手乗り道路。
これは、私が今作り出した造語で、手乗り文鳥のように、手に乗せて愛でたくなるほどコンパクトで可愛らしい道路をいう。
……無理があるかな?
でも、この道路を走り終えたときの私の感想が、この言葉であったのは事実。
私の感性が変なのか、この道が変なのか、その両方か。さっそくご覧いただこう。
一般県道桧山路南張線は、伊勢志摩国立公園などもあり風光明媚で知られる三重県志摩市内を走る、たった4kmの短い県道だ。
志摩市は平成16年に志摩郡の5つの町が合併して誕生した新しい自治体だが、このうち最も西部にあった浜島町内の桧山路(ひやまじ)と南張(なんばり)地区を結ぶ、一町内完結路線だった。現在は三重県道として整理番号(路線番号)730を与えられている。
ここまでは、比較的短距離であるということ以外に特徴めいたものは見つからないが、ウィキペディアの同県道の解説ページを見ると、短い説明文の中に二度も“険道”という用語が出ている点に興味をひかれた。
海千山千である当サイトの常連諸兄であれば、いまさら険道ということばに脅されはしないだろうが、わざわざ「険道マニアが利用する」とまで名指しをされたら気になるというものだ。
そんなに、マニアを喜ばせるような道なのだろうか。
最新の地形図(→)を見ると、なるほどこれは険道っぽいぞと思った(笑)。
この画像一枚に収まる短い路線だが、全線のほとんどが、「軽車道」を示す細い実線1本だけで描かれていて、そこに県道の色が少しはみ出し気味に塗られていた。
こういう狭路らしい表記をされている県道は多くあるが、全線の大半がそのようになっているものは珍しいし、さらにそういう狭路が行き止まりではなく、ちゃんと(険道マニアの)自動車で通り抜けられるらしいというのは、さらに稀少な存在である。なるほどこれはマニア受けするのも分かる気がするぞ。
なお今回の私は、必要もないのにわざわざ入り込んだマニアではない、真っ当な道路利用者であるという主張をすべく、志摩を巡る自転車旅の途中経路でこの道を有効活用することを考えた。それで南張から桧山路へ向けて、この県道を通過した。
同じくマニアの気があるグーグルカーも、しっかり通行しているようだ(笑)。
2019/2/12 11:30 《現在地》
ここは志摩市浜島町南張の南張海岸だ。
地域全体で南国ムードを演出している志摩地方だが、青い熊野灘に面した白砂のビーチに立派な椰子が立ち並ぶここは、地域屈指の南国スポットとして、海水浴シーズンを中心に多くの観光客が訪れている。
しかし、海岸のひときわ高い防波堤が守っているのは、瓦屋根の家並みが多く残る南張の集落であり、そこには日本古来からの生活風景がある。
またここは南張川の河口であり、私がこれから辿る県道は、南張川を源流まで辿り尽くして、最後に山を越える路線である。
県道の一方の端である南張の風土を見てから、集落の東の外れにある県道の終点へ向かう。
既に私の股には十分温まった自転車が収まっている。
“そこ”へ近づくと、1枚の青看が待ってましたといわんばかりに目に飛び込んできた。
来たるべき県道の先触れとなって現れた青看には、確かに「桧山路」へ通じる県道730号線の存在が示されており、ありきたりな未貫通の道路ではない、ちゃんと行き先を持った県道だという誇らしささえ感じたのだが、いささか……線が細くありませんか?
細いですねぇ…笑。
なるほどこいつは楽しめそうだ。
ちゃんと行き先表示(しかもそれはちゃんと県道の起点の地名)があるのも、県道として素直に好ましい。
いまからちゃんと、県道として、活用させて戴きます!
