2006/12/17 15:10 《現在地》
出ちまったな……。
見るからに、これまで一番キツそうな場所が…。
「橋23」は、これまでの最多径間数を更新する5径間連続の木造桟橋のように見えるが、……なんというか……、とっ散らかっている。
全部で4つの橋脚が見えるから5径間と判断したが、橋脚の配置がなんというか、雑だ。
わざと汚く配置したわけではなくて、地形との兼ね合いで仕方なくそうなっているんだと思うが、とにかく整然と配置されている感じではない。
もしかしたらこれは5径間連続の橋ではなく、2径間と4径間の橋が短い地上部を挟んで連続している構造だったのかも知れない。
そういえば、ここにあるコンクリートの橋脚は門形をしていないし、旧橋脚らしい構造物もない。
この橋については、開設当初からこのコンクリート橋脚だったのではないだろうか。
さて、本橋をどうやって攻略すべきか。これは難題だぞ。
理想としては、橋を渡っていきたいが、奥の方のいくつかの径間は完全に落橋しているように見えるし、手前の桁もはっきり言って人が渡れる状況なのか不安がある。
そこ行くか! くじさん!
一番手前の径間に残る2本の主桁の片方は既に橋脚からは落ちていて、崖と橋脚側面の間に引っかかるように架かっている状況だが、くじ氏は果敢にも、この落ちかけた桁と崖の凹凸を巧みに扱いながら、最初の橋脚まで辿り着こうとしている。
万が一、桁ごと落ちればただでは済まないだろう。
最初はなんと恐ろしいことをするものかと思ったが、なるほどこの桁はガッチリ崖に食い込んでいて、そう簡単に落ちることはない様子。
くじ氏が上手に最初の桁に辿り着いたのを見てから、私も追従をはじめた。
ちなみに、最初の桁を渡らず、橋台の位置から直ちに木戸川に下りて、この桟橋全体を迂回することが出来ないかも検討したが、濡れた落葉に覆われた崖を前に困難と判断した。もし下りるならば、隧道より前まで戻って下降ルート探しということになりそう。
無情にも刻々と迫る日没時刻(16:20)まで、残り1時間10分。
この強行突破とも思える選択は、果たして吉と出てくれるか……。
2人並ぶと窮屈な第一橋脚に立って、この先の地形を見ているくじ氏だが、どうやら厳しい模様……。
(チェンジ後の画像)
私も橋脚の上に立って先を見る。
やはり、正面突破は無理だ。
奥の方がどうとか以前に、次の一歩を正面へ向けることがまず無理だった。
ほんの1mくらい先に次の陸地があるのだが、桁がないので狭い橋脚から助走なしで跳ぶよりなく、とても試す気にならない。
せっかく最初の径間を突破したが、一度戻って、どこか川へ下りられる場所を見つけるしかないか…。
否! 私は、足元に突破口を見つけた!
崖に埋め込まれる形で設置してある第一橋脚。
その接地部分の岩が、ちょうど良い感じに階段状の凹凸を見せていたのだ。これは助かる!
もはや逡巡している時間も惜しいので、すぐさま行動を開始!
体を崖と橋台の両方に触れさせて摩擦力を発揮しながら、上手くバランスを取って下りる。
よし! 橋脚の根元まで上手く下りられたぞ!
15:14 (この橋に取りかかって4分経過)
橋脚の根元に立って下を見ると、木戸川の流れはまだ20mくらい下にある。
急傾斜ではあるが、崖ではないので川べりまで下りられそう。
これでルートの選択肢が増えてホッと一安心と、言いたいところだがそうは問屋が卸さなかった!
このすぐ先の木戸川は、少し前に谷を【見渡した眺め】の中にあった、流れが谷の中で二筋に分かれて滝のような急流となっているところのすぐ上流なのだが、ここには渓流の地形としてはなかなか驚くべき広さの水面があったのだ。
硬い岩盤がダムの代わりになって、底知れぬ青さの天然堰止め湖が出来ている!
“湖”の周囲は、対岸も此岸も切り立った岩場らしく、実際に挑戦したわけではないので抜け道があるかも知れないが、川筋に沿って容易に行き来できない可能性が高い……。
そうなると、我々が前進する手段は、この桟橋の先ですぐに軌道跡へ復帰するほかないのかも。
というわけで、出来るだけ小さな迂回で桟橋の下を巻いて進む。
濡れた落葉の斜面をトラバースするのはなかなか大変で、何度か滑って手と尻をついた。
濡れっぱなしの指先の感覚がすっかり鈍くなり、なんかぶ厚い革手袋をしているような変な感触がした。私は知っている。これは後でしもやけになるヤツだと……。
(いまの私は手指の防寒にとても気を遣っているが、当時は無頓着だった。防寒に限らず手袋をするのが苦手で、何でも直接触れないと不安な人だった。当時の私と一緒に探索したことがある人は、この変な拘りをよく知っていると思う。苦笑)
この写真を撮った直後、くじ氏がフリークライムで登った小さな岩場に私も挑み、彼がいる路盤に辿り着こうとしたが、技量が足らず、恥ずかしくも手こずってしまった。
アドバイスを貰いながら、なんとか登り着く。
15:20 (この橋に取り付いて10分後)
これまでの最大難所――
「橋23」どうにか突破成功!
