国道291号 清水峠(新潟側) <リベンジ編> 第4回

公開日 2009. 2.28
探索日 2008.10.12


対岸 明らかになる


2008/10/12 8:36

当初から、この「オキイツボ沢」までは辿り着けるだろうと思っていた。
根拠は、前回の探索で山腹にくっきりとした道の姿を遠望できていたからだ。

だが、ここから奥は全く保証の無いところとなる。

唯一の手掛かりである地形図も、いたずらに険しさを煽り立てるばかりで何の役にも立たなかった。
はっきりと国道色で描かれた道があるからといって、歩ける道があるとは限らない事を前回思い知った。

清水国道は、それがいまも国道に指定されていなければ、とうの昔に地図から抹消されていた道。
オブローダーの常識さえ、そこには通じない。




今回の踏破延長3.8kmの折り返し地点となる「本谷越え」まで、残り500m。
これまで断片的に見る事ができた対岸の状況を踏まえると、本谷を越えてからの500mもまた相当の難所であろう。
この先の1kmこそが、今回の挑戦の可否を握る最大の難所に違いない。

現在時刻は8時半過ぎだが、10時までには1km先の地点に立っていたいと、くじ氏と当座の目標を確認し合った。

そこには、途中で引き返すことになるなどという予想は当然無かった。

「これからが本番だな!」

努めて明るく口に出し、私は私自身を激しく鼓舞した。




だが、我々二人の心の中にある前途には、口に出せない暗澹たる予感が生じていた。
原因は10分ほど前に枝葉の隙間から見た、対岸の眺めのせいである。

「道ねくねすか。」

手練を自負する二人のオブローダーが同時に認めた危機感に、きっと嘘はない。

それでもまだ「はっきりとは見ていない」と逃げたがる私の弱い心。


口ではいくら強がっても、寝床ひとつ満足に確保できなかった私。



清水国道は、そんな甘さを許しはしない。



逃げるなよ、と
「真実」の方が追ってきた。




彼我の間に遮るものは何もない。

ただ、千尋を思わせる谷が広がるのみである。


対岸には間違いなく道があり、


そして…




間違いなく、途えている。





恐れいていた光景が、現実のものになった。

道は、対岸の少し出っ張った尾根の部分で、明確に途絶えている。
そこに隧道でもあれば別だが、残念ながら可能性はほぼゼロだ。
当時の資料に、「隧道の無いルートで決定した」ことが明記されている。

道は何処へ行ったのか。
おそらく崩壊したのだろう。
スプーンで掬ったような抉れた地形が明らかである。
尾根の形さえ変えてしまうような大崩壊の巻き添えを食ったのだ。


これは、迂回が必須である。


果たしてそれが可能かどうか。

考え得るルートはひとつだが、いざ目前に立ってみないと…、可能性は判断できない…。

ひとつだけ言えることは、推定約800m先の地点に路盤の大規模な消失を確認したという事。
それだけである。





何かが吹っ切れて楽になった

…なんてことは、全くナイ。

そんな簡単に諦められるほど、この1年間は短くなかった。
昨夕から今朝にかけての辛抱とその先に見た決意は、単純明快、「戦って死ね」と私に訴えていた。
1年と400kmを超えてはるばる集ったくじ氏にとっても、それは同じことだった。

早く崩壊の現場を“手にとって”確かめたかった。
そして、「もう大丈夫だ」と言いたかった。
それが叶うまではしばし、楽しいオブローディングはお預けになりそうな感じがした。
この気持ちを喩えるならば、お金が入っていないかも知れない財布を持ってバスに乗り、降りるときまで財布の中身を確かめちゃダメだと言われている心境だ。
そんな状況で車窓を楽しみ、隣席の美人に心を動かせる人がいるだろうか。




またしても。

我々の視線は、対岸斜面へ。


さっきからそればっかりじゃないかと思われるだろうが、実際、自分たちの歩いている道はほとんど撮影していなかった。
延々と上の写真のような状態であったから、それも無理のないことだった。
ましてや、対岸にあるものは火事ではなく、我々の少し先の未来なのだ。
その状況が一目見て安泰ではないだけに、二目どころか、見詰めたくもなるというものだった。

だから、もう少しだけ我々の対岸観察にお付き合いいただきたい。

熱を帯びた視線の向こうには、清水国道の核心部が壮大にさらけ出された。








ここはいままでで一番の対岸観察場だ。
視界は150度くらいも開けており、対岸をほとんど一望できると言って良い。

その概観を述べれば…… 



 そこには、確かに道があると言って良い。


道は予想以上によく見えている。


実際に辿りきれるかどうかは別問題だが、 “見える” と言う意味では非常に良く見える。

このように見晴らしの利く場所があったことがまず喜ばしいことで、僥倖と言っても良かった。
去年のように延々と藪の撮影だけで終わる危険を感じていた。
このレポートの冒頭に、「踏破以外の成果には期待していない」というような事を書いたと思うが、その通りであった。