11:36 《現在地》
ここが県道730号桧山路南張線の終点である、無名の交差点だ。
前後に抜ける道は志摩半島の幹線道路である国道260号であり、県道は信号も横断歩道もない交差点から始まる。
とはいえ、西側(南伊勢町側)から来た場合は、前出の青看によって県道の存在が示されているし、交差点の角にも(塗装が色褪せて数字がほとんど見えないが)“卒塔婆標識”がある。
一方、反対に東側から来ると前記の青看はなく、代わりに、画像に黄色い丸で囲んだところに青看があるのだが、この青看は県道との分岐に関わる案内ではなく、「↑南伊勢町16km」と書かれているだけなので、県道はさらに目立たない存在として感じられることだろう。
もちろん、いわゆる険道マニアであれば、これを喜びこそすれ、道を見逃すことはないだろうから、マニア向けの処置のように見受けられる(というわけではない)。
で、問題の県道に左折して入ると、何の変哲もない1.5車線道路なのだが、
この先幅員狭少
最小幅員2.0m
三重県
――と書かれた真新しい感じの看板が立っている。
しかし、ガチの険道マニアにとっては、2.0mという数字はむしろ「平気だな」と安心させるか、下手したらがっかりさせかねないくらいの凡庸な数字である。
もちろんこれは脳が少し冒されているからそう感じるのであり、道路構造令が認めている幅員の最小値は、特別に交通量が少ないなどの特例状態でも3.0mなので、道路構造令未準拠=未改良路線ということがさっそく明らかになっている。(厳密には、都道府県道や市町村道では道路構造令の規格以下の特例が条例で認められうるが、そんな条例が志摩市に制定されているだろうか)
県道に入ると1本の橋を渡り、そこから道は狭くならず、反対に広くなった。
白線が敷かれていない(よく見ると敷かれているが掠れたままになっている)が、しっかり2車線幅の道路である。
しかしこういう展開も、未改良県道の序盤としては極めてありがちである。
とりあえず端から改良を初めてみたが、全線改良には遠く及ばずに時間を経過しているパターンだろう。
これを未成道とはいわないが、早速にして交通量は少ないらしく、未成道的な風景となっていた。
そしてこの序盤の風景、とても見通しがきく。
道は南張川の沖積平野を上流へ向けて駆け抜けていくが、ほぼ正面の背景は、凹面鏡のようなゆったりとした山の鞍部となっている。
県道はあそこを越えて、裏側にある桧山路へ通じる。その全体が4kmほどであり、まとまりの良いコンパクトな路線と感じる。
200m、300mと、快適なストレートが続いた
が
11:38 《現在地》
唐突なごちゃっと感!
入口から約450mの地点で、2車線幅のストレートは唐突に断ち切られ、
大きな農園の砂利を敷いた駐車場に突き当たった!!
ここまでの道が予想外に良かったこともあって、このギャップにはグッときた。
よく見れば、砂利敷きの駐車場と思われた部分の一部、推定幅2mは簡易舗装路になっていて、
ここが県道部分ということなのだろうが、
夜なんかは、ここで行き止まりだと錯覚しても不思議はない。
あるいは、私有地の農場っぽいから引き返そうと考えるかもしれない。
観光農園かは分からないが、「めろんはうす」という看板もあった。
というわけで、入口から約450m地点にて、とても唐突に、予告されていた「幅員2m」っぽい区間が始まった。
ウィキの情報通り、路面は舗装が続いているが、確かに狭い。激狭とまでは言わないが、狭いと思う。普通自動車だと脱輪しないように注意を払うべき幅である。
それに、自転車である私には心配がないことだが、自動車のドライバーがここで一番警戒すべきは、対向車の出現であろう。
これもウィキに書いていたと思うが、待避できるスペースが多くは用意されていない様子だ。こういう点でも、未改良路線の印象が強まる。
――と思ったら、300mほどで、急にまた2車線道路が復活!
