ミニレポ第240回  埼玉県道76号鴻巣川島線 丸貫狭区 前編

所在地 埼玉県吉見町
探索日 2016.05.06
公開日 2018.09.10

堤防との薄味なコラボレーション


【周辺図(マピオン)】

埼玉県道76号鴻巣川島線は、埼玉県鴻巣市箕田の国道17号を起点に、吉見百穴で有名な吉見町を南北に縦断して川島町伊草の国道254号に至る、全長約16.8kmの主要地方道である。

全線が関東平野内にあり、途中で荒川という大きな川を渡るものの地形はことごとく低平で、山岳的な険しさとは無縁だが、何も知らずに辿ろうとすると困惑必至の狭隘区間が吉見町内に存在する。

右図はその“丸貫狭区”付近を描いた地理院地図だ。
吉見町今泉から丸貫(まるぬき)にかけての県道76号は荒川の堤防を通行し、古名(こみょう)に入る辺りで堤防を下りるが、そこから少しの間は地図上で「軽車道」の表記である。
今泉の県道271号分岐点から古名の県道27号交差点まで約1.8kmの地図から道の怪しさが匂う区間だ。

県の資料を見る限り、【自動車交通不能区間】供用中の道路のうち、幅員、曲線半径、こう配その他道路の状況により最大積載量4トンの普通貨物自動車が通行できない区間をいう。ではないようだが、気になるので見に行ってみることにした。

果たして、どんな香ばしい“主要地方道風景”が待っているやら。




2016/5/6 6:50 《現在地》

北鴻巣駅近くにある県道の起点を自転車で出発し約6km、荒川を渡って吉見町今泉にやってきた。県道76号の狭隘区間は、ここから始まる。

この写真の交差点を左折するのが、我らが県道76号鴻巣川島線だ。
どこからどう見ても直進がメインルートのように見える。この交差点には信号どころか横断歩道も停止線も青看も“卒塔婆”もない。ここを左折するのが主要地方道の順路と分かるものは何もない。ないないない。
直進する道は、この地点が起点である県道271号今泉東松山線という。こちらは主要地方道より格下の一般県道だが、完全に県道76号の進路を引き受けている。
何も知らないドライバーがここを通過すれば、いつの間にか県道の番号がすり替わっていると感じるだろう。



この交差点にある、県道76号の順路に関する唯一の“案内”は、歩道の路面にペイントされている「← H川幅日本一体感ルート」の文字だ。

私もこの探索をするまで知らなかったが、この辺りの荒川は「川幅日本一」であるらしい。
中でも、県道76号の狭隘区間を抜けた先に待っている県道27号東松山鴻巣線が荒川を渡る辺りが一番広くて、2537mもある日本一だそうだ。
歩道のペイントは、そのことを指している。

右の写真は、いま来た道を振り返って撮影した。
広大な低地から2車線の県道を乗せた築堤が登ってきて、この交差点がサミット(峠のてっぺん)になっている。
峠と書いたが、本当は山のように大きな荒川の堤防だ。いま走ってきたところは堤防内、すなわち河川敷なのだが、農地だけでなく集落まであるから普通じゃない。
川幅日本一は、純粋な水面の幅のことではない。両岸の堤防間の距離、すなわち河川敷を含んだ川幅のことである。



これが、主要地方道鴻巣川島線だ!

って、ただの堤防道路じゃないか?

仰るとおり、どこにでもありそうな堤防の道路にしか見えない。
天下の…というのは少し大袈裟かも知れないが、国道の次に重要な道路として国土交通大臣が路線を指定する主要地方道をして、この存在感の無さはなかなかのものだ。
実際の交通量も風景に見合った程度であるようで、こっそり抜け道として使う車が多いために路面が痛んでいるとか、そういう感じもない。
ずっと見渡す限り向こうまでこの県道が堤防上に続いているが、一台の車も見当たらない。




交差点を振り返る。
こちら側から交差点へ入る場合は、一時停止する必要があるようだ。
当然のように青看などはない。完全にただの堤防道路の風景。

しかしそれでも、交差点の向こう側(上流側)に見える堤防道路よりマシではあった。
向こうは、青々とした夏草の間に轍だけが白く目立つ砂利道だ。
この差が主要地方道であることの意味なのか。 ……ささやかだなぁ。

なお、地理院地図は向こう側の道も県道の色で塗っているのだが、おそらくこれは正しい表記ではない。
これについては後述する(このあとすぐ)。



6:51 《現在地》

入口の交差点から100mほど進むと、堤防の外側(右側)の中腹に、別の狭い道が並走するようになった。
これは荒川の堤防に沿って整備されている荒川自転車道なのだが、別の名前もある。この自転車道は、当サイトが各地で取り上げてきた大規模自転車道の1本なのだ。
大規模自転車道は全て県道であり、県道としての路線名が別にある。その名前は少しばかり長いので、一度深呼吸をしてから読むことをオススメしたい。

「埼玉県道155号さいたま武蔵丘陵森林公園自転車道線」
「さいたまむさしきゅうりょうしんりんこうえんじてんしゃどうせん」(30文字)だ。




ここでの県道76号と県道155号(自転車道)の関係性は、なかなか奇妙で興味深いものがある。

右図は地理院地図を最大縮尺まで拡大したもので、1本道ではない堤防道路が詳細に描かれているのだが、ここに桃色に着色した部分が県道76号で、緑色の部分が県道155号(自転車道)である。

これを見れば分かるとおり、先ほどの交差点から上流側へ通じる堤防道路(砂利道)は、県道155号(自転車道)ではない。
ここでの県道155号は、堤防の中段から一旦地面に下りて県道271号と立体交差してから、再び堤防に登る複雑なルートになっている。
またこの先の下流側でも、県道76号と県道155号の奇妙な並走状態はしばらく続く。



6:52 《現在地》

うふふふふ!