しかしいま我々の前にあるものは、踏破の成否とは別の、“大きな成果”である。
おそらく1世紀以上前から廃道のようになり、近年は誰一人踏破したものが居ないと囁かれる清水国道が、その最も隔世した地点においても確かにその痕跡を留めていることが分かったのだ。

少なくとも私にとって、この眺めは非常に大きな成果である。
辿り切れたか否かは、この際不問にしてもよ…

…くないことは分かっているが、



…分かっているさ。



いま最も注目すべき、問題の地点。
路盤が断絶した尾根の周辺に、今一度カメラを向ける。


前後には、確かに道が見えている。

それだけに、尾根の絶望感が際立っている。

周囲を含め、よくぞこんなところに道を通したと思われる急傾斜で、というかほとんど崖そのものであり、尾根を迂回しうるルートはひとつしか想定できない。




これだ。

これひとつしかない。


これが可能であるかどうか。


くじ氏は言った。

 「あれ行けるすかねー…。」

いままで、くじ氏が「行けない」と言った場所が行けたことは、ただの一度もない。




少し上流側にカメラを振った。

問題は「例の尾根」だけじゃないかもしれない。

写真に破線で示した部分だって、地形を考えれば相当に怪しい。
微かに道が見える気がするが、よく考えればそれは「道が見えている」のとは違う。

見えているものは道ではなくて、木の大きさの微妙な違いである。

そこが必ず歩けると考えるのは、木が生えている場所なら必ず歩けるという乱暴な理論になる。
はっきり言って、まだ何も分からない。

この期におよんでもまだ、我々は一傍観者に過ぎないのだと気付く。




眼下の谷は、垂直じゃないかと思うくらい、深い。

これが本谷だ。

遠かった本谷が、落ちれば身を沈められそうな(不吉)位置に接近している。
地図曰く、残る比高は50mほど。
それも遠からず埋め立てられるだろう。

それにしても、本谷…。

名前からして、清水峠制覇へ立ちはだかる大ボスの風格十分である。
本物の谷、本気の谷…、 本懐を遂げる谷。

事実この谷は、前回の2日におよぶ挑戦では、我々を全く寄せ付けなかった。
東屋沢、檜倉沢、そして、ナル水沢。
前回の全てが、本谷の“子”たちとの戦いだった。
ボスは、入山と撤退の時だけ我々のそばにあった。






キタ――!!!



「キタ――!!」


実際、キターと叫んだ。

廃道で何かを見付けたときの叫び声は、やはりキターが一番だ。
2チャン語だとか言われているけど、私は中学生の頃からキターだった。

…そんなことはどうでもいい。

どう考えてもこれはキタだろ。
キタはいいから。もういいから。
「き」って打っただけで、「キター」って表示するなよな、俺の予測変換!

…って、マジそんなことはどうでもいい。

  す、す…

  ス ス  ス……






キタ―――!!!





これは奇跡か。

明らかな自然石の石垣。
まるでジグソーパズルのように組み立てられている。
幅30m、高さも10mくらいはあるだろう。
空積みとしては、ほとんど限界ではないかと思われる高さ。
まして平坦な場所に築造してあるのではない。
基部にはどうやって石工たちが降りたのか、見当も付かない絶壁だ。

愉しみを遮断したはずの心が、動かされた。

隣の座席にいたのはただの美女ではなく、メーテルだった。

これはそのくらいの悦楽である。


奇跡なのか?


翻ってみればこの日本には、お城の石垣という世界に誇れる巨大石造構造物を作ってきた歴史と技術がある。

それを思えば、たかが120年の風雪…。

あり得ない事じゃない。


あり得ない事じゃないけれど、でもこいつは… 来る。 感動する。


ニヒルなくじ氏も、この時ばかりは布袋様ばりの笑顔だった。
かけ交わす声が上擦った。



ここを離れる前に動画を撮影した。

先代のカメラはこの頃限界に来ており色々見苦しいが、それでも良ければごらんいただきたい。
注目は、その静けさだ。
秋晴の朝にしては静かすぎる。
鳥のさえずりも虫のすだきも無い谷の、微かな水と風の声。
無垢すぎて自分自身が溶け出してしまいそうな空気を、感じて欲しい。

【動画】




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本谷最終アプローチ


8:58 

我々は前進を再開した。
対岸にばかり目がいくが、此岸も進路が保証されているわけではない。
むしろ、先が見えないのはこちらの方だ。

それにしても、一旦見え始めた谷底の登ってくる早さには驚いた。
谷底のゴーロには水が流れているらしく、徐々に水の音が聞こえてきた。
さすがは本谷。
いままでの枝谷とは比較にならない。