いいねいいね。笑
こういう雑然とした感じの整備状況、大好物だよ。
用地を確保できたところから順次整備を進めようとした時期があったようだが、諦めてしまったのだろうか。
11:40 《現在地》
でも、すぐ終わる。
やっぱりね(笑)。 大好きだよ。
そして、こっからが……
いよいよ“狭路険道”としての本番って感じだ。
直前の区間とのギャップが色鮮やかな、概ね軽トラの轍の幅しか舗装路面がない道。
険しい地形ではないものの、道を逸脱できる余地はほとんどなく、かつ対向車と離合できる箇所も敢えては用意されていない、「待避所は自分で見つけてくださいね」というバリバリの放任スタイルである。
この点が昨今良くある、「狭いところはあるけれども待避所が十分用意されていてかつ待避所には標識がある」、過保護系狭路とは違うところだ。
そのうえ、一応貫通している県道だからか……
思いのほか対向車は来るので、油断がならない。
ウィキには、「通行車両は非常に少ない。」と書かれていたと思うが、この日の私は狭路区間で3回も軽トラとすれ違っている。
いずれも待避所のないところであり、もし自動車だったら面倒なバック待避を余儀なくされたかも知れない。
最終的には山越えをする路線だが、入口から1.3km地点に架かるこの銘板のない橋に至っても、ほとんど勾配というものを感じない。
ただ、前方の凹面鏡の如き鞍部は、確かに近づいてきている。
道は、道と対照的に広々とした南張川の谷底平野を進んでいく。
道の片側にはほぼ常に耕地があり、それらの耕地全ての出入りの道になっている本道には、狭路県道にありがちな、「誰がこの道を使うのか」という疑問を感じさせる余地はない。
集落こそないものの、進めども進めども生きた耕地が展開してくるので、時期によっては朝夕問わず多くの農耕車が行き交っているだろう。
地形的に道路を拡幅整備することが難しいと思える要素はここまでないのだが、敢えて狭路のままなのは、主要な利用者たちが、自らの豊かな耕地の潰してまで拡幅して欲しいという要望を持っていないのかも知れない。
ちゃんと使われている道路なので荒れてはいないが、行けども、行けども、狭い。
そして、地元の人たちはどう処しているのか不明だが、本当に待避所といえるものが少ない。
軽トラ同士なら無理矢理タイヤを路外にはみ出さて離合できそうな場所もあるにはあるが、普通車が絡んだら無理な所が多いように見える。
偶に広そうなところが見えても、「ここは耕地だからね!」と言わんばかりに電気牧柵のケーブルが張ってあったり。道の片側が川になっているところも多く、全体的に逃げ場に乏しい。
見通しが比較的良い場所ばかりなのは救いと言えるだろうが、仮に150mくらい先の視界目一杯遠くに対向車が見え始めても、その時点から先には一度も退避スペースがないというのが普通である(笑)。
カーブは少ないものの、シンプルに細い一本道が続いており、まるでストレート細麺のような狭路だと思った。
2kmを過ぎた辺り、ちょっと耕地が途切れて、森っぽいところがあった。
そして、土地利用が変っても、やっぱり狭い。
路面に刻まれた白い轍は軽トラの幅で、それが舗装の外縁ギリギリに刻まれていることに注目して欲しい。
ぶっちゃけ、この辺りの舗装の幅は、入口の標識にあった「幅員2m」ないような気がするが、細かいことは良いのかな?笑、
県道は一本道だが、出入りするちょっとした脇道はちょくちょくあって、そういうところにも大抵はあたらしい轍が残っていた。
なんだかんだで、この県道は利用されている。
11:55 《現在地》
入口から2.2kmほど進んできた。
さすがに南張川の谷もだいぶ狭くなったが、偶に途切れながらもまだまだ耕地が現れる。
しかも、ちゃんと耕作されている。
道の狭さも相変わらずだ。
カーブミラーの支柱に、県道の証しであるステッカーが貼られているのを見つけた。
このデザインのステッカーは三重県でしか見ないが、県道のガードレールやカーブミラーにしばしば貼られていて、独自性になっている。
この直後、ついに県道は長く続いた耕地を外れて、初めての山間部へ。
次回、後編。
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