こっち側から見た橋の姿も、汚くてヤベェ!
バラバラの間隔と方向に建ち並ぶ、苔生しの橋脚群。
主桁だった太い丸太も腐り果て、橋の上で気が狂ったように躍り上がっている。
こんな場所に長く関わっていたらろくな目に遭わないと分かる景色だ。
かつて栄光の中で役目を終えたに違いない橋の末路が、このような敗残の死骸となり果てるとは無情なのだ。
人知れずこのような最期を迎えていることを、この橋とともに働いていた関係者なら、あまり見たいとは思わないんじゃないだろうか。
雨に打たれる橋の姿は、部外者である私の心でさえ打つものがあった。
最後にもう1枚。
みんなもきっと驚くだろう、この橋の立地状況を伝えるパノラマ写真を見てくれ(↓)。
圧巻!
こんなところによくぞ道を!
福島県の浜通りに、ここまで険阻な景色があるという事実は、ほとんど知られていないと思う。
15:21
日没予定時刻まで残りちょうど1時間。難所の直後だが休憩せずに前進を再開!
正確な現在地が分からないが、デポ車まで残り500mは切っているはず。
一番険しい場所は、多分いま越えたんじゃないかな。 ……そう思いたい。
とりあえず、前方の道の雰囲気はいいぞ。
チェンジ後の画像は、先ほども話題にした大きな“湖”だ。
昔話だったらモノノケの主が棲んでいそうな景色。
くじ氏が道からいくつも岩を投げ入れていたが、それを唆したのは私だ。
それにしても、滝壺なら分かるが、滝の落口にこんなに水が溜まっているのは珍しい。
硬い岩盤が水を堰き止め、岩盤の上を滝になって流れ落ちている。
木戸ダムより上流の木戸川渓谷の風景は、近づく道がほとんどないため観光地としては全く知られていないが、軌道跡から見る景色は本当に素晴らしく、天気のよい日に再訪したいと思っていた。しかし実行せぬまま今日に至る。
15:23
岩の切り通しを通過すると、「橋24」が出現。
越えるべき谷底では、一基の木造橋脚が土石流ならぬ“木流”に押し倒されて無残な姿を晒していた。
この様子だと、ごく最近までこの橋脚は立っていたようだし、もしかしたら桁も架かっていた……?!
だとしたら、すんでの所で惜しい見逃しをしたのかも知れない。
まあ、主桁の部材は行方不明なんで、橋脚だけが残っていたパターンだと思うが。
この谷も、地味に突破が大変だった。
両岸とも岩場で切り立っていて、下りるのも、その後に上るのも、真剣な格闘を強いられた。
あと、倒木のジャングルジムのようになった谷底の横断も面倒だった。
15:25
突破成功!
谷を振り返って撮影。
ボブスレーのコースみたいな逃げ場のない谷に、莫大な量の倒木が上から下までびっしり詰まっていて、なんというか、“野生の修羅”みたいな風景だと思った。(修羅(しゅら)というのは、谷を使った簡易的な木材流送施設のこと→参考)
チェンジ後の画像は、谷を越えた先の道。
最近はずっと険しいけれど、藪がないのは美点だ。
この調子で一気にゴールしてしまいたい。ここから生還したら今夜はメシが美味いぞ!
このとき我々は、探索のゴールまで400mに迫っていた。
だが、最強は最後に現われることを、我々は知らなかった。
そんな創作みたいな展開が現実に起るなんて……。
15:26 《現在地》
すぐさま現われた、次なる橋の姿がこれ。
「橋25」は、径間数において歴代最多タイの5径間(序盤の「橋7」とタイ記録)を誇る、かなり規模の大きな橋だった。
谷の中に4本のコンクリート橋脚が並ぶが、本来はこのコンクリートの上にさらに木造橋脚によって支えられた木造桁が架かるという、ダイナミックな構造だった。だが木造の部分は全て倒れてしまっているので、当然架かっている桁もない。
チェンジ後の画像は、この橋の本来の桁の位置を再現して描いたものだ。
高らかに谷を跨ぐ5径間の木造橋は、仮に現存していたらこの探索のハイライトとなっただろう。とはいえ、渡るかどうかを葛藤する必要がないのは、いまの状況では正直助かる。
この橋が渡る谷は深く、越えるために大きな上下移動を余儀なくされる。
この特徴のある地形のおかげで、地図上の現在地を久々に特定することが出来た。
目的地まで残り400mの位置にある小さな支流の谷まで来ているのだと思う。
等高線が非常に密になっている“最後の難関”の終わりは近く、ゴールは間近だ!