あともう一歩で渡河地点が明らかになりそうだ。
はやる気持ちに身を任せ、乱暴に藪を掻き分ける。
だが、彼らも清水国道の現支配者の矜恃があるのか、そう易々と進路を明け渡しはしない。

猛烈にねじれ絡んだ高密度の灌木帯。
すっくと立ち上がった木など、この谷には一本もない。
標高的にはまだまだ深い森があってもおかしくないところだが、地形がそれを赦さないのだ。
谷中ゆえの強い風と豪雪、絶えることのないの雪崩や落石。
道を放棄せざるを得なかった過酷な環境は、植物たちにとっても同様だった。
根性がひん曲がってしまったのも無理はない。
我々もそれなりの覚悟で臨んでいる。




9:02

遂に来た!

本谷を渡る場所が見えてきた。

やったぞ、これは幸運だ!

道は両岸とも、ぎりぎりのところまで我々を運んでくれそうだ。
最高だ!

これで、対岸への到達はほぼ確定的となった。




なんだか上の写真よりも遠ざかったように見えるかも知れないが、あれから4分も歩いて撮したのがこの写真だ。
正面に屹立するささくれ立ったような山は、海抜1820mの高烏帽子山。
道から見て約500mの起ち上がりがある。

それにしても、大きな木の無い山は見通しが良すぎて、私の距離感覚を狂わせた。
すぐにたどり着けると思った渡河地点は、意外に遠かったのだ。
しかも、超密度灌木が茂るこれまでで最悪の低速度帯に入り込んだ。

我々はロボットではない。
上乗せされる一方の疲労は、やがて明確な形を取り始める。
特に私の身体には、異変が…。




道は決して平坦でも直線でもなく、小刻みなカーブが連続している。
本谷に限界まで近づいた道は、いまにも切り取られそうな雰囲気がある。
路上には路肩から法下までめいいっぱい灌木が乗っていて見通しが悪く、進行方向へ進んでいるつもりが、気付けば路肩に突き当たるようなおかしな事が何度もあった。

右足の靴の中に小石でも紛れたのだろうか。
体重をかける度に、右の土踏まずのあたりがチクチクと痛む。
とりあえず、渡河地点まで行こう。
藪が酷すぎて、下ろした荷物を拾うのも、しゃがんで靴ひもを緩めるのも億劫だ。




もう“ライン”を引く必要はないだろう。
対岸の道は、非常に鮮明である。
此岸同様の猛烈な藪が予想される。
そして、あれを超えた先に問題の尾根がある。
上の写真の左端が、それだ。
どのアングルから見ても、道は途絶えている。



それにしても大きな山。
というか、ほとんど岩の塊である。
まるで棘が生えたようだ。
この様な本格的山岳風景というのは、東北にはほとんどない。
東北に多いのは「山岳」の「山」の方で、或いは「森」。
少なくとも、廃道を歩いていてこんな「岳」に出会ったことはない。

慣れない景色を上手く形容できない。
視力が増したような不思議な感覚がある。
細部まで見通せる露岩には色々な表情があり、水平線を示す亀裂がたくさんある。
その中には、かつて道だったのではないかと職業的な疑いを持たせるものもあるが、前後の隔絶がそれを全て否定する。

そこに「道」など無い。
ただの一条も無い。

「国道」という、“目に見えない道” があるのみだ。




一本筋の通った本谷俯瞰の景。

右手前が高烏帽子尾根で、その奥に“乗っている”霞んだ尾根は柄沢尾根。両者の中間にあった檜倉尾根は見えない。
その柄沢尾根に右下がりで掛かっているのが、昨日登ってきた十五里尾根だろうか。
遠すぎる気もするが、山の距離感は必ずしも実感と一致しない。

この眺めを前に我々は思った。
本谷さえ無事にやり過ごせれば、おそらく完全踏破は成るだろうと。




9:14

本谷渡河を視認してから12分が経過。
我々はまだたどり着いていなかった。
本当に手間のかかる憎たらしい藪。

右の写真では藪は浅く見えるが、実は藪が深すぎて地面に足が付かなくなっているのだ。
まるで浮かぶようにフワフワふわり。
岩場と沢歩きを生業とするくじ氏は流石だ。バランス感覚が抜群である。
一方、自転車で鳴らしたはずの私の方は、下手くそである。
先が見たいと焦るほど、汗が溢れるばかりである。
それを涼しい風が拭う前に、枝葉が吸った。




大きな岩がゴロゴロと、かつて路上であった藪の底に現れ始めた。

これはきっと谷底にある景色。

遂に我々は谷底に着いた。
あとは、どこで向き直るのか。
それを見失えば大変だ。


というのは、杞憂に終わった。






橋台現存! 感涙!


最難関への扉は、開け放たれていた。