真はこの沢筋を路上から見上げたもの。
全体的に植生に覆われてはいるが、その実態は岩盤の亀裂のような鋭い谷だ。
とても上れないし、また下っていくことも難しいだろう。





なんかもう、目が離せない。

遙か対岸の黒い壁から、目が離せない。

そこに向かって歩いている。
ザックザックと藪を押しながら、あの黒い壁へと向かって歩いている。


横たわる本谷沢は巨大だが、我々の意識は既に対岸の黒い壁。
そこにいつどのような形で道が見え始めるのか。
その事に集中していた。

現時点ではまだ、道がある下の方は見えない。
もし「どうにでもなるさ」とうそぶけるような地形なら、こんなに緊張はしないだろう。
早く…、早く道の無事を、確かめたかった。





戦々恐々の次回。

本谷奥部の地形が、遂に明らかとなる。