しかしそれにしても橋の数と密度がヤバイ。4km足らずで既に25本の橋を数えた。
これはいままで体験した林鉄でも、群を抜く橋の出現頻度ではないだろうか。
この橋の多さは、建設時点においても、開設後の保守の面でも、大きなネックになったと思うが、それよりも開設のメリットが勝ると判断されたのだろうから、この路線が国有林経営や地域に及ぼした経済効果はとても大きかったのだろう。
ただ、あくまでもそれは森林鉄道としての開発効果であって、木戸川沿いの交通路という存在は、地域に定着することはなかったようだ。
というのも、林鉄の廃止によって木戸川沿いを上下に結ぶ道はなくなり、一応の並行路線である県道250号下川内竜田停車場線が全線開通したのも、平成20年に木戸ダムが完成する直前だ。しかもこの県道も一部は林道そのままの“険道”であり、利用度はかなり低い。
もともと、木戸川の木材流送の置き換えとして整備された林鉄であり、そこに交通の流れがあったわけではないので、これも自然の経過なのだろう。
……探索本編とは関係のない回想のようなことを書いているうちに、この橋の地道な突破作業もまもなく終わる。
建ち並ぶ豆腐型橋脚を脇目に見つつ、最後の橋脚の裏で岩場混じりの急斜面を強引によじ登った。
弱まる気配を見せないどころか、ますます強さを増して降り続ける雨に、今日はとことん過酷を強いる天の意思を感じた。まあ、立ち向かう判断をしたのも我々だから、甘えは許されないな。
15:30
おおよそ4分かかって、「橋25」を突破。
振り返って見る全容も、なかなか壮大でサマになっている。
ちなみにこの場所からは久々に容易く川岸に下りられそうだったが、初志貫徹とばかりに路盤へ上って進んだのだった。
くじさん! あれは!!
やりましたーーー!
この最終盤で、隧道が2本目を数えたぞッ! しかも貫通確定!
15:32 《現在地》
超綺麗な隧道!
橋があり、隧道がある。
個人的に林鉄探索の満足度を大きく左右する3大要素は、
“架かっている橋”、“隧道”、“敷かれたレール”の出現だ。
このうち2つまでを完璧に満たすどころか、最終盤まで
隙間なく溢れるほどの勢いで出現し続けているこの路線。
探索の充実度という意味で、稀に見るお宝林鉄といえる。
ただ危険度も大きいので、まさにハイリスク・ハイリターンだ。
本日2本目の隧道も、1本目同様に目測延長25m程度の短いものだが、現役のトンネルだと言って人を騙せそうなほど、ひび割れ一つない完全な姿だった。
ここまで綺麗なのは普通に凄いな。感動する。
そして1本目もそうだったが、人の背丈の2.5倍はあろうという天井の高さが際立っている。
繰返しになるが、絵に描いたような林鉄隧道の断面だ。
大人の歩幅ほどしかない幅たった76cm強のナローゲージのヘロヘロな軽レールに乗せられた単車のトロッコに、この天井に見合うほど高く材木やら木炭やらを積載して、あとは自然の坂道の勾配に動力を委ねてブレーキ操作だけで麓まで走り下るという、【単車乗り下げ運材】というシステムが、どれほど危険なものであったかを想像して欲しい。崖への転落や転覆がないトンネル内は、一番ホッできる場所だったんじゃないかと思う。
日没まであと40分弱。
どうにか、間に合ったな。
おそらくこの隧道が、“最後の難所”だと私が勝手に認識していた等高線高密度地帯のラストピースだ。隧道を出れば目の前にゴールである木戸川第一発電所の施設の一部でも見えるかも知れない。
雨の止んでいる隧道内で、少しだけリラックスする気分になって、久々に荷物を下ろしての小休止をした。まあ1、2分だけどね。
最後の最後に不安なのは、木戸川の横断が易いか難しいかというところだが、ずっと見てきた木戸川の水量は1時間以上の強雨にも関わらずそう増えている様子はない。
この先の発電所が取水をしてくれているおかげかもしれない。
さあ、ラスト300mへ飛び出そう!
地上へ。
いいぞ。険しさが牙を剥いていない。最難エリア突破成功だ。
そして、たぶん最後かなーって感じの橋が見えてきた。
15:35
木造桟橋が2セット同時出現!
これは初めてのパターンだ!!
今回の探索を彩った、落日する木橋の楽園、最後の日の木橋たち。
その集大成を思わせる、最終最後にして最強の連続桟橋群を前にして、
私の歓喜の叫びが、強雨に滲む木戸川谷に木霊した!
これって望遠だからよく見えないけど、奥の「橋27」……
たぶんいままででいちばん綺麗に架かってるんでは…。
お別れの木橋の楽園で、最後のご褒美タイムをいただきまーーーーす!
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