香ばしくなってきた〜!

めっちゃ狭くされた。
幅1.9m制限って、唐突に激狭だ。最大重量も2.0tとかなりシビア。
もっと早くから予告してくれよと言いたいところだが、間違って大型車が入ってくるなんてことはない前提なんだろう。
堤防道路でしばしば目にする物理的な幅員制限バーと相まって、堤防道路感が極まっている。

ところで、堤防道路ってなんなのって話?



堤防上にある道路は、踏切道やダム堤体上にある道路と同じく、道路法によって兼用工作物の扱いを受ける。
河川法によって管理される堤防と、道路法によって管理される道路が、互いに効用を兼ねるから兼用工作物というわけだ。

兼用工作物の管理は、関係する管理者の協議によって個別に定められることになっているので、一般の道路とは異なるような規制や制限(例えば堤防を守るための重量や速度制限など)が行われることがある。(例:日中ダムにある【15km/hの制限速度】

ここにある最大重量と最大幅の規制も、堤防を保護する目的から設定されていることは明白である。堤防の幅は十分に広く、形状的には2車線の道路を敷設するができるだろうに、敢えてそうなっていない。(普段何気なく見ている道路の風景も、背後にある法制度を知ると腑に落ちることは多い。私の『国道? 酷道!? 日本の道路120万キロ大研究』はその楽しさに特化した本なので、この手の道が好きな人には特にオススメだ)

右の写真は、この兼用工作物の管理者である国交省荒川上流河川事務所が設置した「通行注意」の看板だ。タイヤが損傷しても知らないぞとか、「通行止め」でないだけでも温情な対応と言わんばかりの雰囲気だ。治外法権かよ!(笑)



幅1.9mの規制区間だが、道幅自体は5mくらい確保されている。
そして、相変わらず誰一人車一台出会わない。ジョギングや犬の散歩くらいありそうなものだが、たまたまこのときは誰とも会わなかった。
堤防や堤防道路の経験値がそれほど高くない私の感想だが、こんな高い堤防を見た覚えがほとんどない。天端(てんば)の幅は10mくらいでも、そこを頂点とする巨大な台形断面の底辺は50mくらいもあるだろう。それほど堤防は高く、かつ法面が緩やかだ。関東平野というメガロポリスを水害から守る必死さが伝わってくる巨大堤防の勇姿であった。

堤防の天端を県道76号が通り、外側(右側)の一段低まった犬走りを県道155号(自転車道)が並走している。
レクリーエション目的の自転車道ならば、景色の良い天端に連れてきてあげたいが、主要地方道が陣取ってしまっている。

自転車道(正確には自転車歩行者専用道路)にもかかわらず、河川管理用の車両は通行できる旨が補助標識に書かれていた。これも兼用工作物らしい特例だ。



「川幅日本一体感」中!

河川敷の向こうに水面が全く見えないが、1.2kmくらいも離れている。

対岸にある鴻巣市街地のビル群が、どことなく蜃気楼を思わせる現実感の無さで、灰色の空に浮かび上がっていた。(ファミコンゲーム「マッハライダー」の背景も思い出した(笑))



6:54 《現在地》

入口から約600m。頭上を高圧送電線が横切る辺りで、地名は北下砂から丸貫に入る。狭区全体の約3分の1を終え、堤防道路区間の終わりも近い。

堤防道路には数百メートルおきに出入りのための斜路があり、これを使うと並走する2本の県道を行き来できる。道路趣味者でもなければそんなことを意識する人もいないだろうが、重複区間でないのに2本の県道を同時に体験できる希有な状況である。

ここで、県道155号の路傍に例の長い県道名を記した標識を見つけた。
さいたま市が誕生する前は「浦和武蔵丘陵森林公園自転車道」であったので、その名残であろうか、冒頭の文字を変更した形跡があった。



6:56 《現在地》

入口から約800m、我らが県道76号が堤防てっぺんの座から下るときがやってきた。
代わりに堤防てっぺんの座を受け継ぐのは、今まで犬走りに隷属していた県道155号だ。

奴はおもむろにてっぺんまで登ってきて、こう言い放った。「自転車道につき注意」と。生意気な態度だと思ったが、主要地方道は特段の反抗をみせず、速やかに舞台からの退場を選ぶのだった。俺の活躍する場所はここではないという、ちょっと痛い捨て台詞を残しながら。




右の道が主要地方道なわけだが、退場のときまで地味である。
一応、自転車道よりは幅の広いところを見せつけてはいるが…。
対して自転車道の方は見晴らし良い天端に収まって、我が意を得たりの表情である。

この自転車道が荒川の堤防を走る区間は相当長いが、天端を他の道に明け渡す場面は僅かであり、それをなしたのが県道76号のパゥワーだったということになる。こいつらは仲良くできなかったらしい…というのは冗談で、当然そこには合理的な意味があるはず。狭い天端で自動車と歩行者の混合交通になると危ないから、わざわざ自転車道を犬走りに迂回させたのだろう。つまり、管理者の中では「県道76号は一般道路」という認識がちゃんとあるということだ。安心しろ県道76号、ヘキサ一つないけど無視はされてないようだぞ。



これまでの堤防区間を振り返る。

最後まで、堤防道路でしかなかったなぁ。

サイクリストもよほど自転車道に拘りがなければ、「自転車道」の道路標示を無視して直進しそうだ。



高い堤防から市井へ天下る県道76号の行く末や如何に!

間もなく、地理院地図が「軽車道」として描いている区間に入るが……。

仕事熱心な某ストリートビューを見ないで我慢しながら、「後編」を待ってね!



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